【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん 作:リチウム
私は伝説の目撃者となるのだ……
その衝撃でこの後の展開何個か飛んだりしましたけど。
なんか喜多ちゃんが執拗にいじめられているような気がしてなりませんが、ふとある漫画を読んだ際に『内弟子は人間じゃないからのう!』と言っていて、アッ、それもそうだなと思いました。
つまり、修行中の喜多ちゃんの人権は剥奪されるのが普通ということ。まあ、人命には関わらないから大丈夫だよ、多分。
というわけで、今日も後藤家訪問回です。
なんかスゴイ長くなってしまいましたが、まあ大丈夫だと信じたいところです。
今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。
後藤家を訪れた結束バンド3人組。ぼっちからの歓迎と言うか洗礼を受けていよいよ後藤家内に足を踏み入れる。
その時、リビングから後藤母と父が現れた。
「あら~、いらっしゃ~い。山田さんは5月の病院以来かしら?
アレからまたひとりが医者のお世話になるようなことしてないかしら? ほら、ひとりって時々いきなり壁に頭を打ち付けたりするでしょ? それでまた倒れちゃったりとかしてないか心配で……*1」
「お、お母さん! やめてよ!」
「いえいえ、むしろバンドによく貢献していただいて有り難い限りです。
郁代の特訓なんて、本来お金取れる内容だと思いますし、それ以外にもバンドの経費のためにバイトで慣れない接客まで頑張ってくれてますし、娘さんは思うよりちゃんとバンドで活躍していますよ」
「「せ、接客!?」」
ハモる両親。
どうやら娘が対人スキルが必要な仕事をこなしているという事実がよほど衝撃的だったらしい。
まあ、無理もないが。
一方、喜多の方は初めて見る山田の余所行きお嬢様モードに大興奮の様子。もうこれだけで夏のダメージが全部抜けそうな勢いだ。
山田は育ちが良いだけあって、その気になれば礼節は完璧にこなせる。流石にバンド仲間のという枕詞が着こうが大人相手なら相応の振る舞いをするらしい。
虹夏は幼馴染だけあって、動揺は少ない。せめて普段もこの1/1000でもまともならと思わずにはいられないが、それもご愛嬌というものだ。
「そ、そんなに驚かなくてもいいじゃん! わたしだってもう高校生なんだよ!」
「そっか~、もう高校生なんだな~。時間が経つのは早いな~。
ひとりもなんだかんだでバンドも組めてるようだし、友達と毎日練習してるなんて、去年の冬頃には「お父さん!」あっ、ごめん……」
ぼっちが無理やり会話を遮る。
一見照れ隠しのように思える会話、しかしその声に僅かな怯えが見られることを山田と喜多は感じ取った。
山田は後藤ひとりと言う人間への理解度から、喜多は感情の機微を捉える能力の天禀から。
おそらく去年の冬に何かがあったのだろう。
だが、二人はそれに触れることはしなかった。
『まだ早い』、思考の経緯がどうあれ、その結論は一致していた。
「それじゃ、早速ぼっちちゃんのお部屋拝見といきますか」
「いきましょ~」
一方の虹夏はいつの間にか妹のふたりと仲良くなっていたようだ。
妹特有のエンパシー*2でもあったのだろうか? すでにだいぶ距離が近い。
「そそそ、そうですね! もう、今日は準備万端ですから! はは、早く行きましょう!」
何時になく強引なぼっち。
山田はそれを先程の話に触れられたくないがためと解釈した。
一方、喜多ちゃんは嫌な予感がしていた。そう、話を流そうとしているにしてはぼっちちゃんがイヤに自信過剰なのだ。
つまり、またやった。そう認識してよいのだろう。
──まぁ、いっか。
流石に写真部屋以上の変なレイアウトはお目にかかれまい。
喜多は結局、その違和感を放置して進んでいった。
「おおぅ、これは……。なんというか……」
「はしゃいでるね」
「思ったよりもまともね」*3
ぼっちの部屋は即席のパーティー会場と化していた。
閉め切った部屋を照らすカラフルタイプのミラーボール。
ナイトプールのポスター、壁に一面に貼られた『YEAH!』『PARTY PEOPLE』『PON PON』などの文字や星型の蛍光ステッカー。
色とりどりの風船、運動会でしか見ないような三角連続旗、そして『ようこそ! 後藤家へ』と書かれた小さめの横断幕。
テーブルの上もそれっぽいお菓子にわざわざシャンパングラスに入れられたポッキーなど、如何にも『パリピ』感溢れるレイアウトに仕上がっている。
喜多はもうなんだか可哀想な気分になった。片目からツーと涙が溢れる。
世界の闇、社会の格差、どうにもならぬ不平等な現実が目の前に有るような気がしてならない。
多分似たようなことが2、3回起きたら活動家か何かに目覚めかねない勢いだ。
「後藤さん!!」ダキッ
「はっ、ハイ!」
たまらずぼっちに抱きつく喜多ちゃん。
頭を抱いてギュッと抱き寄せる姿はこのワンシーンだけなら感動の再会レベルである。
「ライブ終わったら、いっしょに遊びに行きましょう!
花火をして、お祭りに海に、プールにも行って……、そして、山でキャンプして星を見るの!
私が世界は残酷なだけじゃないってこと……、後藤さんにもいっぱいいっぱい伝えるから!!」
「──おーい、喜多ちゃーん」
「郁代、足元」
「ん? 足元? ええっ!?」
そこにあったのは巨大な真珠のようななにかであった。
薄っすらとピンク色に輝いており、模様のように見える黄色と水色のワンポイントは髪飾りの名残であろうか。
「あれ!? もしかして……」
「わかりません……、ぼっちちゃんです」*4
「0距離フルパワーの
どうやら致死量の
微妙に発光しているのも
「ねーねー、でんき付けて良い? お部屋が暗くて見えにくいよ」
「そうね、ついでに机の上も整理しちゃいましょう」
「じゃあ、ぼっちは私が責任を持って預かります」
「おい、その目*6は何だ? 売るなよ? 絶対に売るなよ?」*7
「つまり売れと。虹夏の鬼畜~」
「山田この野郎!」
ぼっちを抱えて*8逃げる山田、追う虹夏。
一方喜多はふたりちゃんといっしょに机の上を片付けていた。
机も空いて、山田がくたびれた頃、ようやっとぼっちが元に戻った。
おそらく山田の陰気が宝石化するほどの
席に着く4人+1、ふたりは喜多の膝の上に座った。
「それじゃあ、今日のお題、第一弾! これだ!」
ババーンという勢いで手元のタブレットを机に置く。
画面には『ライブTシャツを作ろう!』と表示されていた。
「バラバラの服より~、お揃いの方が~、一体感? バンド感? そういうの出るんじゃな~い?
それに~、『全然結束感ねーなぁ』とか絶対言われるし!」
「何より物販で売れる。ここはお手頃に3000円ぐらいで」*9
(あれ、まともな値段だ……。原価1円の結束バンドと違って……)*10
「無難にロゴTでも良いんだけど……、それ以上の案が出たらじゃんじゃん採用するからね!
じゃあ、二人は
「ふたりちゃんは私と一緒に考えましょうね~」「は~い」「えっ」
自然な流れで
流石に妹の前でははっちゃけられない*11って!
でも、喜多さんが招き入れてるのに外してもらうことなんてできない……、陰キャごときがスクールカースト*12最上位の意見を覆すことはできない!
ならば最善はふたりが自主的に出ていってくれること! さてどうする……、考えろ、ぼっち、考えろ~……
お絵かき帳を前にあーでもない、こーでもないと考えるぼっち。
バンド3人はそれを真剣に向き合っているものと捉えたが、唯一ふたりだけはぼっちの考えを薄々察した。
もしも、これが初会合であればそれでも我を通しただろうが、喜多ちゃんは何時でも来てくれるため今日ぐらいは良いかと考えた。しかし、虹夏ちゃんは別だ。ならば然るべき対価が必要である。
喜多ちゃんの元を離れ、ぼっちのもとに駆け寄るふたり。
「ねぇ、お姉ちゃん。アイス食べて良い?」
「えっ、別に食べればいいと思うけど」
「下の段のハーゲンナッツ」「ええっ!」
「それ食べながら、ムニヨンズ*13のアニメ見たいんだ~。ねぇ、ダメ?」
この提案が渡りに船なことは間違いない。
ハーゲンナッツ*14は惜しいが……、背に腹は代えられない。
「うん、いいよ」
「やったあ! そういうわけだから、ごめんね喜多ちゃん」
「あらそう。ハーゲンナッツなら仕方ないわね」
どうやら一連の流れで喜多も色々と察したようだ。
さして引き止めもせず送り出す。
「よ~し! 後藤さん頑張りましょう!」「は、はい……」
(たまにはみんなにいいとこ見せないと!)
そうしてお絵描きを始めること20分。
まず手が上がったのが喜多ちゃんであった。
「できましたー!」
「おっ! どんなのどんなの?」
「コンセプトは、友情・努力・勝利*15でーす」
そこに書かれていたのは、『皆でつかめ! 勝利の華を ガンバレ! \優勝/結束バンド』
──もう明らかにロックバンドのTシャツではない。
本編世界線ではこれ出しときながら『パリピバンド路線は辞めたほうが良いですよ』とか言っていたのだから驚きである。
「んん! 体育祭で見るやつ!」「うわっ、キツそう……」
「えっ、かわいくないですか?」
「郁代、あなた疲れてるのよ」*16
「そんなにダメなんですか!?」
「喜多ちゃん、優勝って何? ライブにそんな概念ないけど」
「んっと~。ノリです!」「ノリ?」
「だって~、こういうの着たらみんなの心が一つになる気がしません?
ねぇ後藤さ……、ん?」
ガタガタと震える音に注視する三人。
視線の先には白目をむいて震えるぼっちの姿があった。
(ク……、クラス一致団結……)
「ぼっちちゃん、体育祭に相当なトラウマが!?」「アウアアアウアアウアアアウアアウアウ……」
(体育祭……、それは陰キャのトラウマ学校イベント第1位!
運動のできない者は煙たがられ、存在価値を奪われる忌まわしき祭典!
授業内だけでなく放課後も! 横断幕制作*17や応援練習に駆り出される強制労働! 『一人は皆のために! 皆は一人のために!』
約一ヶ月、体育祭のためだけに生きることを強いられる拷問行為! 『一人は皆のために! 皆は一人のために!』)
「アウアアアアアアアア、エアアアアアアアアアアアア……」
青春コンプレックスのど真ん中を撃ち抜かれて再起不能になったぼっち。
今度はスライムのようななにかに退化しつつある。
「後藤さん、溶けちゃいましたね」
「今日暑いからね~」
「エアコン下げとこう。22℃まで」ピッピッピッ
完全にほっとかれるぼっち。
もはや3人はいつもの事といった感じで驚きもしない。
さっきの宝石化よりはマシな範疇というのもあるだろうが。
そうこうしている間にも3人の作業は進んでいく。
──ぼっちはまだ帰ってこない。
「今日のぼっちタイム、CM挟めそうなぐらい長いね~」*18
「郁代が青春コンプレックスを刺激してばかりいるので、ぼっちは考えるのをやめてしまいました。郁代のせいです、あ〜あ」*19
「ええ!? 後藤さん戻って来てー!」
「はー、まったく。罪な女だね喜多ちゃんは」
「しょうが無い、ここは私が流れを変える」
「リョウはファッションセンスは良いからね。期待しちゃうよ~」
そういってタブレットPCに表示されたのは、Tシャツを着てる人に自身のデザインを合成したコラージュ*20画像だった。
いや、そこは良いのだが、問題は内容である。
「ん? ナニコレ?」
「カレーだけど」
「いや、そういうことじゃないんだが?」
そして、その隣にはもう一枚画像が並んでいる。
「じゃあ、こっちは?」
「唐揚げ」
「なんで?」
「ぼっちのお母さんが昼何が良いって訊いてたから」
「普通に訊けよ!!」
「後藤さんはどっちが良いと思う?」
「ハッ! あ、その、わたしは唐揚げのほうが好きです……」
「じゃあ、そう連絡しておく」
そう言ってロインを送る山田。
「ノルマ達成、ヨシ!」*21
「どこらへんでヨシと判断した?」
「あ、あの……、わたしのデザインもよろしいですか……?」
「おっ、次はぼっちちゃんか……、大丈夫かな……」
「後藤さん、休みの間もずっと同じジャージなんですよね……」
「ぼっちはバンドTシャツいっぱい持ってるから、意外と期待できるかもしれない。
アウトプットは母数が物を言うから」
「おー、そう言われると期待しちゃうな~」
「はい! 自信作です!」
何時になく強気なぼっち。
──喜多はまた嫌な予感がした。
おもむろに立ち上がるぼっち。
お絵かき帳を横向きに持つ辺り、どうやら両面開きで書いた大作らしい。
そして、お絵かき帳が開かれるとそこには……
目に痛いほどの紅。
何故か破けてるTシャツの裾。
中学生の服にありがちな謎の英語フォント。
あちこちに無意味に付けられたファスナー。
たすき掛けされたチェーン。
結論! ダサい!
「ど、どうでしょう? おしゃれすぎますかね?
これだと、ライブ中服の方に目が行っちゃいますよね~」
何時になく上機嫌なぼっち。
これに真正面からダサいと切り捨てるのは流石に忍びない。なんとかマイルドに着地させなければ。
即座にアイコンタクトを取る虹夏と喜多。先に喜多が仕掛けた。
「後藤さん。その大量のファスナーと鎖は何に使うの?」
「あっ、ファスナーはピック入れで、鎖はギターストラップにもなります」
「意外と実用的!」
「へへ、へへへへ……、じゃあこれが『採用』ということでよろしいでしょうか?」
なんかくねくねし始めるぼっち。
ここらへんで止めないとダメージが大きくなる一方だ。
「ぼっち、これは流石にボツ」
「真正面から言ったー!!」
「後藤さんは……、後藤さんは大丈夫なの!?」
「ハグッ、ゲグッ、ウッグググオオオオ」
「うわっ、なんかデスボイス*22みたいなのが漏れてる!」
「で、でも、なんとか正気は保っているみたいですよ!」
どうやら、此処に至っても捨てきれぬデザインへの自信がなんとか正気を持たせているようだ。
しかし、これは次の山田の一言で消し飛びかねぬ風前の灯火に過ぎない。
「別に内容は悪くないんだけど、ファスナー、鎖にダメージまで入れたら3000円に収まらない。
物販で売るならコスパも重要だから」
「あっ、なるほど……。それなら仕方ないですね……」
「上手い! ぼっちちゃんの心理的ダメージを最小限に食い止めた!」
「先輩、流石です!」
なんとかいい感じに着陸させることに成功した山田。
陽キャ組の山田株がグーンと上がった。
なお、本人は気遣いとかではなく、終始本音で話していた模様。
山田的には金物はともかく、それ以外の部分はバンドTシャツってこんなもんだよなと思っていたようだ。
もちろん、着たいかと問われれば即座にNOを突きつけただろうが。
「それじゃあ、大トリはあたしが努めましょう!」
「もう虹夏ので良いんじゃないかな」
「あっ、体育──、アレじゃなければいいかなと」
「せめて見てから言ってよ!!」
全くもー、などと言いながらタブレットの内容を表示する虹夏。
その内容は……
「普通だ」
「普通にいいですね」
「あっ、普通にいいと思います」
「ねぇ、それ褒めてるんだよね?」
『結束バンド』の文字列に締める方の結束バンドが上手くあしらわれた無難ながらシンプルなデザインのTシャツであった。
デザイン性、コスパ、着やすさを兼ね備えたシンプルイズベスト的デザイン、こういうのでいいんだよおじさん*23も満足の一品だ。
(これなら、最初から虹夏ちゃんがデザインすればよかったのでは)
「ぼっちちゃん……。なら最初から、虹夏ちゃんがデザインすればよかったのでは……、とでも言いたげな目だね」
(し、思考が読めるのか……? まずい……) *24
「ふっふっふ~。ぼっちちゃんの考えてること、だんだんとわかるようになってきたかも~」
そうして、Tシャツ制作が一段落してきた頃。
「みんな~、お昼ごはんできたわよ~」
「は~い、今向かいますね!」
「それじゃあ、Tシャツは虹夏案を採用ということで、早速お昼を食べよう。早急に」
どうやらもう良い時間のようだ。
作業を切り上げ、1階に降りる4人。
昼食はリクエスト通りの唐揚げのようだ。
「奥がにんにく醤油で手前が塩こうじ。お好みでレモンと七味をどうぞ」
「「わ~! おいしそ~!」」
「いただきます。ハムッ」
「あっ、いただきます……」
早速無言で掻っ込む山田。
三人も遅れて手を付ける。
そして、食事もスムーズに終了し、次は喜多ちゃんのターンだ。
「私からは……、コレです!」
そうしてバッグから取り出されたのは、ブルーレイディスクのパッケージ。
「ねえねえ喜多ちゃん、それなぁに?」
「これね。すごくキュンとしておすすめなの~」
そこには『君に思い思われ花よりキッス』*25と書かれていた。
もうパッケージからしてキツイやつ!!
とはいえ、そんなこと声に出して言えるはずもなく、地獄の上映会は家族を巻き込んでぼっちに140分の拘束を強いるのであった。
ー◆ー
「コヒュー、コヒュー、コヒュー」
「ぼっちちゃーん、生きてる?」
「お母様はあんなに楽しそうにしてたのに……、やっぱり後藤さんが突然変異なのね……」
「正直私も胃もたれした。今浮かれたカップル見たらガソリンぶちまけそう」*26
「唐揚げ食べ過ぎなんじゃないの?」
「十代の胃袋に唐揚げなど物の数にもならない。
そもそも虹夏もコッチ側の人間でしょ?」
「いやいや、流石にあたしだって恋愛に興味ぐらいあるよ」
「そう言って何人の男を袖にしてきたのか。私が知るだけでも片手の指は超える」
「えっ! 伊地知先輩ってモテるんですね!」
「いや~、とは言っても話したこともないような人たちばっかだったよ? 甘酸っぱくなんてなりようがないって」
「『気持ちは嬉しいんだけど~、ごめんね~、今音楽のほうが忙しいから……』みたいな?」
「「うわっ!
「えっ?」「あっ」「やはり、か」(そもそも何度も告白されてるの!?)
どうやら山田の当て推量だったようだが、ピタッと当ててしまう辺りは流石幼馴染といったところか。
一方、なんか挙動が怪しかったぼっちの挙動がますますやばい感じになっていく。
(い、今はまだいいかもしれないけど……、何時か虹夏ちゃんが頷いちゃうようなスパダリ*27が現れるのでは!?
『今日は彼氏くんへのラブソング書いてきたんだ~、ねぇリョウ、コレに曲つけてよ』『あ~、バンド練習ね~? 今日は彼氏が呼んでるからパスで、ゴメンネ!』、『あ~、虹夏なら最近帰ってないぞ。彼氏の家に入り浸って世話焼いてるって』『伊地知先輩、最近バイトにも顔だしてないですね……』『結束バンドはもう解散。私もこれからは曲作りに専念するから』。
そして、そんな修羅場を何もできず見ているだけのわたし……。
バンドは自然消滅……、虹夏ちゃんは結婚して、リョウさんもソングライターとして大成して、喜多ちゃんは人気イソスタグラマーになってる横で何者にもなれないわたし……。
そのまま社会に出るも、ブラック企業にしか就職できず、ノルマもこなせず上司に詰められ、同僚からは笑いものにされるわたし……。
結局うつ病になって、酒浸りになりながら在りし日の幻想に縋るだけのわたし……)
「うわらば!」
突如頭と両腕が爆発するぼっち。
どうやら脳が破壊されてしまったようだ。
手と首もなく不動の直立を見せるさまはさながらサモトラケのニケ*28を連想させる。
「なんか、今日のぼっちちゃん何時にも増して原型とどめてないね」
「確かにそうですね。このレベルの変形は多くても週1ぐらいのペースのはずなんですが」
「まあ、今日の裏テーマが郁代を癒やす会である以上、その対極に位置するぼっちがこうなるのはある意味必然。
回復魔法がアンデッドにダメージを与えるように……。まあ、嫌そうにしてなかったし気にしなくていいよ」
「それなら良いんですけど……」
「喜多ちゃんは頑張りすぎだったからね。正直、昨日の喜多ちゃんもこんなんだったし……」
「こんなんだったんですか!?」
「でもぼっちは意外といつも通りだったね」
「てっきり、喜多ちゃんの半分ぐらいはキてるかと思ったんだけど……、毎日ギター12時間とかぼっちちゃんでも大変じゃないかなーって「い、いえ、むしろいつもよりゆとりを持って弾けてましたよ……」」
「うわあ! いつの間に!」
首が吹っ飛んだはずのぼっちがいつの間にか復活していた。
「い、いつもよりも喜多ちゃんのペースに合わせて、て、丁寧に時間使ってましたし、ボーカル練習もやってたのでむしろ普段よりも楽というか……」
「えっ、普段……、というか学校ある時ってどんな練習してるの?」
「どんな……、って言われると……、基礎的なウォーミングアップなんかは教本やビデオに習ってやってますけど……、それ以外だと、例えばリクエストが有った曲をTab譜*29を使わずに耳コピ*30で弾いたり書き起こしたり、時々気晴らしにパフォーマンス用の奏法とかやってみたりもしてますね……、電動ドリルも買ったんですよ……、ちゃんと『マキタ』のやつです……」
「電動ドリル!? ギター弾くんだよね!?」
「電動ドリル奏法は『光速のギタリスト』こと『
「ヨシ! もう十分わかったから!」
「先輩ってこんなに流暢に喋れたんですね!」
珍しく流暢に話す山田。*34
なんだかんだでこの2022年*35に休日をレコードショップで
こういったことは話したくて話したくて仕方ないのだろう。
「おほん。
とりあえず、ぼっちちゃんが大丈夫なのはわかったけど、喜多ちゃんが潰れたら元も子もないからね。
こっちからもサポートはするけど、一番一緒にいることになるのはぼっちちゃんになるだろうから。
昨日の喜多ちゃん、情緒が分かりやすくぶっ壊れてたし」
「えっ、あっ、あの……、喜多さん……。そんなに辛かったですか……」
分かりやすく凹むぼっち。何なら少し泣いている。
根が優しく、他人に害意を向けられない人間であるぼっちにとって、心身ともに多大な負荷を強いていたかも知れないという事実は傷をつけるには十分すぎた。
「いえ! そんなこと無いわ!
いや、確かに辛い所もあったけど……、それでも私が望んだことなの!
たったギター歴4ヶ月の人間が、後藤さんにも……、いえ、自分でも納得できるフロントマンになるためには必要なことだったの!
むしろ後藤さんの足かせになってないかのほうが心配だわ。さっきだって、いつもより楽だ、ってことは私のせいで練習の密度下がってるんでしょ?」
「そ、そんな事ありません!
わたしも喜多さんに教える度にいろんな発見があって、負担だなんてそんな事は……」
「そう……。
だったらコレでおしまい! また明日からもいっぱいい~っぱい頑張って……、それで楽しいライブにしましょう?
後藤さんもそれでいいかしら?」
「はっ、ハイ! わたしも楽しいライブにしたいです!」
どうやらなんとか着陸点を見つけられたようだ。
このままだとぼっちの心理的ダメージが体育祭の比ではないレベルで後を引く危険性もあったため、この着陸点は最良に近いだろう。
──もっとも、自分で自分の背中を押してしまったせいで、喜多ちゃんの地獄問題はむしろ悪化したように思えるが。
そこは先程の喜多の決意を信じる他あるまい。
「うむ。では、バンド内の諸問題が解決したところで私が最後のプレゼントをお見せしよう」
「えっ! 先輩が私のために……」キュン
「リョウがプレゼント? 妙だな……」
そう言って取り出したるは先程Tシャツデザインに使用していたタブレットPC。
そして、それを操作すると音楽が流れ出す。
「バンドマンのプレゼントなんて新曲一択」
「それ悪い方のパターンでだよね」
そこから流れてきたのは、一言で言えば如何にも山田リョウが好きそうな感じの音楽であった。
イントロから全開になってる5/4の変拍子*37から4/6と4/4の単純拍子の複合。
そこから4/4ながらシンコペーション*38を効果的に用いて独特のリズム感を印象付けるAメロ。
今までとは打って変わってサビ前の溜めとして大人しくなったBメロ。
そこからはBメロから一気に弾けさせた王道進行*39のサビはAメロと同じ曲とは思えないような素直さと疾走感にあふれている。
そして、抜けるようなアウトロで〆られ、楽曲は終了した。
「というわけで手慰みに作った4曲目(仮)でした。残りは後で共有に上げておく」
「「「おお~」」」パチパチ
「しかし、これはまたリョウの趣味全開って感じだね~」
「うん、今回は結束バンドというか山田リョウ100%で作ってみた」
「け、結構難易度高めですね……」
「と言うより、今までの曲がだいぶ素直に作ってある。実際、演りやすくなかった?」
「それは確かに……」
「そんな隠れた思いやりが……、流石先輩です!」
「あっ……、確かにテンポが早いことを除けば初心者でも弾きやすい感じでしたね……」
「でも、この曲は完全にそう言うのうっちゃった感じだよね」
「この曲は今日限りのサプライズってことで、実際にはもう少しレベルアップしてから弾いてもらおうと思ってる」
山田としてはライブまで過密スケジュールで過ごすだろう喜多がその後に燃え尽き症候群にならないように、と言う意図もある。
ライブはゴールではなく数あるチェックポイントの一つでしか無い。
次のわかりやすい目標を具体的に見せておくのはそう悪いことではないはずだ。
「先輩……、私、もっともっと頑張ります!!」
喜多ちゃんとしても自重なしの山田リョウの楽曲をぜひ弾いてみたいという気持ちは強い。
元々山田に憧れてバンドマンしてる身である。喜多の情熱に火をつけるには十分すぎるほどの効力を発揮した。
「おおっ、喜多ちゃんが燃えている……!!」
「暑い……、エアコンもっと下げよう……」ピッピッピッピッピー
その情熱が物理的な熱量を伴って当たり一面に熱風を吹かせる。
今喜多の五体には太陽をも凌駕する熱が宿っていた。
「あっ、じゃあ練習の強度もっと上げましょうか」
「えっ?」
そして、一瞬で鎮火した。
ロウソクのように儚く消えた。
「寒っ、温度あげよう」ピッピッピッピッピッピッピッ
「明日からのメニューも変えないとな……、せっかくだし、よりプレッシャーを与える方向性に……」
「ちょっと!? 後藤さん!?」
「声量がもっとほしいし……、できれば交差点の端から端で会話できるぐらいには……、筋トレ入れてみるか?」
「あ~、まあ、またダメそうなら割って入ればいいか「ちなみに私達も猛特訓するからね」えっ?」
「ぼっちに追いつくならまず同等の練習から必要。大丈夫、店長には根回ししてある」
「そこまで言われちゃしょうが無いな。よーうし、結束バンド! 頑張るぞ!! オー!!!」「おー」
そうして、儚い休日は終わり、また特訓の日々がやって来る。
しかし、苦難はそれだけにとどまらない。
当人の努力だけではどうにもならぬ厄災というものがこの世には存在するのだから。
8月14日、日曜日の18時、ライブ開始直前。
天気は電車も止まる荒天。ノルマも何もあったものではない、ある意味初日以上にアウェーな状態にてライブは始まることとなる!
今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
敬称略です。
☆10 とまけちゃ
☆9 小説を読む人 櫛花木ノ実 たろう8888 ハイネケン 七枝八重道灌 TORUMU ヨミタカ 宇治川ゐ太
一時的とは言え、日間ランキング17位にいたりしてびっくりしました。
ホントに有り難い限りです。
そのタイミングで更新できてれば理想的だったんでしょうが、結局あれこれやってる内に2万字に迫る勢いまで進んじゃってるし……
まあ、それでも評価して頂いてる方も増えたので大変ありがたいですがね。
次回はいよいよライブ回。
不発弾の数々がいよいよ爆発するのかどうか。
それは次回のお楽しみということで。