【完結済】MASKED GUITER HERO ぼっちちゃん   作:リチウム

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 前回のあらすじ。

 廣井きくり率いるSICK HACKのライブを見に行った4人。
 そのライブのクオリティに自身の憧れを思い出した一方、みんなの見たいギターヒーロー(自分)とダメダメな自分とのギャップを思い起こし、今ひとつ吹っ切れずにいた。

 しかし、きくりはろっくではむしろ駄目なところを隠さず出すことが長所になりうること、そしてそんな駄目さを我慢や受け入れるのではなく好きで居てくれる人のことを諭され、ついにトラウマの大本となる文化祭ライブへの参加を決意する。

 今回も、お気に入り、高評価、感想、ここすき等お待ちしております。


22. 演奏日和

 10/1、秋晴れの空に賑やかな声が響く。

 今日はぼっちと喜多ちゃんが通う秀華高校の文化祭の日である。

 

 普段学校に居ない様々な年齢層の人々、手製の看板や簡単なコスプレで自クラスの出し物を宣伝して回る生徒たち。

 手狭な正門付近の広場には更に所狭しと屋台代わりのテントが並び、校舎にはこれまた出し物の宣伝の垂れ幕がいくつもかかっている。

 

 校舎の中に入れば、廊下には所狭しと飾り付けが壁や天井のあちこちに張り巡らされており、中にいる人たちも動物耳のカチューシャやパーティーハットをかぶったり、袋に入ったリンゴ飴を持っていたりとお祭りムードがあふれんばかりだ。

 

「いや~、初日から凄い盛り上がりだね~。うちらの高校とは全然違うねぇ~」「ねぇ、どこから回る?」

「う~んとね~」

 

 虹夏は進学校たる母校との違いに驚きを隠せない様子であるが、それ以上に浮かれている空気がにじみ出ている。アホ毛もなんかくるくるしてるし。

 

「おお……、郁代みたいなのがうじゃうじゃいる」「2組のお化け屋敷行ってみたい!」

「いいね~。行こ行こ」

 

 同行している山田も普段かかわりが薄そうな人種がうじゃうじゃいる光景に目を丸くしている。

 

「とりあえず~、ぼっちちゃんのクラス近そうだし、見に行こうよ」

「──ん? 何か聞こえない?」

「言われてみれば、ギターっぽい音が……」

 

 先ほどまでは喧噪で気づかなかったが、微かにギターの音が聞こえてくる。しかも、耳なじみなある感じの音が。

 

「これは急がないとね!」

「グエッ」走らない」

 

 慌てて駆け出した虹夏の首の後ろをつかんで止める山田。

 

「早く行かないとぼっちちゃんの演奏終わっちゃうよ!?」

「だからって、こんな人が多いところで走るもんじゃない」「う゛っ」

 

 常識的に諭す山田と非常識にはしゃぐ虹夏という世にも珍しい構図である。

 しかし、虹夏としても慌てるのも仕方のないことであった。

 

 そもそもとして、虹夏はギターヒーロー、つまり後藤ひとりのファンである。

 そして、普段から練習で併せをしているからと言って、いやむしろ普段は併せばかりをしているからこそ後藤ひとりのソロ演奏を生で聞きたいという欲求が高まっているのである。

 しかも、後藤ひとりという筋金入りのぼっちがこんな陽に陽を詰め込んだような空間*1でギターを弾いているというだけでも奇跡的なのに、それが長時間続くと思えるほど虹夏は楽観的ではない。

 

 一方の山田は、ぼっちが文化祭ですでにギターを弾けるほどに精神を回復しているという事実に後方理解者面で頷くばかりである。

 もちろん聴きたいのも当然だが、それでも明日の本番に向けての懸念点が少し減ったというだけで十分すぎると考えている。

 

「おっ、ここっぽい」

 

 そうこうしているうちにぼっちのクラスの前に着いた。

 メイド喫茶の看板とメニューが手製にしてはいい出来でよく目立っている。

 間違いなく目の前の教室から聞こえてくるギターの音は耳慣れたギターヒーローそのものである。

 どうやら奇跡的に間に合ったようだ。

 

 意気揚々とドアを開ける虹夏。

 

「やっほー! ぼっちちゃん、調子どう~?」

「ぼっち、もてなせ」

 

 そういって音のほうに顔を向ける二人。

 しかし、ギターの音は一切止まることはなく、むしろ何も聞こえていないのではないかと思えるほどの集中でもって一心不乱にギターを弾き続けるぼっち。

 喜多ちゃん以外は知らないが、いつもの練習風景そのものである。

 

「伊地知先輩! リョウ先輩! こっちです!」

 

 そう言って手を振っているのは別クラスのはずの喜多ちゃんであった。しかも、ご丁寧にメイド服着用である。

 

「あれ? 喜多ちゃん別クラスじゃなかったっけ? もしかして、合同だったりとか?」

「いえ、私だけです。

 実は、文化祭ライブのためにクラスのみんなにお願いして、今日は休ませてもらおうかなと思ってたんですけど……。

 そうしたら、後藤さんが自分のクラスで出し物の一環としてギターを弾くらしいという話を聞きまして。せっかくなので便乗させてもらおうかなって」

「ほうほう……、喜多ちゃんはライブ以外の曲も弾けちゃうほどに進歩してるのか~」

「はい! 明日の文化祭ライブ、絶対成功させるって決めましたから! 

 そのために、2人でいつもよりいっぱいい~っぱい練習した副産物です!」

 

 いつものポジティブ思考で語る喜多ちゃん。しかし、2人はそれに少し違和感を覚えた。

 そう、いつもならここでキターンと眩いオーラが出るはずなのだが。

 

「ええ、本当に一杯頑張ったんですよ……。ガンバリマス……、ガンバリマス……

 

 どうやら、いつもの後遺症のようだ。明らかに眼だけが死んでいる。

 というか、いつも以上の練習などそもそも物理的に時間を捻出可能なのだろうか? 2人の記憶では少なくとも学校とバイトをさぼっている様子はなかったが。2人が知らないだけで泊まり込みでもしていたのだろうか。

 

 まあ、ともかくとして、もしかしたら喜多ちゃんが気負ってプレッシャーを感じているのではないかという疑いは晴れた。

 これなら明日には何とかなっているだろう。多分。

 

「ふぅ……、あ、あれ? 皆さんいつの間に!?」

「ついさっきね~。そ・れ・よ・り~」

 

 そういって目を向けた先にはギターが一区切りついたらしいメイドぼっちの姿があった。

 教室の隅で椅子に座って極力目立たないようにしているようだが、そもそもブラックビューティーを弾きこなすメイドなど目立たないわけもなく、しかも急に演奏が止んだためか視線が一斉に突き刺さっている。

 

「あっ、はっ、はうううぅぅぅ…………」

 

 それに気づいたぼっちがギターに隠れるように縮こまるが、当然ながら全く隠れていない。

 むしろ、そのテレッテレの態度が周囲の人間に刺さったようで、少しざわめいている。

 ちなみに爆発しないで済んでいるのはある種の決意が彼女を支えているためであって、もしもSTARRYのバイトなどでこんな格好をしようものなら掃除が大変なことになることはまず間違いない。

 

「それにしても~……、うん! ぼっちちゃん、メイド服に合いすぎじゃない?」

「後藤さんは、こういう甘い系の服、似合いますよね! 

 普段の練習の時もこういう服着てくれればもっとモチベーション上がるんですけどね~」「いや、それは……」

「いや、見るべきはそこじゃない」

 

 メイドぼっちにやいやいという2人に対し、山田が苦言を呈する。

 

「見よ、あのブラックビューティーに支えられた真珠の輝きを。これはビジュアルだけで金がとれる逸材」

 

 その視線の先にはギターに乗っかったぼっちの推定90オーバーが二つ。*2

 しかも、猫背気味なせいで常人よりもより重さをギターに預けるような形になっており、少し潰れる形になっているのがますますサイズ感を際立たせる。

 

 ──なにやら虹喜多の笑顔にうすら寒いものが含まれたような気がしてならない。

 

「MVはぼっちを水着にしよう!」「え、ええぁぇぇ…………」

「今のバンドは動画の再生数こそが「止めようか」うん?」

 

 そこにはいつもと変わらぬ笑顔のまま、しかしとてつもない圧を放つ虹夏の姿が。

 

「ほら、ぼっちちゃんもそういうの嫌がるだろうし」

「そうですよ。まあ、リョウ先輩もちょっとしたジョークだと思いますけど……」

「「ね?」」

 

「あっはい単なる冗談です本当です誠に申し訳ございませんでした……」

 

 2人からの異様な圧力に負けて即座に降参する山田。

 その圧力にぼっちへの気遣い以外の何かも多分に含まれているような気はするが、どちらにせよ助けられた側のぼっちからは何も言うことはない。というか何も言えない。

 

「きょ、今日のわたしはジュークボックス後藤なので、ご注文は喜多さんか誰かにお願いします!」

 

 そういうと、ぼっちはまた隅っこの定位置に戻り、ギターを弾き始めた。

 聞こえてくるのは最近の流行曲。少し知っている立場からすれば最近ギターヒーローがアップした動画と同じ曲であることがわかるだろう。

 

「あれ、郁代は弾かなくていいの?」

「弾きたいのは山々なんですが、あの曲はレパートリー外です。そもそも、今日一日の中で弾けるのは多分1/3ぐらいしかありませんから」

「えっ、逆に言えば1/3日埋められるぐらいレパートリーあるの!? すごいじゃん!」

「ほとんどコードバッキングだけですけどね。でも、こういうのを一杯やっておくとアドリブが自在にできるようになるって後藤さんに習ったので」

「ふむ、それなら次回以降の曲は郁代パートの難易度をもっと挑戦的にしてもいいかもね」

「そうですね! 文化祭でファンを一杯作ったら、それに応えられるようなプレイを魅せられるようになりたいです!」

 

 喜多ちゃんの成長に前向きな会話を繰り広げる3人。

 一方ぼっちは完全にBGM要員に徹している。

 とはいえ、会話そのものには耳を傾けているので『喜多ちゃんの特訓レベルをもっと上げないと……』という使命感に駆られたりしているのだが。

 

 

ゾワッ

「ん? 喜多ちゃん、どうかした?」

「いえ、何かとんでもない未来を察知したといいますか……。いえ、多分武者震いか何かですかね」

「うむ、文化祭というとカジュアルな印象になりがちだけど、単純な人数で言えばSTARRYどころかこの前の新宿FOLTよりも多い、というかZEPPレベルでもないと対抗できないレベル*3

 まあ、郁代ならそれでも楽しめると思うよ」

「先輩……、そんなに私のことを……」

「あと、早くメニュー持ってきて。おなかすいた」

「はい! ただいま~」「喜多ちゃん、それでいいのか……」

 

 いいこと言った風な直後に茶化してしまうのは山田の習性みたいなものである。

 虹夏は長い付き合いでうまい事流しているが、山田に崇拝気味な感情を向けてる喜多はいちいち真に受けてしまうのが困りものだ。

 

「はい、こちらメニューとお水です」

「どうもどうも、さて、どれどれ~? 

 おっ、この『ふあ☆ぴゅあ とろける魔法のオムライス』ってどんなの?」

「はい! 普通のオムライスです!」

「じゃあ、『もぅむりまぢむり… やみかわオムライス』っていうのは……」

「はい! 普通のオムライスです! 

 ちなみに、『ユニコーンのゆめかわ きら☆きらオムライス』も『ぽよぽよアゲアゲ↑↑ わっしょいオムライス』も『むねきゅん トキメキ エモみオムライス』も全部普通のオムライスですね!」「じゃあ、全部普通のオムライスってことじゃん!?」

 

 一応学園祭価格なのか500円と良心的なお値段*4な点は評価に値すると思われる。

 

「メイド服で予算が飛んだので、オムライス以外は用意できなかったみたいですね」

「う~ん、まあ主食がちゃんと出るだけマシかな」

「で、でも、ちゃんとメイド喫茶らしいことは一通り用意してますよ! ほら、ケチャップでハートとか書いちゃいます!」

「BGMがゴリッゴリのハードロックなのはちょっとどうかと思うけどね。いや、あたしはむしろ耳によく馴染むんだけどさ」

「でも、メイド姿でゴリゴリのハードロックやってるバンドもあるし*5、そういうコンセプトならありかもしれない」

「いや、みんなそこまで考えてないと思いますよ*6」「笑顔でなんてこと言うの喜多ちゃん」

 

「厳密には接客できそうにない後藤さんになにか役割を振れないか検討したところ、ギターがやたら上手いことが評判になってるみたいでして……。

 ホントはカフェとかで流れるようなアコースティックな曲になる予定らしかったんですが、どうやら後藤さんの()()の演奏にみんな参っちゃったみたいで」

「おおう、さすがぼっちちゃん。ソロ弾き最強だね」

「でも、カフェでロック聞いてると口がハンバーガーの気分になる*7

「わかる~。そう言われちゃうと、あたしもなんかハンバーガーな気分になってきちゃったかも」

「そう言われても、うちはオムライスだけですよ……。

 まさか、ここまで来て頼まず帰ったりしませんよね!?」

「しないしないって」

「うん、だってハンバーガーの露店無かったし」

「あったら帰ってたみたいな言い方は止めたげなよ」

「じゃあ、オムライス2つですね~。オーダー2つで~」

「もう取り繕いすらしなくなっちゃった!」

 

 そう言って厨房にオーダーを通す喜多ちゃん。

 店内は相変わらず大迫力のギターサウンドが包み込んでおり、肌寒いはずの秋とは思えぬ熱気を感じさせる。

 

「うぉ~!! いいぞ、ネェちゃん!!」

「ギターが唸ってやがるぜ! こいつはタダもんじゃねぇ……!!」

 

 どこから紛れ込んだのか、世紀末的な風貌の客までいる始末である。

 

「アレ、なんで中入れたんだろうね」

「OBかもしれない。実は秀華高(ここ)結構荒れてたり?」

「あ、荒れてませんよ!? 平和です! 平和そのものですよ! 

 それより……、ハイ! ご注文のオムライスです!」

 

 そう言って並べられるオムライス2つ。

 ケチャップもかかってないプレーンなタイプである。

 

「ケチャップがかかってない……、ということは……」

「はい! お察しの通り、美味しくなる呪文と一緒におかけするサービスです!」

「おお~、じゃあ早速あたしからお願い!」

「はい! 美味しくなる呪文入ります!」

 

 そうして喜多ちゃんはテーブルから一歩下がり、指を鳴らすような動作をする。

 すると、あたり一面に謎のキラキラ空間が! 

 

「ふわふわ~ ぴゅあぴゅあ~☆ みらくる~~ きゅん♡

 オムライスさ~ん? 美味しく~な~れっ♡」キターン!! 

 

 明らかに教室面積どころか重力も無視した全力の呪文の構えはニチアサの少女向けアニメの変身バンクさながらの綺羅びやかさであった。

 そこから炸裂した呪文はオムライスに突き刺さり、冷食のぱさついた筈のオムライスに確かな彩りと風味を与えた。

 

「おおっ! ケチャップのほどよい酸味とソースの甘さが溶け合い温かな家庭を感じる味に!」

 

 まるでグルメ漫画のリアクション担当の如き勢いでオムライスを掻っ込み始める虹夏。

 その反応を見て期待に胸を膨らませ、同じ呪文を頼もうとする山田であったが、メニューの隅っこに小さく『熱血応援バージョンもあります!』という謎の但し書きを見つけてしまった。

 

「ねぇ、この『熱血応援バージョン』って何?」

「気になりますか!? こちらは後藤さん協力のスペシャルバージョンになってます!」

「えっ……、大丈夫なの?」

「大丈夫ですよ! ちゃ~んと美味しくなりますから!」

 

 山田の大丈夫は『ぼっちにこんな陽キャ係数高そうなやつに協力させて爆発しないのか』という大丈夫かだが、喜多ちゃんは『後藤さんにメイドさんの魔法の呪文ができるのか』という風に捉えたようだ。

 もっとも、山田の心配は杞憂に過ぎないのだが。

 

「後藤さん! スペシャルバージョンのBGMお願い!」

「あっ、はっ、ハイ! ただいま……!」

 

 演奏を止め、こちらに向かってくるぼっち。

 エフェクターボードとギターとアンプという本格セットを抱えてやって来た辺りで流石に山田も安堵した。

 これで純粋に期待できるというものだが。

 

「それじゃあ、スペシャルバージョン行きますね!」

「うむ、どうぞ」

 

 またテーブルから一歩下がる喜多ちゃん。

 そのとなりではひとりが目を閉じながらギターを構えていた。

 

 そして、目を見開いてワンストローク! 

 

 ギュイイイイィィィィィン

 

 その一音で辺りが光に包まれる。

 しかし、先程のようなキラキラではなく、むしろギラギラと燃え盛るような、金色の炎とでも言うべき空間が一体を包む。

 

「はあああああぁぁぁぁ!!!!!」

 

 喜多ちゃんもまた金色のオーラを身にまとい、その波動が辺り一帯に広がり始める。

 その間にもぼっちのギターは絶好調でもはや店内の全員がこの二人の空間に飲み込まれていた。

 

「熱々! ふわとろオムライス!!」

 

 天に手を掲げると、その手中には謎の光が満ち溢れる。

 

炸裂(さぁくれつ)!! おいしくぅ──、なれぇ────!!!!」

 

 そして、喜多ちゃんの一撃がオムライスに叩き込まれる! 

 すると、なんとオムライスから溢れんばかりの金色のオーラを感じるではないか!! 

 

「なっ! こ、これはキターンの光ではない!? この、(まばゆ)くも陰キャにも眩しくない光は一体!?」

 

 戦々恐々としながらもオムライスを一口すくい、口に運ぶ山田。

 そして、次の瞬間! 山田からも謎の金色オーラが放たれる! 

 

「この感覚ッ! 年に数回も無いような無条件で絶好調な時の気分ッ! いや、むしろ人生で最高潮と言っていいほどにやる気が溢れてくるッ!!」

「うわっ!? リョウがなんかすごいことに!」

最高(さいっこう)に『ハイ!』ってやつだアアアアア! アハハハハハハハハハハーッ! *8

「ねぇ、これなんかヤバい奴入ってないよね! 流石にそこまでのロックは求めてないんだけど!」

「今なら一晩でミニアルバム*9……、いや、フルアルバム*10も書ける気がする!」

「そんなに書いてどうすんのさ! いや、有り難いけど本番明日なんだよ!」

「書けるときが書くべき時! 止めてくれるな!」

「あっ! ちょっとリョウ!?」

 

 即座に走り去って行った山田。

 追いかける虹夏。

 置いて行かれた喜多ちゃん。

 そして、演奏が止まらないぼっち。

 

 プツン「あっ、切れた」

 

 演奏は中断された。

 

「あっ、よく見たらペグ*11も駄目になってる……」

「すいませーん。今日のギター演奏は以上とさせていただきます~。

 続きは翌日のライブでお願いいたしま~す」

 

 後藤ひとりのメイド喫茶での仕事も終わった。

 

「あれ……、あの……、二人ってお会計済ませてたっけ……」「あっ……」

 

 そして、二人の次の仕事が決まった瞬間でもあった。

 

 

 

 ── ◆ ──

 

 

 

「いや~、ごめんごめん。大分慌てちゃっててさ……」

「もう、文化祭だからなーなーで済ませられましたけど、他でやったら食い逃げですよ!」

「はい、おっしゃる通りで……」

 

 二人はすぐに捕まった。

 厳密には店先30mもしない地点でバテバテになっている山田とそれを介抱する虹夏が即座に補足され、お会計を済ませることとあいまったわけである。

 そして、ぼっちのギターが駄目になり、(家に帰れば直せるとはいえ)学校では直せない状態になったがために二人は残りの時間を休憩に当てられることとなったのである。

 

 ぼっちのコミュ障は今や周知の事実であるし、喜多ちゃんも大戦力とはいえあくまでも後藤ひとりのおまけかつご厚意に甘える形での登板であったこともあってか一緒に開放された。

 あるいは、もう二人が居なくても今日の分は売り切れそうだから大丈夫と言う打算もあったのかもしれないが。

 

 そして、やる気に満ち溢れ、謎のオーラまで出していた山田については結局いつもの状態に戻っていた。

 やる気とは常に体調に直結するものである。

 慣れない全力疾走をかましたグロッキー山田にはもはややる気など欠片も残っていなかった。

 普段の体育の授業とかどうしているのだろうか? 

 

「そういえば、二人は休憩とかあるの? せっかくだし、一緒に回りたいところだけど」

「それなら、ちょうど今日はもう終わりになりました! いえ、後藤さんのギターの故障が原因なので、あんまりよろしくはないんですが……」

「えっ! 明日大丈夫なの!?」

「あっ、ペグの交換が済めばいいだけなので、そんなに重症というわけでは……。

 むしろ、本番でこれが起こらなかっただけラッキーかと……」

「いっ、一応家にレスポールのペグの交換セット*12あるけど……、使ってく?」ゼーゼー

「あっ、大丈夫です。家にも交換セットはちゃんと準備してあるので……」

「ともかく! 今日は文化祭を楽しみましょう! 私達は明日も楽しめますけど、4人で回れるのは今日だけですからね!」キターン!! 

「うわっ! わかったから光量落として!」

「この輝きが見向きもされてない……。やはり、秀華高は魔境の可能性が……」

 

 ここが仮にSTARRYなら店長、PA、その他スタッフにも大なり小なりダメージが入りかねない程のキターンである。

 それとも、高校という青春のど真ん中の領域とは本来どこもこういうものなのだろうか? 

 互い以外の友人が学校には居ない山田と虹夏には確認が難しい話だ。

 

 

 

 

 そうして、喜多ちゃんに先導される形で文化祭を回る4人。

 

 お化け屋敷で驚いたり、チョコクレープを分け合ったり、射的で山田が謎に凄い腕前を披露したり、明らかにぼっちをモチーフにした絵画を鑑賞したり、虹夏が千本引き*13で明らかに当たりっぽいお菓子を引き当てたりと充実した時間を過ごしていた。

 言うまでもなく、今までこういったイベントに良い思い出が無いぼっちであったが、今日は素直に楽しめている。

 

 普段あまり見せないほわほわとした純粋に楽しそうな感じが周囲に伝搬し、3人もテンションが上っているのがわかる。

 心なしか、周囲からもなにか微笑ましいような目線が送られてきているような気さえする。

 

(みんなで回る文化祭も……、悪くない)

 

 そんなここ数年で一番のほわほわ感のぼっちであったが……

 

「そういえば……、服、着替えなくてよかったの?」「え゛」

「そういえば、そうですね……。すっかり馴染んでたので忘れてました。

 まあ、私は楽しかったですし、宣伝にもなるでしょうから大丈夫でしょう!」

「まあ、一月早いハロウィンだと思えばいいんじゃない?」

「そうですね! あっ、せっかくだから今の4人でバンドのアカウントに自撮りを上げましょう!」「な゛」

「ほら、ぼっちちゃん寄った寄った」「あ、あの……」

「よし、郁代。今だ!」

「はい! チーズ!」

 

 そうして取られた写真にはバッチリと後藤ひとりのメイド姿が写っていた。

 表情も奇跡的にまともである。

 

「さて、これもアカウントに上げちゃいましょうね~。明日の宣伝になるわよ!」

「えっ、それは不味いんじゃ……」

 

 ここで言う不味いとは『後藤ひとりのコスプレなどというお目汚しに宣伝効果どころかむしろ逆効果ではないか』の意である。

 そして、ひとりと濃厚な時間を過ごした喜多ちゃんはその意味合いを正確に読み取った上でこう語る。

 

「可愛いから大丈夫よ! それに、結束バンドでは『後藤ひとり』として活動するんでしょ? 

 だったら、後藤さんの写真もたっくさん上げなきゃ駄目よ!」

「そうかな……、そうかも……*14

 

 そう言って、一瞬の逡巡の隙に投稿する喜多ちゃん。

 

「あっ!」

「よし! 後は、明日に備えて、体育館を見に行きましょう!」

「そだね~、行こ行こ~!」「あっ、あの……」

「ぼっち……」「リョ、リョウさん……」

「これでコスプレのハードルが下がれば、PVで水着着せて100万再生も夢じゃない(SNS大臣の郁代を信じるんだ、きっと宣伝になる)」

「リョウさん!?」「おっと、うっかり」

「早く~! 二人とも、置いていくよ~」

「ほら、ぼっちも」「はっ、はい……」

 

 

 

 そうして、有耶無耶になったまま体育館にたどり着いた。

 

「お~。きれいな体育館だね~」

 

 自分の高校と違うきれいな体育館は念入りにワックスがけされた床と新築特有の匂いも合わさって学外組のテンションを刺激した。

 舞台上には『第31回秀華祭』の看板が掲げられているが、それ以外には熱心に掃除する生徒がいる程度で、まだ文化祭らしい飾り付けや道具類は見当たらない。

 

 しかし、4人にはすでにこの一面を埋め尽くす観客とライブのイメージが幻視されていた。

 

「MAX1000人ってとこか」

「流石にそんなには来ないと思いますけど……。

 でも、たくさん来てくれるといいわね!」

「あっ……、うん!」

「たくさん来るよ! 二人の宣伝もあるし!」

「は……、はい!」

 

(明日、ここに立つのか……。結束バンドのみんなで……。何より、『後藤ひとり』として……!)

 

 

 

 そして、各々の決意と希望を胸に一日が終わる。

 そうして来たるは文化祭二日目、その最後を飾る体育館のライブステージである。

 

 校舎から人影と喧騒が消え、ほとんどすべての人間がここに集まる。

 全てはライブのため、これから数十人による青春のど真ん中を飾る時間のために。

 なによりもバンドマン『後藤ひとり』が歩みだすための時間が始まろうとしていた。

*1
虹夏が浮かれてアホ毛が回転するレベルの陽濃度だということを忘れてはいけない。

*2
公式では登場人物のスリーサイズは公表されていません。

*3
例として、ライブ恒星が開催されたZEPP Hanedaはスタンディングで2925人がMAXである。一方体育館は大体1000人程度がメジャーである。もちろん、両者MAXで埋まることはほとんどないが、少なくとも一般の人間がパフォーマンスをする分には十分すぎる人数であることは間違いない。

*4
原作だと1500円のボッタクリ価格だった

*5
BAND-MAID(バンドメイド)のこと。5人組のHR/HM系ガールズバンドであり、名前の通りメイド服をコスチュームとしている。これはバンドを主催したギター・ボーカルの小鳩ミクが秋葉原のメイド喫茶で働いており、その流れで取り入れたものらしい。ついでにいうと、原作でのこのメイド喫茶回の扉絵の元ネタにもなっており、楽曲『DOMINATION(ドミネーション)』のPVのワンカットがそれに当たる。

*6
元ネタは漫画『月刊少女野崎くん』より。作中の演劇部に主人公の野崎が提供した脚本についての表現に悩む演劇部員に対し、ヒロインの佐倉が『脚本の人そこまで考えてないと思うよ』とバッサリと切り捨てるシーンである。ちなみにこの後で主人公による脚本解説パートが入るため、ちゃんと考えられて書かれた脚本であるというオチが付くまでが一連の流れとなる。ネット上では単に特定の物事や伏線らしきものに対して考え過ぎを茶化すようなニュアンスで用いられることが多い。

*7
ハードロックとハンバーガーを売りにした、『ハードロックカフェ』というチェーン店のこと。1971年にイギリス、ロンドンにてアメリカのダイナーを元にオープンしたカフェは当時目新しかったハンバーガーを中心としたアメリカ料理とその名の通り『ロック』をテーマにしたインテリアと雰囲気は絶大な人気を博し、ロンドンの新たな名所となった。その後、チェーンとして世界進出し、日本にも4店舗存在する。世界中の店舗には各国の著名なミュージシャンに関連するグッズや衣装、楽器などが博物館の如く展示されており、世界累計で9万点を超えるコレクションが存在する。また、ライブイベントも当然行っており、新規ミュージシャンの発掘コンテストなどはもちろん、大物ミュージシャンらによるシークレットライブなども多数開催されている。ロック好きならば一度は行ってみるのをオススメしたい場所である。

*8
漫画『ジョジョの奇妙な冒険』第3部より、3部ラスボスのDIO(ディオ)様のセリフ。吸血鬼であり、かつて主人公『空条承太郎』の100年前の先祖の肉体を乗っ取っていたDIOであったが、その乗っ取りは完全ではなかった。しかし、その肉体の不整合も主人公の祖父にして、同じ先祖の血脈をもつ『ジョセフ・ジョースター』の血液を吸収することで完全となり、戦闘中の傷も完治したばかりか能力が飛躍的に向上し、その影響か自身のコメカミに指が半ばまで埋まるほどグリグリしながらも上がったテンションで上記の様なセリフを吐くほどである。

*9
大体6曲以下の収録数のアルバムのことを指す。

*10
ミニアルバム以上の曲数のアルバムを指す。もっとも、一昔まえのプログレバンドのように1曲辺りに30分ほどかかって6曲以下になるものについては普通にフルアルバムと同等に扱うため、厳密な区分というわけではない。

*11
ギターのヘッド部分に着いたネジのような部品。ギターの弦の張りを調整する役割を持ち、これで弦の調子を合わせるのがチューニングの基本となる。また、わざと緩めることで低音を響かせる事も可能であり、特にメタル系の音楽では低音を効かせるための特別なチューニングは必須技能となる。

*12
ギターの種類ごとに使用できるペグには当然違いがあり、弦のような互換性は期待できない。ぼっちの使うレスポール系列とストラトキャスター系列では使用できるペグの種類が異なるため、交換する際には注意が必要である。

*13
お祭りでよく見られる、大量の紐から1本を引き、その先に繋がっている持ち上がった景品を貰えるというくじ引き。何も上がらないハズレも当然ある。お祭りの常として、特賞につながる紐が存在しなかったりするのはご愛嬌である。仮に、当たり付きと偽ってハズレのみにしている場合、『詐欺罪』が成立し、懲役10年以下の罰則となる。しかし、逆に当たりがちゃんとある場合でも、『景品表示法』によりくじ引きの景品は価格の20倍までと定められており、仮に1回300円としても6000円以上の当たりを入れることはできない。つまり、高額商品は全て詐欺ですということである。とはいえ、こういった祭りの屋台は未だ反社勢力の温床だったりするので、上記内容を指摘したりせずに生暖かい目でスルーするのが良いだろう。

*14
元ネタは漫画『動物のお医者さん』より。主人公の友人が獣医特有の辛さにぶち当たり、傷心していた際にシベリアンハスキーの『チョビ』が手を舐めた際に『なぐさめてくれているのか?』と聞かれた際の反応。『チョビ』としては特に考えての行動ではなかったため、上記の自問自答が始まった。なお、当該作品はリアルベースの漫画のため、このセリフも特に人語に変換されたりはせず、あくまでも読者のためのセリフである。ネット上では上記のような自問自答ではなく、自信満々に言い切られた際、特にデータや根拠もないのに強く主張された際に『そこまで言うならそうかも知れない』という消極的同意の意味として使われることが多く、『そうかな……、そうかな……?』みたいな変形使用もよく見られる。




 今回も高評価を頂いた、以下の方々に心より感謝を。
 敬称略です。
 ☆9 水風船 ABcD overjoy 流れ者 キンキンキノコ たかし9029 ポテたま kurage ガオーさん gomiruma sarufa

 今回、ぼっちは文化祭で既存楽曲を演奏していましたが、ここで投げ銭だろうとお金を受け取った場合、J○SRACに申請が必要となるため受け取っていません。
 まあ、品物を頼んでくれた人にちょっとリクエストが偏る事はあるかもしれませんが……

 次回、文化祭ライブ、スタートです。
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