【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん   作:リチウム

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 いよいよ運命のライブ回。
 アニメならタイトル回です。
 あえて多くを語る必要もないでしょう。

 今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。


14. こうならなかったら

 4人揃っての初ライブ。()()()()()()()()の初ライブ。結束バンドのリードギターとしての初ライブ。

 それは誰にとっても記念すべき一日になるはずだった。

 

『そんなわけで、我々結束バンドのバンドTシャツが完成しました!!』

『じゃじゃ~ん』

『素敵~! 先輩、もっと角度お願いします!』

『ほら! 喜多ちゃんも撮るなら着てみてからにしてね。ぼっちちゃんも!』

『あっ、ハイ』

 

 バンドTシャツもできて、演奏も満足の行く水準になった。

 ノルマも全員捌けたため、20人……。いや、当日客や自分たち以外のバンドを見に来た人も含めればもっといっぱいになるはずだった。

 

『(明後日はライブ……四人で頑張ってきた結果がついに……)』

『なんか今、台風来てるみたいですよ?』

『ええー!? 嘘でしょ!? そんなの出てなかったよー!』

『夏の天気は気まぐれ……』

『マジかー』

 

 あり得ないことではない。

 そもそも台風のピークは8月から9月の間。悪運ではあるが、凶運というほどではない。

 バンドを続けるなら、そもそもこの先のバンド以外の人生においてさえ、この程度のトラブルは珍しくもない。

 

『じゃ、じゃあライブは……!』

『『!!』』

『──……うん。てるてる坊主、作る?』

『それだ! 作るしかない! 一人ノルマ10個!』

『は……、はい!』

『あ、でも関東には当たらないみたいです』

『えっ? そうなの?』

 

 だが、仮に一歩目で躓いた人間に、もう一歩を踏み出す勇気が出るのだろうか? 

 千歩歩いた人間が千一歩目で躓くのとはわけが違う。

 歩いた道程という自信もないままに躓いた人間に、たかが一歩躓いただけと言うのは無神経にも程がある。

 

『なんだよかったー』

『本番楽しみですね』

『うん』

『新曲、結構いい感じになってきたよね~』『あ、あああ、あの……』

『ですよね! みんなかっこいいです』

『よーし! じゃあ練習始めよっかー!』

 

 確かに彼女たちは努力した。そこに偽りはない。

 だが、どれだけ努力しようとも、どれだけ練習しようとも本番でしか得られないものは確かにある。

 そして、挫折を乗り越えるにはそれこそが必要なものなのだ。

 

ウウウ……あの!』

『ん』『うん?』『ん?』

『ねね、念のために作りませんかっ! て、てるてる坊主!』

『──そうだね。念には念を!』『ですね』

『あたし、道具持ってくるよ』

『あ……、はい!』

 

 即ち成功体験。それも、個人個人としてではなく結束バンドとしてのものだ。

 それは別バンドでのライブ経験がある山田リョウでさえもカバーできず、登録者数30万のOh!Tuberとして認められた後藤ひとりでさえも無力であり、ゆえにこそ今日という成功体験が必要だった。

 

『(私がネガティブだから……、よくない方向に考えちゃうけど……)』『てるてる坊主作るの、小学生ぶりです!』『ごめん、生き別れの四つ子の妹が『言い出しっぺでしょ! めんどくさがらないの!』』

『ぼっちちゃん大丈夫ー?』

『あっ、は、はははは、はい! (──大丈夫……、だよね?)』

 

 もちろん、困難に見舞われたから必ず挫折や失敗をするわけではない。

 仮に失敗したとしても、バンドの解散を賭けてるわけでも、莫大な借金を背負うわけでもない。

 人によっては、時と場合が違えば気にしたとしても立ち上がれたかもしれない。

 だが、それでもあえてこう言おう。

 

 このライブが失敗した時、結束バンドは崩壊する。

 

 溶けて燃え尽きるロウソクのように、乾いて消える水たまりのように、癒やしきれぬ傷を抱えて緩やかに失血死することだろう。

 それに耐えるには結束バンドはまだあまりにも若く、幼い集団に過ぎない。

 

(嫌な予感……、当たっちゃった)

 

 2022年8月14日、日曜、16時半。

 8号台風関東直撃。*1

 後に激甚災害(げきじんさいがい)*2に指定される記録的豪雨を伴う台風が結束バンドの試練として立ちはだかったのだった。

 

 

 

 ◆ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 開店前のSTARRYに少し慌て気味に入る人影が一つ。

 この雨で遅れてきたPAさんだ。

 

 店内を見回すと、開場30分前にもかかわらずスタッフの数が少ないのがわかる。

 この天気で交通機関が麻痺しているためか、遅刻者やそもそも来れない人間も多いようだ。

 かく言う自分もその一人なのだから。

 

「ん~?」

 

 ふと目に入ったカウンター、突っ伏した店長と大量のてるてる坊主が目に留まる。

 

「虹夏達が作っていったんだよ……」

「結局、台風来ちゃいましたね……」

「まぁ、てるてる坊主でどうにかなるわけじゃないからさ」

 

 そう語る店長の声色は暗い。

 明らかにやさぐれた感情が目立つ。

 

「この様子じゃ、チケット買った人すら来ないんじゃないですか? みんな客の入り見て心折れなきゃいいですけど。練習頑張ったのに可哀想ですね」

「バンド続けてくなら、こんな理不尽たくさんあるんだから……。どんな状況でも、乗り越えられるようにならないと……」

「──ハンカチありますよ」

「っ! あっちいってよ……」

 

 顔を上げずに突っ伏したままなのは、涙を見られたくないからだったようだ。

 だが、それを悟れないほど浅い付き合いでもない。

 もっとも、悟ったところで今回の問題はどうにもならないのだが。

 結局は彼女たち次第。今日はただ、できることをする以外にはない。

 PAさんは、とりあえず彼女たちが戻る前に店長に取り繕わせる術を模索するのであった。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 開場20分前。雨風はますます強まるばかりで、あちこちの排水口から溺れるように雨を飲む音がする。

 

 練習スタジオからSTARRYに戻ってきた結束バンド。

 各々のスマホには様々な文言で今日のライブに来れない理由が届いている。

 この段階ですでにチケットを売った人間の来場はほぼ期待できそうにないレベルだ。

 

「友達も、やっぱり来られないみたいです……」

「う、うちの親も……、そ、祖母がふたりを見ててくれるはずだったんですけど、こ、来られなくなっちゃって……」

「そっか~……、だよねぇ~……」

 

 さしもの虹夏も今回ばかりは参ったと言わんばかりに声色が暗い。

 

「半分以下になっちゃいましたね。お客さん」

「──しょうがないよ! 切り替えていこ!」

 

 こんなときでも、いやこんなときだからこそと言わんばかりに笑顔を見せる虹夏。

 

「はい! そうですね!」

(虹夏ちゃんはどんな時でも明るいな……)

 

 その笑顔に落ち込んだ気分が上向く二人。

 こういった所での牽引力が虹夏を結束バンドのリーダー足らしめている所と言える。

 

 ──それが強がりを多分に含んでいることに気付いた山田はあえていつも通りに振る舞う。

 わざと虹夏の肩にしなだれかかる山田。

 

「あっ!」

「ちょっと~、も~、緊張感ないなぁ~」

「低気圧……、眠い……」*3

(そういえば、助っ人で入ったライブの時も……、怖がってたわたしを、元気づけてくれたっけ……)

 

 あの後、結局頭を強く打って意識が曖昧になったとは言え、その前の会話は一言一句忘れてはいない。

 ならば、今日は自分もそちら側に回るべきだ! 特に今日が初めての喜多さんのためにも! 

 

(今日のライブ! 盛り上げていくぞ!)

 

 ──まあ、こういう時のぼっちの行動力は得てして空回りするものだ。

 今回の盛り上げようと言う意図はよりによってパリピモードとして噴出した。

 光るグラサン、変な付け髭、『一日巡査部長』のタスキ。

 しかも今日はもう一本増えて『観光親善大使』のタスキも増えている。計2回のパリピモードのおもてなしに味を占めたようだ。

 喜多は膝から崩れ落ちた。

 もっとも、発動直後に虹夏に『ふざけちゃ駄目だよ』の一言で切って捨てられたためか、コレが他人に見られることはなかったが。

 

「後藤さん、それなんで持ってきちゃったの!?」

「あっ、ライブ成功記念パーティーに備えて……」

「気が早い! ……でも、そうよね、今日はそれぐらいがちょうどいいわよね」

 

 ぼっちの意図したことでは無いだろうが、この一連の流れが喜多の緊張を解すことになった。結果的には成功と言っても良いのではないだろうか? もっとも、それを伝えると今度の今度こそ取り返しがつかないレベルで調子に乗るだろうことを察している喜多がそれを言うことはないのだが。

 

 そんな朗らかになった空気に客人が一人。

 

「ひゃ~、すごい雨! あ~、ぼっちちゃ~ん。来たよ~」

「あっ、お姉さん……」

「えっ? お前ぼっちちゃん目当てで来たの?」

「そ~だよ~? イェーイ」

 

 そう、いつぞやの酔っぱらいである。

 今日も呂律とテンションが怪しい当たり、この天気でも元気に酔っ払っているようだ。

 そちらはまだ良いのだが、気になる点が一つ。

 明らかに二人の距離感が客と店長のソレではないことだ。

 

「お、お知り合いなんですか?」

「私の大学の時の後輩」

 

 そう語る口調には多分な呆れと諦めが含まれていた。

 まあ、コレの先輩を名乗るのはいささか以上に恥ずかしいことだろう。人間として。

 

「ねぇ、ね~え~。今日のライブ、打ち上げするんだよね~? 居酒屋もう決めたの~? 「酒臭っ!」」

 

 酒の匂いとこの雨のせいでぐしょ濡れになった服の水気のダブルパンチが店長を襲う! 

 本気で嫌そうだ。

 

「おいしい場所知ってま~すよ~、ねぇ~、ね~え~」

「また一段とめんどくさい奴になったな」「今夜も~、夜まででしょ~、フフフフフフ~、エヘヘヘヘヘ~」

「飲み会覚えたての大学生に通ずるウザさがありますね」

「ってーか、お前ビチョビチョじゃねーか!」

 

 モップで懸命に床の水気を取っている店長としては腹立たしいことこの上ないが、それでも良くも悪くも空気がさらにぶっ壊れたのはありがたかった。もちろん、素直に言うはずもないが。

 そこに立て続けに開かれたドア。

 

「濡れた~」

「あっ! ひとりちゃん!」

「あ、前の路上ライブの時の……。え……、き、来てくれたんですか?」

「もちろん! だって私達ひとりちゃんのファンだし」

「台風ふっ飛ばすくらいかっこいい演奏、期待してますね!」

「あっ……」

 

 その一言がぼっちの心に勇気を灯す。

 天にも昇る自己肯定感がオーラとなって、分厚い雲を突き抜けていった! 

 

「ふへ、ふひひひひ……、ファン……、へへ、うふ、うひひひひ……」

 

 そして、なんか危ない空気を出していた。

 

「ひ、ひとりちゃん、だよね?」

「人違い、かも?」

 

 そして、当然引かれていた。

 しかし、ぼっちの暴走は止まらない。

 

(私のファン……)

「私のファン~! くっ、くひひ、ひひ、ふふふ」

「「ひ、人違いでした~!!」」

 

 色々と限界を迎えたファンが二人がドン引きする。

 流石にぼっちの奇行を原液100%で受け止められるほど、奇人変人には慣れていない様子だった。

 

 ──そして、その影で俯く二人の表情に気付くものは誰もいなかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 

 本番10分前。トップバッターを飾る予定の結束バンドがステージ裏の楽屋にスタンバイする。

 結局、あれからも数人の客が来たのだが、その中に結束バンドのチケットで来た客はいなかった。

 

「雨……、これからどんどん強くなってくみたいです……」

「今よりも?」

「はい……」

 

 喜多がスマホの天気予報を確認しながら言う。

 このセリフは即ち、コレ以上の客は見込めないと言う宣告に等しい。

 ──つまり、事実上今日のライブに集客できたのはぼっちだけということになる。

 

「ここはライブの様子を配信して、初めから無観客ライブだったということに……」

「しないしない! そんなの今から誰も見ないし、何人かはもう来てくれてるんだから」

 

 珍しく直球の弱音を吐く山田。

 机に突っ伏して耐えるようにこぼすその様は到底低気圧の影響では済まされない。

 

「だ、だだだ、大丈夫です! 

 わ、わたしも喜多さんもいっぱいいっぱい練習してきました! 

 きょ、今日は足を引っ張ったりしません!」

「そ、そうです! むしろ、私達を知らない人達に聞いてもらえるチャンスですよ! 

 こんな日にライブ来てくれる人達なんですから、ファンになってくれたらきっと毎回来てくれます!」

 

 懸命に二人を励まそうとするぼっちと喜多。

 日常的なやり取りならともかく、バンドとしてのやり取りでこういう立場になるのは珍しい。

 いつもなら、慣れた先輩コンビが慣れない後輩コンビのカバーに入っているのだが。

 

「ほら、お客さんも期待してますよ!」

 

 そう言ってドアを開ける喜多。

 その先にはいつもよりも静かなライブハウス。

 

「ねぇ。一番目の結束バンドって知ってる?」

「知らなーい、興味ない」

「見とくのだるいね」

 

 ──おそらくは、その二人だけの囁くような会話は、誰に聞かせる気も無かったのだろう。

 いつもなら、聞こえるはずのない声量。

 しかし、この空白の多いライブハウスで、ドアを開けた直後のタイミングで、四人が観客に注意を向けた場面でと言うのは誰にとっても不運でしか無かった。

 

 とはいえ、故意であろうが過失であろうが、事故が起こり被害者が出れば悪意の有無など些細なこと。

 重要なのは唯一つ、その会話が四人の心に痣を作ったという事実。

 それは、傷と言うには鈍く、重い。ジクリと尖った痛みではなく、心臓の鼓動が血液とともに運んでくるような、奥底から響く痛みであった。

 

 山田がドアをそっと閉じる。

 一帯を支配する沈黙。

 それから数秒か数十秒か、経ってからようやっと虹夏が口を開く。

 

「……あはは! 結成したばっかで、まだ、知られてないからね! 落ち込まないで!」

「そ、そうですよね!」

「気にしない、気にしない」

「は、はい……」

 

 その時、虹夏はどんな顔で話していただろう。

 喜多はどんな顔で同意したのだろう。

 山田はどんな顔で強がったのだろう。

 一つ言えるのは、この時誰も互いの顔を見ていなかったと言う事だけ。

 ──()()()を除いては。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 いよいよライブ本番だ。

 皆が機材を準備して、各々で楽器の調子を確かめる。

 わたしのギターは……、うん、悪くない。わたしの調子は……、まあ、良くはないけど、それでもわたしにはわたしのファンとお姉さんが付いてるんだ! そう思えばまだなんとか立ち直れる。

 ──そう考えて、ようやっと気付く。

 じゃあ、皆は? 

 

 周りを見る。……誰も目を合わせていない。

 前見たライブ映像の時は、もっと目を合わせていた……、はず……

 少なくとも虹夏ちゃんとリョウさんはそうしていた。

 

 と言うか皆の目元が全く見えない。

 コレは照明が落ちてるから? だから、わからないだけ? いや、そんなことはない。

 自慢じゃないけど、暗い程度で人と目が合わせられるならここまでぼっちやってない。

 ──つまり、自分は誰とも目が合ってない。

 

 

 ぼっちの疑惑が確信に変わる。

 

 

 やっぱり皆、引きずってるんだ! 

 緊張だけじゃない……、味方がほとんど居ない状況で、観客が敵に見えてる……

 

 

 奇しくも以前の路上ライブでぼっちが経験していた感覚。

 しかし、唯一にして最大の違いは、自分たちの音楽を聞きに来た人間が()()()ほとんど居ないこと。

 ましてや、先程聞こえてしまった会話はそれを増長させるには十分すぎた。

 

(どうしよう? どうすれば良い!?)

 

 焦るぼっち。しかし、そんな事はお構いなしに、照明が点き、ライブが始まる。

 

「初めまして! 結束バンドです。本日はお足元の悪い中、お越しいただき誠にありがとうございます!」

 

 喜多がMC*4を始める。

 話すのが得意な喜多が適役だろうとして事前に決めていたことだ。と言うか、結束バンドでMCするとしたら実質二択だ。

 

「あ、はは……、キタちゃんロックバンドなのにレイギタダしすぎー……」

「「ア、ハハハハ……」」

 

 そして、虹夏がいい感じに合いの手を入れる……、予定ではあった。

 だが、明らかにダメそうだ。なんかニュアンスが怪しいし、それを抜きにしてもダダ滑りでキツイ。

 ぼっちのファン二人が頑張って笑ってくれてるのがなおのことキツイ。

 

 今すぐ消え去りたい感情に全力で蓋をして、ぼっちはいざという時の覚悟を決めた。

 

「あ、あの……、じゃあ、早速1曲目いきます、聞いてください! 私達のオリジナル曲で、『ギターと孤独と蒼い惑星』!」

 

 山田がベースでフィードバック*5を掛け、楽曲をスタートさせる。

 

 始まるイントロ、続けてAメロ。だけど、どこかぎこちない。

 まず、縦の線が揃ってない*6し、皆のパート単位で聞いてても演奏がブレている。

 

 

 虹夏ちゃんのドラムが安定してない。力んで、もたついて、それを取り戻すために走って……。そのせいで安定感が無くなってる……

 リョウさんのベースがドラムと合ってない。虹夏ちゃんの影響じゃない、他人の音が耳に入ってない感じだ……。しかも、音が外れたりしてる……。練習ではそんなこと一回も無かったのに……

 喜多さんの声がどこか苦しそうだ。緊張で喉が閉まってるせいで、声がぜんぜん伸びてない。それに、テンポの基準がわからなくて、歌もギターもふらついてる……

 

 覚悟してたつもりだけど、このままじゃサビの前に空中分解する! ここは無理やりにでも立て直さないと……! 

 このためにブースター*7エフェクター*8を繋いであるんだ! 覚悟を決めろ! このまま終わらせたくないんだろう! 

 

 

 深く一呼吸入れ、心のなかでスイッチを切り替える。

 それと同時に、エフェクターを足で起動し、音を一歩前に出す。

 そして、ギターが楽曲全体を包み込むようにして、強引に引っ張り始めた。

 ギターサウンドがさながら熱波のようにライブハウスを走り、全員の注目を集める。

 

(とりあえず、2,3小節合えば良い! そこで縦が揃えば、3人共立て直してくれる!)

 

 そして、まず真っ先に喜多が反応して揃い始めた。

 ここ4週間ほど2人で練習していたため、条件反射的にリードギターに合わせるように立て直す。

 

 そして、ようやっとサビで4人の演奏が一つに────、ならなかった。

 

(そんな! どうして!?)

 

 ある意味では反則に等しいとさえ思っていた『ギターヒーロー』の手綱を緩める行為。

 だが、それは裏を返せば『ギターヒーロー』という存在が反則的に感じるほどに成功経験を積み重ねていた査証でもあった。

 それが何の解決ももたらさないと悟った時、その心理的ダメージは如何程ばかりか。

 結果的に、ぼっちの演奏は自身が目立つだけで終わってしまった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◆

 

 

 

「『ギターと孤独と蒼い惑星』、でした……」

 

 もはや、死屍累々と言った風情であった。

 虹夏は一応笑顔ではあるが、それが強がり故なのは誰の目にも明らかだった。

 山田も一見いつも通りに見える。しかし、いつもならある独特の緩さが感じられない。

 だが、それに輪をかけて酷いのがぼっちであった。俯いていてわからないが、もしも目が合えばその人間は悲鳴を上げたに違いない。何時か見せた死人のような眼差しを、今のぼっちは患っていた。

 

 どうしよう! どうすれば!? 

 ぼっちの脳内はその2語で埋め尽くされていた。

 後藤ひとりの人生において、全ての成功経験はギターありきであった。ギターが上手いから、中学でも文化祭に出られた。ギターが上手いから、高校生でバンドが組めた。ギターが上手いから、虹夏ちゃんに褒められて、リョウさんに認められて、喜多さんに頼られて……

 そんな後藤ひとりにとって、『ギターヒーロー』という自身の理論値は諸刃の剣である以上に艱難辛苦を一刀両断で解決する万能の切り札でもあった。

 中学校で一度全部を投げ出すことになった時でさえ、後藤ひとりとしての失敗はあっても『ギターヒーロー』としての失敗は無かった。

 だからこそ、ぼっちにはわからない。

 ギター以外に何もない自分には、そのギターで解決できない問題が現れた時にどうすれば良いのかなど。

 

 心臓の音がイヤに煩く響く。

 時間がゆっくり流れ、ここ数ヶ月の思い出が弾けて混ざってデタラメに飛び散る。

 

 

『あっ、あの!』 

『おおっ、なに? ぼっちちゃん』

『わ、わたしと喜多さんの二人で担当するのはどうでしょう!  

 なんか、こう、えっと、いい感じに陰と陽が混ざって色が出るんじゃないかというか。

 その、えっと、はい……、出しゃばってすいません……

 

 ああ、確か作詞担当を決める会議の時か……

 喜多さんを巻き込もうというのは我ながら名案だった気がするな……

 だって、あんなにいい歌詞ができたんだし……

 違う、本当は自分をさらけ出す歌詞を書くのが怖かっただけだ。だから喜多さんを巻き込んだ。そうすれば自分も半分で済むから。

 

 

『ひとり、ひとりぼっち……、ぼっちちゃんは?』

『おう、またデリケートなところを!』

『ぼぼぼぼ、ぼっちです!』

『喜んでるし』

 

 この時は、あだ名を付けてもらった時か……

 ギターヒーローが嫌だってこともわかってくれて、そういえば友達と晩ごはんを食べたのも初めてだったな……

 そう、後藤ひとりとして求められたこと、それがとっても嬉しかった……

 そのくせ、今日またギターヒーローに頼った。本当にここにいるのは後藤ひとりか? 

 

 

『始めて路上ライブ見たけど、すごくよかったです!』

『今度のライブも、頑張ってくださいね!』

『あ、はい。頑張ります』

『さっきの曲もやります?』

『は、はい。やります! 今度はちゃんとボーカルの子が……』

『楽しみにしてまーす!』

 

 初めての路上ライブ……、そっか、10日前なのにだいぶ昔に感じるな……

 でも、この時も結局後藤ひとり(ギターヒーロー)としてライブしちゃったわけで……

 そう考えると、中学の時からまるで成長してないな……

 

 ──なんだ、そうなのか。

 結局わたしは何一つ変わっていなかった。半端に後藤ひとりであろうとしたせいで今もこんな事になっている。そのくせ、地金を晒すことを怖がって、後藤ひとりとして有り切ることもできていない。

 

 そうだ、後藤ひとりなんて、結束バンドには居なかったんだ……

 ギターヒーローのまがい物がそれっぽくいただけ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──本当に? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、次も私達のオリジナル曲で、つい先日できたばかりの曲なんですけど……」

 

 意識が浮上する。

 その時、とっさに取った行動は、喜多さんのマイクを奪うことだった。

 

「えっ、後藤さん!?」

 

 止めろ! わたしの馬鹿! 何をしようとしているか理解っているのか!? 

 止めちゃダメだ! ここで止まったら、本当の本当に取り返しがつかない! 

 

 相反する感情が心の内側で花火のように弾けて消える。

 

「つっ、つ、次の曲はわたしと喜多さんで歌詞を書きました……」

 

 そうやっていつも失敗してきた! 後藤ひとりはいつもそうだ! いいから止まれ! 

 だからどうした! ここで止まったらもう失敗する機会もないぞ! 『こんな奇跡、多分一生起こらない』、そう思ったのなら! 

 

「バンドの楽しさを、いっぱいいっぱいに詰め込んだ……。そんな曲です! だから、よろしくお願いします!!

 

 ギターヒーローが駄目だったのに……、後藤ひとりに何ができる!? 

 後藤ひとりだから伝えられる事がある! わたしだから、できる事が! 

 

 

 ぼっちがみんなの方を向く。

 その目線はまっすぐだが、ギターヒーローよりも優しげだ。

 

「喜多さん」「後藤さん……」

「虹夏ちゃん」「ぼっちちゃん……」

「リョウさん」「ぼっち……」

 

 一人一人、目を合わせて名前を呼ぶ。

 

「ライブっていうのは楽しいものですよ。特に、みんなでいっしょに演るのなら。

 だから……、もっと楽しんで行きましょう」

 

 そう語るぼっちには自然な笑顔があった。

 自然で、それでいて初めて見る優しい微笑み。

 ──3人は、おそらく初めて本当の意味で後藤ひとりの心の奥底を垣間見たのだ。

 

「次の曲は、『Distortion!!』です!」

 

 そう言ってマイクを喜多のスタンドに戻す。

 照明が落ち、ドラムのシンバルがカウントを刻む。

 

 そして、照明が戻った時。

 そこには『結束バンド』が立っていた。

 

 

「踏みつけられた孤独とペダルから何度も 鳴り響く音色が 頬に伝う

 打ちつけられた孤独にスネアのリズムが 重なって 確かな鼓動になる」

 

 ドラムが、今という瞬間の楽しさを溢れんばかりに伝えてくる。ベースが、自分の音を聴けと自信満々に主張してくる。

 

「誰か心のノイズをとって わたしを 覗いてよ

 誰も心の奥には入れないけれど 期待してしまうそんな夜」

 

 ボーカルが、自分の喜びを共有したいと叫んでいる。ギターが、ひとりではない、みんなの音楽を奏でる幸せを届けてくれる。

 

「Distortion,It's Motion 始まったら もう止まらない 制限も 経験で 塗り替えられるさ そうだろう

 ディストーション いつもそう 左脳追い越して 心が走りだす 君の」

 

 もはや、誰もがステージに釘付けだ。

 ぼっちのファン二人ももはや心配などかけらも残っていなかった。

 

「次の音にエスコート 日々の憂いにディストーション ひとりの夜 鳴らすコード 君も同じかい? 理想像

 追いかけた日々Fコード 掻き鳴らすんだディストーション ボリュームを 振り切るよ」

 

 そして、アウトロを弾ききって、曲を〆る。

 一瞬の暗転、そして戻る照明。

 

 そこから自然と沸き上がる拍手と喝采。

 4人の表情も自然と笑顔になっていた。

 

「ちょっといいじゃん……」「ね」

「スゴイ楽しい感じだった!」「ねー!」

 

 その時、今更ながら先程の行動が心配になったぼっちがゆっくりとみんなの方に目を向ける。

 そこにはいつも以上に輝く喜多が、僅かに微笑む山田が、そして、こちらに満面の笑みでサムズアップを向ける虹夏の姿があった。

 

「2曲目、『Distortion!!』でした! じゃあ次、ラストの曲は──」

 

 

 

 もはや、雨は止んでいた。

 

 

 

*1
現実でも2022/8/13の夜頃に同名の台風が直撃している

*2
発生した災害の内、特に甚大なる被害を発生させ、通常の復興予算では対応が難しいく、特別予算の計上が必要とされるもののことを指す。具体的には、公共事業の復興費用がその地区の3年の平均税収の50%を超える場合、または農地の復興費用がその地区の農地所得計算額の10%を超える場合を指す。

*3
低気圧に反応して眠くなるのは人間の本能的習性に基づく。雨の日=低気圧の時に行動することは恒温動物(常に体温が一定に近い生物の総称)たる人間にとって、多大なエネルギーを消費する行為であるため、雨の日は休むというのが本能的に習慣として根付いている。そのため、気圧が下がると、睡眠やリラックスを司る副交感神経系が優位に働き、結果として眠気が増大する傾向にある。コレは根本的に解決する事は困難であり、頑張ってカフェインなどで交感神経を刺激する程度しか対策はなく、結局のところ、解決しようとするよりは一種のアレルギー症状のように捉えておくのが良いだろう。ただし、もしも眠気以外に頭痛などが伴う場合は本能とは別の点に問題がある。その天気頭痛は多くの場合は睡眠の質が低いために発生しており、直近の対策としては冷えピタや濡れタオルなどで額かこめかみを冷やすとマシになる。しかし、根本的な解決には良質な睡眠を取ることが必要不可欠だ。

*4
司会、番組進行役のこと。正式にはMaster of Ceremony(マスター・オブ・セレモニー)の略称。そこから転じて、ライブやイベントなどにおいてコンテンツの合間に話すことをMCと呼ぶようになった。

*5
『ギターと孤独と蒼い惑星』のイントロ第一音で掛かるハウリングのような音のアレ。別名フィードバック奏法。音が出ているアンプにギターかベースを近づけることで、アンプの音と弦が共振し、その弦の揺れをピックアップに拾わせることで音が出る、というハウリングに似たループを作ることができる。この際、アンプでGain(ゲイン)歪み(ディストーション)を調整するツマミ)をある程度強くしていると楽器とアンプでループする際に段々と歪みが強くなっていき、最終的にあのキーンとした音になる。また、この際に共振させる弦以外を抑えることで、好きな弦だけ共振させる事ができ、それによってある程度音階をコントロールすることもできる。この奏法を行うにあたって、厄介な点が一つあり、それが『音が出ているアンプにギターかベースを近づける』という工程において、どこにどれぐらい近づけるのかと言うのが完全に感任せな点にある。『ギターと孤独と蒼い惑星』のようなシンプルな高音ならまだ良いのだが、ちゃんとした奏法として使うには手動で頑張っていい感じの音になる距離と位置を把握する必要がある。この位置関係がGain(ゲイン)などのアンプの設定から、弦の具合、その日の湿度などのいろんな要因でブレるため、どうしても肌感任せにならざるをえない部分が厄介なのだ。もっとも、現代ならフィードバックを擬似的に発生させるエフェクターも存在するため、そちらに頼るのも手ではある。

*6
縦の線=バンドスコアの各楽器譜面の音符のタイミングのこと。同じタイミングで鳴る楽器の音は譜面上では縦に垂直に揃っているため、それが揃ってない=リズムが合っていないと言う意味。

*7
その名の通り、音を増幅させるエフェクター。音量だけでなく、音の質も増幅させるため、コレの前にオーバードライブやディストーションなどのエフェクターを繋ぐことで、更に歪みを増大させることもできる。ギターソロのようなギターが前に出る場面や、直前のパートとの強弱を思いっきりつける際に使用されることが多い。ブースターそのものは、実はオーバードライブエフェクターの設定をいじることで代用できたりするが、純粋にブースターとして用いられるものに比べてどうしても僅かに歪みが入ってしまうため、エフェクターの組み合わせは楽曲との兼ね合いで決めるのが良いだろう。

*8
ギターまたはベースとアンプの間に繋ぐ機材で、その名の通り音に音響効果(エフェクト)をつけることができるもの。簡単なものならアンプにも内蔵されているが、エフェクトの組み合わせを工夫したり、演奏中にON/OFFを切り替えるならエフェクターを用いるほうがより効果的に音に色をつけられるだろう。歪みをつけるオーバードライブ、ディストーション、ファズ。音を揺らすコーラス、フレンジャー、トレモロ。空間効果をつけるリバーブ、ディレイ。音にフィルターをかけるイコライザー、ワウペダル。その他細かいものも含めて多数の種類があり、それらを組み合わせることで同じ楽器でもカントリーやブルースからロック、ヘビメタまでの幅広く独特な音をだすことができるようになる。また、このエフェクターは複数直列に繋ぐことも可能で、オーバードライブとディストーションを同時に繋いでより強固で独特な歪みを出すことができたり、ワウペダルとファズを組み合わせることでサイケデリック風な歪みと揺らぎを両立した独特なサウンドを出すことができる。使用法は足元に置いてスイッチを踏むことで起動させるようになっており、歪みや揺らぎなどの調整ツマミは演奏前にセッティングしておくようにするのが基本となる。また、ライブなどで複数のエフェクターを使い分ける際には、エフェクターボードという複数のエフェクターをまとめてセットでき、なおかつセットした状態で持ち運べる機材を使うのが一般的である。ぼざろのアニメでも8話の台風ライブではエフェクター単品だが、12話のライブシーンになるとエフェクターボードが出来上がっている。




 今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
 敬称略です。
 ☆10 ミンティアスーハスハス くらー
 ☆9 イミテリス紫音 レイン・オルト 樋川麻央 you94 R_meso えつさけ
 ☆8 dhimiria Aoi_Tomoe

 今回、後藤ひとりはギターではなく、対話でもって問題を解決しました。
 バンド物でどうなのかと思わないこともないですが、本作の後藤ひとりには必要な手順であったと信じています。

 次回は打ち上げ回。
 次も1週間以内に頑張りたいところです。
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