【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん 作:リチウム
今回は切りどころが見当たらずに伸びに伸びたり2万文字。
まあ、2週間分ということで……
前回は打ち上げ回でした。
そして、今回はお待ちかねの江ノ島回です。
今回は1話で一気に詰め込んでるのでちょっと長めになってますが、注釈を抜けば常識的な範疇かも?
今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。
(結束バンド、四人揃っての初ライブはなんとか成功を収めて……
こうして私達の夏は終わ…………らなかった)
そう、ライブは8/14、その翌日たる今日はまだまだ夏休みである。
一般的高校生の夏休みは8月いっぱいまであるため、後2週間ちょっとはある想定だ。
ぼっちは早速先日にインスピレーションを得た歌詞を起こす作業に取り掛かる。
また、喜多ちゃんも何かひらめきがあったらしく、結果として初となる二人で別々の曲を書く時間となったわけだ。
特に喜多ちゃんは初の単独曲と言うだけ合って気合の入りようが違う。どれだけかと言えば、ライブ直前でないにも関わらずライブ前の地獄の毎日12時間スケジュールを維持している所からもその気迫が窺えようというものだ。
もちろん、歌詞を書く分ギター練習の時間は減ってはいるのだが、全体の時間がここまで増えていればもう誤差の範疇であろう。
そうして、夏は過ぎていった……
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で、できた……」
「お、お疲れ様です……、喜多さん……」
「今までは大分後藤さんに頼りっきりだったのね……、一人でやるとこんなに大変だったなんて……」
「い、いえ……、実質始めての作詞で夏休みとは言え、に、2週間でこんないい歌詞を書けるなら大したものだと思いますよ……
このままだと、わたしが歌詞担当から外されそうなぐらい……」
「そんなこと無いわよ! 後藤さんの方の歌詞だって、すごくステキじゃない!!」
「そ、そうですかね……」
「そうよ! もう既にこの歌詞で歌えるときが楽しみだわ!」
歌詞の完成で少しハイになっている二人。その時、喜多のほうがふと壁の方に視線を伸ばした。
「ヒイッ!?」
「ど、どうしたんですか!?」
「あ、アレを見て……」
(も、もしかしてゴキブリとか?)
喜多が指差す方にそっと目線を送るぼっち。
「ヒイッ!?」
喜多と全く同じリアクションを取るぼっち。
その目線の先にあったのは……
8/30の日めくりカレンダーであった。
「アァアアア!! 夏休みがァ!! 夏休みが終わっている!!」*1
「き、喜多さん、お、お、お、落ち着いて……」
「買ったのに着てない浴衣……、買ってすらない水着……、もうクラゲの時期*2だから海水浴もできない……」
発狂する喜多をなだめるぼっち。
お、おかしい……、こういう役割って普通逆なんじゃないのかな……
夏休みが終わりそうな時に狂い悶えるのって、普通陽よりも陰なわたしのほうでは……
しかし、ぼっちがどう思っていようと、今作画が怪しいのは喜多ちゃんの方である。
衝撃の事態に、ぼっちは余計なことを考える余裕はない、がそれが結果的に功を奏す事となる。
「じゃ、じゃあ、明日! 明日、みんなで遊びに行きましょう! に、虹夏ちゃんやリョウさんも誘って!
う、海だって、別に泳がなくても、潮風を浴びるだけでも良いと思います!」「!!!」
錯乱していた喜多ちゃんが急にピタッと止まったかと思うと、首だけこちらを向いた。目がかっぴらいていて威圧感がすごい。
しかも、ぼっちの気のせいでなければ180°回ってる気がするが、きっときっと気の所為だ。
だって喜多ちゃんは人間なんだから。
「そうね! そうしましょうか! そうと決まれば二人にも連絡しなきゃ!
場所は何処が良いかしら? 下北から日帰りで行ける範囲だと……」
そして、何事も無かったかのように明日の予定を組み立て始める喜多ちゃん。
もともとこの夏のプランは大量に用意してあったので、スマホで検索せずとも最適なプランの算出もお手の物だ。
ついでに後藤ひとりの人生トロフィーに『友達を遊びに誘った』が追加された。当然ブロンズトロフィー*3である。
これでさえ、喜多が錯乱していなければ取得されなかったであろうと考えればぼっちのぼっちたる所以が見えてこようというものだ。
とはいえ、ノープランであろうとも誘えたのは立派な実績。後は明日にトチらないことを祈るばかりである。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
「着いたわ~! 江の島!」
「おお、なんか駅からして観光地*4って感じだね」
「とりあえずアイス食べよう」「その前にぼっちちゃんを回収してから!」
翌日、結束バンドの3人は江の島にいた。
ちなみにぼっちは現地で合流したほうが早い*5ので別行動しているだけである。
決してハブられてなどいないのだ。
「あっ、いたいた! ぼ~っちちゃ~ん!」
「あっ、はい、おはようございます……、あの……、残りのお二方はどちらに?」
「えっ、二人は一緒に……ってアレ!?」
ほんの数秒前までいたはずの
「あっ、居た!」
虹夏が指差す先にはタピオカミルクティー*6を飲む二人の姿が!
しかも喜多ちゃんの方は記者会見さながらの速度で自撮りを連射している!
「ちょっと喜多ちゃん! ぼっちちゃん放っといちゃ駄目でしょ!! リョウも何飲んでんのさ!」「はっ!?」
「大丈夫……、ほら、ぼっちの分も買ってあるから、郁代が」
「ご、ごめんなさい伊地知先輩……、こんなイソスタ映えしそうな物体2週間ぶりで……」「物体って……、飲み物に対する呼称じゃないでしょ」
そう言ってぼっちに手渡される
受け取る手が震える。果たして陰キャがコレ飲んで無事で済むのだろうか? キターンで灰になる自分がこんな物飲んでしまったら内側から爆発しないだろうか? というかタピオカミルクティーって青かったのか……*7
陽キャのようにタピってみたい欲求と陰キャ特有の引け目がぼっちの心の両端から牛裂き刑*8のように裂こうとしている。恐る恐る伸びる手はまるでアルコール中毒者のように震えている。
しかし、そんなぼっちの内面を知ってか知らずか、山田はさっさと飲めと言わんばかりに突き出してくる。
恐る恐る口を付けるぼっち。
ストローから口内にドリンクが上り、喉の奥を通り抜ける。
刹那、脳内を駆け巡る様々な感情の奔流!
「あれ、ぼっちちゃんどうかしたの?」
「なんだか固まったまま動かないみたいですけど?」
「甘いのキライだった?」
三人が戻ってきてもぼっちの意識は戻ってこない。
しかし、ぼっちの中の何かは目覚めたようだ。
「今……、全てがわかりきっている……、こうしてタピってわかってきたよ。
宇宙の全てが、うん、わかって……、きたぞ……
そうか、空間と時間とわたしとの関係はすごく簡単なことなんだ。
ははは……、どうして地球にこんな
「えっ、ちょっとぼっちちゃん!?」
「うわっ、緑色に光ってる」
「後藤さん、面白いことになってるわね! コレもイソスタに上げておきましょう!」
「喜多ちゃんも喜多ちゃんで、なんか別方向でダメそうだ!」
「とりあえず手足は消えてないし、押して歩こうか」
「そうだね……、喜多ちゃ~ん。もう移動するよ! ぼっちちゃんはわたしが押すから」
「1+1は……どうして2なのか。いや、2だと思っていたのだろう。
わたしが小さい頃からぼっちだった理由もわかるぞ」
「ぼっちちゃ~ん! 帰ってきて~! せめて江の島本島に着く前に!」
そうして、光るぼっちを(虹夏が)押しながら歩き出す結束バンド一行。
喜多の失われた夏を取り戻す1日がこれから始まろうとしていた。
始まりからコレでは先が思いやられるが。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
「ぼっちちゃん、ほら、海だよ海。ていうかせめて光量絞って!」
「もう一回
「止めろ! 当たり一面吹っ飛びかねないぞ!」
江の島本島手前の海水浴場*10まで来た4人。
朝の砂浜はまだ人もまばらであるが、だからこそ風景としての海のキラメキが際立つ。
──人がまばらでなければぼっちの謎光に顔をしかめられたかもしれない。
「はっ! あ、あれ? いつの間に……」
「やっと帰ってきたか~」
「あっ、ありがとう虹夏ちゃん」
ようやく意識を取り戻し、自力で直立するぼっち。
まだうっすら緑っぽいがじきに普通の状態に戻ることだろう。
ちなみにぼっちのドリンクは山田が責任を持っていただきました。
(──海なんていつぶりだろう……)
潮風が前髪を揺らし、鼻先をくすぐる。
朝日を反射する海の輝きは夏にしては優しい光でぼっちの中のノスタルジーを刺激する。
(いざ来てみるとやっぱり綺麗でいい「ねぇ、お姉ちゃん達ぃ~?」)
「うがぁ!?」
「暇ならうちの海の家で食べていきなYO!」
急にPOPしてきたリアルパリピに狼狽するぼっち。
焼けた肌に星型のサングラス、金髪に染めた坊主頭に巻かれたタオル、鍛えられた筋肉に海パン一丁という絵に書いたような典型的パリピ(海)の圧力に脳内が大パニックを起こしている。
(じ、実物のリアルパリピ!? あぁ、ああ、あああ……)「かわいい人にはお安くしちゃうYO~? 4人だったらすぐ席用意できるYO~。お姉ちゃん達JK? どっから来たの?」
グイグイ来る感じにぼっちの色々が限界を迎えそうになったその刹那、ぼっちの視界に映る人影2つ……
──パリピ側の追加人員である。
ぼっちは弾けた。
「ヒッ、ぼっちちゃんが爆発四散した!」
「郁代、虹夏、撤退する。ぼっちを回収して」
「ハイっ!」
さっきまでぼっちだった当たり一面に散らばる何かを回収し、走り去る3人。
「絵にかいたようなウェーイ系だった」
「あれを相手にするのは分が悪すぎるー!」
「急いで海から離れましょう!」
しかし、逃げ去るにしては3人の表情は楽しげだ。
ああいった人種を面倒に感じるであろう山田さえうっすら楽しげに見えるのは夏の魔力と言うやつだろうか?
そうして走る先は橋の向こうの江の島本島。
今日はまだ、始まったばかりだ。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇
「毎度ありー」
江の島に入ってしばらく、4人はたこせんを買っていた。*11
ドリンクにプラスしてたこせんまで食って昼は大丈夫かと言いたくなるが、4人とも朝ごはんを食べてないので問題ない。
なにより、未だ時刻は9時を少々過ぎたばかり。お腹を空かすには十分だ。
「はい、これ後藤さんの」
「あ……、どうも……」
喜多からたこせんをうけとるぼっち。
見たことのない顔ほどの巨大なせんべいに少し面食らう。
「これは……」
「たこせん*12。たこを1トン*13の力でプレスするんだって」
「1トンの力……、ハムッ」パキッ
せんべいが小気味良い音を立ててかじられる。
「おいしい……」
タコの風味に醤油味のタレ、それらがパッキリするまで圧縮されたことで一口でいっぱいに広がるのだから満足感がすごい。
その一口一口の満足が特大サイズで何度も何度も食べられるのだから、コレ一つで遅めの朝食には十分すぎる。
「私、おいしいものセンサー、抜群」
「さ、流石です……」
「ぼっちちゃん、とにかく元気になって良かったよー」
「これおっきくてかわいいし映えますね!」
えっ!? コレ映えるの!?
そう思ったが、口には出さなかった。
一言で言えば撮影しまくる喜多ちゃんに気圧されたためである。
今日の喜多ちゃんはイソスタが絡むと明らかに何かタガが外れている。
そんな喜多ちゃんに無駄口を叩くにはぼっちという人間はあまりに弱かった。
まあ、この局面で強いほうが良いかと言われると疑問ではあるのだが。
「よし、写真取ろ~」
虹夏が声をかける。
今日の本題は夏の思い出を作ること。喜多ちゃんのイソスタを充実させるのはあくまでも副目的に過ぎない。
であれば、結束バンドの思い出を作るのが重要なのだ。
というわけで4人集まって写真を撮る。
自撮り担当の喜多ちゃんを先頭に、虹夏と山田で両端を固め、その後ろにぼっちと言う配列である。
「はーい! 撮りますよー」
そうして押されるシャッター。
4人ともいい表情で、このままブロマイドとかにしてしまえそうな出来栄えだ。
意外なことに、ぼっちも写真映りが良い。
普段うつむきがちで二重顎になってる顔が、自撮り棒で上を向いて撮影したことで、顎がシュッとした上に前髪が重力で少しよけているのだ。結果、ぼっちのポテンシャルが最大限に発揮した1枚が取れたわけだ。
「見せて見せてー」
「めっちゃいい感じです! 早速、結束バンドの方のアカウントに上げておきますね!」
「えっ!?」
そして、奇跡の一枚は流れるようにネットの海へ。
この世界線の喜多ちゃんはイソスタ大臣としての職務を全うしているようだ。
本編世界線のように最新の美容グッズなどを追いかける余裕がなく、結果としてひたすらギター練習やバイトの内容を消去法的にアップし続けたためである。なお、上げないという選択肢はない。生存報告はイソスタグラマーの義務である。
そのため、実は初ライブもちゃんと告知されていたり、その後のライブ中や後のあれこれも余すことなく上げられていたりするのだが。
「えっ、ほんとに上げちゃったんですか!?」
「そうよ! と言うか今までもちょくちょく上げてたし。あれ、もしかして嫌だった?」
「い、陰キャが陽キャと一緒にイソスタで写真なんてあげたら、陽キャの写真を暗くした罪で炎上して結束バンド凍結されちゃう……」
「流石に自虐がすぎるわよ!」
「アー写も上がってるんだよ!?」
上下ピンクジャージとは言え、公衆良俗と道徳に反しているわけではないぼっちが流石に写っただけで炎上というのはない。(ぼっちが男なら話は別だったかもしれないが)
しかし、ぼっちの自意識では陰キャが陽キャと同じ写真に写って良いのは学校行事の集合写真までなのだ。
それ以上も、アルバムにしまうならまだしもSNSなんぞに上げてしまうなど許されざる行為と言えよう。
「あっ、死にます……」
何処から取り出したか赤くておっきなボタンを押すぼっち。
イマジナリーギタ夫に引きずられ、おしおきに連れて行かれるぼっち。
「させるか!!」バシィ
「へぶっ!?」
大天使の右(手加減)!
おしおきはキャンセルされたようだ。
「ぼっちちゃん、軽率に死のうとしないでよ! 組み立てるの大変なんだから」
「あっ、すみません……」
「ぼっちちゃんも結束バンドの一員なんだよ! ぼっちちゃん抜きの写真なんて結束バンドじゃないよ!」
「虹夏ちゃん……」
「よし、食べ終わったから次行こうか」
「リョウ……」
山田という人間は少ししんみりした空気が出るとすぐ壊したがる性分のようだ。
「食べながらゆっくり歩きましょう。今日はまだ時間がいっぱいあるんですもの」
「そうそう、そこの欠食児童*15は置いといてゆ~っくりとね」
「郁代、「喜多ちゃんに集るんじゃない!」むう……」
山田は本来別にそこまで食いしん坊なキャラではないし、どちらかといえば少食気味と言って良い。
それがこうまで卑しい人間になってしまったのは草食動物生活の後遺症だろうか。
「この後は江の島を登って江島神社*16を巡っていく予定です。食べ物だって道中にいっぱい有りますから大丈夫ですよ!
その後は頂上の展望台*17に登って、お昼は向こう側の江之島亭*18で生しらす丼を頼む予定です! 登り切る頃にはきっとお腹も空いてくると思います!
それが終わったら龍恋の鐘*19にも行かないとですね! 南京錠は現地で買えますけど、せっかくですからバンドの今後を祈願するために『結束バンド』4色分持ってきてあるんですよ!
それが終わったら岩屋*20にも行かないと、この季節なら洞窟は大分涼しくておすすめです!
帰りは遊覧船*21にも乗って対岸のビーチまで一直線です。今日は天気がいいから富士山も見れるかもしれないですね!」
「いや、多い多い! 喜多ちゃん、あたし達インドア何だけど! 流石に無理があるって!」
なんとなく江ノ島を巡るぐらいにしか考えていなかったインドア勢とどうせなら全部巡りたいと考えるアウトドア勢の差が如実に出た結果だ。
「大丈夫ですよ! 大分余裕をもって組んでますから、ゆっくり歩いて休憩しても大体15時までには回れる計算ですし、なんなら余った時間でもっと寄り道もできますから!」キターン
「うっ、ここに来て根本的に噛み合わない部分が!?」
虹夏の主張としてはそもそもそんなに回る体力がないから無理というものだが、喜多ちゃんの認識では『疲れる? だったら休憩をいっぱい取れば大丈夫よね!』と言う感じである。
疲れるという感覚は理解できても、くたびれるという感覚が理解できていない。
陽キャの恐るべき習性である。
「とにかく登ってみましょう! まずは
「え~っ、階段……」
4人の前に立ちはだかるは254段の階段。標高にして60mほどではあるが、歩道橋レベルで音を上げるインドア共には荷が重い。
「自力で上がって見る景色ほど、素敵なものはないと思いませんか?」「いやそんなのはいい!」
「頑張りましょう!」「嫌だ!」
山田かつて無い拒絶*22である。
語勢がここまで強い山田などここ数ヶ月の付き合いで初めて見ることだろう。
あるいは虹夏もめったに見ないレベルである。
「後藤さんも!」「あ、あああ……」
「伊地知先輩はいけますよね?」「あ、あたしもそんなに乗り気では……、うっ! 喜多ちゃんいつになく眩しい!」
全身から溢れ出る登りたいオーラに気圧される3人。
「な、なんでぇ……」
「い、い、いつもは抑え気味な陽のオーラが、日の光を浴びることによって……」
「リミッターを解除されているのか! いや、この夏の反動なのか!」
「ほら! 行きますよ!」キターン
そう言って軽快に走り出す喜多ちゃん。
足元軽やかに一段とばしで上っていく様子は如何に今日という日を楽しみにしているかを物語る。
「みなさ~ん! は~やく~!」
「あっ、頑張ってください……」
「もう無理……、上れない……」
「喜多ちゃんからどんどん離されていく……」
まだ20段も上っていないのにバテバテの二人。
「ていうか、なぜぼっちは向こう側なんだ……」
「ぼっちちゃん、実は体力ある方なの……?」
そう、二人だ。ぼっちはしれっと喜多ちゃんの隣りにいる。
この世界線において、歌えるぼっちのスタミナは実は結構ある方なのだ。
なお、運動神経はお察しである。
というか、ここまで駅からそこそこ歩いている事を差し引いてもこの体力でどう学校生活を送っているのだろう。
教室に上がるまででももうちょっとあると思うのだが。
──まあ、夏の暑さのせいとでもしておこう。
「もう無理~!」
「景色とか知らん……、どうでもいい……」
そして、結局ギブアップした二人。
背後でおばあさんが楽々と上がっているのにこの体たらくである。
このペースで果たして山の向こうの江之島亭に昼飯を食いに行けるのだろうか?
「二人ともしっかりして下さい、まだ始まったばかりですよ?」
「ひとまず休憩させて~」
「仕方ないですねー」
「喜多ちゃん元気だね~」
そう言って座り込んだ二人。
「あっ、じゃあエスカレーター使いますか?」
「エスカレーター?」
そう言ったぼっちが指差す先にはなんとエスカレーター*23が!
「よし! アレで行こう!」
「階段で上りましょうよー!」
喜多はそう主張するも、インドア二人の心は動かない。
そもそも、このペースで上ってたら昼飯がいつになるかわかったもんじゃないという事情もあるが。
「──えっ、お金掛かるの!?」
山田の視線の先には『エスカー全区間 360円』と表示された券売機が。
「江ノ島エスカーに乗るには、チケット買わないと」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……」
「だから、階段で上りましょ」
執拗に階段を促す喜多ちゃん。
しかし、山田側も譲れない。受付側に歩いていく山田。
「いらっしゃいませ~」
「い、今お金がなくて……、ベース! 私いいやつ結構持ってるんですけど!」
「えっ」
「1本差し上げますから!」
そう言って虚空からベースを取り出す山田。
登りたくないと言う一念が楽器召喚という
なお、次の回には消えてる模様。
「いえ、その……」
「2本ですか!! 3本がお望みですか!!!」
「いや、まずはチケットを……」
「はい、そこらへんにしなさ~い」
2本目を召喚し、すわ3本目かといった所で虹夏ストップがかかる。
「今日のところはあたしが奢ってあげるから、ほらリョウの分のチケット」
「ははあ~っ」
うやうやしく受け取る山田。
「ええっ、お二人共買っちゃったんですか?」
「ゴメンネ、正直このペースだと喜多ちゃんの予定消化できそうにないからさ。
ほら、ぼっちちゃんは余裕そうだし二人で上がってきなよ」
「えっ! あっ、ハイ……」
「わかりました……、それじゃあ後藤さん、一緒に行きましょ!」
「はっ、ハイ!」
そう言ってぼっちの手を取る喜多ちゃん。
少し駆け足気味だが、ぼっちのほうもなんとかついていけているようだ。
エスカー横の瑞心門をくぐり、弁財天像を横切って少し、真正面に巨大な
二人は一足先についていたよう*25で、早速
全員がくぐり終えたらいよいよ参拝である。
お目当ては階段からみて左手側の奉安殿の弁財天だ。
「ここに祀られているのは
みんなで江ノ島来れるなら、絶対行きたいって前から思ってて」
「じゃあ、あたし達のバンドの、今後の活躍をお願いしないと!」
賽銭を投げ入れ、二礼二拍手一礼。*26
このときばかりは真剣に祈りを捧げる4人。
特にぼっちは大分熱の入った祈り方をしている。もっとも、ぼっちはバンドそっちのけで夏休みを巻き戻してほしいなどと祈っていたのだが。まあ、バレなければセーフだ。
祈りを終え、奉安殿の横を抜けていく4人。
一旦階段を降りればその先にエスカー2区の入口が見えてくる。
「それではせいぜい頑張り給え諸君、私は楽々上らせてもらう」
「ハイ、コレそこで買ったスポドリ。この暑い中上るんだから、ふたりとも熱中症には気をつけないと。特にぼっちちゃん、この暑い中ジャージなんだから多めに飲まなきゃダメだよ!」
「あっ、ハイ……」
「ありがとうございます! それじゃ、後藤さん続きも上っちゃいましょう!」
そういってまた階段を上る二人。
60段ほど登れば見えてくるのは江島神社
江島大神で最も美しいとされる
「さあ、ここもお参りしていきますよ! ここは美のご利益があるところですから皆さんも是非お参りしてくださいね!」
「おおっ! それじゃ早速……」
「私は既に美しいからいいや」
「ついに賽銭までケチり始めるなんて……」ヨヨヨ
「あの、一応芸能のご利益もありますから……」
しょうがないので山田の分も賽銭を渡す虹夏。
そしてそれを躊躇なく投げ入れる山田。
賽銭があればお参りするあたり、面倒だからではなく本当にケチっていたらしい。
4人がお参りを終えればいよいよ午前中最後の目的地、江の島シーキャンドルを目指して上るのみである。
「さ、流石に、疲れてきましたね……」
「そうね~、お昼になったから気温も結構上がってきたわね」
もうじき正午。
真昼の中天には雲ひとつ無い太陽が容赦なく照りつけてアスファルトを炙り、香らせる。
喜多ちゃんも暑いが上下ジャージフル装備のぼっちは汗がドロドロでジャージにシミを浮かび上がらせている。
「あっ、ここにも自販機があるわね」
「はい、ちょっと水を買い足しましょう……」
そう言って民家風の建物*27の横で少し休むことにした。
2人でペットボトルのフタを開け、中身を一気に流し込む。
純粋に水分補給のためといった感じで味なんか気にも止めないといった勢いを感じる。
「ふぅ……、さーて、残りも一気に登りきっちゃいましょう! コレで最後の階段のはずよ!」
「はっ、ハイ!」
水分補給で気力を取り戻した二人は最後の階段を勢いつけて上っていく。
「はーっ! 着いたわー!」
「はっ、はい……、ようやく着きましたね……」
朝、片瀬江ノ島駅に着いてから3時間弱、晴れた夏の日かつ上りも含むと考えれば随分頑張ったと言えるだろう。
少なくともタピオカミルクティーとスポドリ2本では熱中症対策には心もとないレベルだ。
「展望台は冷房効いてると思うから、景色を楽しみながら休憩しましょうか」
「そ、そうですね……」
展望台そのものに興味はあまりないが、この季節に冷房と言う単語はあまりにも魅力的であった。
元々ぼっちはガッツリインドア人間なのだ。原作世界線より体力があろうと気質が変わらぬ以上炎天下に出歩くのは憚られる。
それでも面倒な階段を上ってきたのは今日の主役が喜多ちゃんだからに他ならない。もし仮に今日がぼっちのための休日であれば迷わずエスカーに乗ったことだろう。
「あっ、リョウせんぱ~い、伊地知せんぱ~い、おまたせしました~!」
二人に駆け寄る喜多ちゃん。
「ちょっとドリンクを買い足してて……、あれ? どうしました?」
そう、なにか様子がおかしい。
なんというか、色素が薄い気がしてならない。
しかも味わい深い表情で固まっている。
「ちょっと、トロピカル通り魔が……」
「げに恐ろしきは観光地の魔力か……」
「ど、どうしたんですか!? そもそもトロピカル通り魔って何なんですか!?」
「フッ、陰キャではない郁代にはわかるまい……」
「ご、後藤さんはわかるのかしら……」
「あっ、多分バカップルがtropical loveってたんじゃないでしょうか……」
「えっ、なんですって?」
「やはりぼっちにはわかるか、この怒りが……、この虚しさが……」
「喜多ちゃんは別に無理して分からなくてもいいんだよ?」
「すごい疎外感を感じるんですけど!」
喜多ちゃんのような生粋の陽キャであればキャーキャー騒ぐことはあってもそこに負の感情を抱くなどまずありえないだろう。
もちろん3人は別に恋人が欲しいとかそういうのではない。しかし、だからといってバカップルに純粋なプラスの感情を抱けるかというとそうでもないのだ。羨ましい訳では無い、妬ましい訳ではないはずなのにこみ上げる謎の怒り、そしてそんな怒りを謎と自覚するが故の虚しさ。それは本人たちでさえ明確に言語化するのは難しい感覚なのだ、それをどうして人に伝えることができよう。
結局喜多ちゃんに釈然としないものを残しつつ展望台へ向かう4人であった。
◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇
ピンポーン
「わ~……! 見てください!
展望台からの眺めは絶景ですね! 目に焼き付けとかないと!」
植物園*28を通り過ぎ、到着したるは午前最後の目標地点、江の島シーキャンドルである。
エレベーターの真正面から見える景色は自分たちが通ってきた片瀬江ノ島の海岸までよく見渡せる。
山道のルートは植物園の木々でよく見えないが、逆に植物園全体は一望でき、整った景観を楽しむこともできる。
「ほら! 皆さんで写真撮りましょうよ! って、あれ?」
「あ~、クーラー最高~」
「極楽……」
「ですね……」
「あの……、みなさん……?」
どうやらインドア共の中では景色なんぞよりも冷房に意識が持っていかれているようだ。
まあ、真夏に3時間も歩いていれば無理もないが。
「昔々、人間は神と対等になろうと天まで届く高い塔を建てようとし、怒った神は人間の言語をバラバラにし、地上を混乱に陥れた」
「あー、バベルの塔*29ね」
「そ、それから学ばずまた人はこんな高い建物*30を……」
「みなさーん……、あの、景色を……」
「喜多ちゃん満足したみたいだし、下りよっか」「え?」
「もうお腹が魚の気分」
「あっ、もう十分涼みましたし……」
虹夏までもバッサリ切って行く辺りよほど疲れているらしい。
足早にエレベーターに戻っていく3人。こんなんで帰り保つのだろうか。
「ああ……、インドア人達め!」
結局そう吐き捨てるようにつぶやくしか無い喜多ちゃんであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇
「皆さんお待ちかね~、江ノ島名物生しらす丼ですよ~!
いや~、今日は海が時化て無いみたいで*31安心しました!
あれ? 先輩方、どうしました?」
「ど、どうしたも何も……」
「か、階段が……、下りじゃなかったのかと……」
そう、ここは江之島亭。
当初から昼食のために目指していた目的地であり、江ノ島の山の向こう側に位置する海鮮料理屋。
何より重要なのが階段を上る必要があるということ。
厳密には山頂から大きく下ってから少し上る必要があるところである。
少しには違いないのだが、最初の鳥居をくぐる段階でバテバテになっていた2人である。なんとか食い気で登りきったものの、エスカーなしの階段は本当にきつかったようで、正直ちゃんと飯が食えるコンディションなのか怪しいレベルである。
なお、喜多ちゃんとぼっちは平気である。
「とりあえず、食べちゃいましょう! 食べれば元気も出ますよ!」
「こ、このザマを見て良くもそんな……」
「ふう、はあーっ……、ヨシ! 落ち着いた」
「い、いただきます……」
なんとか虹夏は回復して食事できるレベルまで持ってこれたようだ。
山田は未だ水がせいぜいである。
「うーん! 美味しい! 味の濃さが全然違いますね!」
「うん! 塩っ気が少なくて、かわりに魚の味が濃厚だ!」
「あっ、確かに魚味でいっぱいですね」
「は、薄情者共め……」
そうして山田を尻目に完食する3人。
「ごちそうさまでした!」
「いや~、大満足だった! もう今日は十分だ!」
「いや、まだお昼ですよ!?」
「まあ、そうなんだけどさ。これ以上頑張ると明日に響くかな~って」
もう終わった感を出し始める虹夏。実際明日学校であるということを考えればあまり無理はできないというのもわかる。
「う~ん、そうですね。
それじゃあ、この後は
この先は全部下りですから体力的にも問題ないと思いますよ」
「ごめんね~、今日は喜多ちゃんのための日なのに~」
「いえいえ、こちらもここまで体力差があるとは思ってませんでしたし……」
正直に言ってしまえばふたりともぼっちよりは体力があるだろうと言う認識でいたのが全ての原因であった。
どうしてもギターはともかく運動神経と言うか純粋な体力的にはない方だろうと考えていたぼっちが実はある方どころか上澄みの部類とは思いもしなかったようだ。
喜多ちゃんが上澄みというか上位1%レベルと言う健康優良少女であることもこの勘違いを後押しした。
仮に喜多ちゃんの体力を1/10しても二人の体力の合計を遥かに凌駕することだろう。喜多ちゃんの人生において、少なくとも遊びに行くレベルの友人と言うくくりで見ればここまで体力のない人間はいなかったのである。
「うむ、ごちそうさまでした……」
「おっ、リョウもなんとか食べられたみたいだね」
「それじゃあ、三社最後の
そうして店を出る4人。
「うわっ、あっつ~」
「おお、もう……」
時刻はすでに14時ごろ。
1日のうちおおよそ気温が頂点に達する時間帯。
特に朝から晴れていた今日に関して言えば真夏日*32真っ只中。怯むのも無理もない。
「後は下りだけですから、一気に行っちゃいましょう!」
「よ~し、サパっと行って優雅にクルージングだ!」
そうして木陰も多い通路を進んでしばらく、今日の最終目的地の
もはや帰りたい欲求を隠せていない3人は流れ作業のようにお参りする。
最初と違いもはやポーズだけで何も祈ってすらいない。
喜多ちゃんは色々と写真を取っているのだが、色味が他2つと比べて地味めなためか撮影時間も短い。
そして、流れるように隣の
「ここは江ノ島でも有名なパワースポットとしてイソスタでも話題なんですよ!」
「たっ、確かにパワーを感じますね……」
そう語るぼっちの目は心なしかキラキラしている。
その目線は明らかに
心に中学生男子を飼っているぼっち的にはクリティカルヒットだったようだ。
「ほら! 今度こそみんなで写真撮りましょう! バンドのイソスタに上げるやつですからとびっきりの笑顔でお願いしますよ!」
「よ、よーしがんばるぞー……」
「おー」
「あの、ほんとに大丈夫ですか……? 一応まだ船までは歩くんですけど」
「さ、流石におんぶは無理ですよ……」
「いやー、大丈夫大丈夫。水も摂ってるし、熱中症とかじゃないからさ」
「うーん、これなら日傘とか持ってきたほうが良かったかもですね」
2人の草臥れ方に流石に心配になってきた喜多ちゃん。
手早く写真を取った後はもう寄り道せずに船着き場に向かうことにした。龍恋の鐘はスキップだ。
まあ、そもそもそんな場所に行ったらぼっちが爆発する*35だろうし、それ以前に山道の先にある都合上二人ほど着いてこれないだろうが。
そうして残りの階段を下り、海岸まで降りてきた4人。
フェリーまでの海沿いの道は飛沫がかかるほどに海抜が低く、柵も付いていないシンプルなものである。
ここまで結構な段数を降りてきたためか、2名ほど足腰がガタガタである。
「一応段差とかは無いですけど濡れてますから足元に注意してくださいね、転んでも上がれないわけでは無いですけどずぶ濡れになりますから」
2人の挙動に細心の注意を払う喜多。
もはや、振る舞いが介護かリハビリのそれな気がするが、2人の足元の震えを見れば無理もないことだろう。
そうやってようやっと船着き場にたどり着く4人。
「いや~、今日はすごい遊んだね。もうくったくただよ~」
「うん、一刻も早く寝たい」
「あっ、でも、すごく楽しかったですね……」
「そうよね! やっぱりコレでこそ夏休みよね!」
船着き場で今日の思い出をアレコレ振り返り始める4人。
その会話は船が付いて乗り込むまで続く。
「おおっ、早い早い!」
「あっ、江ノ島が大分遠いです……」
そして、船で対岸まで一気に戻る4人。
コレにて結束バンドの夏休みは終わりを迎えたのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆
翌日、夏休みが明け、始業式後。
二人は早速STARRYのバイトに来ていた。
「そう言えば、結局書いた歌詞、昨日渡せなかったわね」
「あっ、そうですね。
──ふたりとも、今日はなんだか遅いですね」
結局、あの後電車の中で二人が寝ていたためか、書いた歌詞を渡せずにいた。
今日は満を持して夏を生贄に捧げた成果をバンドで共有したいところであったのだが、どうにも遅い。もうすぐ開店してもおかしくない時間帯である。
山田はともかく夏休みにも精力的に働いていた虹夏が遅刻寸前とは珍しい。
「ああ、二人なら今日学校ごと休みだよ」
「えっ! もしかして熱中症かなにかですか!?」
熱中症は時間差で発覚することも少なくない。
本質的に熱中症とは異常体温ではなく体温調整機能の狂いである。体温調整が狂った状態でも正常の体温範囲に収まってしまった場合、その発覚は著しく遅れることも珍しくない。
スポーツ少女としての一面もある喜多ちゃんは真っ先にその可能性を疑った。昨日のグロッキーな2人の印象が強いのも一因である。
「いや、筋肉痛だって。熱はちゃんと平熱だったし*36」
「えっ、筋肉痛?」
「あっ、わたしも一応なってますよ」
「学校休むレベルの筋肉痛って何? むしろ、肉離れとかじゃなくてですか?」
「いや、今朝山田んちの病院で見てもらったから大丈夫だ。山田も同じ症状出てるらしいけどな。
まあ、バイト上がりに余裕がありそうだったら顔だしてやってくれ」
結局、歌詞をしっかりみんなで確認できるようになるにはここから更に2日を要することとなる。
コレ幸いと山田が長めの休みをとって土日と連結させたためである。*37
土曜になってようやっと現れた山田を迎え、ようやく2人の歌詞確認会が始まったのであった。
今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
敬称略です。
☆9 白黒源氏 Calculator CottonBlade Re; 京安藤しーぷ てんぷら/2000 Asai Asai 唾㸅
今回は江ノ島回を一気に片付けました。前回距離も輪をかけて難産でした。
あるいは切りどころが見当たらなかっただけとも言える。注釈もなんだかんだで37個もつけてますしね。
次回はいよいよ文化祭編、そしてぼっちの過去編の予定です。
原作世界線と違い、中学で文化祭に出たらしきぼっち。それから何があったのか、仮面のギターヒーロー誕生から引きこもりまでのオリジナルシーンが始まる予定です。
次こそはもう少し早めに更新したい所です。体調が許せば……