一瞬魔法という言葉に踊らされそうになったが、考えてみると魔力を持っていないであろうただの人間がいきなり転移なんてしたら次元の狭間に取り残されたり、体がバラバラになるなんて事もあるんじゃない?
それにドラゴンに乗っていくだったりデカい鳥の背中に乗っていくじゃないんだ。折角だから風景だの何だのを楽しめるかと思ったのに…
…そんな悠長に考えてる暇ないか。死ぬかもしれないんだからね、これから。
「ちなみに、どうやって移動するのかな?」
「私の肩に手を乗せて。あとは私がやるから。」
「了解。じゃあ行くか!」
覚悟を決める
「ちょ、ちょっと待って!」
「え?」
早速出鼻をくじかれる。
「着替えてくるから。」
「はい。」
これはあれか、これから死ぬ人間に対して猶予を持たせて精神から削りとっていく感じか。
椅子に腰かけ両手を膝に置き肘をピンと伸ばし俯く。
ポジティブに考えようか。初めて魔法をこの目で見ることができるのだ。手から火を出したり隕石を落としたりなど決して派手なものではないが、
転移ポータルなんて高度っぽい魔法を自身の体で受けるのだ。日本に住んでいる頃から考えると夢に見た光景ではないか。命を懸けてでもそんなファンタジーな光景は見てみたいだろう。
…いや、命は懸けたくはないわ。いやだもん死ぬの。怖いわ普通に。
それよりも移動に成功した後のことを考えるか。RPGなら宿屋へ赴き夜を過ごせる場所を見つけてから武器防具を販売している店に行き、初めて見る剣や鎧に心を躍らせるはずだ。
武器は何を使おうかな。王道はやっぱり剣だよな!槍も使いこなすとカッコいいよな!弓とかは安全だろうけど接近された際や戦っている光景を頭に浮かべるとどうしても気後れしてしまう。
やっぱり近接一択だよなぁ…。鎧は軽装の方が動きやすいしあまりゴツゴツしているといざっていう時に動けなくなるのは目に見えている。
そういった妄想を膨らませていると不意に心の中の悪魔が現実を突き付けてくる。
金無ぇじゃん。そういえば。
出鼻どころか首まで持っていかれた。
心の中で終わった…終わった…と復唱していると扉が開いた。
そこには先ほどまでの寝巻のような服ではなく冒険者らしい黒みがかった服装に身を包んでいるルウの姿があった。
そして俺の顔を見てこう告げた。
「お待たせ。」
その顔には笑みが浮かんでいた。
「おぉ!似合ってる!」
やや興奮気味に答えると、顔を赤らめるわけでもなくルウはその笑みのまま、ありがとうと告げた。
あれ俺自然に女性と接する際のマナーである衣服を変えた女性に対しての反応をできたのではないか!と一人で舞い上がってしまう。
そんな様子を意に介することなくルウは言葉を続ける。
「準備ができたのなら行きましょうか。それとも少し休んでおく?」
「いや、行こう。時間は有限だからね。」
さっきまで絶望していた人間のセリフとは思えないなと思いつつも勢いよく立ち上がる。
「そう、それじゃあ手を……」
繋ぐのか…!
「肩に乗せて。」
「はい。」
ですよね。そう言ってたもんね。分かってた。ネタだから今の。
一人確認作業を行いつつ緊張しながらもルウの肩に手を置いた。
「それじゃあ行くよ。」
「頼みます…!」
心の中ではルウの言葉が「それじゃあ逝くよ。」に変換されながらも、人生で最初で最後であるだろう魔法をこの目に焼き付けるが如く目をかっ開き次のモーションを待つ。
すると
視界の端で何か光ったような気がした。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや……今なんか……」
俺の問い掛けに対して彼女はこう答えた。
「転移魔法」
瞬間、世界が変わった。
「え?」
俺は確かに部屋にいたはずなのだが、いつの間にか忌々しいお天道様の下に放り出されているではないか。
周囲を見渡すとそこが広場であろう事が分かった。
中心部であろう場所には噴水が設置されてあり女神(?)っぽい石像が壺を傾け延々と水が出ている。なんか映画とかでも見たことあるな…。
さらに周囲を見渡すとこの広場を無数の家が囲っているのだと気づく。その殆どが木造である事を確認し、本当に異世界に来たんだと実感させる光景であった。
…………衝撃を受けた。物理的ではなく精神的に。
ふと視界に移りこんだ物の正体をまじまじと見るとそれは人だった。ただし
狐の様な耳を持つ女性。
鬼のような角を生やした男性。
爬虫類の尾のような、毛が生えておらず鱗が覆う尻尾をもつ中世的な顔をした人。
人…じゃない。まさしく人間とは明らかに違う部分を持つ生命体。
異世界人である。
「え?何あれ?」
「あれって?」
「えっと……あれ。」
「あれって言われても分からないわよ。」
「え?え?」
混乱する俺を尻目にルウは平然と言葉を続けた。
「そんなに珍しいかしら?昔ならまだしも獣人や鬼人なんて今時危険視する必要ないわ。」
そういうことじゃねぇよ。けどふと思い返してルウの耳に目を向ける。
「あれ?その耳…」
まさか…と思いつつ声をかけると
「うん。私はエルフ族よ。今気付いたの?」
顔を見て話していないから今の今まで気付かなかった。ファーストコンタクトでも見ているはずだったがすっかり頭からそのことが離れていた。
「ん?なんでフード被ってるの?」
彼女は頭をすっぽりと覆うようにフードを被っていた。
脳内で、なんで?と自問を繰り返していると彼女はやや悲しげに微笑み、
「気にしないで、大丈夫だから」
と言った。