【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん 作:リチウム
と言ってもそんな長尺取る予定はないですが。
前回はぎゅうぎゅう詰めの江ノ島回でした。
今回はスッキリ1万文字です。注釈もなんだかんだで控えめですしね。
今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。
時は少し遡り、9/1の始業式当日。
今日は始業式のついでに秋の文化祭の出し物を決める日である。
文化祭はちょうど1ヶ月後の10/1と10/2の2日に分けて行われる予定だ。
「はっ!」「お化け屋敷が6人。駄菓子屋さんが2人」
先程まで机に突っ伏して寝ていたぼっちが目を覚ます。
休み明け初日特有のゆるい空気も相まってこちらはあまり注目されてはいなかったようだ。
というか、自分以外にも意識が怪しそうなのがチラホラと見受けられる。
どうにも体内時計の矯正がうまく行かなかったのが容易に想像がつく状態だ。
(いつから寝てたんだろう……。確かホームルームで文化祭の事を決めるって言ってて……。駄目だ、一致団結ってワードが出た所から記憶が……)
「はーい、では多数決で、2組の出し物はメイド執事喫茶に決まりましたー」
「えっ?」
「じゃあメイド服揃えないとだー」
(メ、メイド!?)
そう言って脳裏によぎるのは喜多ちゃんが初日に着たメイド姿である。
あー、たしかにあれは良いものだなー、などとのんきに他人事のように捉えるぼっち。
「女子全員で着るんだもんね~」
(女子全員!?)
ここでようやくド鈍い危機感が仕事をし始める。
女子全員!? 女子全員って事は……、女子全員ってことですかぁ~!?
そう、ぼっちも女子である。
たとえ定期的に分裂しようが、顔が福笑いになろうが、心に中二男子を飼っていようが戸籍上女子である。*1
つまり、ぼっちもメイド服で給仕しなければならないのだ。
(ということはわたしも……、うっ、無理……、戦力外過ぎる……)
もはや内面でさえ奇声を発する余裕がないぼっち。
というかわたしのメイド姿とか公害の一種じゃない? などと考えている始末。
ぼっちは決意する。
そう、コレはあくまで皆のため。皆の努力と楽しい文化祭を守るため。
だから、当日は体調不良になります!!
心のなかでいらん決意を固めるぼっち。
以前使った氷の山、まだあるかななどと考えていると司会が追加連絡を飛ばしてくる。
「それと、文化祭2日目に行われる体育館ステージでの出し物の件ですが、やりたい人は生徒会室前のボックスにこの用紙を入れてください」「「「は~い」」」
(個人の出し物……、バンド……、中学……、うっ、頭が……
…………まあ、わたしには関係のない話だ。だって、もうバンド組めてるし……、ライブハウスではこの前も大盛り上がりだったし……)
かつてひとりは人にチヤホヤされたいが為にギターを始め、バンド組んで文化祭で人気者になることを画策し、そしてそれを果たせず轟沈した。
しかし、今は違う。
チヤホヤはさておいて、バンドを組んでおり、それも学生の文化祭限定お遊びバンドではなく、赤字とはいえ自身の演奏で収入を得ている一種のセミプロバンドである。
そんなバンドで文化祭ライブをすれば、ある意味子供の中に大人が交じるような実力差を見せつけられること請け合いであり(盛り上がるかどうかは別だが)、チヤホヤされるラインが現実的になってくるのは間違いない。
しかし、後藤ひとりはそんな事は望まない。
いや、厳密にはチヤホヤされるために文化祭と言う選択肢を取ることはもはやない。
それは、未だ拭い難き過去のトラウマのためであり、ゆえにこそこの後の展開にぼっちは苦悩することとなる。
◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「後藤さん! 文化祭でライブしましょう!」
そう語る喜多の手元には文化祭出演の応募用紙があった。代表者氏名はもちろん『喜多郁代』と書かれている。
──恐れていた事態である。
「ほら、まだ次のライブの日程決まってないじゃない? それに、ここの体育館なら5、600人ぐらいは入るでしょ? ライブハウスもいいけどそういう大人数のライブを経験しておくのもいいと思うのよ!」
「えっ、まぁ、はい、そうですね……」
「それに、校外の人も来るだろうから、次のライブに向けて良い宣伝になるんじゃないかって思って。後藤さんも、『結束バンド』を知ってる人相手のほうがチケット売りやすいでしょ? それに、個々人のノルマがダメでも当日券でノルマがクリアできる可能性が上がればぐっと楽になると思うの」
「はい、そうですね……(不味い、今のところ全く反論できない……)」
ぼっちとしてはなんとか食い止めたい文化祭ライブ。
しかし、バンドのことを考えれば圧倒的にやったほうが良いのは間違いない。
そもそも、ライブをしたくない理由はぼっちのごくごく個人的な問題に過ぎない以上、自身を軽く見積もりがちなぼっちがそれで主張を通すのは無理筋であった。
「──でも、まずは二人に確認しないとね。今日はバイトがあるし、歌詞を渡す時に一緒に確認しましょう?」
「はっ、ハイ……」
そう言ってバイト先に向かう二人。
だが、
片方はどうすれば文化祭を回避できるかを模索し、もう片方は何やら考え込んでいる様子だ。
はっきり言ってしまえば、喜多は先程のぼっちの表情に隠しきれぬ影を見たためだ。
それは普段のネガティブとは根本的に違う表情であり、かつて一度だけ目撃した死人のような目の一歩手前であった。
文化祭になにかあるのだろうか? 後藤ひとりのトラウマのような何かが。
しかし、そこに突っ込むには喜多には無神経さが足りなかった。
結局、二人はバイト先に着くまで一言も話すことはなかった。
◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇
「お、お疲れ様でした……」
「お疲れ様~」
バイトも終わり、いつも通りぼっちが早めに帰宅する。
今日は虹夏と山田が筋肉痛でダウンしていたこともあってか、その分の負荷が掛かったぼっちの足取りも普段より重く、帰りたい欲求も強めに感じた。
見舞いに来てくれと言っていた店長も今日の忙しさの後では流石に帰宅を優先させたようだ。
「──でだ、相談事って何だ?」
「はい、コレのことなんですが……」
そう言って机の上に出されたのは文化祭の申込用紙だった。
「こういうのは他の3人と話し合え……、って内容じゃないんだよな」
「はい……」
そう、出場するのは結束バンドである以上、まずはその4人で話すのが筋というものだ。そのうえであれば背中を押すことはやぶさかではない。が、少なくとも人間関係に敏い喜多に限ってそんな基本的なところをすっ飛ばすことなどまずないだろう。
となればもう少し込み入った問題になることは想像に難くなかった。
「あの、後藤さんが時々物凄い目をする時があると思うんですよ。特に昔のことについて話すときとかに」
「それっていつもの奇行とは別のやつか?」
「時々ぬとねの区別がつかなさそうな目*2をしてることはありますねー」
「そうじゃなくてですね、何ていうかこう、今にも自殺しそうな目というか……、全く光がなくてホラー映画みたいな感じの目をしてる時ですよ」
「あー、そこまでの時合ったか?」
「いえ、せいぜい緊張したりとか、人とうまく話せない時ぐらいだと思いますけどー。それとは違いそうですよね~」
そもそもライブハウスのスタッフ以上の関わりが薄い2人である。
そういった過去に触れるような会話はあまりしてこなかったようだ。
「ともかく、その反応が文化祭ライブの話をしてから顕著で……」
「なるほど、つまりぼっちちゃんに文化祭関連の突っ込み辛いトラウマがあるんじゃないかって事か。
で、どうしたもんかと悩んでる」
「はい」
そう言われ、頭を抱える店長。
ここで『じゃあ、文化祭出なくていいじゃん』と切り捨てるのは簡単だ。
あるいはいっそ演ってみろと言ってしまうことも。
だがそのトラウマを放置して良いものだろうか?
仮に文化祭に関連しないとこで平気ならまだ良いが、今後のライブやあるいはもっと大きな箱でライブすることになった時にソレが爆発しないなどとどうして言えよう。
文化祭が起因しているということさえも状況証拠しか無いが、逆に言えば見えない地雷のヒントが少し見えてしまった状況でもあるわけだ。コレを放置するのは流石に気が咎める。
結局、店長としてはありきたりな結論を出さざるを得なかった。
「──コレに関しては4人で話し合いな。
特に虹夏はこういう問題には力になってくれると思うからさ。
ありきたりだけど、心の傷ってのは誰かが寄り添って始めて癒えるもんだ。時間はその次だし、ほっとくとむしろ膿んでくることのほうが多い。
確かに触れれば大怪我するかもしれないけど、裏を返せば適切な処置さえすれば治るってことだ。
だったら潔くスパッと行っちまいな。そして、リハビリをしっかりしてやれば良いのさ。
その程度には信頼関係あるんだろ?」
「そうですね……、わかりました。お二人が戻ってきたら少し話してみます」
そう言って笑顔を向ける喜多。
その心中は後藤ひとりを救うと言う決意で溢れていた。
そのまま立ち上がり、帰路につく喜多。
(今思えば、後藤さんにはいつも助けられてばかりだったわ……
バンドに誘ってくれたときも、その後の練習のときも、歌詞を書くときも、オーディションも、ライブも、今もずっと……
だから、今度は私の番! 後藤さんの心の傷、きっと癒やしてみせるわ!)
◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇
「はい、ソレじゃあ第……、何回だっけ? えーともかく! 結束バンドミーティングを始めます! ハイ拍手!」
まばらに拍手が起こるSTARRYのテーブル。
休日になってようやっと復帰した二人を含めた4人での結束バンドミーティングである。
「さて、今日のプレゼンターは喜多ちゃんです、どうぞ!」
「はーい! さて、今日のお題は……、じゃん! 『文化祭ライブ』! です!」
「おおーっ」
虹夏のテンションが少し上がっているのを感じる。
対照的にぼっちのテンションはお通夜のそれである。
「いや~、うちの学校お固くってさ~。文化祭のバンド演奏なんて以ての外~って感じで」
「まあ、中学では私も虹夏も別々とは言えライブ演ったけど」
「えっ、どうだったんですか!? やっぱり大盛り上がりでしたか?」
「ふっ、マイナーな曲弾いて会場をお通夜にしてやった」
「なんで誇らしげ?」
楽しげに文化祭の思い出を語る二人。
ここでぼっちは確信する。この場に
少なくとも文化祭にポジティブな思い出がある2人と陽キャ相手に押し切れる算段がぼっちにはどうしても見つけられなかった。
「ねえ、後藤さん」
「はっ、はいっ」
もはやコレまでと言わんばかりに覚悟を決めるぼっち。
しかし、次のセリフは想定外のものだった。
「嫌だったらソレでも良いのよ」「えっ……」
「私には理由はわからないけど、でも後藤さん文化祭の話をする時、とても辛そうだわ。
いつものマイナス思考とは根本的に違う何かを感じるもの」
「喜多さん……」
「ぼっちが嫌がる気持ちもわかる。下手したら、というか絶対ここより多い人数の前で演奏するわけだし。何より私も中学の時のお通夜ライブ、時々夢に見るし……」
「リョウさん……」
「やっぱり強がりだったのね」
予想とは違い、むしろ文化祭に出ないことを肯定的に捉えてくれる2人。
先程楽しげだった虹夏でさえ優しげに頷くばかりである。
そして、ここぞとばかりに意を決して喜多が切り込む。
「でも、だからこそ聞かせてほしいの。
文化祭になにか合ったのか、私達で何か力になれないのか、って」
「喜多さん……」
ぼっちの両手を取り、真っ直ぐに目を見つめる喜多。
「そうだよ! 今までいっぱい助けてもらったんだから、今度はあたし達の番!」
「虹夏ちゃん……」
いつもよりも力強い表情でぼっちと向き合う虹夏。
「そう、我々は同じ傷を持つ同志。だから仮にぼっちが文化祭でデスメタル演ってあだ名がクラウ○ー*3様とかになってても気にしないから」
「いや……、流石に文化祭でそこまで攻めた選曲はしませんけど……」
「あっ、そう……」
なんか少し凹んでる山田。
「えっと、ちなみにリョウさんは何演ったんですか……?」
「まあ、ちょっとイキった感じのプログレ*4を1曲ほど……、インストで15分くらいのやつ……」
「えっ!? 1曲に15分かけて演奏を!?」
驚きを隠せない喜多ちゃん。
そもそも音楽=クラシックか吹奏楽かボーカル曲ぐらいしか択にない喜多としてはインストで15分もかかる楽曲というのが理解の外である。
というか、文化祭で1曲オンリーなど流石に攻めすぎにもほどがあろう。
タイムスケジュールさえ守ればセトリは演奏側に委ねられるとは言えその構成は前代未聞にも程がある。
「よし、私の傷は晒した。ぼっちよ、私の屍を超えていくが良い……」
「リョ、リョウさん……」
山田なりの気遣いで作られた話しやすい空気のバトン。
それを受け取り、ぼっちはようやっと決意を固める。
「あの、それじゃあ聞いていただいても良いでしょうか……
えっと、その、多分、そんな大した話じゃないとは思うんですが……」
そう言って、ぼっちはゆっくりと過去の思い出を話し始める。
中学校時代、最後の文化祭。そこで何が合ったのかを。
◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇
(あれ? どうしてわたしは未だにバンドどころか音楽仲間、いや、それ以前に友達の一人もできていないんだろうか……)
時は今からちょうど1年前。
後藤ひとり、中学3年生の夏の終わりの教室にていつも通り答えの決まりきった命題に没頭していた。
中学に入ってしばらくしてから始めたギターは順調に上達し、Oh!Tubeのチャンネル登録者はもう2万人に達しようとしている。
指数関数的に上昇する登録者数は、あるいは次の3年以内に
そして、相変わらず後藤ひとりはぼっちであった。
文化祭シーズンはもはや目前に迫っており、ここからギター開始当初に考えていたバンドを組んで文化祭で人気者になるというコースを通るのは至難の業である事は間違いない。
そもそもひとりには未だバンドを組む相手のアテが全くない。
コレは友人が知り合いがと言う以前に学校内でドラム、ベース、どころかボーカルができる人間すらも一切把握していないと言う意味であり、自身のギター演奏の腕前を誰に売り込んで良いものかさえわからないという事態に陥っているのであった。
ここでもしひとりが陽キャであれば不特定多数の集団を巡って自身を売り込み、バンドメンバーをかき集めると言う手段を取ることもできただろう。ひとりには確かなギター演奏の技術という揺るぎなき実があり、それは千の言葉より雄弁な説得力を持ってこの時期からでもスカウトを可能にすること間違いなしだ。
しかし、ぼっちはぼっちであるがゆえにそんな手段は取れない。
しかも、学校ではバンド音楽が好きなことはアピール(本人なりの基準)してきたが、ギター演奏そのものをしたことはない。
つまり、学校の人間は誰ひとりとして後藤ひとりがギターの熟達者であることなど知らないのだ。
そんなざまでバンドを組むことなどできようはずもない。
結論! 後藤ひとりはバンドを組めない!
文化祭でチヤホヤもされない!
項垂れるぼっち。
(はは……、まあ、わかってましたよ。そもそもギターの練習以外でバンド組むための努力もしてこなかったし、当然といえば当然……)
「それじゃあ最後に、文化祭および後夜祭の有志活動は職員室前から紙を取って提出してくださいね」
顔をあげると担任の先生が文化祭の注意事項を話していた。
でも、自分には関係のないことだ。
教室では陽キャっぽいグループが早速職員室に向かっている。
他の人達もそういった有志達の話題で持ちきりだ。
(ま、まあ、せっかくだし? ちょ~っと学生レベルってやつを見せてもらってもいいかな~って。
なにせこっちは登録者2万だし)
すっぱい葡萄*5のような心持ちでそんな陽キャ達を眺めるぼっち。
気分は完全に部外者である。
「あ~、俺等もバンド組みたかったな~」
「しょ~がねーべ、楽器引けるやつ見つかんねーんだから」
「いっそ、後夜祭でバンドメンバー募集するか? 弾いて見せれば一発っしょ!」
「お前、それで高校バラバラになったら即解散じゃねーか。俺等3年だぞ」
「だーいじょうぶだって。ここからの進学先なんて大体近所だろ? それに、解散してもそんときはそんときだよ」
そう言って抜けていく別グループの会話が耳に入った。
(文化祭でメンバー募集! そういうのもあるのか!)
後藤ひとりにとって見ればそれは思ってもみない発想であり、何よりも全部を一挙に解決する良案に聞こえた。
そう、確かに中学の文化祭でバンド組んで……と言うのはもはや現実的とは言い難い。
しかし、別に中学に拘る必要もないのだ。だって高校にだって文化祭はあるし、むしろアルバイト可能になる高校生からのほうがバンド活動は本格化しやすいだろう。だって楽器って高いし。
それに、確かに進学先もバラけにくいのは間違いない。自分だって進学予定はここらへんなのだから。
なお、そもそもそんなことせずにさっきの奴らを追いかけてバンド組んだらいいんじゃとお思いの方もいるかも知れないが、こいつが後藤ひとりであるということをよくよく思い出していただきたい。こいつにそんなアグレッシブさはない。
そうしてぼっちは職員室に向かい、個人名義で後夜祭への出場を決めた。
そこに至るまでに葛藤があったり、まごついたり、奇行に走ったりしたことも合ったが、とにかく出場のための書類を提出することには成功したのだ。
が、当然ながらそれで終わりではない。
この中学では出たはいいがうまく行かずに大事故になるという可能性を防ぐべく、有志活動には事前審査が設けられるようになっている。
もちろんほとんど形式的なものであり、例えば楽器が誰も弾けないのにバンドとして出てきたとかのレベルでも無い限り落とされることはまず無い。のだが、重要なのはそこではない。
赤の他人の前で演奏すること。
それこそが後藤ひとり最初の壁として立ちはだかったのである。
◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇
家に帰り、制服からジャージに着替え、カメラの前で構える。
撮影前のいつものルーティンである。
流石に学校の制服を着たまま投稿するわけにも行かないが、かと言ってひとりの私服は壊滅的である。
いや、厳密には母親が買ったまともな服はあるのだが、ことごとく甘系というか間違ってもギタリストが着るような服ではない。
ぼっちの感性としてはカッコいいギタリストで居たいのだ。
そこで妥協案として取り入れられたのがこのジャージスタイルというわけである。カッコいいは何処行ったんだろうか?
ともかくそんな感じでギターの演奏が始まるのだが、なんというか音が固く感じる。
まあ、その原因は誰が見てもわかる。
ぼっちが不自然なレベルでカチコチに固まっているのである。
後夜祭のセトリは(脳内アリーナで散々流しまくっていたので)あっさり決まった。
音源も動画用に用意したOFFギター音源がいっぱいあるし、なんなら買ってもらったソフトで編集しても良い。
アンプやエフェクターは手持ちのやつでいいし、ギターは言わずもがな。
演奏自体も何なら今すぐでも大丈夫なぐらいである。
では何が問題か。
人前で演奏する。この一言に尽きる。
そもそもぼっちはこの2年強一度たりとも家族以外の前でギターを弾いたことはない。
動画投稿は行っているが、それもあくまでも演奏の時点では自宅だし、そもそも大体何テイクか撮ってその中で一番いいやつを投稿しているわけで、そんな人前で逃げ場のない一発勝負の経験というものが全く無いのだ。
それ以前に後藤ひとりの人生においてそういった挑戦とは無縁の生活だったというのもある。
せいぜいが運動会レベルであり、それでもそちらのほうは期待されないだけ楽なものである。
しかし、今回は違う。
ギターという言い訳の聞かない得意分野でなんとしてもバンドメンバーの勧誘を成功させねばならない。
そのプレッシャーが人生で初めて後藤ひとりに重くのしかかったのである。
コレがOh!Tubeのライブとかならまだマシだったかもしれない。いつもの環境で人目を気にせずにただギターだけに注力すれば良いのだから。
しかし、大勢のリアルの人間の注目を浴びながらとなると勝手が違う。
人目を気にしすぎてしまう陰キャの悪い所がもろに出る環境なのだ。
結局、ぼっちは緊張から逃れるために固まった腕で必死に演奏を続け、それは腕を痛めるまで止まらないのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆
アレから1ヶ月、時は9月末。
10月末の文化祭・後夜祭に向けて、運命の事前審査の日がやってきた。
ステージは本番と同じ体育館。
ただし観客は3人の先生がパイプ椅子で並んでいるだけ。
そこでは前の順番の人達が次々と出し物を披露していた。
やってる内容はバンド演奏に限らない。集団でのダンスや手品、漫才に演劇まで。
多くは部活動の延長線のような感じであり、部活の内容だけで満足できない連中がやってきたという感じがありありと伝わってくる。
そして、先生側も流れ作業のように合格を出していく。
時には未完成のものでも本番までになんとかなりそうと感じたら合格というようなゆる~いものであった。
そして、自分の一つ前の人たちの出し物が終わる。
それは、自分のクラスの陽キャグループのバンドであり、はっきり言ってしまえばかろうじて原曲がわかるレベルという酷さである。
なまじっかボーカル部分だけまともっぽい(上手いではない)あたりになんとも言えないものを感じるが、それでも先生はむしろすごいものを見たと言わんばかりに褒め称える。
まあ、仮にも中学生で1曲しっかりバンド演奏できているというのは十分褒め称えられるに値する成果ではあるだろう。
そして、それを見たぼっちはようやっと自分に自信が持てる様になっていた。
酷い言い方だが、自分はアレよりももっともっとすごい演奏ができる。それはうぬぼれなどではなく客観的な事実であり、むしろ自己認識がようやっと追いついたのだとさえ言えるのだ。
そして、前のバンドが楽器を片付け、ついに自分の順番がやってくる。
「あっ、あのっ、後藤ひとりですっ!」
ステージ中央に立ち、自己紹介から始める。
「えーっと、その、ヒイッ!!」
そこで小さく上がる悲鳴。
そこに無数に突き刺さる視線。それも3つではなく大量に。
ぼっちにとって不運だったのは審査順の最後であったことだろう。
そこには先生以外にも今までに出し物を出してきた全員の目線があり、それに気づいてしまったが故の悲鳴であった。
コレが逆に最初であれば、先生以外は軽く気に留める程度で済んでいただろう。なにせこれから自分の出し物でいっぱいいっぱいだった人間も少なくない。
しかし、今は全員が順番を終え、他人の出し物を鑑賞する余裕が出てきてしまっている。
そのせいで本来3人ほどだった観客が今や体育館のアチコチに100人単位で散らばっているのだ。
もっとも、コレでも本番よりはずっと少ないのだろうが。
「あっ、あの……、よろしくお願いします!!」
そう言って逃げるようにギターに集中するぼっち。
とりあえず始まったと認識したのか放送席の人員が受け取っていた音源を流し始める。
(だ、だ、だ、大丈夫だ! わたしはギターヒーローなんだ! きっと大丈夫、大丈夫……)
頭はパニック状態で、体も緊張でガチガチ。
呼吸は浅く、音源にも何処まで耳を傾けられているか怪しいところではある。
しかし、それでも一度始まった音は止まらない。
そして、ぼっちが最初のストロークを奏でた。
今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
敬称略です。
☆9 金城臥竜 扁桃石 ぬおあああ すぎ 迷ゐ人 メンシスコーラ Siroap
今回からいよいよぼっちの内面に迫ります。
もう十分引っ張りましたからね。
次次回かそのまた次ぐらいには現在に戻る予定ですので、よければお付き合いいただけると幸いです。