【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん   作:リチウム

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 今回GUITER HERO誕生編、後編です。
 後編と言いながら過去編自体は終わって無いですけどね。
 次はGUITER HERO再起編とかになるんでしょうか。

 前回はここすきは少なかったですが、感想を多く貰えたので承認欲求モンスターも大満足でした。

 今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。


19. 天性が不足

 文化祭から1週間が経った。

 

 流石にある程度の落ち着きは見せたものの、ひとりに話しかけてくれる人間は未だ少なくない。

 最もそれに対して上手に返答できている自信はないのだが、それはまあ良いだろう。

 

 問題は当初期待していたバンドに誘われるような動きが全く見られないと言う点である。

 少なくとも文化祭には認識しているだけで数個バンドがあったし、それ以外にも出てないだけで楽器をやっている人間は居るはずだ。それにもかかわらずそれらしいモーションが全く無いのはどう考えてもおかしい。

 

 

 今頃『後藤さん! わたしと一緒にバンドやって!!』『いや、後藤さんは俺たちとバンドを組むんだ!』『いや! うちのバンドのフロントマンになってもらう!』って感じに取り合いになってもおかしくないはずなのに……

 あれ、もしかして直近の人気って実はギターカッコいいとかじゃない!? 

 もしかしなくてもみんなのおもちゃ的な人気ってこと!? 

 やっぱりいきなりぶっ込んだボーカルが不味かった!? 

 

 

 いきなり失意の底に沈むひとり。

 もちろん現実にはそうではない、むしろ全くの逆で高すぎる実力が問題なのだ。

 

 はっきり言って先日のひとりのパフォーマンスに心奪われ無かった人間は少なくともあの場には居ないと断言しても良い。

 特に文化祭でバンドやるような連中はお祭り好きだし、後夜祭に参加せず、あの演奏を知らないということにはなっていない。

 そして、ある程度やっているからこそあのクオリティの()()()に引いてしまっているところがある。

 

 別に中学校でバンドやっているからと言って将来音楽で飯を食えるほど頑張ろうと思っている人間は稀だ。

 もしかしたら将来そういった意識が芽生えるかもしれないが、少なくとも中学校でそこまでの覚悟を決めている人間は少ないだろうし、そんな人間はそもそも音楽系の学校を選択して、ここのような普通の学校には来ていないことのほうが多いのではないだろうか。

 

 そこであの日のひとりである。

 もう圧倒的に自分たちとは違った。

 クオリティもそうなのだが、何よりも音楽というものにかける熱量の違いが圧倒的であった。

 ともすれば音楽のために死ねるのではないかとさえ思える本当の熱量。それを前にして半端な自分たちが一緒に音楽をやろうと言うには彼らはいささか熱量と愚かしさに欠けていた。結果、相変わらずバンドが組めない後藤さんが誕生したわけであるが。

 

 結局、今日も後藤ひとりはあーだこーだと無駄なことを考えながら一日を過ごすのであった。

 

 

 

 ◆ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 あれから2週間。

 秋も過ぎ、冬の寒さがのぞかせる時期。

 ひとりの周りにいる人間の数は目に見えて減っていた。

 

 まあ、仕方がないといえばそうなのかもしれない。

 まず前提としてひとりは最新の流行に疎い。

 これはファッションだとかセンスだとか以前の問題として共通の話題についていけない事を意味する。

 流行りの漫画やアニメ、映画、ゲーム、服装、芸能人やOh!Tuberに至るまで、ひとりはろくに知らないし、仮に知っていたとしてもさてうまく会話できたかどうか。

 そして、共通の話題のない人間が会話する事は存外に難しい。それでもまだ数人残っているのは、唯一音楽という点においてはなんとか会話ができるためであった。

 もちろん最新の流行の音楽についてはロック以外はほとんど怪しいところがある。しかし、ギターヒーローとして最新のロック音楽だけはしっかりとした知識と経験を持つひとりはその一分野に限りなんとか会話ができることが認知されつつあった。

 

 しかし、ひとりの頭の大半を占めるのはむしろいなくなった人たちのことだった。

 厳密に言えば、去り際の表情とも言うべきか。

 期待外れ、なんか違う、こんな人とは思わなかった。言葉にはならないが、表情が雄弁に物語るそれらはひとりの心に深い跡を残していた。

 

 コレもまた仕方のないことなのかもしれない。

 人は第一印象に強烈に左右されるというのは有名な話である。人間関係の印象と言う部分に着目したメラビアンの法則は人間の印象は視覚に55%、聴覚に38%で頼っているとされ、その点で言えば93%をギターヒーローという圧倒的なインパクトで埋め尽くした人間が好意的に見られるのも理解できる話だ。

 

 しかし、当然ながらそれで人間関係が全て決まるなら苦労はない。

 如何に第一印象が良かろうとも、むしろ良いからこそそれとの落差が大きい時、人間が勝手に抱く失望は計り知れない。

 あの人は顔がいいから、スタイルがいいから、それだけで人間性を高めに見積もり、その期待を少し下回っただけで大げさに手のひらを返す人間のなんと多いことか。

 それを思えばひとりの周りは実は随分と穏便に済んでいると言えよう、少なくとも後藤ひとりと言う人間が善良で無害な人間であるという点が功を奏したのかもしれない。

 

 しかし、はっきり言って『後藤ひとり』はあのカッコいい『ギターヒーロー』とは程遠い。

 運動はテンで駄目だし、勉強は赤点常習犯だし、会話はどもりまくりで明後日の方向に飛んでいくしで全くカッコいいところがない。

 それだけならまだ愛嬌で済んだかもしれないが、『ギターヒーロー』とのギャップが悪い方向に働いた。

 

 別にできた友達が0になったわけではない。

 去っていった人たちも、別に悪意や害意を持ったわけでもないし、学校で合えば挨拶ぐらいはしてくれる。

 しかし、ひとりにはあの目が忘れられない。

 あの失望の眼差し。それを今周りにいる人達にも向けられることがあるかもしれない。それが今着実にひとりの心を蝕んでいた。

 

 たとえ、その眼差しがひとりの疑心が見せた幻に過ぎずとも、である。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「えっ、カラオケ……ですか?」

「そうそう! 後藤さんも喉治ったみたいだし、どう?」

 

 また別の日。ひとりはカラオケに誘われていた。

 実のところ、それ以前にも誘われる機会はあった。しかし、慣れないボーカルの後遺症のせいで声がカスカスになっていたため参加できない、ないし誘うのを自粛されていたと言う経緯がある。

 もちろん、その何割かは慣れない他人との会話に声がうまく出せなかったと言う場合も含まれていたのだが、あの日のライブの印象が勝手に好意的に勘違いさせていたようだ。

 

 しかし、今は違う。

 喉が治ったのもそうだが、ここしばらくの対人経験のお陰である程度会話ができるようになったのである。

 まあ、キャッチボールにはなってないことがしばしばだが、以前のようにボールを投げることすらできてないときよりは大分進歩と言える。相手が上手ければ取ってくれるレベルと考えれば破格の進歩と言ってよいだろう。

 それらが複合してついにカラオケに誘われるという事態に発展したわけである。

 

「あっ、じゃあ、よろしくお願いします……」

「ホント! ありがとう! 私も後藤さんの歌、また聴きたいと思ってたのよ!」

「あっ、そんな……、えへへへへ……」

「それじゃあ、他の面子にも声かけなきゃ。あっ、今日の放課後に校門前で待っててね!」

 

 そう言うとその少女は走り去っていった。

 

(カラオケ……、そう言えば始めてだ……)

 

 ボッチにおいては一人カラオケでさえもなかなかにハードルが高い。

 そんなひとりは当然カラオケの経験等あろうハズもない。

 そもそも歌う経験が殆どなかった。音楽の授業でさえうまく歌えていたとは言い難く、音程はさておいて単純な声量の問題でボソボソとしか歌えていなかった。

 

(で、でも、あの日はうまく行ってたし、多分大丈夫だよね……)

 

 そうだ、自分はもう今までの自分ではない。

 文化祭を沸かせ、一夜にして伝説になったギターヒーローだ。だから大丈夫、そう自分に言い聞かせる。

 

 ──これがもしもギターであれば何の問題も無かっただろう。ひとりには3年の練習期間と言う確かな実があり、それは覚醒する前から純然たる実力として備わっていたものだ。

 まあ、そもそもの問題として、ギターは一般にはハードルが高いし、一方的に聞かせるならともかく一緒に演奏しようなどと日常的に言う機会はまずないのだが。

 

 歌についても才能が無いわけではないのだろう。それがカラオケで高得点を取るような歌で無くても、あるいはオペラのように確かな技巧を持って組み上げる音楽でなくとも人を動かす歌というのは努力なくしては歌えず、それを覆すのはやはり才能以外にない。

 しかし、才能があれば成功するわけではない。ましてや、全くの才能任せでやっていくには後藤ひとりという人間は傲慢さにあまりにも欠けていた。

 故にこれから起こることは必然でもあった。他人から見れば取るに足らず、しかしひとりから見れば心を砕くに十分な。

 

 

 

 ◇ ◇ ◆ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 放課後、ひとりを含む数人が校門の前に集まっていた。

 全員同じ制服で、おそらくは同じ学年なのだろうがひとりが見たこともない顔もチラホラ見える。多分別のクラスの人間なのだろう。

 ひとりの心臓は既に縮み上がりそうな状態だが、なんとか意識は保つことができていた。一応友人の方が過半数を占めているためである。

 

「後藤さんはやっぱりカラオケとかよく行く? それともヒトカラ勢だったりするの?」

「あっ、いや、カラオケ自体初めてと言いますか……、普段あんまりそういう機会なくって」

「えっ! そうなんだ!? それなら私が色々サポートしないとね。

 今日は後夜祭に居なかった人も何人か居るから、後藤さんの歌で度肝抜いちゃってよ!」

 

 そう言って誘ってくれた少女は明るく振る舞う。

 あ、明るい……、あまりにも……

 さながらオタクに優しいギャル*1のようなアガペー*2に浄化されそうになるひとり。

 やはり、この期待を裏切るわけにはいかない。ひとりはまた一つ決意を固めたのであった。

 

 

 そのまま駅前まで歩き、少し薄暗いカラオケ店に入る。

 自分を誘った少女は慣れた手付きで会員証と部屋を決め、他の人間もぞろぞろとそれに付き従う。

 自分含むほとんどが部屋に入り、残り数人が全員分の飲み物をドリンクバーに取りに行く。

 

 カラオケに慣れているであろう面々はすでにデンモク*3で歌う曲の選定に入っており、カラオケという空間に慣れないひとりは隅っこで小さくなりながらただただ時を待っていた。

 

 そして、ドリンクバー組が全員分の飲み物を運んできた所で各々が楽曲を入れつつ好き勝手歌う時間がやってきた。

 ひとりはまだ楽曲を入れていない。デンモクが1個しか無い都合上、楽曲を入れた誰かから受け取る必要があるのだが、そこで手を伸ばせるような積極性はひとりには未だ備わっていないのだ。

 

 そうして、ひとり以外の全員が一巡するところまで行った。

 

「あれ、そこの子歌って無くね?」

「ピイッ!?」

 

 どうやらひとりの存在が忘れられていたわけでは無いようだ。しかし、いきなり赤の他人から認識されたひとりはさながら小動物のように怯えている。相手も少し困った感じになっている。

 

「後藤さん、そう言えばカラオケ始めてだって言ってたよね。じゃあ、デンモクの使い方、私が教えてあげるね。早速だけど、何歌う?」

 

 そこで非実在ギャルが救いの手を差し伸べてきた。

 そこに全力で縋るひとり。

 

「ふんふん……、この曲ね。アーティスト名はこっちで合ってる? キーは原キーでいい? …………よし、入ったよ!」

 

 そうして画面には先程設定した曲が映る。

 特に変な選曲ではない。流石にこの局面でデスメタルとかを入れるほど空気は読めてないわけではないし、未来の自分のように慣れないパリピ全開な選曲をするほど無謀ではなかった。

 

(よ、よし、大丈夫……。いつも通り、いつも通り……)

 

 そうして曲のイントロが終わり……、第一声。

 ──が出なかった。

 

 いや、厳密には出ているのだが、マイクでも拾えないほどの小声しか出ていなかった。

 

(アレ? な、なんで……、あの時は大丈夫だったのに……!?)

 

 その後も声にならないノイズがぼそぼそと聞こえるばかりで歌など何も聞こえてこない。

 焦るひとり。

 周りが少しざわつきだし、マイクの電源や通信切れを確認し始め、異常がないことを確認するとざわつきは更に悪化した。

 

 ついに一人がデンモクの停止ボタンを押し、歌を止める。

 

「あの、もしかして、まだ調子悪い?」

「あっ、いえ、ソンナコトハ……。大丈夫! 大丈夫ですから!」

「そ、そう……」

 

 そう言って押し止めるもひとりの精神状態は限界に達しようとしていた。

 しかし、それでも以前のようにギアがハマる感覚が全く無い。

 

 そもそも追い詰められれば何かすごい能力が発揮できるというのがまずおかしいのだ。

 練習もろくにしていないのに優れたパフォーマンスを見せた前回が異常なのであって、今この状態こそが正常なのだ。

 だが、ここの面々はその異常をこそ期待している。なにせ、彼女らは後藤ひとりのことなど殆ど知らない。彼女らにとって後藤ひとりとは突然現れたとんでもなく歌とギターが上手いやつのことで、内気で自虐的でコミュ障だが善良で無害な少女のことではないからだ。

 

 そして、それがわかっているからこそ、今まさにひとりは追い詰められている。

 彼女たちはアレから残った数少ない友人と呼んで差し支えないであろう関係の人間なのだ。

 それを裏切れない。彼女たちにあんな目をされたくない。

 

 そう思うのは当然であり、しかし想いだけで突然何かが変わるわけでもないのもまた当然であった。

 せめて環境がもう少しひとり向きであれば、カラオケルームのように至近距離に人が詰め込まれていなければ、手元に馴染みのギターがあれば、ここ数日で人が離れ、それによる焦りが無ければもう少しマシだったかもしれない。

 

 しかし、結局この日、ひとりがまともに歌を歌えることは無かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 

 カラオケからの帰り道。そこにはなんとも言えない空気が漂っていた。

 その原因は言わずもがな後藤ひとりである。

 

 あの後、何度か歌うことに挑戦したものの、そのことごとくがうまくいかなかった。

 結果、その場をしらけさせ、気不味い空気を生み出すだけで終わってしまった。

 

 帰路につく一同。

 しかし、ひとりだけは少し離れた所をとぼとぼと歩くばかりである。

 彼女は今、己を呪い、機会を与えてくれた少女に対する罪悪感とそれ以上の諦観でいっぱいであった。

 目を合わせるのが怖い。いつものようにただ単に他人との会話を恐れる時とは比較にもならないほどに。

 

 もうダメかもしれないという不安ではなく、もう駄目だろうという確信。

 どうして自分は歌の練習の一つもしてこなかったのだろうか。

 わかっていたはずだ、自分が不器用な人間だということぐらいは。

 得意なはずのギターだって人一倍失敗して躓いて、他人よりも潤沢に練習に時間をかけた上でようやく今があると言うのに。

 

 まあ、擁護するならそもそも今回のカラオケが突発的なものであったのも原因ではあるだろう。

 コレがせめて1週間後とかならまだそれに備えて練習しておくこともできたかもしれない。

 カラオケのような人がすぐそこに居る空間でなければマシだったかもしれない。

 そもそも歌の練習をギターと同じようにしていれば問題はなかったのかもしれない。

 

 しかし、それらも過ぎたこと。

 今のひとりにはただ己を呪うことしかできなかった。

 

「あ~、今日はあんまり調子が良くなかったかな? 無理させちゃったんだよね……」

「いえ、そんな事はありません……、わたしが駄目だっただけです……」

 

 そんなひとりが逃げ帰りもせず、曲りなりにも会話しているのはあくまでも誘ってくれた彼女に対する責任感が残っているからにすぎない。

 自分には責任がある。このような空気を生み出し、ギターヒーローと言う期待を裏切った責任が。

 それが針小棒大の自意識過剰に過ぎないとしても、0ではない以上ひとりの行動は変わらないだろう。

 

「う~ん、もしかしてギターがないと歌えないとか? 意外とそういうスイッチって馬鹿にできないし……」

「なあ、ちょっといいか?」

 

 そこに別の少女が割って入る。

 

「そもそもの話なんだけどさ。その子ってホントにあの後藤ひとりなの?

「えっ……」「はい?」

 

 一瞬何を言われたか分からなかった。

 ついでに言えば少女も一瞬理解できなかった。

 

「アタシは動画でしか見なかったけどさ、なんていうか流石に色々違い過ぎない? 正直同姓同名の別人間違って連れてきたって言われたほうが納得するんだけど」

 

 この少女がそう思うのも無理もない話ではある。

 あれ以来ひとりがギターヒーローっぽい所を見せた事は一度だって無い。ギターを弾いてみせたことさえ無い。

 それはそもそもひとりが文化祭と事前審査以外で学校にギターを持ち込んだことがないことも関係する。そもそも軽音部でもない人間がギターを学校に持ち込むのも珍しい話だろう。ひとりがギターの値段にビビって持ち込まなかったというのもあるが。

 もしも、ギターを持ち込んでいればきっと誰かにねだられて調子に乗りつつもきっちりと弾いてみせたことだろう。そうすればたとえ今日どれだけ失敗していても一瞬で納得させられたはずだ。

 問題は本人を前にして言うことではないと言う一点だが。

 

 

 そして、その一言がひとりの心にトドメを差した。

 

 

「ちょっと、それは流石に無神経が過ぎ、あっ! 後藤さん!」

 

 ひとりはたまらず走り出す。

 少女もそれを追いかけるように走る。

 

 

 そうして走ることわずか2分程度。ひとりはあっさりと捕まった。

 そもそもろくに体力のないひとりが走った所でその距離も速さもたかがしれている。

 少女も運動部ではないがひとりほど体力がない訳もない。

 

「あの、後藤さん「ごめんなさい……」

「ごめんなさい……、全然期待に答えられなくて……、みんなが期待する後藤ひとりじゃなくて……、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 

 俯くひとりの声色は弱々しく、しかし泣いているような震えは感じない。

 冷静で無機質な声色は、しかしその無機質さがかえって恐ろしかった。

 今、ひとりの感情は完全に壊れ、ただただ理性的な謝罪を繰り返すばかりである。

 

 人が狂する事を指し、ある人がこう言った。

『人が正気を失い、理性無く行動する事を狂気と呼ぶには憚られる。

 痛めば涙し、傷つけば流血し、時に衝撃が心を砕くことをどうして異常のように言えようか。

 真に狂うと呼ぶに値するはむしろ真逆。感情を失い、理性のみが残る状態こそを狂うと呼ぶに値する。

 それは天然自然にあり得ざる振る舞いであり、故にこそ狂すると言うのだ』と。

 

 人一倍脆いひとりの心はたやすく砕け、もはや残骸も残っていなかった。だから泣かない、だから泣けない。

 ひとりの理性を占めるのは、彼女に迷惑をかけたことに対する謝罪をしなければならないと言う事だった。

 さらに言えば、彼女ともう関わるべきではないとも。

 

「わたしは大丈夫です。確かに今日のわたしはあの動画みたいに振る舞えませんでした。だからしょうがないです」

「そんなこと関係ないよ! 後藤さんはちょっと失敗したかもしれないけど……、それでもあんな「いいんです」」

「それより、みんなのところに戻ってあげて下さい。ついでに、わたしのことは気にしないように……って」

「後藤さん……」

「今日はありがとうございました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたが、誘ってくれた事はすごく嬉しかったです」

 

 そう言って今度は普通のペースで歩き去っていくひとり。

 

「あ、あの!」

 

 ひとりの背中に大きめの声で語りかける。

 

「明日! あの子にもちゃんと謝らせるから! 後藤さんは何も悪くないんだからね!」

「──お気遣いなく。お気持ちだけいただいておきますね」

 

 そうして、今度こそひとりは歩き去っていった。

 

 

 

 その日、ひとりは家に着くなりギターを手に取り、一心不乱に弾き始めた。

 それは夜遅くを超え、翌朝までずっと鳴り止むことはなく、母親が気づいた時にはギターを抱え込むように気絶するひとりがいた。

 

 ひとりはその日、学校に行けなかった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◆ ◇ ◇

 

 

 

 翌日、気絶から回復したひとりはまた一心不乱にギターを弾き始めた。

 時折水を飲んだりトイレに行ったり、食事や風呂の時間にはそちらに行ったりもしたがそれ以外の時間は全てギターの練習にアテられていた。

 それは母親が心配して止めるまで続けられ、今日もひとりは学校に行くことは無かった。

 

 

 

 さらに翌日、ひとりの手元にはネット通販で購入した遮音シートにマイクと大量のボーカル教本があった。

 ひとりはシートをテキパキと解体し、押し入れに設置していく。

 そして、それが終わるとマイクとノートPCを繋ぎボイストレーニングを始めた。

 

 教本の内容を頭から順にこなし、それが済んだらギターと並行して同じ手順をもう一度行う。

 失敗すればその内容を付箋に書き込みつつそのページに貼り、またできるように反復して行う。

 そして、練習してしばらくして声が枯れ始めればマイクと教本をしまい、ギターのみの練習を始めた。それはまたしても夜遅くまで続けられ、またしても母親に止められるまで続いた。

 

 ひとりは今日も学校に行くことは無かった。

 

 

 

 翌日、ひとりは朝早くから家の付近を走っていた。

 昨日痛感したことだが、ギターボーカルをするには自分はあまりにも体力が無さ過ぎる。

 もちろん、それはギターボーカルに不向きな重いギターを使用していることも関係するのだが、それを差し引いてもあまりにも無いと言わざるを得ない。

 そうして、30分程度走る頃にはひとりは体力の限界を迎え、肩で息をしながら道の端で休んでいた。

 しかし、ひとりの表情は疲れた人間とはとても思えないほどの無表情であり、酸欠になっていそうな顔色を除けば平常そのものであった。

 結局ひとりはその後もう30分きっちりと復路を走り切って帰宅し、シャワーで汗を流した後にギターボーカルの練習を始めた。

 

 ひとりは今日も学校に行くことは無かった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 ひとりが学校をサボるのはそう珍しいことではない。

 もちろん1年に数回あるかと言うペースではあるし、殆どの場合は親の説得で渋々とは言え学校へ向かうのだが。

 

 しかし、今回は明らかに様子が違った。

 最初は単なる体調不良かと思っていた。

 ひとりがギターに熱中するのはいつものことだし、それに熱が入りすぎて夜を明かしてしまう時も何度かはあった。それのせいで体調不良になることも。

 

 しかし、翌日に起きてすぐギターを弾き始めた時、いつもと何か違うものを感じた。

 いや、厳密には何も感じなかった、それが問題だった。

 

 ひとりはなんだかんだ言ってギターが好きだ、それは元バンドマンの父も、ギターについて詳しくない母や妹もよくわかっている。

 だからこそたとえ単調な練習を繰り返すときであっても、なんとなく楽しそうな感情が乗っていることがよく分かるのだ。

 しかし、今日はソレがなかった。

 さながら作業のように弾くギターの音色はまさしく機械がそのまま鳴らしているかのように無機質であった。

 この段階では、母も昨日の体調不良が響いて本調子ではないだけかもしれないと思い、心配しつつも早めに休ませるだけに留めていた。

 いつもなら、なにか辛いことがあった時は真っ先に家族に相談していたのも気づくのが遅れた要因かもしれない。きっと自分にもお父さんにも相談していないのだから、多分大丈夫だろうと高を括っていたのかもしれない。

 

 しかし、さらに翌日になっても学校にいかずにギターを弾き続けるひとりを見て流石に違和感では済まされなくなってきた。

 押し入れを改造し、歌の練習も始めたことは気になるが、ソレとは全く関係のない所で異常が発生しているのはもはや目に見えて明らかだった。

 だが、ひとりに話を聞いてもただ大丈夫、ちょっと練習が必要だからとしか答えない。

 

 コレが百歩譲って文化祭の前に行われていたなら理解もできた。

 厳密には後夜祭らしいがそれでも人前で初披露するギターに不安を覚え、学校をサボってでも練習しようと考えるのはある種自然な行動原理だ。

 しかし、もう文化祭から2週間経った。

 いつも以上に練習する必要は無く、いや、仮に文化祭でなにかあり、それで熱意に火が付いたとしても学校を休んでまでやるような人間ではないことぐらい母親として理解していた。

 

 であればこの行動は明らかにネガティブな要因で行われている。ソレぐらいはわかる。

 しかし、ひとりから無理に聞き出す事はしなかった。こういう時、無理に切り込んでも傷口を抉るだけになることもまた理解しているがゆえである。

 

 そして、更に次の日にひとりが死んだような表情でランニングを始めた時、ついに未曾有の事態にまで発展していることを理解した。

 ひとりの身に15年の人生史上最大の何かが起こったことはもはや明白と言って良かった。

 

 父は急遽休みを取り、母との話し合いとひとりに何が起こったのかを原因を究明することに努めた。

 しかし、わかったことと言えばひとりが明確に心に深い傷を負ったであろうということだけだった。ソレにしたって原因は不明であり、例えば失恋の類なのかいじめの類なのか、それとも予想だにしない何かなのかさえ分からなかった。

 

 とりあえず学校には休みの連絡とひとりに最近何か無かったのかの確認を取った。

 しかし、ソレでわかったことは近日においてはひとりはむしろ話題の中心におり、クラスメイトの人間からも好意的に接されていたということだけだった。

 この時点で二人はこの問題が長期戦になることを覚悟した。

 

 そして、ソレは現実のものとなる。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◆

 

 

 

 わたしは失敗した。

 わたしは期待を裏切った。

 

 ソレは単純な努力不足と楽観からくる怠慢によるものであり、ならばその挽回は期待に答えること以外にはない。

 

 わたしの謝罪に価値なんかない。失敗は成功でしか取り戻せない。

 汚名返上は成功によってのみ上書きされ、名誉挽回は成功によってのみ成される。

 ならば練習あるのみだ。ソレも今まで以上に真摯に練習するのみだ。

 

 あるギタリストがこう言っていた。

『ギターは1日8時間。友達を無くすまで出かけるな』

 ならばわたしは16時間だ。ほぼ未経験なボーカルの練習も並行してやる以上、それぐらいは必要だろう。

 

 学校を休むのは心苦しい。ソレは確かだ。

 しかし、中学校は有り難いことに義務教育であり、どれだけ休んでも卒業はできる。

 何よりもまずは友人の信頼を取り戻すことが最優先だ。それに比べれば学校をサボるぐらいどうということはない。

 いつもなら風邪でもない限り学校を休むことなどできなかったが、今は不思議と心が凪いでいるのを感じる。これぐらいどうということはなかった。

 

 ギターやボーカルと並行してランニングを始めた。

 ボーカルには優れた心肺機能が不可欠であり、ギター練習で補えないそれにはどうあっても肉体的な努力が必要だった。

 いつもならランニングなど人目を気にしてできなかっただろう。だが今はできる。

 きっと人目より優先する事柄があるからに違いない。

 

 筋力トレーニングも最低限必要になるだろう。

 ブラック・ビューティーは元々男性でも苦労するほどに重く、ギターボーカルに向いたギターとは言い難い。

 ただでさえ疲れるギターボーカルに重いギターも重なるのであれば、単純なスタミナ以上に基礎的な能力の向上が必須だろう。

 何よりボーカル自体にもより良いクオリティを求めるならある程度の腹筋・背筋に加えて横隔膜などの呼吸筋の鍛錬は欠かせない。

 それらも教本に従って行っていく必要がある。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 みんなが期待するギターヒーローを、期待を超えるヒーローをもう一度見せて始めてわたしはあの輪に戻る資格を得る。

 

 

 そうして、ひとりは以前からは考えられないようなストイックな生活に打ち込み始めた。

 Oh!Tubeでの投稿も辞め、ひたすらにギターボーカルのために全てを捧げる生活。

 テレビも見ること無く、ネットをすることもなく、妹や犬と遊ぶこともなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そんな生活を続けること1ヶ月。

 ひとりがついに倒れた。

*1
そんなもの三次元(ウチ)にはないよ……

*2
キリスト教における重要な教えの一つであり、神の愛を示すもの。神は無限の愛を持ち、それで持ってあまねく人間を愛している。全能なる神が人間を愛しても利益など無いはずだが、それでもその無償の愛を持って愛してくれており、人間も可能な限り神のように利益にならない無償の愛を互いに与え合うのが望ましいとされている。近年では単に無償の愛としての訳語、または性愛や肉体的な愛を意味するエロースとの対義語として魂や精神的愛を指してアガペーと呼ぶパターンが多い。

*3
カラオケに設置されている、タッチパネル式の楽曲や音量、キーなどの設定ができる機械のこと。デンモクとは電子目次本の略称である。昔、カラオケの選曲は番号を入力することで行われており、その番号は目次本と呼ばれる曲名で引くことができる本から探し出して入力する方式になっていた。当然ながら曲数は膨大であり、収録されている全曲を網羅していた目次本はさながら辞典の如き重さかつ新しい曲が出る度に定期的に更新が必要と言う都合上、膨大な紙を消費していた。それを危惧してか2003年頃から目次本の電子化、デンモクの利用が進み、2020年にはついに新規での目次本の発行は完全に停止する事となった。




 今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
 敬称略です。
 ☆9 翠の人 naoto 究極不変悪滅善護 怒雲
 ☆8 流れ者

 正直そこそこおつらい展開になってきてますが、コレが必要なプロセスだと信じて書いています。
 なんというか、拷問描写とか手足が吹っ飛ぶのとはまた別の辛さな気がしてますが、ひとりちゃんをいっぺんぶっ壊す必要があるので多少はねと。

 次回からはGUITER HERO再起編の予定です。
 次の前後編ぐらいで遅くとも現代に戻るはず……
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