「そっか……」
これ以上聞くのも野暮だと思いそれ以上は追求しなかった。いや彼女は明らかに無理をしている笑みを張り付けていたからだ。顔色を伺うのが得意な俺は瞬時にそれが理解できた。
「ここまで送ってくれてありがとう。」
と言葉にした。たださえ森で命を救ってもらったのに安全に一夜を過ごさせて貰ったのだ。これ以上迷惑になることは避けたかった。幸いにも街には日本で言う路上販売が数多く立ち並んでいる事から食べ物をくすねるなんて事はいくらでも出来るであろう。綺麗な彼女と離れ離れになるのは心寂しかったが、あくまで彼女と俺は赤の他人だ。
「それじゃあ、また」
自己完結し別れを告げると、ルウが口を開いた。
「あなた、これからどうするつもり?」
「とりあえず宿を探してみるよ。」
「お金はあるの?」
「ない。」
即答した。情けない事この上ない。
「はぁ……私と一緒に冒険者ギルドに行きましょう。」
「え?」
「だから、冒険者登録をして一緒に依頼を受けましょう。それであなたの当面の生活費を稼ぐの。」
「いやいや!そこまでしてもらうわけにはいかないよ!」
「いいから!これも何かの縁でしょ?それにこのままあなたを放っておいたら…」
多分こういう意固地なタイプは何を言っても無駄だろうと思いながらも反論する。
「僕がもう迷惑をかけたくないってだけ!それに知り合いもいるんじゃないの?」
「それとこれとは別。」
一蹴された。確かに知り合いがいるとは言ってたが会うとは言ってなかったな。
レスバ最弱であることを自覚しつつもまだ逆らってみる。
「いや…でも…」
「ダメ」
ママかな?ママだねこれ。
こうなれば逃げるしかない。一声「本当にありがとう!」と言い走り出す。
「あっ!」というルウの声を聞きながらその場を離れることに成功した。……と思ったのだが、数歩進んだところで腕を掴まれた。恐る恐る振り返るとそこには般若のような顔をした彼女がいた。
「どこに行くつもり?」
「え、えーと……宿屋とか?」
苦し紛れに答えるも、彼女の表情は変わらない。
「嘘つきなさい。」
「え、いや、あの」
「じゃあ、宿屋はどこ?」
「あっち?」
適当な場所を指出さしてみるも
「向こうは王宮。」
「まぁなんとなく分かってたけどね。」
「今のは嘘。」
「は?」
「本当はこっち。」
そう言いつつ彼女は手を引っ張った。
「ちょっ!?」
抵抗しようと試みるもあっけなく引き摺られていく。
華奢な体からは想像できないほど強い力で引っ張られ、結局引き摺られる形のまま街を歩いていく。
江戸時代にこんな刑罰もあったような…と現実逃避をしていると着いたわよ。
という声が聞こえてきた。目の前を見ると大きな建物が建っていた。看板に目を向けてみると『冒険者ギルド』と書かれているのが分かった。
「ほら早く入るわよ。」
再び手を引かれ建物の中に入る。内装はまさに酒場といった感じでギルドと言えばこんな感じだよなぁと言わんばかりの光景であった。
ここが異世界のハローワークかぁ…とここでも現実逃避をしていると受付嬢らしき女性に声をかけられた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのような御用件でしょうか?」
「冒険者の新規登録をお願いします。」
ルウは間髪入れずに答えた。その対応に慣れている様子だった。
受付嬢も笑顔を絶やす事無く一枚の書類を差し出してきた。
「こちらの用紙に必要事項をお書きください。代筆が必要であれば仰って下さい。」
差し出された紙を手に取り記入していく。年齢、特技等々……書いていく中でふとペンが止まる。
何で文字が読めるんだ?文字単体で見るとミミズがダンスを踊っているようにしか見えないが文章を見てみるとなぜか理解は出来た。驚くことに自身の書いてある文字も何故かミミズがダンスを踊っているような文字に変換されていた。
便利だなぁと書き進めているとここでまたペンが止まる。そう名前である。
なんとかバレないように意識し日本語でこう書いておく『主人公』と。
これまた偽名であるが本名を知られるとそれを媒介にして呪いとか掛けてきそうな敵とか居そうじゃん?と言い訳しつつ書いていく。
単純に本名で呼ばれることはくすぐったいだけなのであるが。
そうして書類を書き上げ受付嬢に渡す。
「出来ました!」
「名前の欄が不正なのですが…」
当たり前である。バリバリ日本語なのだから。
だが屁理屈は得意な俺である。
「この文字は僕の故郷の文字なんです。この文字以外に僕の名前を表せる文字が無くて…これで佐藤太郎と読みます。」
「あ、あぁなるほど。そういう事でしたら構いませんよ。ではこの水晶に触れてください。」
納得してくれたのか?と思いつつ言われた通りにすると水晶玉が青白く光り出した。
「はい。結構です。それでは次にこのプレートを持って魔力を流し込んでください」
「わかりました」
プレートに手を伸ばして触れてから気付く。
「すみません。魔力ってどうやって流すんですか?」
「え?」
沈黙が訪れる。ここでも地獄が訪れた。受付嬢も困惑しているようだ。そりゃそうだろ。ここに来てからまだ何もしていない男なんだから。
「えっとですね。まずは深呼吸をして自分の中の血液の流れを感じ取ってください。そして手に魔力を集めて流し込むイメージをするのです。」
「はい」
とりあえずやってみよう。
…
だから魔力ってなんだよ。力を込めてみても意識を集中をしても残酷なまでにプレートはビクともしなかった。
「…………無理みたいです。」
「そ、そうですか……」
気不味い空気が流れる。
流石に見かねたルウが口を開いた。
「私がやるから見ていて。」
「はい……」
とプレートに手を置き数秒も経たないうち内にプレートに文字が浮かび上がってきた。
流石ルウさん半端ねぇっすわ。と他人事のようにその様子を見ていた俺だったが
、その視線に気付いたルウに睨まれてしまったので素直に謝る事にした。
「ごめんなさい」
「いいわよ。気にしないで」
そう言いつつ彼女は受付嬢に話しかけた。
「すみません。私も彼の付き添いで冒険者登録をしたいのですが。」
「かしこまりました。そちらの方もどうぞお座りになってください。」
促されるままに椅子に座る二人。
「それでは説明を始めさせていただきます。まずは冒険者とは何なのかというところからになりますね。」
そこからの説明はやはりどこかで聞いたことのあるものだった。
基本的にギルドは依頼者からの仲介役を行うものであり、依頼を完了した際に払われる報酬から冒険者等級によって割合が異なるもののギルドに一定額納めなければいけない。
殺人や窃盗など犯罪行為を行うと冒険者等級が下がり最悪の場合、等級の永久抹消処分が下る…などなど。
受付嬢の話を聞きながらも意識は別のところに向けられていた。
(結局俺、冒険者登録できて無くね?)
(今他所から見たら、母にハローワークまで連れてこられた息子に見えね?)
結局何もできていないことに気付く。異世界に来て何やってんだろう俺……
と心の中で落ち込んでいるとルウがこちらを見ていることに気付き目が合う。
「大丈夫?」
「う、うん…多分…」
「本当に?」
「ほんとうだよ?」
「……まぁ良いけど」
そんなやり取りをした後、話が終わったのだろう。受付嬢が席を立ちもう一度登録してみましょうか、と言う。
またしても憎きプレートが目の前にやってきた。
無理なもんは無理だろと思いつつもプレートに手を置く。
すると…
何も起こらなかった。完膚なきまでに現実という名の敵に叩きのめされる気分を感じた。
「やっぱりダメでしたか」
「はい……」
「ではこちらをお持ちください」
渡されたものはギルドカードと呼ばれるものであった。
「それはギルド会員証のようなものです。身分証明としても使えるものとなっております。紛失した場合は再発行手数料として銀貨1枚が必要となりますので紛失することの無いようお願いしますね。」
と言われ一枚のカードを渡された。目を通してみると先程書類に書いた内容が書かれているだけで空欄が目立つカードであることが確認できた。