OP.M   作:シラー

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手を広げすぎな気がするけど、いずれ整理したいとは思ってます。……もうダメな気がしますけど。


A-1

 ──格納庫の日陰で待っていればよかったわね。

 失敗したという思いに苦笑し、今更だと思い直して背筋を伸ばした。だが、快晴に染まり太陽に焼かれる滑走路上で待つのは想像以上に疲弊させられていた。滑走路で待つことを選んだは自分とはいえ、黒いブリタニア空軍の制服は陽の光を吸い込み、肌に絡み付く熱気が身体中を縛り付けていて、倒れてしまうのではないかと思うほどだった。

 真上の太陽は、容赦なく日差しを射かけてきており、空を見上げることにうんざりしたロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐は滑走路に視線を下ろした。

 均したばかりで芝すら見えない滑走路。真新しいが間に合わせを感じさせる武骨な鉄骨に、トタンを張っただけの格納庫。地下タンクの建設が間に合わず、危険を承知で野ざらしに積み上げられた航空機用揮発油(ガソリン)入りのドラム缶が山積みになっている。そして掘っ立て小屋よりはましといえる簡易な司令部施設に、やたら頑丈そうな打ちっぱなしのコンクリートで固められた通信所と発電区画が併設している建物があり、その横にぽつんと野戦通信塔が突っ立っている。そしてそういった新築に囲まれて掲揚されているガリア国旗とカールスラント国旗は、隣に同じように掲げられているブリタニア国旗に追いやられていて、所在なさげにしおれて見えるのは風がないからだけではないように思う。それよりも目につくのは滑走路の脇に追いやられた建設機材で、どれもこれもがリベリオン製のものだった。

 どれもこれも真新しさが目につく。急ピッチで進められた建設工事がようやく一段落して、最低限野戦飛行場としての運用が可能になった基地施設だった。

 ちらと後ろを見れば、一歩下がった後ろにいるハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタン大尉も暑そうにしている。ただしその表情は真剣そのもので、名誉隊長自ら出迎える来訪者に興味をがあるのがはた目にも伺え、ロザリーは思わず、ふうと肩の力を抜いた。やはり失敗だったかしら──。

 ふと滑走路の端に影が抜けた気がしてロザリーは顔をあげる。透き通る青空に一筋の影を引きながら高度を下げているそれは、やはりそれはロザリーが待っていたものだった。だが、それにしては少し様子がおかしく感じられた。

「被弾しているのかしら……」

 まさか、と思いながら改めて目を凝らした。よく見るとよろよろとした黒い線を描きながら、やや右に傾いている。それでも確実に高度を下げ、距離を積めてくる機体は扶桑皇国海軍の主力陸上攻撃機、一式陸上攻撃機のものと知れた。葉巻型の太い胴体にすらりと伸びる低翼配置の主翼にはインテグラル式のタンクになっており、長大な航続距離を保証してくれる大量の燃料が詰まっている。一度被弾すれば燃料に引火して一瞬で火だるまになることから、ワンショットライターなる不名誉極まる蔑称を連合軍の将兵から付けられている。とはいえ、ネウロイ相手に多少の防弾性能はほとんど意味をもたらさず、リベリオンが提供する防弾性能の充実しているB17のような4発爆撃機でさえ、一撃で炎上、爆発するのだから、むしろ防弾性能よりも高速で逃げ回れる方が生存できる可能性が高い以上、防弾性能の有無に拘るのはロザリーからすればあまり意味があるとは思えなかった。

 目前の一式陸攻は損傷してふらついているものの、墜落を免れているのを見て、ロザリーは目的の人物が乗っていることを確信することができた。が煙を吐き出し続けて傾いたまままっすぐ滑走路に突っ込んでくるのを見て、さすがにひやりとさせられた。一式陸攻が被弾している以上、翼内タンクに燃料が残っていた場合、最悪着陸と同時に大爆発をおこす。滑走路に待機している消火班が消火に努めても機体が爆発した時点で搭乗者はほぼ確実に──。

 その先の言葉を飲み込んでロザリーはもし、あの男がここで死んだとき、果たしてどうなるのか、と思い機体に目を凝らした。ようやく飛んでいるといった風の一式陸攻を眺め、ロザリーはその先のことを考えたが、一瞬後にはどうにもならないしどうにもできないという分かりきっていた結論を得て、口元を(つや)やかに歪ませた。滑走路脇に掘られた待避壕には消火班や整備員たちが待避していて、こちらの様子の伺うことはできない。興味津々のハインリーケは一歩後ろ。そもそも基地の皆がやって来た一式陸攻に気をとられ、こちらに意識を割いてはいない以上、誰にも見られる心配はそこまで必要ないはないとはいえ、不用心に過ぎる、と気の緩みつつある自分を省みてロザリーは努めて心配そうな表情を取り繕った。

 やがて滑走路に半分墜落も同然で着陸した一式陸攻は滑走路を削りながら慣性の勢いままに滑り始めた。車輪を引き摺っていた支持脚が損傷もあって着陸の衝撃に耐えられなかったのか、へし折れると機首ががくんと叩きつけられるように落ち、粉塵を巻き起こしながら黒煙を後ろにたなびかせる。

「消火急げ! 担架持ってこい!」

 消防班長を兼ねる整備班長が声を荒げ、整備員達が駆け寄るなかをロザリーは悠然と近づいた。黒煙の中で地面に擦り付けられた左のエンジンから這い出る鮮やかなオレンジに揺らめく炎を見つけるのは容易でロザリーは無意識に目を細めた。対向する風がなくなった分、火の回りは思っていたよりずっと早く、すでにエンジンまで火に舐められていた。このままでは爆発が避けられない。すぐにシールドの展開を準備し、最悪の場合を覚悟したが、直後の予想外の光景に硬直させられた。

 一式陸攻の側面が内側から開けられ、搭乗扉から扶桑海軍第二種軍装の白い詰襟がゆらりと立ち上る。こちらまで届くような熱気や、火山もかくやと吹き上げているどす黒い煙、そして駆け寄った消火班にも一切気にする素振りを見せず、制帽を正す余裕さえ見せつけて、ゆっくりと機体から離れてこちらへ近づいてくる人影があった。その細身の影が風向きが変わり、たなびいて煙が途切れた刹那にロザリーを見つけ真っ直ぐに見据えていた。両手に鞄を下げ、白い詰襟姿は一見して海軍士官にも見えるが徐々に近づき、やがて海軍のものとは異なる錨に剣を組み合わせた帽章を見分けられる距離まで来ると、ようやくその人影の相貌も窺えた。ロザリーは吸い寄せられるように機体の方へ進み出ると、慌てたようにハインリーケも付いてくる。

 短く刈り揃えられた髪と、透けて見えるような肌。能面に浮き立つ赤い唇が確かな笑みを湛えており、端整な鼻梁を挟む切れ長の目も、()()()()以来変わることのない輝きを放っている。

 あれだけの強行着陸をして怪我ひとつなく、汚れが目立つはずの白い軍装には汚れが見受けられない。整いすぎている男に周りの整備員はまだそこまで気が回っておらず、ロザリー以外では唯一ハインリーケがその姿に目を奪われていた。

 気がついたときは白い詰襟姿はもう笑っておらず、いっさいの感情を廃した能面がこちらを直視している。燃え盛る炎を背後に従えて、男は陽射しの暑さとは全く無縁の冷たい光をその目に湛えていた。男が歩みより、ロザリーと三十メートルほどの距離に近づいた途端、男の背後の一式陸攻は唐突に大爆発を起こした。

 日差しの重さを無視して吹き上がった炎と黒煙にハインリーケの「なっ……!」といううめきを背後に感じ、轟音と熱風がそれを押し流した。火のついた破片が全方位に飛び散り、ハインリーケは思わずシールドを発動させてロザリーと自分を守っていたが、男は機にする動作一つすることなく背筋を伸ばして歩き、近づいていた。

「初めまして。扶桑海軍陸戦隊欧州根拠地隊所属、浅倉(あさくら)雅実(まさみ)、階級は大尉です。よろしくどうぞ」

 こちらの機先を制して、さらりと差し出された右手をロザリーは確かに取り、その若者の鳶色の瞳を覗き込む。

「ブリタニア空軍、506JFW(第506統合戦闘航空団)名誉隊長のロザリー・ド・エムリコート・ド・グリュンネ少佐です。待っていたわ。こちらこそよろしく」

 わずかに頬を緩め、微笑をかたどった細面と一体となり、体温さえ感じさせない能面がたったそれだけの動きで青年特有の瑞々しさを湛えるようになる。ある種の妖艶さえ感じさせる気配を伴って雅実は笑みを浮かべていた。ロザリーの後ろに控えるハインリーケの視線を気にしてか、雅実は余計なことは口にせず、()()()()と変わらないロザリーの澄んだ青い目を見返した。2人の視線が絡み合い、その刹那、何人たりとも立ち入れない領域が出来上がる。同じ責を背負い、同じ傷に痛みを覚え、同じ辛酸を舐めた者同士の陰惨で、微かなやり取りは瞬きする間に終わる。

「こちらはウィトゲンシュタン大尉。カールスラント空軍のナイトウィッチよ」

 ロザリーに紹介され、ハインリーケは踵を整え、雅実が向き直った。

「ハインリーケ・プリンツェシン・ツー・ザイン・ウィトゲンシュタンだ。506JFWの戦闘隊長をしている」

 彼女らしい簡潔な自己紹介に、ロザリーは苦笑する。すると雅実も「厄介になります」とやはり簡潔に答え答礼した。

「怪我はしてない?」

 問いかけたロザリーを手で封じ、雅実は炎上を続ける一式陸攻に目を転じた。ハインリーケは雅実の左手が他人の血で汚れているのを今さら気がついた。

「よい操縦士でした。弔いは丁重に頼みます」

 消火班の作業もむなしく、恐らくは完全に燃え尽きるまでするま燃え続けるだろう一式陸攻の残骸を雅実は見つめて言った。その横顔は部下の死を悼む実直な軍人以外の何者でもなく、先程までの瑞々しさは消え去っていてハインリーケは目眩ましさせられたような気分を味わった。雅実は基地の喧騒には目もくれず、燃え続ける炎を見続けていた。

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