三峰結華ってどんな子?
このシンプルな質問に、返ってくる答えは一通りじゃない。
明るい子。
まじめな子。
気難しい子。
気の利く子。
大雑把な子。
繊細な子。
カメラが好きでよく触っている。
ゲームが好きでよくプレイしている。
アニメが好きでよく観ている。
読書が好きでよく読んでいる。
いつも趣味に興じている。
いつも勉強に励んでいる。
派手な格好をしている。
地味な格好をしている。
人が集まると盛り上げ役をしている。
人が集まると突っ込み役をしている。
人が集まると緩衝と調整をしている。
人が集まるとよく振り回されている。
自己主張の激しい子。
自己主張の乏しい子。
それらはすべてがすべて、三峰が一度は言われたことのあることだった。
そのどれにも三峰は自覚があったし、そのどれにもしっくりきていなかった。
一言で三峰を表す言葉を、三峰自身が持ち合わせていなかった。
表裏の激しい女なのだ、などとは言わないまでも、その時や場所、相手によって自身のキャラクターに揺れ幅があることを三峰は知っていた。
でも、それは、誰だってそうだろう。
遊んでいる時の顔と、仕事をしている時の顔は違う。
ライブ会場での顔と、雑誌を探す本屋での顔は違う。
仲のいい友達に対する顔と、教授に対する顔は違う。
化粧をするように、服を選ぶように、人は自分の顔を使い分けているものだ。
ありのままでとか、自分らしくとか、さも美徳であるかのように人は言うけれど、いつもいつでもどんな時でも全くぶれないキャラクターを示し続ける人間がいたとしたら、それは芯が通っているとかいう話ではなく、芯しかない人間だ。もはや人間と呼ぶべきかも怪しいメンタルだ。
演技であってもそれはすさまじいけれど、演技でなくそんなことができるのならば、それはもう、狂気の沙汰ではないかとさえ三峰は思う。愛すべき伴侶と憎むべき怨敵にさえ同じ顔を向けるものがいたとして、それはそれは宗教的にはさぞかし徳の高い慈悲溢れる聖人だろうけれど、三峰としてはそんなものの隣人にはなりたくない。
誰だって芯だとか軸だとかいう物があるような顔をして歩いているけれど、そんなものは時と場合と相手によってぶれぶれにぶれまくるものだ。
だから、三峰だってそうだ。
そうなのだ。
それは普通のことだから、何もおかしくはない。
数の合わないジグソーパズルのように落ち着かない、三峰結華というタイトルのモンタージュを、今日もそうして眺めている。
◆◇◆◇◆
こねている。
こねている。
こねている。
こねて、まとめて、崩して、積んで、何かをつくろうとしていた。
白く、白い。
柔らかく、そして湿っている。
少し硬く、徐々に乾いていく。
緑色の上で、白いやわやわがこねられている。
小さな手。小さな指。小さな少女。
こねている。
こねている。
こねている。
しっかりこねないと、きれいにならないのだと。
しっかりなじまないと、うまくいかないのだと。
ああ。
そうだ。
それは、そうだった。
指に張り付く、ぺたぺたとした感触。
乾いてきて、がさがさと張り付いたそれ。
苛立たし気に指をこすってははがして、塊に混ぜ込んでは、少し水を足す。
それは紙粘土だった。
方眼紙じみて縦横に線の引かれた、濃く鮮やかな緑色の工作版の上で、まっさらな紙粘土が、こねられていた。もうずっと長いことこねていた。
周りの子たちが、形を整え始め、もう作り終えてしまっている子もいる中で、三峰だけがまだ紙粘土をこねていた。
何を作るのって言われても、「うん」と生返事。
まだ作らないのって言われても、「うん」と生返事。
いつまでもいつまでもこねていた。
時間が来てしまうまでずっとこねていた。
だから三峰の紙粘土はなににもならなかった。
怪獣や、動物、お花屋、なんだかよくわからない者たちが並ぶなか、三峰だけなんにもなかった。
本当はお姫様が作りたかったのに。
でも三峰の指では、不器用すぎた。
頭の中には、きれいなお姫様の笑顔があるのに、紙粘土でそれをつくろうとすると、どうしても一緒の笑顔にはならなかった。
これじゃない、こうじゃないって何度も直すうちに、紙粘土はどんどんボロボロになってしまって、もっときれいじゃないとってこね直しているうちに、お姫様の笑顔もだんだんわからなくなっていってしまった。
ぐにゃぐにゃした紙粘土じゃ、うまくかたちをつくれない。
だから三峰の紙粘土はなににもなれなかった。
本当はお姫様が作りたかったのに。
◆◇◆◇◆
意外に思われることもあるけれど、三峰の部屋には立派な本棚がある。そしてもちろん、その棚は本で埋まっている。埋まってしまって、もう入らないので、入りきらない分はカラー・ボックスに詰めて、クローゼットで衣装入れと争っている。
漫画も多いけれど、参考書や実用書も多い。一番多いのは、雑誌だ。薄いけれど、幅と高さがあるので、棚を選ぶときは考えさせられた。
雑誌はその月読むだけで、あとは処分してしまうという人もいるけれど、三峰は購入した分のバックナンバーはすべて保管していた。購入するお金もピンチだったけれど、保管する場所も大ピンチ。
何しろ種類が多い。
ファッションに、カメラ、ゲーム、アニメ、その他諸々、それにもちろん、アイドル。自分でもよくまあ毎月チェックしているなというくらい、三峰の趣味というものは多彩だった。
どれか一本に絞った方がいいだろうことはわかっている。
わかってはいたけれど、じゃあどれに絞ればいいのか三峰にはわからなかった。
棚を埋める雑誌の一冊を手に取り、記事を読むたびに安堵がある。
どんな雑誌にも、それぞれ趣味に対する思い入れとこだわりというものが見て取れる。
趣味なんだから気楽にやればいいという人もいるけれど、むしろ、趣味だからこそ人は大まじめに、真剣に、全力をかけて取り組むものだ。大人気ないほどに、それは必死に。
三峰も、趣味に関してこだわりを語らせたら、長いし、熱いし、うっとうしい。それだけ真剣だからだ。
もっとも、三峰の場合は、趣味に対して真剣だといいよりも、趣味を持っているのだ、こだわりがあるのだということに必死なのだけれど。
雑誌の中のこだわりを読み解き、三峰は学んできた。多くの人がそうであるように、人真似から初めて、趣味を高じていった。そして多くの人はそうではないかもしれないけれど、人真似だけが三峰の趣味を保っていた。
受け売りのこだわりという、美しくももろいガラス細工の器が、曖昧であやふやで、形を保つことのできない三峰を、辛うじて趣味人というカタチに保っていた。
だって、そうだ。
三峰には、こだわりをついに見つけることができなかった。
馴染んでくれば面白くも思う。続けていれば楽しみ方もわかる。
ただ、こだわる理由も、こだわる意味も分からなかった。もっともらしい理屈を文章から抜き出しては、それらしく修飾して吐き出すばかり。自分の頭の中を通って出て言ったはずの言葉さえ、三峰には実感がわかない。
語ることはできる。それは理屈だから。流行も、伝統も、すべては文章に変えられる。
でも、大事なものには形がない。色もない。ともすれば重みさえも感じない。
水素よりも軽いナニカを、それでもここにあるのだと必死になって、ガラスの器を掲げているのが三峰だった。
自分の言葉を探そうとしても、散り散りの単語さえ出てこずに、あえぐようにしてうずくまり、言葉にならない言葉を探していた。探し疲れてしまった。誰かの言葉を重ねるように張り合わせて、ガラスの器は今日も見た目だけはきれいに輝いている。
間違ってはいないと思う。
確かにそこにあるのだと願う。
きっとこの気持ちは本物だと祈る。
でも見えない。
見えない。
なにも見えはしない。
あの日、確かに手の中にあったはずの姿が、もうどこにも見えない。
本当はお姫様が作りたかったのに。
本当にお姫様が作りたかったのに。
いまはもう、お姫様かどうかもわからない。
なかったものにすることさえできずに、私は今日もガラスを積む。
◆◇◆◇◆
他人事みたいに語ったところで、中身のなさは変わりやしない。
綺麗なものが好きだった。
美しいものに憧れた。
でも綺麗って何だろう。
でも美しさって何だろう。
あの日、確かに心の中にあったはずの思いは、形も色も、見えやしない。
取り繕うようにガラスの器を重ねていって、そうして肝心の私自身は相も変わらず空っぽのままだった。
きっと何かになれただろうに。
きっと何かになれたかもしれないのに。
その何かさえ今は見えない。
透明な器はキラキラと輝いて、だけど透き通って何も残らない。
いっそ私自身が透明になってしまえたらいいのに。
そんな投げやりな気持ちを、あの日、拾い上げてくれた人がいた。
それが、そう、プロデューサーだった。
その日は酷い雨だった。
天気予報は見ていたけれど、そんなに降らないでしょって出かけたら、出てきた時には滝のような雨が降っていた。そりゃあ折り畳み傘くらいは持っていたけれど、抱えるようなアイドルグッズを濡らしたくはなくて、せめて少しは弱まらないかなって、ガラス窓越しの雨を眺めてた。
ぼんやりとただ時間を過ごしてた私に、声をかけてくる人がいた。
やあ、アイドルが好きなのかいって。
スーツはそれなり。でもワイシャツは質がいい。腕時計は機能性重視。革靴は履き古してすり減った、でもしっかりしたブランドもの。顔立ちは平凡で、声質は凡庸で、笑顔はこなれている。
大抵の人は、姿を見れば何をしている人なのかわかる。服装や、指先、顔つきや、歩き方。
でもその人は見たことのないカタチをしていた。
急に話しかけられて、でも乗りたくはなる話題で、ぽつりぽつりと返事を返していれば、それとわからないうちに誘導されて、私はすっかり饒舌になっていた。
こだわりってやつを語れば語るほど、私のガラスの器はキラキラと輝いた。分厚いガラスを張り合わせて重ねれば重ねるほどに、私の心は安堵していく。
私の言葉を、プロデューサーは一つ一つ肯定してくれた。それが気持ちよくて、ついつい舌が回り、口は滑る。
本当は言わなくっていいんだ。言わない方がいいんだ。私がどれだけアイドルについて語ったって、それは誰かの借り物に過ぎないんだから。
他のどんな言葉を借りるより、アイドルに関する言葉を借りるのが苦しかった。
キラキラと輝くアイドルが、積み重ねたガラスの器の向こう側に行ってしまいそうだったから。
それでも。
それでも、止められなかった。
私の言葉を聞いてくれるから、じゃない。
私の言葉を認めてくれるから、じゃない。
上っ面の言葉をすり抜けて、私に届く言葉があったからだ。
私の上滑りを聞き流して、プロデューサーはこう言ったんだ。
なあ、三峰結華。君は
ガラスの器の中の、形もなくて色もないものが、それでも、その時、確かに煌めいたんだ。
重ねすぎて向こう側も見えなくなっていたガラスの器の中で、確かに。
その日、三峰結華はアイドルになった。
その日、私はアイドルになった。
ガラスの器は、いまもここにある。