【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん   作:リチウム

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 前回のあらすじ。

 中学最後の文化祭で大成功を収めたひとり。
 その後、流石に直後のような熱量ではないが、少なくとも順調に友人関係を築き始める。

 しかし、満を持して参加したカラオケで文化祭のような実力を発揮できなかったせいで場をお通夜にしてしまい、その後に受けた一言でついにひとりの心は粉々に砕けてしまう。

 そして、その失敗を取り戻すべく学校生活を含む全てをギターボーカルに捧げ始めるひとり。
 しかし、そんな1ヶ月も経つ頃にはひとりは心も体もぼろぼろになり、ついに過労で倒れてしまうのであった。

 今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。


20. トラウマ捨てたらしいよ

 曰く、努力の才能とは2種類に分けられると言う。

 

 1つは努力を努力と思わず、むしろ楽しんで継続できる『超人』。

 もう1つは努力のための苦労や辛さをそのまま飲み込んで進める『狂人』。

 

 もちろん実際にはこの2つは複合的であるし、努力自体の程度もある。

 そもそも1日が誰にでも24時間であり、努力以外にも生活や生命の維持に必要な時間がある以上才能だけで語るのはナンセンスではある。

 第一、努力なんて金と環境に恵まれたやつの贅沢品と言われればそれまでである。

 貧乏暇なしとはよく言ったものだし、健康上の問題もつきまとう。

 

 例えばプロスポーツ選手は多かれ少なかれ例外なく努力の天才だが、彼らだって怪我をして不本意な離脱を強いられることも多いし、何より金になるプロで無ければ仕事の時間が努力を圧迫するのは避けられない。

 

 

 さて、話を戻して後藤ひとりの話である。

 彼女がこの分類で言えば超人の類に入るのはなんとなくおわかりいただけるかと思う。

 原作でも夏休みの殆どをギターを弾くだけに費やしつつもそれを楽しめる感性というのは間違いなくこの分類であると言っても良い。

 しかも、それはこの3年間、1000日以上毎日続けられた行いのほんの一部分に過ぎない。

 彼女がインドアかつ友人が居ない事を差し引いても驚異的である。普通はもっと怠けるか興味がアチラコチラに飛ぶものだ。

 

 その一方でこの定義上の狂人にひとりが当てはまるかと言われると大半の人はNOと答えることだろう。

 多くの活躍も目立つ一方で苦手なことに対して逃げ腰な場面も多く、例えば高校に入るまでにやったバンドを組むため、あるいは友人を作るための努力の殆どが他力本願かつ、それに失敗してもそれ以上の積極策に踏み込めない場面が多い。

 大半は他人の勢いか己の見通しの甘さに逃げ道を()()()()()()()始めてどうにかすると言う場面ばかりだ。

 

 ところが今作のひとりはギターボーカルのためと言う前提があるとは言え外でランニングを始めた。

 コレが通常のひとりであれば少なくとも家の外で頑張るなどという行動は取れまい。百歩譲ってもルームランナーか、あるいはフィットネスゲームなどの一人で人目につかない努力に留まっていたことだろう。

 つまりコレは定義上ではあるが狂人の第一歩を踏み出しつつあるということである。

 それが心砕けた末であるとは言え、必要な楽しいことと必要な辛いことを無駄なく両立できるようになったひとりはまさに虎に翼の勢いで実力をメキメキと伸ばし始めていた。

 

 しかし、当然ながら努力と成果が正比例してくれるのはRPGのレベルぐらいなものである。

 そもそも肉体的に貧弱なひとりがこの最大効率的な努力に着いていくのは無理があった。

 例え精神が我慢できても肉体はそうはいかず、結局1ヶ月でひとりは倒れてしまった。むしろ1ヶ月持ったのは家族の献身的サポートがあったおかげと言っても良い。それがなければ半分以下で倒れるか、あるいは後を引くような怪我をしていた可能性が高い。

 

 

 

「──知らない天井だ」

 

 ひとりは家の近くの病院に運ばれていた。

 腕には栄養剤の点滴が打ち込まれており、窓の外はカーテン越しでもわかる暗さ。

 ふと時計を見れば時刻は午前3時だが日付が解らないのが困りものだ。

 カレンダーはあるのだが、日めくりでもない普通のカレンダーだし、スマホも手元にない。一応来月になるほど倒れてないことだけはわかったが。

 

 事ここに至ってもひとりの胸中にあるのは、今日を無駄にした事による練習の遅れとそれを取り戻すまでの計算のみである。

 後は家族に心配をかけたかもぐらいはあるがその程度。つまり、全く懲りていない。

 とりあえずやることもないので、ひとりは大人しく寝ることにした。

 

 

 そして翌朝、ひとりが目を覚ました時には両親と妹が枕元に居た。

 

「お姉ちゃん……、大丈夫?」

「良かった……、心配したんだぞ」

 

 父と妹は当然のように心配の言葉を投げかけてくる。

 だが、母だけは違った。

 目覚めるや否や、無言でハラハラと涙を流すばかりで、言葉を発そうとしない。

 いや、言葉が出ていないというのが正しいか。

 

「ふたり……、幼稚園はどうしたの……」

「お姉ちゃん、それどころじゃないでしょ!」

 

 4才児にガチ説教を食らう14才。状況的には当然ではあるのだが。

 

「お母さん、今日何日? 遅れを取り戻さないと」

「何言ってるの!? あなた過労で倒れたのよ! ゆっくり休まないと!」

 

 起き上がろうとするひとりを押さえる母。

 

「お父さん、ギター……」

「駄目だ」

 

 父親からもバッサリと切り捨てられる。

 

「でも、練習サボるとギター下手になっちゃう……」

「好きでもなくなったギターなんて、下手になって構うもんか」

「──っ! そんな事は!」

「ある。僕だってギタリストだ、それぐらい聞いてればわかる。

 だから言うとも。好きでも無いギターに、楽しいとも()()()()()()()()()()練習に時間を費やすのは止めなさい」

 

 不味い、明らかに不味い流れだった。

 このままではギターの練習ができなくなる。

 そもそもあのギターはお父さんのものだし、かわりのギターを買うだけのお小遣いはない。貯金もアンプやエフェクターに使ったし、なにより最近揃えたボーカル用の練習機材で底をついた。

 

 なんとかして撤回してもらわなければならない。

 普段は使わない打算的回路をフル稼働するひとり。

 

「──ひとり……、何があったか聞かせてくれないかい?」

「──なにもないけど……」

「今までのひとりならギターを取り上げるなんて言ったらそこまで冷静に考えられなかったと思うけど」

「今までのわたしじゃ駄目なの!!」

 

 そう言って声を荒げるひとり。

 そして、一瞬後ハッとして口を噤む。

 しかし、その反応は声を荒らげてしまった事よりも、もう少し深い所にあるように見えた。

 

 こういう時は掘り起こすよりもまず寄り添うべき。

 そう直観した父が話し始める。

 

「……ひとり、ギターは好きかい?」

「……うん」

 

 どうやら自覚症状はないようだ。

 だが、自意識がまだ好きと言えるなら手遅れではない。

 

「じゃあ、弾いてて楽しかった曲はあるかい? もちろん最近で無くてもいいけど」

「それは……、えっと…………、あれ、なんで……

 

 考え込んで、しかし答えが出ない。

 そんなはずがないことは、父親自身がわかっている。

 例え直近ギターが楽しくなくなっていても、それで思い出が陰ることは無いはずなのだ。

 それでも答えが出ないのは、つまり思い出している今の感性が死んでいるからだ。

 ならば、それを取り戻すのが自分のすべきことなのだろう。

 

「僕の場合は始めて弾けるようになった曲なんかが思い出深いね。

 Ben E. KingのStand by Me*1って曲なんだけど、覚えてるかい? 

 ひとりにも、ギター始めたての頃に弾いて聞かせたんだけど」

 

 そう言われて思い出す。

 ギター始めたての頃に弾いてもらった記憶を。

 

 

 

  ◆  ◇  ◇

 

 

 

「──……、ハイおしまい。どうだった?」

「す、すごい……」

 

 ギターを始めてすぐの事、当然のように行き詰まりを感じたひとりはすぐさま先達たる父親に泣きついた。

 それは平たく言ってしまえばギターと言う楽器に実感が持てないというものであった。

 ひとりはある種不純な動機からギターを始めており、そもそもとしてロックを始めとしたギター音楽に関する知識や経験が薄い。

 ライブなどにも当然行ったことがないうえ、身近にギターを弾く人が父しかおらず、その父親もギターを止めて久しい。

 しかも、練習してもまだまだ未熟なひとりはギターを鳴らしても思ったような音が出ず、結果としてひとりの中ではカッコいいギター演奏は画面の中のファンタジーに両足を突っ込んでいる状態であった。

 そこに来て、父による生演奏はそのファンタジーを眼前に引っ張り出し、ひとりの中のギターカッコいいと言う幻想に確かな実像を与えた。

 珍しく敬意100%の眼差しを受けて父も得意げである。

 

「今の曲はお父さんが始めて弾けるまで練習した曲なんだ。ひとりもこれから始めてみたらどうかな? (そして、洋楽(こちらの)沼に沈んでほしい)」

「いや、知らない曲はちょっと……」

「えっ!? Stand By Meだよ!? ──そうか……、もう若い子には通じないのか……」

 

 ガックリと肩を落とす父。

 有名曲から取っ掛かりをつけようと考えていただけに、出だしからの躓きは堪えたようだ。

 

「よし、こうなったらお父さん開き直っちゃうぞ!!」

 

 そう言うと、父は自身の部屋に駆け出していき、何やら大量の機械を電源に繋ぎ始める。

 当時のひとりにはわからなかったが、それはエフェクターボードの組み立てであった。

 

「さっきみたいなアコースティックもいいけど、やっぱりロックといえばこっちだ!」

 

 そう言って勢いよくギターでワンストローク。

 ギュィィインと響く歪んだ重低音はまさしくひとりが想像するようなロックギターのサウンドであった。

 

「す、すごい……!」

「今度はエフェクターとアンプを繋いであるんだ。これで音を自在に変えることができる」

 

 そう言って、エフェクターのスイッチを足で次々切り替えていく父。

 演奏している間にも音色が次々と変わっていき、自宅にも関わらず部屋の空気はライブハウスさながらのボルテージに達した。

 

「──ッッ……。ハイ、今度はジミヘンのメドレーを3曲続けてお届けしました!」

「おお~……、カッコいい……。ん? ジミヘン? うちの犬の?」

「うん。というよりはその名前の元ネタかな。

 ジミ・ヘンドリクス、僕たちギタリスト……、いや、全てのバンドマンの憧れ。永遠のギターヒーロー」

「ギター……、ヒーロー……」

「今から約50年前、たった4年のプロ活動でこの世を去り、それでいて今なお色褪せないギターの天才。

 そして、僕がギターを始めたきっかけでもある。

 ギターも最初のやつはレスポールじゃなくて、ジミヘンに肖ったストラト*2を頑張って買ったもんだよ」

「……ねぇ、お父さん。どうしてギター辞めちゃったの? そんなに上手いのに……」

「ははっ、ありがとうひとり。まあ、ギターを辞めたのは単純にギターよりも大切なものができたからだよ。根本的には売れなかったからと言ってもいいかもしれないけど、別にギターが嫌になったわけじゃない。

 実は、休日にこっそり弾いてたりもするしね」

「えっ、そうだったんだ……。じゃあ、これ借りてたら悪いんじゃ……」

「いやいや、そんな事はないよ。最近はもっぱらストラトの方を弾いてるし、何よりもひとりがギターに興味を持ってくれてることのほうが嬉しいからね」「うぐっ!」

 

 父の純粋な眼差しに罪悪感を覚えるひとり。

 すいません、単にチヤホヤされたいが為にギターを手に取っただけなんです……、とはとても言い難い。

 今もギタリストなら一般常識っぽいジミヘンの名前を犬とおんなじだ~ぐらいにしか思ってなかったあたり、自分のミーハーさに心が痛む。

 

「だから、ひとりにはできればギターを好きで居続けて欲しいんだ。

 もちろん、飽きてやめちゃう分にはかまわない。でも、ギターを嫌いになったり、ギターを義務感とかで続けるようにはなってほしくないんだ。

 お父さんも売れないなりに長くギターを続ける事はできていた。それは、ギターが好きだし、ロックが大好きだったのも当然だけど、それを一番から動かさなかったからだと思ってる。

 お父さんの周りには自分よりもずっとギターが上手いのにあっさりとやめちゃう人も多かった。そして、そんな人達は大体はギターやロックよりもお金とか周囲の目とか売れてチヤホヤされたいだとかそういった所を気にするようになってからすぐにギターそのものが駄目になって潰れていったひとばっかりだ」

(すいません……、周囲の目を気にして売れてチヤホヤされたくてギター始めた愚か者がこちらです……)

 

 心の柔らかいところが無自覚に抉られていくひとり。もちろん、父にそんな気はないのだが。

 

「まあ、ギター始めてすぐに好きになれっていうのは難しいと思うよ。実際、簡単にでも曲が弾けるようにならないと楽しさも伝わりにくいしね。

 だから、お父さんにできるのは練習の手伝いと後はギターの楽しさを教えることぐらいかな」

 

「ひとり、どうか忘れないで。ギターは楽しむものだ。

 だから、もしも楽しさを忘れたとき、そして、それでもギターを続けたいと思う時はお父さんに相談してほしい」

 

 そういって、父は優しくひとりの頭を撫でた。

 ギターに対してまだそこまでの熱量を持てていないひとりには、今の言を深く理解することも、ましてや父の顔に浮かぶ複雑なアレコレに対して共感することもできない。

 

 しかし、これは決して忘れてはならないことなのだと、本能的に理解した。

 

 これ以降、ひとりはギターヒーローへの道を文字通り転げ落ちるように突き進むこととなる。

 

 

 

  ◇  ◆  ◇

 

 

 

 そう、思い出した。

 始めて父のギターを聴いた日のことを。

 

 そして、理解した。

 父の顔に浮かんでいた、あの苦悩の正体を。

 

 きっと、父は今の自分のようなバンドマンをたくさん見てきたのだろう。

 ロックが好きで好きでたまらないはずの人間から熱い血液が抜け落ちて、演奏機械に成り下がる姿を。

 そして、自分もそうなりつつあるのだと。

 

「ねぇ、お父さん」

「なんだい、ひとり」

「わたしはギターが好きじゃなくなったのかな……」

「今はまだ違う。単に辛いことがあって、心が麻痺してるからそう見えるだけだ。

 でも、このまま続ければ本当にそうなる。

 ギターに何も感じなくなって、辛い部分だけが目立って、そして本当に嫌いになる。

 そうして、ギターを見るだけで苦い思いをするようになる」

 

 そう語る父の声色はいつになく深く、重い。

 

 

「お父さん……、わたし……、ギターを嫌いになりたくないよ……」

 

 静かにこぼしたそのセリフとともに、ひとりの両目からは止めどなく涙が溢れた。

 表情は未だ変わらないまま。しかし、これがおそらくは1ヶ月ぶりとなるであろうひとりの感情の発露であった。

 

 それを力いっぱい抱きしめる父。

 

「大丈夫、大丈夫だひとり。

 あんなに好きになってくれたギターをひとりから奪わせるもんか。

 絶対に、絶対に、ひとりはまた楽しくギターを弾けるようになる」

「お父さん……」

 

 その後、ひとりはずっと泣き続けた。

 嗚咽の一つも無く、身じろぎもせず、ただずっと父の胸の中で泣き続けた。

 

 

 そうして、一通り泣き、その後入院すること数日。

 ようやく回復し、自宅に戻ったひとり。

 

 

 その後の生活には特筆すべきことはない。

 ただただゆっくりと時間をかけて休み、美味しいものを食べ、アニメやゲームで時間を潰し、そして本当に気が向いたときだけギターに触れる生活。

 そうして、少しずつ心の傷を癒やしながらできることを増やしていく生活はさながらリハビリと言って差し支えなかった。

 

 学校には行けなかった。

 制服に袖を通そうとすると、どうしても拒絶反応が出てしまうためだ。

 ちなみに結論から言うと、この反応は高校生になった今でも治っていない。

 

 そうして、わずかながら心に余裕ができるようになると、またギターだけでなくボーカルの練習も再開した。

 確かにこうなった原因がそのボーカルにあることは否めないかもしれない。でも、あの時紛れもなく楽しかったことは否定したくないのだ。

 

 そうして、ボーカルにも打ち込むようになり、それがある程度ものになるようになると、それをギターヒーローのアカウントにも上げるようになった。

 再生数と登録者数は瞬く間に伸びるようになり、自宅に銀の盾が送られてきた時は家族みんなで記念撮影までした。

 

 今となっては気恥ずかしいランニングも続ける様になった。

 もっとも、人に合わないように早朝にするようになったけど。

 

 そして、秋が過ぎ、冬が終わり、春が来た。

 

 ひとりはかつてのギターへの情熱を完全に取り戻し、ギターボーカルとしてのスキルも得た。

 だがしかし、結局ひとりは二度と中学校に通うことはできなかった。

 

 

 

  ◇  ◇  ◆

 

 

「──とまあ、こんな感じでして……。

 まとめてみれば、文化祭でたまたまうまく行って……、それを実力と勘違いして……、それでせっかくできた、多分、友達だった人たちの期待も裏切って……、学校もいかずに好き勝手して……、実は未だに制服に袖を通すだけで気が遠くなったり……。

 あはは……、考えてみると自業自得ですね」

「そんな事無い!」

 

 勢い余ってぼっちに抱きつく虹夏。

 

「ぼっちちゃんは悪くないよ! 

 ぼっちちゃんは、ただ不器用だっただけで、それでもひたむきで責任感が強かっただけだもん!」

「虹夏ちゃん……」

「うん、話はわかった。

 ──郁代には悪いけど、今回の文化祭は見送る方向で行く」「えっ、そ、それは……」

「わかりました。これは後でゴミ箱に捨てておきますね」

「そ、そんな……、良いんですか? 喜多さんだって、今後の宣伝のためには必要だろうって言ってたじゃないですか……」

「後藤さん……、今の自分の顔を見てみてちょうだい」

 

 そう言って、手鏡を渡されるぼっち。

 ──そこに映るのは死人のような顔色の自分だった。

 いつもの俯いて顔に影がかかるようなものとはわけが違う。

 これは確かに優しいみんななら止めてくるに違いないと納得してしまえる酷さだ。

 

「後藤さんのお父様が『ギターは楽しむものだ』って言ってたじゃない。でも、そんな顔色の後藤さんに楽しんでやれだなんて酷なこと言えないわ」

「私も好きなものが嫌になる辛さは分かってるつもり。ぼっちにあんな思いを2回も経験させるわけにはいかない。

 それに、高校生活は3年ある。来年か再来年でも別に遅くはないし、なんなら他所の学校に乗り込むことも検討してもいい」

「あたしたち、別に他所の学校に知り合いとか居ないと思うんだけど……」

「そこは私達と同年代のファンをいっぱい作れば解決する。むしろ、その方が幅広い人間にアプローチできるし、高校生を中心に回ればSNSとかでのバズも期待できる」

「──なんかリョウがあたしよりしっかり考えてることにちょっとショック受けてる」

「私だって、前のバンドの時に色々考えてた。上手くいかなかったけど、無駄になったわけじゃない」

 

 それはきっと、売れることに焦り出したバンドをなんとかしたかった山田の過去の残滓なのだろう。

 音楽性だけは譲れないが、そこを変えなくても自分たちは大丈夫だということを証明したかったことの一片であり、それは例えバンドから抜けた今も残り続けているものなのだ。

 そして、それはある意味では過去をしっかりとした形で乗り越えつつあることの確かな証明でもある。

 

「だから、焦らなくて良い。私達はぼっちにいっぱい助けられた。今度は私達がぼっちの力になる」

「そだよ~、ぼっちちゃ~ん。つら~い事からは逃げたってい~んだからね~、アハハハハ!!」

「あっ、ハイ……。えっ!? いつの間に!?」

「妹ちゃんがフリップ出してた時からかな~」

「つまり、全部聞いてたと」「うん」

 

 それを確認した星歌は即座にきくりの背後に周り込み両足をきくりの内股に差し込む。

 そのまま、両腕を後ろにひねり上げ、肩を完全に極めに入る。パロ・スペシャル*3の完成形だ。

 

「お前はデリカシーってもんが無いのか!? 酒で全部揮発しちまったか? この野郎!」

「ちょ、先輩……、肩はヤメテ……、外れる……、外れちゃう……」

 

 一通りかけ終えてグロッキーになってからようやっと開放されたきくり。

 

「い、いくらなんでも横暴すぎやしませんか?」

「ぼっちちゃんの話聞いてたんならわかるだろ。赤の他人が聞いてていい話じゃなかった事ぐらい」

「ま~、そうですけど~。だったら、私がズバッと解決しちゃったら良いんじゃないんですか?」

「お前、未成年飲酒は犯罪だからな。それぐらい酒浸りでも理解しろよ」

「流石にここでお酒は出しませんよ~。人に出すほど残量無いし。

 ってことで~、はいコレ。君たちにはコレを差し上げよう~」

「あっ、どうも……。えっと、SICK HACKワンマンライブ……。コレ……」

「そうそう、わたしたちのライブ~。多分だけどさ~、コレが今のぼっちちゃんに必要なものだと思うよ!」

「あっ、じゃあお財布持ってくるので少々お待ち下さい……」

「いやいや、大丈夫だって~。タダであげるから、ほら君たちもどうぞ~」「ありがとうございます」

 

 そう言って素早く受け取る山田。

 

「あの、ホントに大丈夫ですか?」

「無理してないですか? 後藤さんのこととコレとは別の話ですからね?」

「え……、君ら、私のこと女子高生から金巻き上げる貧乏バンドマンだとか思ってんのぉ~?」

「え? 違うんですか?」

「くそー! センパ~イ、焼酎ボトルで!」「やるかバカ」

「とにかく~! 君達安心しなさい。

 こう見えてもね~、私インディーズでは結構人気バンドなんだよ~。ねっ」

「はい。コアなファン多めです」

 

 具体的には山田みたいなやつである。

 

「てことで、チケットノルマなんて余裕だし~、物販でも稼いでるんだから~」

「じゃあなんでいつも安酒ばっかり?」「えっ」

「それにシャワーもうちで借りてくし」「家賃払え」

「この前の電車賃……、返してもらってない……」「うっ!」

「やっぱり金巻き上げてるじゃねーか!」「ああぁ……、これには深い理由が!」

「泥酔状態でライブするから、毎回機材ぶっ壊して全部その弁償に消えてるの……」「自業自得じゃねーか」

 

 そのせいでうら若き乙女の分際で築52年の風呂なし事故物件住みである。

 さらに言えば妙なところで気前がいいせいで有れば有るだけ自分にも他人にも使うため、財布は常時かろうじて小銭が常駐してるレベルである。

 

「ぼっちちゃん、他にこいつから返してもらってないお金ある?」

「あっ、はい……、電車代で全部です……*4

「オラ、返すの遅くなってごめんなさいって言え! このクズ!」

「遅くなってごめんなさい……」「い、いえ……」

 

 そうして貸し借りを精算したぼっち。

 

「ング……、ング……、ぶは~……、野口先生*5ぇ~、南無~」

 

 そして、一升瓶を呷るきくり。いつもの光景である。

 

「ていうか禁酒しろよ。ライブ活動する前は全然飲んでなかっただろ。体壊すぞ」

「ま~、そんなことはど~でもいいじゃ~ん! よ~し! みんな新宿にレッツゴー!」

「あの、チケットの日付、明日ですけど……」

「──…………センパ~イ、今日泊めて?」

「はぁ~っ……、しょ~がね~なぁ~。その代わり、明日は死ぬ気でいいライブやれよ」

「もっちろん! わたしはいつ死んでも大丈夫なぐらい、いつだって全力ですから~」

「縁起でも無いこと言うな、最低後3年は超えてもらうからな*6」「はいは~い」

「じゃ、みんなはまた明日~。それをゴミ箱に捨てるのは、ま~それからでも遅くないと思うよ~」

 

 そう言って、きくりは軽い足取りで去っていった。

 

 

 残ったのは4枚のチケットとなんとも言えない空気だけ。

 結局その日はどこか浮ついたような感じでバイトをする4人の姿だけがあった。

*1
1961年に発表された楽曲。1986年に同名の映画の主題歌としてリバイバルヒットを飛ばしているが、最近の人はこっちの方が印象深いかも。ジャンルとしてはR&Bで、ギターもアコースティックギターなのだが全世界の人間がエレキ、アコギ問わず練習曲に使用したと言っても過言ではない一曲である。その理由として、BPMが120とゆっくり目であること、使用するコードが「G」、「D」、「Em」、「C」の抑えやすい4つのみで構成され、「F」や「Bm」などの抑えにくいコードが使用されていないこと。何より有名なため弾いててテンションが上がりやすいことなどが上げられる。最後結構重要である、簡単だけど知らない曲って意外とテンション上がらないのだ、好きな曲なら良いのだが。洋楽が好きっぽい後藤父なら絶対これから練習し始めてると言う確信が作者の中にある。

*2
正式名称はFender Stratocaster(フェンダー・ストラトキャスター)。ギブソンのレスポールと並ぶ2大エレキギターモデルであり、同フェンダー社のテレキャスターモデルの後継機でもある。特徴としては大きく4つ。ボディとネックがボルト止めのため簡単に外せ、ジャック以外の電装部品をボディにポン付けすることで実現した量産性と改造性の高さ。フロント、センター、リアの3箇所のシングル・ピックアップを使い分ける構造。ハイポジション(高音域)を弾きやすいダブルカッタウェイ。弾きながら音の高低を変えられ、緩やかなビブラートから急転直下のアームダウンまで対応するシンクロナイズド・トレモロシステム(ギター下部、ブリッジ横についたレバーのような部品)によるアーミング奏法が挙げられる。ジミ・ヘンドリクスが愛用したことで知られ、特にトレモロシステムを最大限に活用したど派手な音のうねりを実現するアーミング奏法は当時斜陽になりつつあったストラトキャスターの人気を一気にレスポールとの2大巨頭にまで押し上げた。

*3
プロレス技の一種で極め方は前述の通り。キン肉マンのウォーズマンのフィニッシュホールドといったほうが伝わる人には伝わるかも。名前の通り、プロレスラーのジャッキー・パロが開発した技であるが、実は一般にイメージされるパロ・スペシャルはリバース・パロ・スペシャルというもので、本来は後ろからではなく真正面から相手の背中に座り、内股に足を差して腕を足と体重の両方で締め上げると言う難易度と派手さが数段上のものになっている。リバースの方は、漫画でのカッコよさと子供でも簡単にできる難易度である所から、当時の小中学校ではパロ・スペシャル禁止令が発令されていたというのは結構有名な話である。

*4
この世界線では驚くべきことに山田はぼっちから1円も借りていない。虹夏には集ってるが、バイト代から天引き食らってるので実は清い身である。今後喜多ちゃんから集らないかは保証できないが。

*5
2023年8月現在の1000円札の肖像。2024年からは北里柴三郎になる予定。

*6
廣井きくり、現在25歳。ロック業界には27Clubと言う伝説があり、ぶっ飛んだ才能を持つバンドマンが27歳で亡くなるとされる事が多い。これは特に1969年から71年の3年間でローリング・ストーンズ初代リーダー『ブライアン・ジョーンズ』、ギターヒーロー『ジミ・ヘンドリックス』、音楽フェスの女王『ジャニス・ジョプリン』、ロックスターのセックスシンボル『ジム・モリソン』ら当時どころか今でさえ燦然と輝く面々が集中的に27歳で亡くなったのがその俗説を確かなものとしてしまった。なお、彼ら彼女らの死因は揃ってドラッグかアルコール、またはその複合によるものであるため、そういったことがある程度許されてしまっていた時代や業界の体質によるものも否定できない部分が大きい。その後、大きく飛んで94年に当時圧倒的人気を誇っていたバンド、ニルヴァーナのフロントマン『カート・コバーン』が27歳で亡くなった(今回は自殺だが、それも薬物中毒による依存症の影響が大きい)ことでこの概念が大きく再燃し、本日まで語られるに至る。ここまででわかるように、単に27だから死ぬというよりはドラッグやアルコールをこじらせて27で死ぬというのが少なくない、上記で語らなかった27Clubの面々も大半がそんな感じの死因である(その次、というか残りはほぼ交通事故。病死は片手で足りる程度しか居ない)。きくりが心配されるのもむべなるかなと言える。余談だが、イギリスのチャート1位を取ったミュージシャンのみを対象とした統計調査によれば、彼らは確かに一般人よりも2倍から3倍程度早逝の傾向はあるものの、それは27歳には全く関係はなさそうだとのことである。とはいえ、早逝の傾向は間違いなく有るため、そこに強く取り組む必要があると言う警告で論文は締めくくられている。




 今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
 敬称略です。
 ☆9 八木小太郎 merkava314 souzinin 詩仙堂黒猫
 ☆8 kurage EggNИ

 あんなとこで止めといて、1ヶ月半もほっといて申し訳ございません。
 そんな徳の下がる行いのせいで結局舞台ぼざろの観覧チケットは取れず仕舞いでした。(配信では見ましたが)
 一応舞台パワーでモチベーションと体調がある程度回復したのでここから一気に完結まで持っていけたら良いなと思っています。
 完結するまでティアキン封印の誓を立ててたのでいい加減遊びたいですしね。
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