【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん 作:リチウム
中学校でのギターヒーローと自身との乖離による失敗とトラウマを語ったひとり。
それを聞いた三人は文化祭への出演を見送ったほうが良いのではないかと考え始める。
そこにたまたま居合わせ、全てを聞いてしまったきくりから自身のライブを見に来ないかとの提案をされる。
曰く、『それでズバッと解決できる』らしいのだが……
今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。
あれから翌日、金曜の午後4時。
学校を終えた4人+1は新宿駅にいた。
もちろんきくりのライブを見に行くためである。
本来はライブまで時間が有るため、もう少し後からでも良いのだが、きくりの好意によりリハーサル風景を見せてくれるとのことで早めに向かう事となったのだ。
まあ、それ以上に虹夏が連れて行かないとリハーサルすっぽかすのではと懸念した星歌の差金でも有るのだが。
ちなみにぼっちは何故か鉄仮面を被っており、しかも何時ぞや喜多ちゃんに見せたものと違って完全に前が見えないタイプの物となっている。
コレは新宿駅などという世界最大級の乗降客数*1を誇る場所を歩くにあたってのぼっち側の最大級の譲歩でもある。
いつもなら止めるなりツッコミを入れる虹夏も昨日いたたまれない話を聞いてしまったからか黙々とぼっちを誘導している。
なお、その影響かきくり係は喜多ちゃんにスライドしている。
一応は星歌がある程度酒を抜いておいてあるため、いつもよりも酔っ払い度が控えめであり、少なくとも喜多ちゃんが肩を貸す必要も無い程度にはマシなのだが、人生において酔っ払いとの関わりがほぼ0だった喜多ちゃんとしてはなんとも困った感じが拭えない。
ちなみに山田は先導役である。
目的地の新宿FOLT*2に言ったことが有る人間が山田しか居ないので仕方がない。(きくりは当然ながら論外である)
そうして、嫌に人目を集める二人を引き連れつつ、ついに新宿FOLTにたどり着いた一行。
STARRYと同じく地下にある日の当たらない佇まいはぼっちの精神力を少しだけ回復させた。具体的には鉄仮面が外れる程度には。
「ここが~、私のホーム~、新宿FOLTで~す! さ~、入って入って~」
「STARRYとはずいぶん雰囲気が違いますね……」
「大丈夫、うちと変わらないよ!」
(確かにちょっと怖いけど、意外と大丈夫かも……、ライブハウスはどこも一緒だ……)
陰キャ特有の薄暗いと元気になる特性が初めての場所というアウェー感を打ち消し、ぼっちが溶けるのをなんとか防いでいる。
きくりという先導者が居ることもプラスに働いた。
「銀ちゃ~ん。おはよ~」
「あぁ?」
その声の先に居たのは少し線が細めなポニーテールの男性であった。
ライブハウスらしいバチバチのピアスをつけた、柄が悪く感じる風体は明らかに不機嫌な声色と相まって近寄り難い威圧感を放っていた。
ガション「す……、素晴らしいライブをありがとうございました……」
「ぼ、ぼっちちゃん……、まだ始まってないから……」
慣れない成人男性の威圧感にビビりつつも、それ以上に取り乱すぼっちをカバーする虹夏。
というか、せっかく外した鉄仮面がいつの間にか全身鎧にグレードアップしている。
このさまようぼっちをなんとか人間に戻そうと四苦八苦する虹夏を尻目にきくりが話を続ける。
「この人~、店長の銀ちゃんね~」「あぁん?」
「あっ、こんにちは……」
この段でようやっときくりの隣にいる人間に気付いたのか、目線を向ける銀ちゃん。
その目線に気圧されたせいか、虹夏の挨拶もどことなくぎこちない。
が、目線の先の存在がきくりの同類でないことに気付いたのか、雰囲気が一気に砕けた。
「や~だ~、随分かわいくてピチピチなお友達がいるのね~。私、吉田銀次郎37歳で~す。好きなジャンルは~、パンクロックよ」
「見た目とのギャップに頭バグるよね~。でも安心して~、銀ちゃんは心が乙女なただのおっさんだから」
「一応、まだ開業前なんだけど、そういうことで良いのかしら?」
「そ、そ、この子たちもバンドやっててね~、せっかくだし~、先輩らしいとこ見せたいな~って」
「あっ、その結束バンドのリーダーやってます。伊地知虹夏です! よろしくお願いします!」
「あら~、礼儀正しい。そんなに固くならなくてもいいわよ~、むしろさっきはごめんなさいね~。アレが酒持ってる時って大体碌なことにならないからどうしてもね」
「そうですね。うちに泊める時ももう極力飲ませないようにしてます」
「ちょっと~! ヨヨコちゃんだけじゃなくてまた高校生に集ってるの!?」
「違いますよ~、この子は先輩の妹ちゃんなんです~。ほら、伊地知星歌さん覚えてないですか?」
「ああ~、なるほど。そういう縁なわけね」
どうやら、この人はバンドマン時代の星歌を知っているようだ。
まあ、東京のインディーズ界隈でメジャー寸前まで行くバンドならバンドハウスの店長としてはアンテナを張っていてもおかしくはないだろう。なにより、元バンドメンバーにはまだ現役やプロに上がった人間もいるわけだし。
「おい、遅いぞ廣井。もうリハ始まるとこだ」
その視線の先に居たのはスカジャンを着た黒髪の女性と薄着の上に着物を着崩している金髪の女性であった。
山田が小声でSICKHACKのドラムとギターであることを3人に伝える。
「え~、まだ始まってないなら良いじゃん」
「いや、お前なあ……、楽器のチューニングとか喉の調子を見るとか……、ああ、もういいや。今日のところはリハ前に来ただけ良しとしよう」
「そうそう! それに歩きがしっかりしてるから今日はお酒控えてると思うよ~」
(ああ、お姉さん。バンド内でもこんな感じなんだ……)
機材をぶっ壊しまくってると聞いて、もしかしたらバンド活動ではそれこそクラウザー様や70~80年代のパンクロッカーみたいな暴君と化している可能性も考慮していたが、どうやらお姉さんはいつでもこんな感じの酔っぱらいらしい。
人間的な良い悪いは置いておいて、後藤ひとりとしてはこの方が有り難いのは確かだ。
破壊と殺戮の化身と化したきくりなど目撃してしまった場合、おそらく二度と半径1km以内に近寄れまい。
「ふむ……、そう言えば、あなたたちが『結束バンド』の人たちで?」
「は、はい。リーダーでドラムやってます! 伊地知虹夏です!」
「ご丁寧に。私、SICKHACKドラムの志麻です。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
「最近うちのがご迷惑をおかけしてるようで。そう言えば先輩……、星歌さんはご息災で?」
(れ……、礼儀正しい。メンバーでだいたいキャラのバランス取れてるのかな……)「はい、元気です! もしかして、志麻さんもお姉ちゃんの後輩で?」「ええ、大学のときに少し。ライブにもこいつに連れられて何度か行かせてもらって」
スカジャンの女性はどうやらちゃんとした大人の女性といった感じである。
ぼっちの知るバンドマンの中ではまともさなら虹夏ちゃんよりも上かもしれない。
何よりもちょっとかっこいい系なのが大人の女性感をすごく醸し出している。リョウさんに虹夏ちゃんの真面目を足してダメさを引けばこんな感じだろうか……
──しかし、ぼっちには真面目な山田が想像できなかった。
「私、イライザ。18歳までイギリスにいました。今日本3年目~。仲良くしてネー」
一方のこちらはもはや明らかに陽キャである。しかも、金髪碧眼の外国人!
今日日二次元でしか見ないようなコテコテレベルの属性の暴力は喜多さんに虹夏ちゃんの人懐っこさを足して割らない感じ!
やはり、バンドメンバーバランス論は正しかったようだ。
──それで行くとお姉さんはわたしとリョウさんのダメさ部分と音楽能力を足して割らない存在ということになるが……
ま、全く否定できない……。とくにダメさの複合部分が……。
「日本に来てバンドするなんて……、邦ロック好きなんですか!?」
「あは~、NO~。コミケ参加したくて日本来たのー。本当はアニソンコピーバンドしたいデスー」
そう言って取り出したスマホに付いていたのはアニメの美少女ストラップが2つ*3。
しかも、結構最近のやつだ。
「イライザはアニソンこそが日本の最先端っていつも言ってんだー」
(この3人って…………、バランス……、いいの?)「あはー、コレ浅草で買ったの~」「いいね~」「止めなさい」
その視線の先では木刀を振り回してはしゃぐイライザ。乗っかるきくり。止める志麻のおそらくいつもの光景が展開されていた。
なお、客観的に見れば結束バンドの面々もこんな感じである。
はしゃぐ喜多ちゃんか虹夏。乗っかる山田とひとり。止める虹夏か喜多ちゃんと言うパターンだ。
「それじゃ、みんなはリハから見てってね~。銀ちゃんには話は通したからさ」
「通すのはせいぜい1曲だが、他人のリハ見るのも勉強になると思う。まあ、みんなはライブハウスでバンドしてると聞いてるから見慣れてるかもされないが」
「いえいえ、他所のバンドハウスのリハは初めてですから。勉強させてもらいます!」
なんというか、健全な体育会系のような先輩後輩的距離感を感じる会話である。
ぼっちでは間違ってもこうはなるまい。喜多ちゃんだと逆に近くなりすぎるのかもしれないが。
◆ ◇ ◇ ◇
リハーサルも終わり、ライブハウスが開場されると出口の先の階段まで人が並ぶ行列ができていた。
STARRYとはキャパが違い*4、ライブハウスの格があるとはいえ、それを差し引いてもこの集客力は本物の証と言えよう。
「おまたせしましたー」「ありがとうございます!」
ドリンクを受け取る喜多ちゃんと虹夏。
「お客さん多いですね!」
「もう200人は居るね」
今日はSICKHACKのワンマンライブである。言うまでもなく、この200人以上の人間はSICKHACKのライブのためだけに集まったのだ。
一般的ワンマンライブは開始から大体2時間程度。その2時間をSICKHACKの楽曲とMCのみで楽しませなければならないし、何よりもチケット代が4500円(ドリンク別600円)*5と結束バンドのライブチケットの3倍である。ちなみにコレでも前売り料金のため、当日券はもう少し高い。*6山田が無料になって喜ぶはずである。
それでいてこの集客力というのがSICKHACKの実力を物語る。
「あれ? そういえばリョウは?」
「それに、後藤さんも……。さっきまで一緒にいたのに……、あれ? あんなところに……」
その視線の先には壁際のベンチに座る山田と……
「ひ、ひ、ひ……、膝枕ぁ!?」
「ちょ、喜多ちゃん! 声おっきいから、抑えて抑えて」
山田に膝枕されているぼっちの姿があった。しかも、いつの間にか鉄仮面が再度装着されている。
「後藤さん! そこ変わって頂戴! 一生のお願いだから!!」
「やめて! 公共の面前で土下座しないで!」
喜多の無駄に高い運動能力を駆使して繰り出される自然体かつ滑らかな土下座は虹夏が静止する間もなく完全に決まってしまった。
心なしかライブから逃げたときの謝罪のときよりキレがある気がする。
「す、すみません。すぐ退きますから……「無理しない。ホントなら帰宅を促すレベルだけど、廣井さんの見せたいもののために無理してるんだから。せめて、休んで」は、はい……」
「えっ、ぼっちちゃんそんなに具合悪いの!? いつものじゃなくて?」
他人のことをよく見ている虹夏である。
体調不良の前兆があれば流石に連れてこないし、逆にそれがいつもの奇行であればどんなに顔色が悪くても尻を蹴飛ばす程度の事はする。
しかし、それは虹夏の観察眼がその2つを完璧に見分けられることが前提である。それを誤ったかもしれない虹夏の表情が曇り始める。
「多分、身体的な問題じゃなくて、場の空気が
前回の『結束バンド』のライブは完全にアウェーかつ少人数というおおよそ最悪に近いコンディションで行われた。
それは確かに面々の心にダメージを与えたし、ぼっちも確かにダメージを受けたのだが、
振り返って今の状況はその真逆であるといえる。
ライブハウス一杯の観客、そしてそれ以上に溢れ返る期待感を秘めた空気。
ぼっちが陰キャゆえに人間に酔いやすいということを除いてもトラウマを想起させるには十分である。
そう考えれば前回のライブは皮肉にも好条件であったのかもしれない。もちろんぼっちにとってのみ、ではあるが。
「今私達にできるのは、ぼっちを少しでも支えてあげること。そして、今日のライブがぼっちに無理をさせる価値があることを祈る事だけ」
「ホントに大丈夫なのかな!? あたし、あの人の駄目な部分しか知らないんだけど!」
虹夏にとって廣井きくりとは酒くずで借金まみれで家に結構な頻度で入り浸る駄目人間である。
ぼっちのようにバンドマンの先達としての一面も知らなければ、山田のようにライブなどでその実力を知っているわけでもない。
もちろん、先程リハを見た時に上手い事はよくわかったのだが、それとライブはまた別なのもよくある話で……
「最悪ダメそうなら1曲目終わったらで抜けよう。廣井さんには悪いけど」
アレだけSICKHACKのファンであることを公言する山田がそういうのなら、誰にとっても否はない。
そうして3人は祈るような気持ちでライブの始まりを待つのであった。
◇ ◆ ◇ ◇
「ぼっち、起きて」
始まる気配を察知した山田がぼっちを起こし、鉄仮面を外す。
「あっ、ありがとうございます」
「気にしなくて良い。それより今日のライブを楽しもう」
「それに、向こうからもこっちはよく見えるんだから、一杯エールを送らないと!」
「はっ、はい! 頑張ります!」
「うん、コレなら大丈夫そうだね」
どうやらなんとかライブに参加できる状態まで回復はしたようだ。
基本的にライブ中の退場は防音や明かりの都合上マナー違反なため、緊急時以外は推奨されない。
何よりもぼっちのためにタダ券をくれたきくりさんに申し訳ない。
そして、そうこうするうちに照明が落ち、幕が上がる。
MCもそこそこに1曲目から繰り出されたのはSICKHACKのキラーチューン*7、『ワタシダケユウレイ』*8である。
イントロの段階から場の空気が完全に支配され、サイケデリックロック*9特有の揺れるような音楽が感覚器を侵食する。
技術的な事はいくらでもあれこれ言える。
見失いそうになる変拍子を完璧に叩くドラム、感情的でいて、それでいてロジカルなギター、そして……、全てを支えるベースの音の壁。
何よりも廣井きくりの圧倒的なカリスマ性!
魂を引っこ抜かれてそのバンドの世界観に引きずり回される感覚は単に上手いだけでは決して到達し得ない領域だ。
しかし、ぼっちの心にあるのはそんなことではない。
(ステージにいる間は演者はヒーロー……、やっぱりバンドって……、最高にかっこいい!)
そこにあるのは過日の憧れ。
ギタリスト後藤ひとりが、バンドマンギターヒーローが生まれた時の初期衝動がぼっちの心に再び灯されていた。
◇ ◇ ◆ ◇
ライブも終わり、楽屋に引っ込むSICKHACKとそれに付いていく結束バンド。
「ぼっちちゃ~ん、私のライブどうだった~?」
「あっ、よ、良かったです!」
そう語るぼっちの目には珍しく光が灯っていた。
「うんうん、どうやら上手くいったっぽいね~。コレで盗み聞き野郎の汚名は返上できそうだよ」
「お前、またなんかやってたのか……」
「いやいや、不幸な事故だったんだって~。いや、むしろこうなったなら幸運な事故だったかな?」
「──まあ、本人が良さそうなら良いんだが」
そう言って志麻はぼっちをチラと見る。
少なくとも初対面の時のような死にかけた魚のような目ではない。そこにあったのは確かにバンドマンの目であった。
きくりがコレを意図していたというのなら、志麻からは何も言うことはない。
──しかし、きくりだけはその灯火の奥にある影を見逃さなかった。
「ぼっちちゃん。まだ、なにか引っかかってることあるでしょ?」
「えっ、いや、それは……」
「良いから吐き出しちゃいなよ~、今日はぼっちちゃんのためのライブと言っても過言じゃなかったんだし~、ほらほら~、遠慮せずにぃ~」
うざ絡みし始めるきくり。
そうしてあの、えっと、などと言葉にならない言葉を10秒と少しほど呟いた後、意を決したぼっちが話し始める。
「あの、その、お姉さんはステージの上ではすごくカッコよくって、曲もベースもボーカルもすごい……。わたしが憧れてたバンドマンの姿そのものでした」
「え~、そんなにぃ~、急に褒められると照れちゃうな~」ングング
「でも、普段のお姉さんは、あの、いつもお金なさそうだし、常に酔っ払ってて周りに助けられてばっかりの駄目人間じゃないですか」
「えっ、スゴい上げて落とすね」
実際、ぼっちにしては珍しい
「だから、その、もしかしたらなんですけど、ライブと普段のギャップで、ファンの人から『なんか違う』とか、もっと強く言えば、し、『失望した』とか、そんなこと言われることがあったりとかしたら……。
そんなとき、お姉さんは……、いえ、わたしはどうしたら良いんでしょうか……」
そう、それが後藤ひとりが抱える影の正体だ。
結局のところ、
しかも、その光があまりにも眩しいがゆえに、後藤ひとりのもつ蛍火のような儚くも温かい光はかき消され、ただただ色濃い影だけが残る。
そして、それは古今東西のスターたちが苦しみ、今持ってなお解決の糸口が見当たらぬ問題でもある。
ステージ上で破壊的なパフォーマンスを見せるカリスマたちの多くが私生活では礼儀正しく線が細いと称されることは少なくない。
例えばジミヘンもそうだし、パンクのシンボル、シド・ヴィシャスもステージの外では気弱で礼儀正しい青年と言われていた。
そして、そこまで極端な例でなくてもスターとしての自分と私人としての自分との乖離に悩む例は枚挙に暇がない。
「う~ん、そっか。そういえば、ぼっちちゃんはギターヒーローだったね」
「Guiter Hero?
聞き馴染みのある単語に反応するイライザ。
「いや、そうじゃなくてさ。ぼっちちゃん、『ギターヒーロー』って名義で動画投稿してるんだよ。ほら、コレ」
そう言って、イライザに手渡されたバキバキに割れたスマホの中には普段とはまるで違う『
「おおっ、なかなかイケてますネ! 登録者数も42万はスゴいデスよ! ……もしかして、ワタシ達より稼いでるかも?」
「そうですね、すごいですよね……。──
「ア~……、ナルホド……。なんとなく解ってきましたヨ。
イギリスもこの手の悩みは尽きないデスからネ……」
その手のストレスに耐えかねて潰れるバンドマンは少なくない。
辞めるならまだマシな方で、ドラッグやアルコールに溺れて死ぬか、そうでなくとも寿命を縮めるのはよくある話である。
むしろクリーンなままで居られるほうが少ないと言い切れるほど、大多数の目というのは人間の心をすり減らす。
それは、SNSや動画投稿サイトのほぼ無機質な数字でさえ心が軋むのだ。いわんや現実の人間であればたとえ数人、数十人でさえどれほどのストレスとなることか。
しかも、イライザには話していないが学校という閉鎖空間での出来事というのが更に問題の深刻さを深める。
『ギターヒーロー』は極端に言えばアカウントを消せば消えるし、そうでなくても放置すれば薄れていく。手軽さで言えば5分にも満たず、場合によっては復旧さえも簡単である。
しかし、現実の場合はそうは行かない。
座席やクラスでさえ変えるのは難しく、学校そのものを変えるにしてもそこには多大な手続きと時間が必要になり、その上で変えた先でも順風満帆である可能性は限りなく低い。
ネットと違って学籍は透明な存在であることを許さない。
それは、世間の常識であり、もちろん無視しようと思えばできるが、それができるほどのある種の厚かましさは後藤ひとりには望めないものであった。
「よ~し、じゃあ、その悩みをスパッと解決しちゃおうか。ねぇ、志麻ぁ~、ちょっと来て~」
「ん? なんだ?」
虹夏ちゃんと話していた志麻に声をかけるきくり。
おそらくドラム同士かつ常識人としての波長が合ったのだろうか。
「普段の私のことどう思ってる~? ライブの外で」
「酒クズ、ゴミクズ、駄目人間。だな」
「イライザはどう~?」
「典型的ロックスターって感じデスネ! つまり、人間性オワタ! って感じの」
「ってことなんだよ」
「ど、どういうことでしょうか……?」
唐突にきくりがDisられたようにしか聞こえない。
「え~、そうだな~。自分で言うのも何なんだけど……。
まあ、私って駄目人間なわけじゃん。いつも酔っ払ってるし、金欠でボロアパート住まいで、先輩の家にも入り浸ってたりとかしてさ。
かといって、お酒やめてもクソつまんねー陰キャが一匹出来上がるだけでさ。
ぼっちちゃんには話してなかったかもだけど、私も高校の時までは教室の隅でじっとしている根暗ちゃんだったんだよ。そして、それは多分今も変わってない。
今はなんだかんだでまあ、そこそこのバンドやれてるわけだし、ぼっちちゃんや山田ちゃんみたいにライブでファンになってくれる子もいっぱいいる。でも、だからって別に私が立派でカッコいい人間になったかって言うと、別にそうでもない。
バンドやる前の『絶望的につまんねー人生』とは程遠いし、そこに後悔はないけど、私は変わらずカッコ悪いとこのほうが多い人間なんだ。
でもね、少なくともバンド仲間の二人はそんなこと百も承知なんだ。
それに今日はなかったけど、普段のライブのときは結構酷いやらかしもやってたりするんだよね。
歌詞飛ばしたり、機材ぶっ壊したり、セトリめちゃくちゃにしたり……。まあ、ロックと言い張れるやつから単なるダサいやらかしまで色々あるけど、それでもSICKHACKを……、廣井きくりを好きで居てくれる人は多いんだ。
──ぼっちちゃんは……、
そう言われて、目線をきくり以外にずらす。
喜多ちゃんは力強く頷いた。
リョウはグッとサムズアップした。
そして、虹夏ちゃんはいつもどおりの笑顔でぼっちを肯定してくれている。
「カッコつけたいと思う、カッコ悪いとこを見せたくないと思う。
それは正しい。ロックンローラーなんてカッコつけで上等だ。
でもね、それと同じぐらい、自分をさらけ出すのも大事なんだ。
自分の弱いとことかみっともないとことか、そういうのがない音楽はペラいんだよね。
だけど、ぼっちちゃんの歌詞にはそういうのはちゃんと乗ってると思うんだ。
だから、ぼっちちゃんにはできる……、いや、もうできていて、それに気づいてないだけなんだ。ありのままの自分を、陰キャで情けなくて、上手くやれない、普通になれない自分を晒すことが。
──少なくとも、ここの6人と、先輩やSTARRYのみんなはダサい部分も含めて、後藤ひとりを受け止めてくれる……。
いや、むしろそれが良いと思ってくれるはずだよ」
「むしろ……、それが……」
それは、後藤ひとりの人生において考えたこともない価値観であった。
今までの人生を価値ある人間になることに捧げ、そのくせ
ダメさを受け入れてくれるみんなに対して、信頼や感謝があるのは間違いない。
だが、それは引け目と罪悪感の裏返しであり、それ故に膨れ上がる好感は同じ圧力で持ってひとりの心を圧迫する。
だからこそ、ダメさが長所足り得ると言う発想はなかった。
厳密にはそれは厚かましいにすぎないと切り捨てていた。
しかし、きくりがそれを語ることで、ようやっとそれが腹にストンと落ちた。
そして、気付けばひとりの目から一筋の涙が零れていた。
「ちょっ! ぼっちちゃん!? 大丈夫?」
虹夏の心配も遠く聞こえる中、ひとりは今までの人生が走馬灯のように駆け巡る感覚に身を委ねていた。
涙は止まらず、むしろ止めどなく溢れるそれに、ひとりの人生が溶け出していくような気分。
声はなかった。
ただただ流れる涙、それとともに自身の負の感情が全て流れ落ちていくのを感じる。
そして、そんなひとりの様子に慌てふためく3人*12。
その一方で、山田ときくりはただただ頷き、見守るばかりであった。
一方、志麻はモップを持ってきていた。
◇ ◇ ◇ ◆
翌日、STARRY開始前。
いつもの4人が集まるテーブルには、1枚の紙が置かれていた。
『秀華祭 ステージ出演希望用』
そう書かれた紙には『結束バンド』のグループ名、そして代表者名として『後藤ひとり』の名前が書かれていた。
学籍番号の欄も埋まっているため、喜多による偽装などではないのは確かだろう。
「後藤さん……、大丈夫?」
「はい、大丈夫です。いえ、ホントはあんまり大丈夫じゃないですけど、頑張れる程度には大丈夫なような……。自分からは無理だけど、背中を押されれば何とか……、みたいな…………」
歯切れが悪い、いつものぼっちである。
しかし、いつも以上に前向きなのも確かだ。
少なくとも、その場の勢いでもないのにアクティブな行動を起こそうとしている段階でぼっち基準ではだいぶ強い意志を感じる。
虹夏などは赤子が初めて立った時のような感動を覚えている。
「よし、じゃあぼっちがチキったりしないように、これは郁代が休み明けに出しといて」
「はい、わかりました!!」
そう言って、素早く書類を手に取り、カバンの中に叩き込む喜多ちゃん。
「え、あ、ちょっと……?」
「大丈夫! これは私が責任を持って出しておくから!」
「それより、セトリを考えないと。新曲も出す予定だし、それに加えて二人の文化祭なんだからソロパートも入れたい」
「いいね~! あたし、文化祭ライブって初めてだからテンション上がっちゃうな~」
確かに自分の意志で出ると決め、書類も書いたのは間違いない。
ただ、なんというか、スピード感についていけない感じがする。
なんか、いろんなドラマとか葛藤とかあったよね? なんか、あっさりしてない?
「ほら、ぼっちちゃんも早く早く! 今度の主役なんだから!」
「はっ、はい!」
でも、まあ良いか。
大事なことはもう十分に解ったのだから。
わたしは、後藤ひとりは……、今、紛れもなく『結束バンド』のリードギターだということが。
駄目で陰キャで臆病で、それでもわたしだから必要とされて、そして、みんなが必要なことがわかったから。
だから、今日はそれでいいんだ。
今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
敬称略です。
☆9 テケリン rakun ごじのひと noxlight ぬこぬこ カミカゼ太郎 通りすがりのLB 勢子田 k-34
前回からから3ヶ月。
体調不良、その一言に付きます。
皆さん、運動はマメにしておきましょうね。
次回、文化祭スタートです。