状況が理解出来ない。心臓が今迄生きてきた中でもトップクラスの警鐘を鳴らしているが、体は言う事を聞かない。
「え?」
口に出来たのはこの一言だけだった。
「いえ、太郎様はコレでは満足できなかったのでしょう?であれば別のモノを紹介いたしますのでコレはもう必要ありませんからね。」
と笑顔を張り付けながらジャバウォックは軽い口調で話す。
「いや!もういいです!ありがとうございます!」
口早に告げ元来た道を全力で戻る。
どうやって戻ったのか数十秒前の記憶など忘れ、後悔の念は体中を巡り続けていた。
俺がもう少し早く提案していれば。
俺が無理やりにでもあの娘を襲えば死ぬ必要がなかったのではないか。
そもそもまっすぐ宿屋に行っていればあの娘が死ぬことが無かったのではないか。
そんな後悔も時既に遅し、少女の命を奪ったという責任が俺には一生付き纏うであろうことは目の前で起こったショーによって脳裏に焼き付いていた。
息が切れ自分の場所を完全に見失い途方に暮れていると、やっと見つけた。と後ろから声がする。振り返るとそこにはルウがいた。
「さっき振りだね。太郎」
「……はい。」
と消え入りそうな声で答える。
「申し訳ございませんでした。」
と俺は頭を下げる。
「なんで謝るの?」
いつもなら「いやぁ…なんでだろうね?」と軽口を叩くところだが今はそんな気分ではない。独りにしておいてほしかった。
そうやって黙まりを決め込んでいると
「どうかしたの?」
事情を知らないルウはそう聞いてくる。
完全に八つ当たりだが俺は彼女に対し苛立ちを募らせてた。
よく意気消沈している人に対して何の引け目もなく事情を聴いてこようとするな。
そもそもこいつが無理やりギルドに引っ張ってこなければこんなことにはならなかったのに。
ルウには何の責任もありはしない。むしろ路頭に迷っていた俺に道を示してくれた天使のような人だが、今の俺は一度発生した黒い感情に飲み込まれつつある。
それを自覚している俺はこう答えるのが精一杯だった。
「とりあえず宿屋に行きたいから、道、教えてくれる?」
やや投げやりな返答にも拘わらずルウは、一切意に介した様子もなく、わかった、と一言告げた。
その後、俺達は無言で歩き続け、目的地に着いた。
部屋に入るなりベットに腰掛ける俺にルウは、
「大丈夫だよ。」
と優しく語りかけてくる。
「なにが?」
とつい語気を強めてしまう。
「なにかあったんでしょ?あそこで、いいよ何も聞かないから。」
「だから何が大丈夫だよって事を聞いてるんだよ。」
「私がいる。」
「…………。」
その言葉を聞いた瞬間、全てをぶちまけたくなった。
自分の所為で人を死なせた事。
これから俺はどうすればいいのか。
あの場では素振りは見せなかったけど、魔力の出し方が分からず辛かった事。
だがこんなことを話されても困るだけだけだと自己完結し「ありがとう。」とだけ言ってベットに体を預けた。
程無くしてルウは、おやすみとだけ言って部屋から出て行った。
一人残された俺は、人がいない事を良いことに枕を濡らし眠りについた。
翌日、目を覚ますと窓から差し込む日差しが眩しく感じた。
寝ぼけ眼を擦りつつ昨日の一件を思い出したが、不思議と罪悪感はなかった。
日本にいる時もそうだったが一晩寝ると仕事でミスして落ち込んだまま寝ても、次の朝にはすっかり治っているような俺にとってこのパッシブスキルはまさにギフテッドと言っても差し支えない能力だった。
だから部屋から出る時に感じた、チクリとする胸の痛みは気の所為であるのだろうと自己完結し部屋の扉を閉めた。