就活で防衛チーム志望だったけど“お祈り”された女 作:よよよーよ・だーだだ
いかがです、と黒い男はわたしへ笑いかけた。
「何もかもがあなたの思いどおり。名実ともにこの星はあなたのものです。今こそ言っていただけませんか、『あなたに地球をあげましょう』と」
「なにを、言ってるの……!?」
目の前に広がるのは怪獣撃滅のためになりふり構わず撃ちまくる防衛軍と、それを踏み潰して回る怪獣ギャンゴ、その巻き添えでろくに避難も出来ず逃げ惑う街の人。そしてわたしたちは、それら阿鼻叫喚の地獄絵図を遠くの安全地帯から眺めている。
唖然とするわたしに対し「そうでしょうねえ」と黒い男は朗らかに笑う。
「誰でも故郷は捨てたくないものです。まあ、いずれ自ら投げ出したくなるでしょうが」
「そ、そうじゃあなくって、あんた、一体何をしたの!?」
わたしが詰問すると、黒い男は柔らかく微笑みかけながら答えた。
「オニタ=サトミ様、あなたは『防衛チームの悪事を暴いて欲しい』と望んでいましたね」
ええ、そうよ、だからそれは叶えてもらったじゃない!
言い返そうとするわたしだけれど、それを黒い男は「しかし」と遮った。
「しかしあなたは所詮ただの一般人、何も知らない部外者でしかない。いくらインターネットで都合の良い真実を見い出そうが、顔も名前も知らない有象無象に持て囃されようが、実際には悪事の明確な証拠を掴んでいるわけでもなければ、防衛チームの実情を知っているわけでもない」
「た、たしかに、そうだけど……っ」
言葉に詰まったわたしをニコニコ笑いで見つめながら、黒い男は言う。
「となれば、やるべきことは一つしかない。『現実の改変』です」
げんじつの、かいへん?
黒い男から言われたことを、わたしは最初理解できなかった。何を、どうした、って?
そんなわたしに、黒い男は愛想よく笑いかける。
「オニタ=サトミ様、本来あなたの頭の中にある『自分だけの現実』、そのマナ値は時空世界の現実と釣り合う平凡なもの、むしろ少しばかり低いものでしかなかった。あなたが防衛チームを“お祈り”されたのも当然のことだったのです、あなたはそもそも『願いが叶いにくい体質』だったのですから」
そこで、と黒い男は言う。
「そこで、周囲の時空間平均マナを低下させ、同時にあなたの『自分だけの現実』のマナを極端に上昇させることで、この現実をあなた好みに創り変える。そうやってあなたの願いを叶えること自体はわたしの力をもってすれば容易なことではありますが、この星の防衛チームには外星人バルタンから提供された『マナ変動を観測する技術』がありますからね。地球人相手ならまだしも、バルタンの連中から隠匿するための情報改竄にはいささか骨が折れました」
いったい、何を言っているの……!?
「『天と地の狭間には、お前の哲学などには思いもよらぬ出来事があるのだ』、わたしの好きな言葉です。あなたがた地球人は所詮、小さな庭を世界の
ええっと、つまり……?
恐る恐る、わたしは確認する。
「『防衛チームが悪事をしていた真実が明らかになった』んじゃあなくて、『防衛チームが悪事をする組織であるように現実を変えてしまった』ってコト……!?」
黒い男は「はい」とニッコリ同意した。
「火のない所に煙は立たぬ、しかし実際には煙すら立っていなかった。ならば、こちらで実際に火を放ってしまえば良いのです」
そして御覧なさい、と黒い男は周囲の有様を見せつける。
「『邪悪な防衛軍の暴走と、それを成敗して真の正義を果たしてくれる怪獣』、あなたが望んだとおりでしょう?」
「そ、そんなの‥‥‥」
酔った勢いのデマカセよっ! こんなの望んでるわけがないじゃないッ! それにわたしは『悪の陰謀を明らかにしてほしい』と望んだのであって、世界を滅茶滅茶にしてほしいなんて……!?
咄嗟に否定するわたしだけれど、黒い男は「いいえ」と愛想よく答えたのだった。
「わたしは最初から申しあげていたではありませんか、『あなたの心の底の願いを叶えて差し上げる』と。そして今やこの世界はあなたの思うがままです。もしもあなたが本当に心の底から『世界をより良くしたい』『悪の陰謀を明らかにしたい』と望んでいたのなら、こんな展開にはなっていない」
……なんということだろう。わたしは真実を明らかにしたのではない、現実を捻じ曲げてしまったのだ。
それと同時にわたしはようやく気づいた。どうして気づかなかったんだろう。いつもニコニコしているように見える黒い男、けれどその目は一切笑ってなどいない。なぜ思い至らなかったのだろう。この黒い男がわたしたち地球人とは絶対に分かり合えない、正真正銘本物の『危険な外星人』であることを。
呆然としているわたしを微笑みと共に見下ろしながら、黒い男はこう結論づけた。
「つまりあなたは、心の底ではこの世界がより良くなることも、ともすると悪の陰謀を暴くことすらちっとも望んでいないのです。あなたが真に望んでいるのはこのように『自身のことを棚に上げながら好き放題に暴力を振るって、世の中を滅茶滅茶にしてしまうこと』ですよ」
「ち、ちがうッ!!」
わたしは声を張り上げて否定した。
そんなはずはない! だって、わたしは防衛チームに入るのが夢だった。わたしは正義のため、世のため人のために尽くすのを望んでた! そんなわたしが、そんなことを願うはずが……。
「飽くまでも違う、と?」
ええ、そうよ! だってわたしは……!
なおも言い逃れようとするわたしをニコニコ見つめながら、黒い男は言った。
「ではここで、わたしが最近学習した地球の言葉をお伝えしましょうか。いわゆるインターネットスラングで決して品の良いものではありませんが、これもわたしの好きな言葉です……」
そして黒い男はわたしの耳元へ顔を寄せ、とっておきの秘密を告げるかのようにそっと囁く。
「“あなたがそう思うんならそうなんでしょう。あなたの中ではね”」
そして黒い男は立ち上がり、返す言葉を失っているわたしをニコニコ見下ろしながら言う。
「いずれまた気が変わったときに伺うとしましょう。『あなたに地球をあげましょう』とわたしに言いたくなった、まさにそのときにね」
そう告げたのを最後に、黒い男は影も形もなく姿を消していた。その場へ呆然とへたり込んでいるわたし一人を残して。
科学技術担当シルフィア=バルタニアから託されたマナ変動源のデータ、それを辿った先でおれは『黒い男』と出くわした。
「動くなっ!」
「……!」
ピストルを突きつけて叫ぶおれの制止に、黒い男は素直に応じた。続けておれは問い質す。
「……おまえ、地球人じゃないな?」
地球人の目には『ニコニコと笑顔を浮かべた愛想の良さそうな優男』にしか見えないかもしれない。
しかし、光の国のウルトラ戦士であるおれから見ればその正体は一目でわかった。うわべで取り繕った作り笑い、その笑顔の仮面越しからでも滲み出てくる底無しのおぞましい悪意、そして、そのどす黒い本性を形にしたかのような異様な雰囲気。間違いない、こいつはこの地球を狙う危険な侵略者だ。
警戒するおれに対し、黒い外星人は「いかにも」と作り物めいた仕草で応えた。
「このバースの地球に光の国が介入していたのは把握していたが、まさかこうして当人とご対面できるとはな。光の国の戦士、いや、あえてこう呼ばせてもらおうか、“ウルトラマン”」
……別の多元宇宙からの侵略者か。何者だ?
おれの問いに対し、黒い外星人は不敵に答える。
「わたしの名は〈メフィラス〉。この星に福音をもたらす者だ」
「メフィラス、だと……?」
メフィラス、おれはその名に聞き覚えがあった。
外星人のメフィラスといえば、数ある外星人の中でも高い知略と実力で知られる悪質宇宙人だ。光の国のウルトラ戦士とはいくども激突したことがあり、中にはかの『暗黒宇宙大皇帝』の腹心を務めていた個体もいたことで知られている。
そんな大物が、なぜこの星に。おれの密かな動揺に、メフィラスは目敏く勘づいたようだった。
「我々のことを知ってもらえているとは光栄だな、ウルトラマン。ということは、君も“我々のやり方”も知っているのだろう?」
……メフィラスの“やり方”。個体差もあるようだが、こいつらは高い実力を持ちながら力任せでの侵略を好まない狡猾な外星人として知られている。きっと今回も、罪もない人間を騙して利用しようとしたに違いない。
内心で憤るおれを前に、メフィラスは言った。
「こんな文明の遅れた星ひとつ、力に任せて占領支配することなどいとも容易い。が、あいにくわたしは暴力は嫌いでね。わたしの故郷でも、紳士というのは礼儀正しいものだ」
なにが『紳士』だ。実際は人の心の弱みへと付け込んで弄ぶような、卑怯もラッキョウも無い下劣な悪党のくせに!
おれがそう言い返すと、メフィラスは「おいおい」と如何にも不本意そうな表情を繕った。
「他ならぬ君からそう悪く言われてしまうのは心外だな。君とわたし、我々は共に同じ星の人間を愛した同好の士じゃあないか」
同好の士?
メフィラスからの思わぬ言葉で耳を疑ったおれだったが、メフィラスは相変わらずにこやかな微笑を浮かべていた。
「そう、実はわたしもこの星が好きなんだよ、ウルトラマン。君が地球人を想っているようにね」
……いきなり何言ってんだコイツ。唐突な告白を受けたおれが戸惑う一方、メフィラスはどこか遠くを見るような口調で語り出した。
「わたしはかつて別の宇宙で、ここと同じ地球を手に入れようとした。あのときは完璧な計画を練ったし、充分な準備を整えた。その地球にも君と同じ光の国の戦士が滞在していたが、彼に勝てる勝算だってあった」
だが、とメフィラスは言った。
「だが、わたしは勝てなかった。力で敗れたのではない、地球の心に敗れたのだ。それでも、どうしても、この星のことを忘れられなかったわたしは数え切れぬほどのマルチバースを渡り歩き、やがてこの地球でようやく見つけ出した」
見つけた、何をだ。
訊ねるおれに、メフィラスは答えた。
「『わたしに地球を売り渡すような人間』だよ、ウルトラマン。平安、鎌倉、戦国、江戸、幕末、そして現代。わたしはいくつもの多元宇宙、いくつもの時代を渡り歩きながら、そんな人間のいる地球をずっと探してきたのだ」
見てみろ、とメフィラスは告げる。
「地球人の有り様はいつだって変わらない。勝手に火をつけて燃え上がらせるだけ燃え上がらせたら、あとは無責任に投げ出して知らん顔、それが地球人の愚かしさだ。そしてオニタ=サトミ、この滅茶苦茶になってしまった世界こそ彼女の心そのものだ。こんな愚かな彼女ならきっとわたしへこう言ってくれるに違いない、『あなたに地球をあげましょう』と」
そう断言するメフィラスの様子からは、常軌を逸した興奮の色がありありと浮かんでいた。『あなたに地球をあげましょう』、ただその一言を言わせるためだけにここまでやったというのか。
……イカれてる。戦慄するおれに、メフィラスは狂気の計画を語り続けた。
「『現地の文明、現住生命体の選択についてはなるべく尊重し直接干渉しない』、それが君たち光の国のルールだ。もしも地球人が自らこの星を差し出したなら、君たち光の国とて何も出来ない」
ぐっ……!
メフィラスの指摘で、おれは反論に詰まった。
たしかにメフィラスの言うとおりだ。もしも地球人が自らこの星を差し出してしまったなら、あるいは地球人が自ら破滅の道を選んでしまったのなら。そのときは、たとえおれたち光の国のウルトラ戦士といえど、出来ることなど何もないのである。
そんな無力なおれを前に、メフィラスはぞっとするような笑みを浮かべる。
「あとはオニタ=サトミが無責任にこの地球を投げ出してわたしへ譲り渡すのを待つだけ。わたしは今度こそ勝った、地球の心に。この
気がつくとわたしは、街の大通りへと彷徨い出ていた。
どかーん、ばこーん、ぎゃおーん。
建物が滅茶滅茶に壊される音と怪獣ギャンゴの恐ろしい雄叫びが遠くで響き渡り、そしてそれらから逃げ惑う街の人たちの悲鳴が聞こえてくる。
マナがどうの『自分だけの現実』がどうだの、黒い男がいかなる魔法を用いてこんな事態を引き起こしたのか、わたしに理屈はさっぱりわからない。ただひとつわかっているのは、これらすべての元凶が他ならぬわたしだということだけ。
どしーん……どしーん……!
不意に砲撃のような足音と共にアスファルトの道路が波打ち、あまりに激しい縦揺れでわたしはその場へと引っ繰り返った。
「ひっ……!?」
足音の方角を見上げると、視線の先では怪獣ギャンゴが堂々と闊歩していた。すぐ傍にまで怪獣ギャンゴが迫ってきていたのに気づかなかったのは、きっと心の底から呆然としていたからだろう。
その場で尻餅をついたままのわたしに気づいているのかいないのか、ギャンゴは足音を響かせながらこちらの方へと向かってくる。このままだとわたしは踏み潰されてしまうだろう。
……そう、それでいい。
わたしなんか怪獣に踏み潰されてしまえばいい。そしたらきっとこの悪夢の世界も終わる。そう覚悟を決めたわたしは身を投げ出そうと、その場に座り込んだままギャンゴを待ち構える。
どしーんっ!!
目と鼻の先で響く衝撃でわたしは思わず目をぎゅっと瞑った。けれど、そんなわたしをギャンゴは大跨ぎで避けてゆくだけだった。
「ど、どうして……!?」
わたしを無視して通り過ぎてゆく怪獣ギャンゴを見送りながら、やがてわたしは思い至る。
……はは、そっか。
「わたし、死ねないんだ……」
そう、この世界ではわたしが神で、すべてがわたしの思い通りになる。いくら死にたくても、心の弱いわたしは無意識に自分を守ってしまう。こんなイカれた世界では、わたしはもはや自分で死ぬことすら出来ないのだ。
何もかも狂ってしまった世界と、ただ独りだけ正気のわたし。いや、本当はこんなわたしの方こそ狂ってしまっているのかもしれない。
そんな益体も無いことを考えているあいだにも、街はどんどん破壊されていく。わたしが生み出した大怪獣ギャンゴ、そのギャンゴを倒そうと暴走する防衛軍、そしてそれらの巻き添えや流れ弾で破壊されてゆくこの世界。もはやわたしには、どうすることも出来ない。
そのとき、遠くの方から声を掛けられた。
「そこのあなた、大丈夫ですかッ!?」
声のした方向に振り返ると、女性が一人、わたしの方へと駆け寄ってくるのが見えた。彼女が纏っているのは防衛チームのユニフォーム、きっと防衛チームの隊員だ。尻餅をついたままのわたしに、女性隊員は手を差し伸べる。
「早く立って、近くのシェルターに避難してください!」
「で、でも……!」
「あーもー、いいからつべこべ言わずに言うとおりにしなさいっ! 死にたいの!?」
そう言うが早いか、わたしの手を取って力尽くで引っ張ってゆこうとする女性隊員。どうやら彼女は、わたしのことをごく普通の一般市民かなにかと思ってくれているらしい。
……だけど本当のわたしは救うべき一般市民なんかじゃあない。わたしなんか、助ける価値なんて欠片もない。そもそもこんなことになったのは、総てわたしのせいなのだから。そう思うと、わたしの口から独りでに言葉が出てきた。
「ほ、ほっといてくださいッ!」
そしてわたしは女性隊員の手を振りほどき、その場にしゃがみこんだ。驚いた女性隊員が声を荒げる。
「あんた何言ってんの、死ぬわよっ!?」
「いいんですっ、全部わたしの責任なんですから! どうせ死ねないんですから!」
「は、ハァ!?」
女性隊員からすれば、わたしが突然わけのわからないことを喚き始めたようにしか見えなかったろう。けれど構うことなく、わたしは喚き続けた。
「この世界を滅茶苦茶にしたのはわたしなんです! 怪獣ギャンゴも防衛軍も、何もかもわたしのせいなんですっ! 全部、全部わたしのせいなんです……!!」
わたしがここまでぶちまけたことで、女性隊員もようやく勘づくものがあったらしい。
「……あんた、まさか」
恐る恐る訊ねようとする女性隊員を見ながら、わたしは泣きじゃくる。あふれる涙が、嗚咽が、そして心の底からの後悔が止まらない。
「わたしみたいなろくでなしの人でなしの屑、もう生きてる価値なんか無いんですっ! わたしは死にたいんですっ! どうかこのまま死なせて、おねがいです!」
だからどうか、わたしのことなんか放っといて……!
そう続けようとしたとき、わたしは浮遊感を味わい、同時に顔でパンッと破裂音が響いた。
「……え?」
頬への痛みは遅れてやってきた。女性隊員に胸倉を掴まれて張り手でひっぱたかれたのだ。
わたしにビンタをくれた女性隊員は息を吸って、叫んだ。
「 ざ っ け ん な !!」
わたしに向かってそう怒鳴った女性隊員。わたしを睨みつけるその表情は怒りに満ちていて、そして腹の底から吼えるその声は、砲弾の飛び交う戦場と化している最中でも不思議とよく聞こえた。
「現実改変だのどうだの、わたしだってねぇ、頭ン中ぐちゃぐちゃに掻き回されてどうしたらいいかわかんないわっ! でもね、これだけははっきりわかるっ!」
そう言いながら、女性隊員はわたしの胸倉を掴んだまま引っ張り起こす。
「あんたがいったい何をしくじったんだか知ったこっちゃアないけどねっ、たとえ今の状況が全部あんたのせいだったとしても、あんたが命を粗末にしていい理由になんかならないのよっ! 甘ったれた泣き言ばっかりグズグズ言ってないで、とっとといい加減に目の前の現実を見ろッッ!!」
そう一喝する女性隊員がわたしを掴んでいる腕の力はとても強く、わたしには到底振り解けるようなものではなかった。
怒鳴るだけ怒鳴って我に返ったのか、フーッと深く息をついて気持ちを鎮めた女性隊員はわたしから手を離したあと、わたしの顔を真っ直ぐ見据えてこう続けた。
「……お願い、今は黙ってわたしに付いてきて。どういう事情があるのか、何があったのか、あなたの気持ちが落ち着いたときにまたゆっくり聞かせてちょうだい」
有無を言わせぬ口調でそう告げる女性隊員。真正面から見つめ合った彼女の目つきはとても真摯で、心の底からわたしのことを案じてくれているのが伝わってくる。そんな真剣な視線に射貫かれたわたしはもはや愚図る気分さえも無くしてしまい、女性隊員にされるがままになってゆく。
そうして、女性隊員に連れられて避難用の地下防災シェルターへ向かおうと立ち上がったときだった。
どかーん!!!!
鼓膜を突き破りそうな強烈な衝撃と、キーンと長く響く耳鳴り。わたしたちが振り返ると、怪獣ギャンゴが防衛軍の戦車と航空機による攻撃を受けていた。無数の砲塔から撃ち出される猛烈な銃砲の弾幕、まさに集中砲火だ。もちろん、ギャンゴはそんなのものともしないのだが。
チッ、と女性隊員が忌々しげに舌を打つ。
「ったく防衛軍の奴ら、こんな街中でドンパチやるなっつーの!」
さ、わたしたちも行くわよッ! そう言って女性隊員はわたしの手を引っ張ってゆこうとしたのだが、わたしは、ギャンゴの足元にとんでもないものを見つけてしまった。
……防衛軍からの集中攻撃を受ける怪獣、ギャンゴ。
その足元にいたのは、ひとりのお婆さん。
きっと落ちてきた瓦礫を避けようとして躓いてしまったのだろう、ギャンゴと防衛軍がドンパチやり合っているすぐ近くで、年老いた御婦人が一人転んでしまっていた。そしてギャンゴも防衛軍も、瓦礫の山の中にいるお婆さんに気づく気配がない。
「ッ!!」
そして咄嗟にわたしは、
唐突に、現実が帰ってきた。
街中で暴れ回っていた怪獣ギャンゴが消え、暴走していた防衛軍が撤退してゆき、さらにギャンゴが破壊していた街並みまでも、滅茶苦茶に改変されていた現実があるべき元の平穏な姿へと戻ってゆく。
「……っ!?」
おれがメフィラスの方を見ると、常に絶やさなかったはずの笑顔の仮面が完全に崩れ落ちていた。
表情そのものは無表情だったが、それは人間らしい感情表現を取り繕うことすら忘れているからだろう。外星人であるコイツに人間の感情パターンが適用できるかどうかは微妙だが、それでもあえて形容するなら『愕然とした』と言ったところか。
「……………………。」
自らの目論見を挫かれ、もはや言葉もないメフィラス。きっとメフィラスはつい先ほどまで本気で信じて疑っていなかったに違いない、『今度こそ勝てる、欲しいものを手に入れてみせる』と。
……だとしたら、とんだ見当違いだったな、メフィラス。
「なんだと、ウルトラマン」
見てみろ、メフィラス。
そう言っておれは、透視能力のウルトラ眼光とテレパスで遠くの風景を指し示した。
おれが差した先には、足を挫いたお婆さんを二人がかりで担いで懸命に歩く若い女性たちの姿があった。一人は防衛チームのミネ=アンナ隊員。そしてもう一人はメフィラスが『愚かな人間』と利用していたはずのオニタ=サトミさんだ。
『ごめんなさいねぇ……』
二人がかりで担がれたまま申し訳なさそうに詫びるお婆さんに、オニタ=サトミさんは汗だくになりながら『いえいえ』と笑って答える。
そしてその隣で、防衛チームのミネ隊員が声をかける。
『もうすぐ地下防災シェルターですからね。あそこならきっと安全ですから……!』
三人が地下防災シェルターへ入っていったのを見届けてから、おれはメフィラスへと振り返る。
「この星の人間は、おまえが考えているような弱くて愚かな部分ばかりじゃあない。たとえ過ちを犯してもそれに気づけばきちんと悔い改めて立ち上がろうとする、目の前で誰かが困っていたら手を差しのべる、そういう賢明で善良な部分だってちゃんとあるんだ。そんな人間の相反する心の在り様を理解できていなかった時点で、おまえが仕組んだこのゲーム、既におまえの負けだったのさ」
おれからの指摘を受け、メフィラスは「……どうやら、そのようだな」と納得したようだった。
「負けたよ、ウルトラマン。ここで力ずくで打ち勝つことも出来るだろうが、それはわたしのルールに反するし、君たち光の国とコトを構えたくもない。ここはひとまず退散させてもらおう」
だが、とメフィラスは嗤う。
「だが、この美しい星がますます欲しくなった、いや、どうしても欲しい。わたしは決して諦めたわけではない。必ずまた挑戦させてもらうとしよう、いつの日か、かならず」
さらば、ウルトラマン。
そう言い残して、外星人メフィラスは姿を消した。
「……行ったか」
メフィラスが地球から、いやこの宇宙そのものから完全に立ち去ったのを見届けたうえで、おれは手で握り締めていた変身アイテムをようやく懐へ収めた。
「ふう、危なかったな……」
……まったく、恐ろしい相手だった。
メフィラス当人は『暴力は嫌い』『光の国と戦いたくない』とかなんとか言っていたが、おれの見たところあいつの実力は光の国のウルトラ戦士、下手すればその精鋭中の精鋭であるウルトラ兄弟のそれに匹敵していた。さらにおれの方には変身時間に制約があるが、メフィラスにそんな縛りはないはずだ。
メフィラスがある意味“話のわかる奴”で助かった。『力ずくで打ち勝つことも出来る』とも言っていたが、もしも真正面からぶつかっていたら本当におれは負けていたかもしれない。
そんなことを考えていると、おれの携帯端末へ着信が入った。
〈無事かっ、ハヤト!?〉
相手はシルフィアだった。おれははっきり答える。
「ああ、なんとかな。そっちはどうだ?」
おれの問いにシルフィアは〈大丈夫、問題は解消した〉と答える。
〈こちらでもマナ変動源の消失と、それに伴う事象の収束を観測した。バランスの崩れた時空世界平均マナ値も急速に正常値へと戻りつつある。この時空世界で起こった現実改変も、じきに元へと戻るだろう〉
そりゃよかった……ありがとな、心配してくれて。
おれが礼を言うと、シルフィアは被せ気味に応えた。
〈勘違いするなよハヤト。ウルトラ戦士である君は我々バルタン、いいやわたしという個体にとってこの上なく貴重な研究対象だ。どこの馬の骨ともわからん奴から勝手にどうこうされては困る、心配するのは当然だろう〉
はいはい、わかった。いつになく動揺してたくせに。
やけに早口で答えたシルフィアに、おれはなんだか微笑ましくなった。研究対象がどうのと言えど、心配してくれたことには変わらんしな。
その点を指摘するとシルフィアは「ふん」と不貞腐れていたが、やがて話題を変えた。
〈ところで、ハヤト〉
ん、どうした?
〈そういえば君、今回一度も変身してないな〉
……あっ。
事件後、わたし:オニタ=サトミは防衛チームに保護された。
そこでの取り調べで、わたしは自分の身に起こったことを洗いざらい正直に白状した。自分が就活中であり防衛チームの採用を“お祈り”されて逆恨みしていたこと、そこを外星人メフィラスに付け込まれたこと、そして今回の一件がすべて自分のせいであること。
正直、わたしは罰せられることを覚悟していた。そんなつもりはなかったとはいえ、わたしがやらかしたことはまごうことなき外患誘致、立派なテロ行為そのものだ。何しろ外星人による地球侵略の片棒を担いでしまったのだ、刑事罰や裁判沙汰さえ覚悟していた。
だけど、そうはならなかった。
『就職活動の失敗で精神的に追い詰められていたところを、悪意ある外星人に利用されていただけであること』『正気に返ったあとは防衛チームの人命救助活動に率先して協力していたこと』『被害は大きかったもののその大半は防衛軍の暴走によるものであり、わたしが改心したことで最初に破壊した防衛チーム基地の倉庫も含めて最終的にすべて元通りになったこと』などの情状酌量からわたしの責任を追求されることは無く、その代わりに防衛チームの人たちからこってり絞られてしまった。
「……ねえ、オニタさん」
ただ帰り際、わたしを見つけてくれた防衛チームの女性隊員――名前を聞いたら『ミネさん』というらしい――から、声を掛けられた。
「ちょっとコーヒーしない? 5分だけでいいからさ」
そしてミネさんは「まあホントはダメなんだけどね」と言いつつ、自販機の缶コーヒーを奢ってくれた。防衛チームのエース隊員であるミネさんと、その防衛チーム志望で夢破れた
暖かくなりつつあるとはいえまだまだ肌寒い春先、長時間のお説教と大失敗ですっかりへこたれていたわたしには100円ちょっとの安い缶コーヒーでも充分に骨身へ染みた。
二人で熱めのコーヒーを啜る中、ミネさんはこんなことを言い出した。
「今回の一件なんだけどさ、あれだけ街中が滅茶苦茶になったのに、死人はおろかは怪我人だって一人も出なかったそうよ。なんでかしらね?」
さ、さあー……?
ひたすら縮こまっているわたしに「これはわたしの見立てだけどね、」とミネさんは言う。
「メフィラスとかいう外星人、『あなたの心の底の願いを叶える』とか言ってたそうね。あなた、きっと『もうこんな世の中、滅茶苦茶になってしまえー!』とかなんとかヤケッパチになってたんでしょ? その自暴自棄な心があの状況を招いた、そうよね?」
ええ、まあ……。
やらかした落ち度をあげつらわれて、わたしは申し訳なさのあまり顔を伏せたのだけれど、ミネさんは構わずこう続けた。
「だけど、心のどこかでは『誰も傷つけたくない、誰にも死んでほしくない』『誰かに止めてもらいたい、助けて欲しい』とも思ってたんじゃあないかしら。もし本当にメフィラスの言ったとおりあなたが心の底から世の中滅茶苦茶になっていいと思ってたのなら、間違いなく死人が出てたはずだし、わたしだってあのとき間に合っていない。そうとも考えられるんじゃない?」
は、はあ……?
言わんとすることをわかりかねているわたしに、「つまりね、」とミネさんは自身の缶コーヒーを啜りながら言った。
「そうやって踏みとどまって、誰かへ助けを求めることができるあなたは、なんだかんだで常識的な善い人なのよ。そんな善人のあなたなら、たとえ防衛チームじゃなくても上手くやっていけるんじゃないかしらん?」
で、でもわたしは……っ。
思わず言い返しそうになり、わたしはすぐさま口を噤んだ。あれだけのことをやらかして散々怒られたのに、わたしときたら防衛チームへの未練を今も捨てきれていなかったのだ。
だけど、ミネさんはそんなわたしを叱るでも軽蔑するでもなかった。温かく見守るような微かな笑みを浮かべながら、口を開く。
「……あのね、言っとくけど防衛チームの仕事なんて、そんな良いもんでもないよ? かく言うわたしも色々やらかしてるから、ウエメセでどうこう言えるほど偉くも立派でもないし」
やらかしてる? 防衛チームの隊員なのに??
予想だにしない言葉で戸惑うわたしへ、ミネさんは「ええ、そうよ」と肩を竦めながら軽やかに笑う。
「防衛チームの仕事なんて泥臭いだけだし、怪獣や外星人にはいつも出し抜かれるし、その都度ウルトラマンにはお株を取られるし、思い通りにゆくことなんて殆どない。どんなに頑張っても救えない命もあれば、届かない想いもある。そんな世知辛いことばっかりよ」
そう、なんですか……。
「あなた、これから就活するんでしょ? 今からだって遅くないからよくよく考えたらいいと思うよ、あなたが『本当にやりたいこと』は何なのか。それこそが『就活』じゃん?」
わたしの、本当にやりたいこと……。
思わず考え込んでしまうわたしを見ながら、ミネさんは飲み干した缶コーヒーをきちんとゴミ箱に捨てて告げる。
「さて、コーヒータイムは終わり。わたしはそろそろ、お仕事に戻らせてもらうとしましょーかね。年上からの一方的な説教臭い話に付き合ってくれてありがとね、オニタさん」
その最後の別れ際、ミネさんはわたしの肩をぽんぽんと叩いて、こんな風に声をかけてくれたのだった。
「赤の他人のわたしからあなたへしてあげられることなんて、特になんにもないんだけどさ。せめて次はメフィラスみたいな悪魔なんかじゃない、良い御縁に恵まれるように“お祈り”しとくわ。頑張んなさいよ、オニタ=サトミさん。これからは良いことあると良いね」
そうしてわたしは、防衛チームの基地から帰された。前科みたいなものは結局つかなかった。
そしてそれからさらに一ヵ月後、わたしは自身の就職活動を始めた。
ただでさえスタートが遅れた就職活動、しかもここしばらくの昼夜逆転アル中ひきこもり生活で乱れきった自堕落な生活リズムを立て直すのに手間取ったのもあり、最終的には学校卒業後のいわゆる『第二新卒』からのスタートになってしまった。
でも、諦めるのはまだ早い、第二新卒でも雇ってくれる会社はまだまだ沢山ある。防衛チームを目指していた頃のガッツを思い出せば、きっと良い御縁に恵まれるはず……ハローワークのヤングコーナー就活アドバイザーから貰ったそんな言葉を信じて、わたしは就職活動を再スタートした。
志望業界に関しては悩んだけれど、結局防衛軍関連で少しでも近い界隈を狙うことにした。別に『あわよくば今度こそ防衛チームに……』なんて下心で狙ってるわけじゃあない。いや、まあ完膚なきまでにゼロとは言わないけれど、それ以上に他の業界をこれから研究してゆく余裕が無かっただけだ。
昨今の不景気や、就職活動中の空白期間を言い訳するのにてこずったのもあって、わたしの就職活動はなかなかスムーズに通らなかったけれど、なんとか一社、良いところまで漕ぎ着けることが出来た。
そして今は、その面接で呼ばれて企業様へ伺ったところだ。防衛チームへジェットファイターの部品を卸している商社、その営業職だ。控室で待たされたわたしが面接で話すべき内容を頭の中で整理していると、やがてお呼びの声が掛かった。
「お次の方、どうぞ」
はい!
背筋を伸ばし威勢よく返事をして、わたしは緊張しながら面接の部屋へと赴く。今日の面接は、社長と役員相手の最終面接だ。面接に向けた企業研究はちゃんとこなした。今度こそバッチリのはず。
だけど、そこで待っていたのは、企業の求人サイトに載っていた社長と役員だけではなかった。
社長と役員に並んで座っていたのは、立派な身形をした御婦人。
最初、わたしは彼女が何者なのかわからなかった。戸惑うわたしに、その御婦人は微笑みかける。
「……初めまして。そしてお久しぶりですね、オニタ=サトミさん」
……『お久しぶり』ってことは、わたしの知り合いだろうか。けれど『初めまして』とも言っているし、わたしの方はこの御婦人がどこの誰だったのか思い出せない。いったい何者なのだろう。
正体がわからず反応に困っていると、御婦人はこんなことを言い出した。
「先日、街の中で怪獣に襲われたとき、わたしのことを助けてくださった女性がいました。そのときの女性が弊社のグループ企業を志望してくださっていると聞いたもので、無理を言って来させてもらったのですよ。オニタ=サトミさん、あなたはわたしの命の恩人です」
その節はありがとうございました。
そうやって丁重に頭を下げる御婦人を見ているうちに、わたしはようやく思い出した。
「あッ、あなたはあのときの……!?」
この御婦人は、怪獣ギャンゴから危うく踏み潰されそうになっていたお婆さんだ。なんという偶然だろう。あのときわたしが助けたあのお婆さんは、わたしの志望企業の偉い人だったのだ。
そして今、わたしの最終面接の場にいる。
あまりの奇縁でただただ驚くことしかできないわたしに対し、御婦人もとい志望企業の会長さんは「まあ、個人的なことはここまでにして、」と品良くニコニコ笑って告げる。
「さあ、最終面接を始めましょうか」
は、はいっ!
わたしは精一杯に頭を下げる。
「本日は面接のお時間を戴き、ありがとうございますっ! よろしくお願いします……っ!」
……青く美しい地球。
我々人類の
外星人メフィラスは今度、あなたの心に挑戦してくるかもしれないのですから。
高評価と感想、わたしの好きな言葉です。
元ネタ:山本耕史さんメフィラス説
どっちが好き?
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ミネ=アンナ
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シルフィア=バルタニア