【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん 作:リチウム
いや、肝心のオーディションは3行程度だったんですが。
今回は例のあの人登場回です。
もっとも、半分ぐらいオリジナルパートですが。
そのせいか1話予定を2分割でお送りする事になりそうです。
まあ、そもそもオリジナル部分自体なんか生えたやつなんでしょうが無いといえばそうな気がしています。
今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。
サマーシーズン到来!!
以前のオーディションから2週間と少し、7/20は全学生にとって待望の日であった。
即ち夏休み! 厳密に言えばその前日の終業式である!
陽キャたる喜多ちゃんは当然ながら夏休みのスケジュール管理で大忙しだ。
一生に3度の高校生の夏休み、誰をどのイベントに誘い、どこに何をしに行くのかも7月に入ってから念入りに計画し、特に夏祭りに備えて浴衣まですでに購入しているのだ。ちなみに、水着は友達と一緒に買いに行くイベントとして1日枠を取っている。
そんな感じでキャイキャイとクラスメイト含む数人で、どこ行く? 何する? 話題のスポットが~、などと和気あいあいとした会話を繰り広げる放課後の教室。
そこで突如として大きな音を立てて開かれるドア。
──視線の先に居たのは、鉄仮面の怪物であった。
スプラッター映画の殺人鬼のような無骨な鉄仮面、濃い赤色にドクロのプリントのシャツ、背中には黒いギターケース。
そして、ピンクのジャージのズボンと秀華高のスカートを履いていた。
ここの段階でようやく喜多だけが、この推定スプラッターモンスターの正体が後藤ひとりであることに気がついた。
しかし、そんな事を知らないその他のクラスメイトたちは完全に凍りついていた。
そんな、誰一人声どころか身じろぎ一つできない状況で、一歩一歩怪物が歩を進める。
そして、喜多ちゃんの前で立ち止まり、怪物が話し始めた。
「喜多さん、明日から夏休みですね」
「え、ええ……、そうね……」
思ったよりも普通の会話が始まり、しかし緊張が解けないクラスメイト。
「8月、結束バンドの事実上の初ライブですね」
「ええ……、そうね……、友達も来てくれるって、チケットもノルマ分買ってもらったし……」
今さり気なく触れられたが、STARRYのブッキングライブはすべてチケットノルマ制のため、バンドにチケット販売ノルマが課される。結束バンドの場合、20枚を4人で割って1人5枚だ。
そんな2人の会話の内容は至って普通であった。
一部の喜多ちゃんの友達らしきクラスメイトがこの怪物が喜多ちゃんのバンド仲間かつ噂の後藤さんだと気づき、少し引いていたりするが。
「それじゃあ、もちろんいいライブにしたいですよね」
「そ、それは当然よ!」
珍しくぼっちが会話の主導権を握っていることとその妙な風貌のせいで気圧される喜多。
「ちなみに、夏休みの練習スケジュールはどうなっていますか?」
「えっ、それは伊地知先輩からロインで来てたんじゃ……」
「いえ、個人練習のことです。
具体的にどれぐらいの練習をどういった教材で消化して、なんの曲のどのパートをどこまでにとか決めてますか?」
「え、えーっと、それは……」
そう言われて振り返ると、概ねいつもどおりという結論に達した。
つまり、学校がある時と同じ練習時間に放課後の練習時間を穴埋めで足すようなスケジュール感だ。
ただ、その具体性はできるまでやるぐらいの曖昧なものだが。
ここで、ぼっちが喜多の肩をガッと掴んだ。
小さく悲鳴を上げる喜多。
ぼっちの目が血管を視認できる距離まで近づいている。
「じゃあ、特訓ですね。
具体的には1日8時間程度で良いでしょう」
「は、8時間!?」
思わず驚きの声を上げる喜多。
ギターだこができる程度に頑張れる喜多だからこそ、1日8時間の地獄が容易に想像できる。
というか、そこまでやってたら自分の立てた予定は全滅だ。
「ちょ、ちょっと大げさじゃない?
ま、まあ私が一番頑張らないと駄目なのは分かるんだけど、友達との予定とかもあるし……「喜多さん」」
「な、何かしら……」
「ギターは毎日8時間、友達無くすまで部屋から出るな、イソスタはライブ上手くいってから*1、です」
そして、喜多の周りの人間に目を向けると、『じゃあ、そういうことなので』と一声かけるやいなや、喜多を担ぎ始めた。
「え、ちょっと後藤さん?
後藤さああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………」
そうして、喜多ちゃんは謎の鉄仮面によって誘拐されていってしまった。
ようやっと回復したクラスメイトが大人の人を呼びに行こうとする。一方、喜多ちゃんの友達たちはそれをなんとか説明して、留めるために追いかけることができなかった。
一方、ぼっちは校門前辺りでバテバテになっていた。
すでに喜多ちゃんは降ろされ、呼吸が怪しいぼっちの背中を擦っている状態だった。
「ゼー、き……、喜多さん……、ハァー。
も、もう少し、ゼー、た、食べたほうが、ハァー、良いと、思います*2」
「説得力!!」
確かに、この惨状を見れば、喜多が想定より重いせいでバテバテになったように見えてもおかしくない。
実際は1から10までギターヒーローモードの全能感で突っ走った結果なのだが。
「と、ともかく、夏休みは強化練習です。
わ、わたしも付きっきりで行くので、結束バンドのギターボーカルとして、一端に仕上げていきましょう。少なくとも2000円分程度には」
そう言われて、ようやっと喜多のスイッチがカチッとハマった。
あんなにギターが上手い後藤さんが、わざわざ夏休み返上で付きっきりで練習してくれるというのだ。ここで奮い立たずして何がギターボーカル、何が結束バンドのフロントマンか。
それに、2000円という言葉にも喜多は敏感に反応した。そうだ、今までの遊びのイベントの延長線上で考えてしまっていたが、そもそも自分は今回お金を貰う立場だ。それを友達であることを理由に甘えることは許されない。
むしろ、コレを期にそのクラスメイトたちに結束バンドのファンになってもらうぐらいの気概でなくてはならない。
「そうよね、うん! 後藤さん、私頑張るわ! それに、夏休み返上でなにかに打ち込むのも青春よね!」「ぐぼっ」
青春という単語に予想外のダメージを受けるぼっち。
どうやらギターヒーローモードが切れたようだ。
「そういえば、今日は包帯じゃないのね」
「あっ、はい。結局のところ、自分の顔じゃなければいいので……。
それに、今日必要だったのは包帯よりもこの鉄仮面でしたし……」
あの鉄仮面に何があるのだろう。
喜多は少しホラーじみた予想に身を震わせていた。
実際は同じ仮面を被った某有名ギタリストに肖っているだけなのだが。
「それじゃあ、早速今日から、よろしくお願いしますね」
「ええ、がんばりましょうね!」
そう言って、バイト先に向かおうとする二人。
「あっ、荷物まだ教室だった。ごめんね後藤さん、ちょっと待ってて」
そう言って慌てて引き返す喜多ちゃん。
その後、急いで校門に向かおうとしたのだが、クラスメイトに鉄仮面について質問攻めに合い、抜け出すのに時間がかかってしまった。
ようやっとクラスメイトの追求から抜け出した喜多が校門で目撃したのは、守衛さんらしき人にガチ説教を泣きながら食らっているぼっちの姿であった。
喜多は説教が終わってから今来たような体で合流した。
決して見捨てたわけではない。
ただ、あのいたたまれない状態を見て見ぬふりをする情けが喜多に存在しただけであった。
◆ ◇ ◇ ◇
あれから2週間、それは喜多の人生において最も過酷な2週間であったと言ってもよいだろう。
ぼっちは毎日8時間とはいったが、結局バイト以外の全ての日で8時間以上のマンツーマンでの練習が続いた。
スタジオを1日中借りるようなお金はないため、互いの都合に合わせて後藤家で1日練習するか、喜多家で練習するかが延々と繰り返される日々。
特に、ぼっちの自宅は押し入れがお手製の防音室のような作りに改造されているため、夜遅くまでギターとボーカルの両方の練習をすることができた。
痛みを通り越して麻痺する指先、腱鞘炎*3を防ぐために必ず取らざるを得ない8時間の睡眠。
だが、何よりも辛いのがイソスタからの事実上の切り離しであった。
いや、もちろんだがぼっちがスマホを取り上げたりしたわけではない。
ただ、練習につぐ練習のためにイソスタに上げられるようなスイーツやスポット、イベントから完全に切り離された結果、投稿できる内容がギターぐらいになってしまい、結果としてイソスタが練習報告の場と化してしまっているのだ。
努力の最も辛いところは、努力そのものよりもその努力によって他のことができなくなること、とは誰が言った言葉だったか。
今、喜多はその言葉の意味を言葉ではなく心で理解していた。
喜多には毎日の過酷な練習に耐え続ける覚悟はあれど、イソスタや友人関係から引き離される覚悟などこれっぽっちもできていなかったのだ。
結果、すごい勢いで上達しているギタボの腕前とは正反対に、喜多の精神力は限界スレスレを迎えつつあった。
すでにギターに『リョウ先輩』と名前をつけて愛おしそうに手入れしており、微笑みデブ*4ならぬ微笑み喜多ちゃんと化している程度にはキテいるため、何時ぼっちをポムッ*5としてしまわないかが心配なところだ。
なお、ぼっちはいつも通りである。
だって、こんなのいつも通りなんだからいつも通りなのは当然だ。
なんなら、喜多のペースに合わせてる分余裕さえあるぐらいだ。
実際、余った時間はギターヒーローの動画作成に当てられている。
そして、ついに限界を迎え始めた喜多はポムる前に策を講じることにした。
「ねぇ、後藤さん、ちょっといいかしら?」
「あっ、はい」
いつものキラキラ感が薄れ、泥のような目をしている喜多。
しかし、ぼっちは気付いていない。目を合わせて話せないせいである。
むしろ、キラキラダメージが薄いのは、この夏の間に喜多のキターンに適応したのかもとさえ思っている。
「後藤さんのチケットノルマって、今どうなってるのかしら*6」「おごぁ」
ぼっちが夏休み前にノルマを消化できていないことは知っていた。
そして、夏休み中ずっといっしょだったため、一枚もチケットを捌けていないことも当然把握している。
「私の練習ももちろん大切だけど、後藤さんのノルマをなんとかするのも同じぐらい大切だと思うの。
だって、今後もチケットノルマは続くんだし、まだ余裕がある内に対策しないと、ね?」
「そ、それもそうですね……」
「私の友達にもっと声をかけても良いんだけど、それだと後藤さんのためにならないわ*7」
「ま、まあ、そうですね……」
「と、言うわけで後藤さんにはしばらくチケットノルマに専念して欲しいの!
大丈夫よ! 仮に1週間後もダメそうだったら、私が全面的に協力するから!」
そう、全てはここまでの布石。
ぼっちから合法的に休日を勝ち取るための喜多の策略であった。
これで、1週間は自由時間ができる。喜多には確信があった。
ここでぼっちが1週間で3枚*8売れると全く思われてない辺りがぼっちという人間の評価を表している気がする。まあ、人間性的には全くその通りなので何も言えないが。
しかも、狡猾なことに確実を期すため、ぼっちの両親に知り合いへの紹介はギリギリまで待ってもらうよう、すでに釘を差していた。
止めさせるではなくギリギリまで待たせるというのがミソで、コレなら例え娘のコミュ障っぷりを知っている両親でも頷いてくれるだろうという計算だ。人間関係が器用な喜多ちゃんらしい妙手である。
「それじゃあ、明日から頑張って、後藤さん!
練習はこっちで頑張っておくから!」
もちろん遊ぶ時間は確保した上で、という言葉はココロの中にしまった。
と言うか、この2週間で過酷な練習が習慣化してしまい、完全にサボるとかえって不安になるのでちゃんと練習するのは決して嘘ではない。
ただ、体がイソスタを、陽キャ的イベントを求めているのだ。
そうして帰路に就いた喜多の心は久方ぶりの自由の味に歓喜の声を上げていた。*9
そして、それとは対照的に、ぼっちの心はどんよりと重いままであった。
◇ ◆ ◇ ◇
明くる日の夕暮れ時、場所は
チケットノルマ5枚、内2枚は父と母が買ってくれるので残り3枚。
ジミヘンとふたりは犬と5才児のためカウントできない。
おばあちゃんもいるが、このために片道3時間を移動してもらうのは忍びない。
しかも、両親のツテに頼ろうにもやんわりと窘められてしまった。
結果残る3枚のチケット。
常人でさえ売り捌くのに難儀するライブチケットが3枚。
ぼっちにはもはやこれらが呪いの装備に見えてきていた。
しかも、他の3人はすでにノルマを捌いているという事実がプレッシャーを加速する。
ロインで聞く限りだと友達に売ったらしい辺りこちらの参考にならないのもまた辛い。(なお山田*10)
ぼっちも一応ライブのフライヤー*11を作ってきたりはしたのだが、お世辞にも良いクオリティのものとは言い難い。控えめに言って夜中に目撃したくない出来栄えだ。
こういうのは手書き・手作り感があったほうが好感持たれやすいと聞いて、アー写を元に4人のイラストを付けてみたのだが、コレがまあ怖い。呪われそうなほど怖い。
というか、仮に高クオリティで作れたとしても配れる気がしない。
駅前のティッシュ配りとかもそうだが、こういうのは9割がたシカトか断られるかのどちらかであり、それでもめげずに配り続ける精神力が求められる。
ましてや、ティッシュのような役に立つ何かがついているわけでもないことを考えれば打率はもっと下がるだろう。
と言うか、なんでわたしは地元で配ろうなどと考えてしまったのだろうか?
溢れる溜め息。
そうだ、せめて下北沢に行った時に配ろう。
あのおしゃれタウンでフライヤー配りなどという苦行を敢行せねばならないのは甚だ不本意ではあるが、そちらの方が現実的な以上やるしか無い。
なにせ、今日を抜かせば後8日でライブである、事此処に至り手段を選ぶ余裕など無い。
もしも、仮にノルマを捌けなければ、バンドをクビになるかもしれない。
学生の身分とは言え、バンドは立派な経済活動集団。
多少ギターが上手かろうと、一銭にもならない人間に居場所などあろうはずもない。
──実際、ぼっちの被害妄想的な部分も多分に含んでいるが、間違いとも言い難い。
結束バンドだから被害妄想で済んでいるが、他の一般的バンドなら不和の種にはなりうるものだろう。
ぼっちが結束バンド以外に入れるかは置いておいて。
仕方ない、今日は帰ろう。
明日から頑張ろう。
そう思い、腰を上げるぼっち。
「うぁ……」
そこに倒れ込む女性が1人。
顔色が悪く、わずかに痙攣を起こしており、小刻み動いたかと思えばなにやらうめき声を上げている始末。
どう考えても健全な状態ではないのは明らかである。
「えっ、ひ、人が倒れて……。
ええ、どうしよう、声かけなきゃ、いや! それよりも、きゅ、救急車!?」
慌ててスマホの電話機能から119*12をコールするぼっち。
「も、もしもし!」
『ポーン。午後、4時、30分、ちょうどをお知らせします』
パニック状態に加えて普段全く使わない電話アプリの操作もあいまったタッチミス。
ぼっちのパニック係数は爆発的に増加中である。
そんなぼっちにかかる声。
「ぅぇ……、ず……、お水ください……」
「え、あ、は、はい! 今、そこのコンビニ*14で買ってきます!」
とりあえず指針ができたので落ち着きを取り戻したぼっち。
「あと酔い止めぇ……」
「は、はい!」
「あ、あと、しじみのお味噌汁*15……、おかゆも食べたい……」
少しぼっちの顔色が変わる。
あれ? これもしかして緊急事態じゃない?
「介抱場所は、天日干ししたばっかのふかふかベッドの上でぇ……」
(す、すごい注文してくる……)
ここにきてぼっちもようやく確信する。
これ、ただの酔っ払いだ。しかも悪質なタイプの。
とは言え、一度買ってきますと言ってしまった以上、買いに行かざるをえない。
そこらへん、ぼっちはいい子なのだ。
◇ ◇ ◆ ◇
地べたに座り込み、水と酔い止めにしじみの味噌汁を流し込む謎の女。
先程までのグロッキー状態が嘘のような回復速度は酔い止めの優秀さか、はたまたコイツの慣れか。
「ぶはぁ、肝臓に、しみるぅ~。
助かった~、ホントにありがとね~。まさかホントにお味噌汁買ってきてくれるとはぁ」「い、いえ……」
この言動からして、明らかにたかり行為の常習犯であることが伺える。
ぼっちはもうすでに帰りたい気持ちでいっぱいだった。
(ヤバい人を助けてしまったかも……)「あ~、頭外して丸洗いしたい……、内臓取り出してアルコール絞り出したい……」
「あ、あの……、それじゃ私これで……」「あ、名前何ていうの?」
立ち去ろうとするも、会話が始まってしまったために離れられない。
会話をこちらから切ることができない。陰キャの悲しき習性である。
「ご、後藤ひとりです」
「へ~、かわいい名前」ングング
「あ、ありがとうございます」
何時にも増してテンションが低いぼっち。
そして、さり気なく紙パック酒を取り出して飲み始める酔っ払い。
「ぶは~、お酒はほどほどにしないとね~、って言った傍から飲んじゃうんだけどね。
はははは! 迎え酒*16~、ングング……、ぶはぁ~、効くぅ~」
いわゆる本物に絡まれてしまったぼっちはいよいよ目が死にかけてきている。
少なくとも、明日下北沢でフライヤーを配れるほどの精神力は残っていないだろう。
そうしている間にも、酔っぱらいは酒を並べ始める。
紙パックだけでなく、どこに隠し持っていたのか一升瓶まで取り出す始末。
そして、当然のように一升瓶をラッパ飲みし始める。
(飲む手が止まらない……、どうしよう? 帰っていいかな……)
「あっ、ひとりちゃんも飲む? 安酒*17だけど」「あ、いや……」
「ん? ひとりちゃんって未成年だっけ? ってあれ~? 聞いてるぅ~?」
そう言って露骨に絡みに来る酔っ払い。
不味い、このままだと本当に飲まされかねない。
未成年で飲酒ロック*18なんてしたら、バンド以前に高校退学だ……
学校を辞めたいぼっちだが、学校を辞めさせられるのはイヤなのだ。
(あっ、絶対ヤバい人だ。本気なのかボケなのかわからないけど……、3秒後にダッシュで逃げよう!)「何でさっきから何も言ってくれないのぉ~? はっ! ひとりちゃん体冷たぁ~い、コンクリみたいだよぉ。どうどうどう、どうする? お、お酒飲もっか、やっぱり? ひひひひ」
そうして、
ギターを背負い、フライヤーを回収して準備万端。
「わ、私はこれで……」
そういって、一歩を踏み出すぼっち。
「あっ……」
しかし、その一歩目で足が絡まり、転びかける。
スローになる時間、顔面直撃コースになるはずの転倒は後ろからの謎の力で止まった。
「おっ、ギター。弾くの? ギター。私バンドやってんだぁ、インディーズだけどね~」
謎の力の正体は酔っ払いであった。
ギターケースをがっちり掴まれている。つまり、逃げられない。
(いぃぃぃ、この人楽器やる人!?)「ねぇ、弾けるの? ギター」
(こここ、怖い! 大人のバンドマンと話すの初めてだ……。な……なんかわからないけど……、怒られる~!? へ、下手なこと言う前に消えよう……)
「あ? ひとりちゃん、どうした~?」
ギターケースの手もいつの間にか離れていた。
つまり逃走のチャンスに他ならない。
「あっ、いや……。こ、これ買ったはいいんですけど1日で挫折して今から質屋さんに売りに行く所だったんです」
「え?」
「もっと相応しい人にこのギターを使ってもらって大空へ羽ばたいてほしくて、わ、私は全然弾けません! すみません! あー何円で売れるかな! 今日は焼肉だああああああああああああああ「待って!」」
そうして、またしても捕まるぼっち。
今度は左腕を取られた。今度こそ逃げられない。
「1日で諦めるのは……、もったいないよ」「──えっ?」
「売るのはいつでもできるからさ、もう少し続けてみたら、そのギターに相応しい人になれるかもよ。
なーんちゃって! へへ、良いこと言っちゃった~」
(あれ? 思ったよりまともな人っぽい?)
今までとは違う冷静で優しげな声色。
それにぼっちのパニックもようやっと収まった。
「え~、そうだ! お姉さんが手取り足取りレッスンしてあげようかぁ~?」
「あ……、いや……、ごめんなさい。今の話……、全部嘘です」
「えっ? すごいスラスラ嘘つくね」
衝撃で酒が抜ける酔っ払い。
ぼっちもぼっちでこんなん相手でも嘘をついた罪悪感で少し沈んでしまっている。
結局元の位置に戻って会話を続けることになった。
酔っ払いがギターを借りて1ストローク。
濁りのないきれいな音は手入れが行き届いている証拠だ。
「お~、いいギター。大事に使ってるんだね」
「あ、ありがとうございます」
「私はベース弾いてるんだ~。
お酒とベースは私の命より大事なものだから、毎日肌身離さず持ってるの」
そういって、おにころを取り出して飲み始める酔っ払い。
もはや、服に入るスペースを超えてるような気がするが、気にするだけ無駄だろう。
「あ……、え……、ベースはどちらに……?」
振り返ると分かるのだが、ぼっちが酔っ払いがバンドマンだとわかったのはバンドやってるという自己申告が入った瞬間だ。
流石にベース持ってたらひと目で分かる。
つまり、コイツは今ベースを持っていないわけだが……
酒みたいに謎空間から召喚するのだろうか?
「────居酒屋に置きっぱなしだぁ」
流石にそうはならなかった。
楽器召喚はやはり人外の特権のようだ。
「取りに行くよひとりちゃん!」(命が……軽い……)
そういって、ぼっちを引っ張って走り始める酔っ払い。
思ったよりも足取りが軽やかなのは、しじみの味噌汁の力か、はたまた迎え酒の効力か。
一つ確かなのは、今間違いなくぼっちは逃げられないという事実だけであった。
◇ ◇ ◇ ◆
一方こちらは下北沢、STARRY付近のいつものレンタルスタジオ。
そこではぼっちを除く結束バンドの3人が練習を行っていた。
もちろんぼっちも誘われてはいたのだが、チケットノルマを捌くべく自主的にお休み中である。*19
ここでは喜多がこの2週間の成果を遺憾無く発揮していた。
力みがちだった腕全体を使ったストロークは手首を使ったしなやかな物に。
ミュートが甘く、ゴミが混ざりがちだった音もきっちりとミュートされたちゃんとした音に。
何よりも一定のテンポでしっかりと刻まれるピッキングは一朝一夕で身につくものではない。
「おおー、スゴイじゃん! オーディションの時と段違いだよ!」
「うむ、褒めて遣わす」
「あ、あ゛り゛が゛と゛う゛ご゛ざ゛い゛ま゛す゛う゛う゛う゛」
素直に褒める2人。
もちろん、指摘すべき粗は当然ながら多い。
しかし、そんな無粋な真似はしない。
オーディションからの成長を知っている2人は喜多がこの夏の間にどれだけのものをギターに捧げたのかが分かるからだ。
喜多は誰の目も憚らず泣いた。ようやっと少し報われた気がした。
嘘をついたあの日から、逃げ出したあの日から、練習し続けた日々が少しだけ報われた気がした。
それは3人とは比較するのもおこがましい僅かな時間ではあるが喜多が真摯に努力を重ねた結果であった。
とはいえ、ここ最近の地獄から一時的に解放された影響の大きさは否めないが。
「これなら3曲目もバッチリだよ! いや~、喜多ちゃんも立派になって……」
「いえ、そんな……。
それに、ここ最近は後藤さんと練習ばっかりで、正直あんまり上手くなってる実感が出なくって……」
もちろん、ぼっちも良くなった点はしっかり伝えている。だが、それ以上に改善点が出てくるし、何よりも比較対象が後藤ひとり(ソロ弾きバージョン)なのも大きい。
そして、それ以上にただ黙々と弾き続ける時間の長さがそういった会話の印象を薄れさせていた。
「正直、ここまでみっちり練習すると思っていなかったものですから……。
ここ最近のイソスタのタイムラインもギターの画像ばっかりで……」
「えっ、そこまで!」
そこで喜多のイソスタアカウントを確認する虹夏。
そこに並ぶのはひたすらギター、ギター、時々マイクと文庫本。
背景がほとんど家の壁でおそらくはぼっちと喜多の家なのだろうが、それ以外がないのが異質と言えた。
夏休み前の投稿についた『明日から夏休み!』のはしゃぎっぷりが嘘のような無機質なギター画像の連打は喜多の夏休みがいかなるものだったかを雄弁に物語っている。
更にそれ以前のキラキラ画像の数々と比べれば、もはや温度差が砂漠の昼夜*20に匹敵しかねないレベルだ。
「えーっと……、ちなみに喜多ちゃんは夏休みはどのぐらい練習してたの?」
「そうですね、大体朝から後藤さんの家に行って、そこから夜までずーっとマンツーマンで練習してましたね。
お昼ごはんも頂いてましたし、時々夕食もごちそうになって、場合によってはお泊りまで行くことも合ったので……、大体1日12時間は練習してたような……」
「12!?」
「あ、流石にずっとギターばっかりじゃないですよ!? ボーカル練習もしましたし、作詞のために図書館*21行ったりしましたし……、そもそもSTARRYのバイトの日とか合同練習の日はもうちょっと少ないですよ? それに、私の家で練習する時は流石に夜中までは難しいですから……」
「なるほど~、じゃあ練習日以外はクタクタで遊べないほど頑張ったわけだ」
「レンシュウビイガイ? ナンデスカソレ?」
あっ、地雷踏んだ。
虹夏は直感した。
即座に舵を切る虹夏。
「そ、それよりぼっちちゃんは今どうしてるかな!!
今日はチケット売りたいからお休みー、だなんて結構珍しい感じだし!」「ゔっ……」
今日の午前中に遊び回ってようやっと精神力が回復した喜多ちゃん。
そのせいか、昨日の自身の所業について少し思うところが出てきたようだ。
まあ、客観的に見ればポムるよりはマシなのだから仕方ない気もするが。
鈍った喜多に変わり、山田が続ける。
「わざわざこっちに『どうやって捌きましたか?』なんて聞く辺り、自力でなんとかしたいんだと思うけど」
「う~ん、それがプレッシャーになってないと良いんだけどね。実際そこが辛くてやめちゃったバンドマンって多いと思うし」「ぐふっ」
わざとプレッシャーを掛けて追い込んだ喜多に、虹夏の追撃が突き刺さる!
「気持ちわかる、私も何度圧をかけられたことか……」ヨヨヨ
「よく言うよ! まったく……、あ~、大丈夫かな~……」
「あ、明日……、後藤さんを手伝う準備しておきますね……」
「う~ん、それもそうだね。頑張るのは大切だけど、あんまり不向きなことさせるのも辛いだけかもだし」
そういって、失敗前提でカバー策を話し合う3人。
喜多としても昨日の自分に思うところがあるようで、休日が減るとしてもぼっちを手伝うことに決めたようだ。
最も、それが最良の形で裏切られてしまうことを喜多はまだ知らない。
そして、それが意味することは、すなわち第二次デスマーチ始動の合図にほかならぬということを。
今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
敬称略です。
☆9 naguuu 紫宝レイ komekichi 逆真 如月慶人 エンスト Scp-3201 ココロヨヨ マニモル 邪神ちゃん555
本世界線ではオリジナル曲が1曲増えているので、そのしわ寄せが喜多ちゃんにどっと押し寄せました。
まあ、本番はこれからですよ。誰にとっても。
そう言えばですが、本日4/21は喜多ちゃんの誕生日ですね。
そんな日に喜多ちゃん詰める内容ってどーなのと思わんでもないですが、枯れ木も山の賑わいってことで一つ。
次回ははじめての路上ライブ予定です。