異世界放浪記   作:isai

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真夜中の死闘

「ぐっ…が…」

地面に投げ出された俺は勢いよく転がりながら大木に叩きつけられる。

「痛ってぇ…」

だが意識を失わなかった事をみると防具が良い働きをしてくれたのだと実感する。口の中に鉄の味が充満し、口内の出血量は想像するだけで眩みそうになる。

痛みを堪えながら感謝を伝えるべく防具に視線を移すと膨らみがあった筈の胸甲がぺしゃんこに潰れていた。

そういやいつの間にか魔力無くなってたんだよなぁ…今更ながらに気付くも、俺の命の恩人である防具に愛着が湧いたのは事実。

この防具が無かったら間違いなくあの一撃でお陀仏になっていた。

 

「助かったぜ、相棒」

そう呟きながら立ち上がった俺は再度ゴリラに向かって走り出した。

既に脅威を取り払った魔物はディゼルに目標を移し替え暴れ狂っていた。全身に打撲痕が目立つもディゼルは健在であった。

剣は未だにゴリラの首元へ突き刺さっている。時間が経てば失血で死亡するだろう。だが今は戦闘中だ、黙っていてもディゼルが苦しくなるだけだろう。

でも今の俺にはあの魔物に傷をつける手段は持ち合わせてはいない。とてもじゃないがあの巨体に魔法が通用するとは思えなかった。

いや、あるわ一つだけ。

腕に魔力を籠めて殴打する例のアレ。

アレに関しては正直めっっっちゃ腕痛いから使いたくは無いけれども、他に攻撃の手段を持たない俺にとって選択肢は無かった。

 

拳を握りしめ、覚悟を決める。

右腕に電流が流れるイメージを浮かべる。

魔力を籠めた腕が熱を帯び、準備完了の合図を告げる。あとはゴリラの土手っ腹に風穴を開けるのみ。

依然としてディゼルに釘付けとなっているゴリラの背後にゆっくりと歩み寄る。幸いにもゴリラはディゼルに夢中であり、背後に近づく俺の存在には全く気が付いていない。

一歩、また一歩と近づくも、その距離が縮むほどに恐怖の感情が増幅していく。

そこで再びディゼルと視線が交わる。お互いの役割を言葉を介さずして理解した。

ディゼルが魔物の一撃を受け止め、がら空きとなった脇腹から侵入し腹に一撃を喰らわす。

本来ならば頭部を狙うべきだが、ディゼルの身長を優に超える図体を持つゴリラの頭部を捉えるのは困難を極めた。

ならば狙いは腹部の内蔵。そこならば俺の一撃も通じると思った。

振りかぶられたゴリラの腕がディゼルに迫る。

だがディゼルは動かない。

 

不意に何かが砕ける音が響いた。

音の発生源を見やると、そこには得物を失ったディゼルが魔物の剛腕から繰り出される一撃を真正面より受け止める姿がそこにあった。

俺が見ているその先でディゼルの足が地面から離れていく。やがてディゼルの体が異音を奏でながら吹き飛ばされていく。

まるでコマ送りのように時間の流れがゆっくりに感じた。

ディゼルには悪いがここで躊躇する程俺に余裕はない。振り切った腕の下を搔い潜り魔力を籠めた右腕をゴリラの腹に叩き込んだ。

 

『イカヅチ』

 

接触した部位から眩い閃光と共に轟音が響き渡る。

叩きつけた拳からは骨が砕ける不快な感触と共に鮮血が飛び散る。だが不思議と痛みは無かった。おそらく人間が許容出来る範疇をとうに超えていたからなのかもしれない。

だが何故だろう、魔物の皮膚を突き破る感触は無かった。それどころか壁を殴っているような感覚だった。

事実、俺の一撃はゴリラの体躯を揺らしただけに過ぎず、緩慢な動きながらも確実に俺の方へと体を向けようとしていた。

「マジかよ…?」

肉の焼けるような香りが鼻孔につく。確実にダメージは入ってはいるようだが致命傷とまではいかなかったようだ。

ゴリラの腕が持ち上げられていく。

身の危険を感じた俺は急いでその場から飛び退き、ゴリラの一撃を寸での所で躱す。

屈強な腕から繰り出される一撃は、躱した所で付随する風圧だけでも俺にとっては充分すぎる脅威だった。

ただでさえ鍛えられていない俺の体は簡単に宙を舞い、無様とも言える格好で地面に転がり落ちた。

そんなぼろ布同然の俺にとどめを刺そうとゴリラは間髪入れずに追撃を繰り出す。

迫りくる拳を転がりながら回避すると、聞き慣れない音が森に響き渡った。

 

「ア゛ア゛ァァァァッ!!!」

「冗談でしょ…?」

ゴリラの背後には大木を根元から引き千切っているディゼルの姿があった。

やがて根元から折られた大木は重力に引かれ傾き始める。しかしそれをディゼルは許さなかった。

倒れきる直前でディゼルは大木の幹を抱え込み、付近にいる雑魚ごとゴリラを薙ぎ払った。

大木による横殴りの衝撃が周囲の木々を揺さぶり、辺りに葉を撒き散らしながら暴風となって襲い掛かる。

巻き上げられた枝葉は俺の肌を傷つけるも直撃しなかっただけまだマシだと言えた。

目の前の脅威が無くなった俺はすぐさま立ち上がり、ディゼルの元へと駆け寄る。

 

「まだ終わっていない!」

その言葉に同調するかのように薙ぎ払われたはずのゴリラが雄叫びを上げながらこちらに向かって突進してくる。

ディゼルの一撃でも仕留めきれなかったようだった。

「ここで…終わらせるッ!!」

ゴリラが突っ込んで来るタイミングを見計らい、ディゼルは跳躍した。

着地先はゴリラの首元、つまり俺の剣が刺さっている場所であった。

ディゼルは刺さった剣に体重を掛けるも、ゴリラも命ある動物だ。首元にある以上を取り除くべく手を伸ばす。

このままでは首落す前に囚われると悟った俺は何も考えずにゴリラの元へと向かう。

知ってるか?腕って二本あるんだぜ。

右手は既に力を入れてもピクリとも動かない。ならば残る一本でゴリラの行動を阻止する。

左手に魔力を籠める。

すっかり首元の異物に意識を取られていたゴリラは懐に侵入した不届き者の存在を感知出来ずにいた。

 

歯が砕けんばかりに噛み締めた口角は歪に吊り上げられている。

このまま力を入れ続けると二度と開かなくなるのではないかと錯覚する程に拳を握り締める。

あらん限りに魔力を籠めた左手は溶融しそうなほど熱が籠っている。

 

「くったばれぇぇぇっ!!!」

ゴリラの腹部には先程放った魔法による火傷痕が痛々しく残っていた。

無傷の部位よりは多少なりとも効果はあるだろう。

振りかぶった拳がゴリラの腹筋にめり込むと、皮膚を突き破る感覚が拳に伝わる。

皮膚の下に感じた固い筋肉を拳が無理やり突き進む。やがて拳は内臓に到達し、拳の表面に伝わってくる鼓動を直に感じる。

拳を引き抜き絶叫を上げた。

 

「ディゼルさぁぁぁんっ!!」

首元で剣を握り締めるディゼルはゴリラの腕が停止し、脅威がなくなった事を確認して双眸を吊り上げる。

「これで……終わりだ。」

ディゼルは更に体重を掛けゆっくりと刃を食い込ませていく。

遂には絶命の叫びすらも上げれずに静かに瞼を閉じるゴリラ。

やがてディゼルが首を断ち切ると、砂煙を上げて巨体が地に伏した。

 

死闘の果てに待っていた光景は血の海に染まった大地の上に佇むディゼルの背中。

俺はただその背中を呆然と見つめる事しか出来なかった。

「おーい、終わったんならこっち手伝っとくれ~。」

気の抜けた声にハッとする。視線を向けるとそこにはドロップしたアイテムを回収している爺の姿があった。

既に戦闘は終了しているようで、辺り一面に血の海が広げられている。正直、ドロップアイテムを回収することには賛成だが、動かなくなってしまった右手やズタボロの雑巾と見紛う程に悲惨な姿になってしまった衣服を見て察してくれないかと思うのも事実だった。

そんな俺の心情を汲み取ったのか、俺と目が合った爺が満面の笑みを浮かべながら言った。

「働け。」

「殺す気か!」

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