燃えている。
というか燃やされてると言ってもいい気がする。
炎上も炎上、大炎上だった。
しかも二段構えと言うか、消火が済んだと思ったら焼け跡から延焼し始めて、笑えない。
一度目の出火は、まずいミスではあったけど、ボヤ程度だった。
昨夜の生配信中の放送事故。対応も、ちょっとミスった。数秒間、もしかしたら数分間垂れ流された問題映像。
まずいと言えば、もちろんまずい。
でもあちゃーってくらい。
やらかした生配信のアーカイブはものの見事に削除され、アカウントもBANされてしまったけど、まあそうなるなって感じ。
配信を中止した後はドタバタしていたからそうできなかっただけで、いまも動画が残っていたら自分で削除していただろうし、仕方ない。
なにせいわゆるポロリだ。
でも、垢BANはさすがにキツイ。
収益がとか、折角ついてくれたフォロワーがとか、チャンネル登録がとか、まあ、いろいろ? 思わないではなかった。
Pサンが火消しに走ってくれたし、自分でも動画投稿サイトには再審査請求とか出してるし、SNSでも放送事故の謝罪とか、拡散防止のお願いとか、まあ、やれるだけの対処はした。と思う。
配信予定は狂っちゃったけど、早ければ一週間か二週間で凍結は解けるって言う話もあるので、落ち着こう。ここは落ち着いて待とう。
なんてこう、心を、抑えてたんだけど。
「夢見ィ!!」
「ひぇえええぇっ!?」
スマホ片手に怒鳴るPサン。
それに逃げ腰になる放送事故の原因というか主犯。
そしてしんどそうにお腹を押さえるちひろさん。
自分の手の中では、ぴろんぴろんぴろりんとSNSの通知が鳴りやまない。
りあむサンが燃えるのはいつものこととして、自分が巻き添えになってしまったいま、この気持ちを何と名付けたものか、ほんとに誰か教えてほしかった。
◆◇◆◇◆
人間、突然のことには対処できないって言うのは、ほんとらしい。
車が突っ込んできたら横に避ければいいのに、なぜかただ後ずさっちゃったり。
曲がり角で敵が急に出てきたらいったん下がればいいのに、なぜかその場で武器を選択し始めちゃったり。
あと、そう。
生配信中に乱入してきた爆乳が勢いよくぼろんしてしまったらとにかくカメラを止めればいいのに、なぜかおっぱいの方を隠しに行ったり。
「えー、じゃあ今日は、あ、コメありデス、こんばんはー、はいこんばんはー、ということで、はいよろしくデス。あ、背景違う、はい、そうなんデスよ。ちょっと、えー、なんていうんデスかね。友達じゃないし。仕事仲間? デスかね。知り合いの家から配信してます。カメラいつもと違うけど、映り変じゃないかな。はいありがとうございます、大丈夫みたいデスね。家主にも迷惑なんでいつもより静かめでやってい」
「あきらちゃんおっぱい火傷したんだけど!!!! てか乳首! アッツい!!」
「おッ、バッ、出てる!」
「え? あ、ごめんもう配信はじめてた?」
「出てるから!」
「お腹すくかなと思って夜食に餃子焼いてたんだけど、油が跳ねてTシャツにイン、まさかのピンポイントで乳首きちゃってさ」
「しまって! はやく!」
火傷したとかいうりあむさんは、どうしたわけかそのクソみたいな感想を自分に告げに走って来たらしく、乱れに乱れただるんだるんの部屋着Tシャツから火傷部位がこんにちはしていた。
そりゃブラもしてないで走ったらばるんばるんしたんだろうけど、それでセンシティブな部位がまろび出るようなくったくったのだるんだるんに襟ぐり伸び切ったTシャツなら、そりゃ跳ねた油も入り放題だろう。
いや本当に、カメラを、配信の方を止めればいいのに、なぜかそのとき、なぜだか自分は、そんな簡単なことも思いつかず、とにかく隠さねばと自分の体で隠してしまったのだった。
「いやおっ、あの、胸隠して!」
「びっくりするくらいピンポイントで命中してさ、ぼくも驚いちゃって、ほら見てよ」
「いいから隠して!」
「乳首赤くなっちゃってさ、絶対見せようって」
「おっ、がっ、ああああああッ!」
妙なテンションで要らんことをべらべらと続けるデカパイをわしづかみにしてTシャツの下にねじ込み、追い払い、そこでようやく自分は配信しっぱなしのカメラに気づいた。
「ちょ、っとごめんだケド、今日は中止で!」
配信停止は数秒もかからない。慣れたものだ。
なのに、なぜかなぜだか、咄嗟の時にはまったく頭が働かなかった。
開始数分で終了してしまった配信画面を閉じて、ため息をひとつ。
飛び切り大きいのを、一つ。
なんとか乗り切れた(乗り切れてない)っていう安堵のため息と、なんなんだこれっていう疲れと呆れのため息。
全部混じって、ほんとなにこれ。
こめかみをぐりぐりと押さえながら台所に向かってみれば、大炎上、はさすがにしていなかった。
じうじうと音を立てる蓋をされたフライパンの前で、ピンク頭は暢気に鼻歌など歌っていた。
「あれあきらちゃん。配信はいいの?」
「放送事故デスよあんなの。さすがに無理デス」
「えー? 配信って『お母さん入ってこないでよ!』みたいなの定番じゃないの?」
「#キツイ #無理」
「シンプルに刺してくる!!」
ザコメンタルには優しくしろよーうなどとわめくおっぱいに、頭痛さえ感じる。
「りあむサン無防備すぎデショ。全国におっぱい映ったんデスけど」
「えっ!? あれ映ってたの!? うわー、やっちゃった、またPサマに怒られる……」
「怒られるのはいつものこととして、恥ずかしくないんデスか?」
「ええ? いやまあ、ぼくなんかのおっぱいだよ? どうせみんなすぐ忘れるし……うう、言ってて辛くなってきた……やむ……」
やむやむいう割に図太いなこいつ、とは口に出さないでおいたけど、たいがいメンタル太い人ではある。
少しは恥じらいとかないのだろうか。
いくら同性とはいえ、下着もなしでうろついて、そしてぼろんと見せつけられてはさすがに落ち着かない。
そりゃあ、りあむサンの家なんだし、普段通りに楽に過ごしたいってのはわかるけど。
その晩、自分は予定よりも仕事が長引いてしまい、家に帰りつくのはずいぶん遅くなりそうだった。新潟から通うって言うのは、こういうとき少し困る。
慣れてはいるから、帰るだけなら問題なかったけど、今日は動画を生配信する予定だった。
SNSでも、少し前から告知している。
気の早い人たちは、いつでも配信を観れるよう、待機しているかもしれない。
内容はいつも通り、ゲームして雑談してって言う、その程度だけど、でも楽しみにしてくれてるのに、急にキャンセルって言うのはいただけない。
なんて悩んでた時に、じゃあうちに泊まりなよって誘ってくれたのがりあむサンだった。
あんまり使ってないパソコンあるし、機材も事務所にテレワーク用のとかはあるから借りればいいし、少し騒いでも大丈夫だよって。
ご実家住まいデスよね、ご家族はいいんデスかって聞いたら、いまはぼくだけだからってなんかなんでもないみたいに言うから、なんかもにょっとして、それで、じゃあお願いしますって。
そういうことになった。
それで接続やら設定やら済ませて、いざ配信を始めてみればこれだから、全部パァになっちゃったけど。
まあ、やっちゃったものは仕方ない。
取り急ぎSNSで放送事故と、配信の中止のお知らせとお詫びを呟いて、一息。
なんか馬鹿らしくなってきて、途端にお腹が減ってくる。
夜も更けたこの時間に、香ばしいこの匂いは犯罪的過ぎる。
お皿に移された餃子はきれいに円形に並んでくっついて、焼きムラもない。
焼け目はざっくり、中身はジューシーで、味も普通に美味しい。
「りあむサン餃子焼くのだけは手際いいデスよね」
「あれー!? ぼくいちおうアイドルなんだけど!?」
「#炎上アイドル」
「辛辣!!」
まあ、それでも、いちおうつきとはいえ、アイドルを自称できるようになったのは成長だとは思う。
どうにもアイドルに妙に屈折したようなこじれたような理想を持ったりあむサンは、落ちこぼれで救いようがない自分がアイドルをやっているということが認めがたいらしかった。
まあ実際りあむサンはアイドルらしからぬアイドルだし、自分から見てもアイドルっぽくはないけど、それを言ったら自分だって別にアイドルらしいアイドルでもないと思う。
あかりも多分そこは同意してくれるだろう。
というかシンデレラプロジェクトの面々はキャラが濃いので、一部ではシンデレラ一門とか色物扱いされてるとか、いないとか。
「……まあ、正統派色物枠じゃないデスか?」
「そんな清純派AV女優みたいな!」
「そう言う発言がダメなんでしょ」
餃子を無心に食べていると、さっきの騒動も忘れ、忘れ、わす……れられはしないにしても、まあ、なんとかなるかという気もしてくる。
「そう言えば火傷は?」
「え?」
「火傷したって。大丈夫なんデスか?」
「あっ、そうだった! 思い出したらまたじんじんしてきた……」
アホの子かな。などと半眼で見ていたら、りあむサンはおもむろにクソみたいにだぼだぼのTシャツを頭から脱いでしまった。
ぎょっとしている自分を置いて、そのまろび出した胸でシンクに乗り出し、蛇口の水を乳首に当て始める。
ああ、うん、そっか。まあ、そうか。火傷したら冷やすものだ。それは、まあ、そうなるか。
「……もう遅いんじゃないデスか」
「うーん、まあやらないよりは。あ、ほら見て見て」
「いや隠して」
「冷やしたからかな、立ってきた」
餃子を噴き出さなかった自分は、褒められていいと思う。
けらけら笑いながら乳首に流水を当てるりあむサンはほんとバカだと思う。
十分にか不十分にか知らないけど、乳首を冷やし終えたりあむサンは、おっぱいを放り出したままうろついて、どこやったっけとあちこち探しまわる。
自分がなんとも言えず、目のやりどころもなく、もそもそと餃子を口にしていると、ようやく小さなチューブを手に帰ってきた。
何かと聞くまでもなく教えてくれたことには、火傷に効く軟膏なのだそうだった。
「あんまりひどいのは病院行けって話だけどね、軽いのはこれ塗っとくと、跡も全然目立たないんだよね」
「りあむサンそんなに火傷するんデスか?」
「あははー、よく燃えるからねって違うか!」
「なんて笑えない自虐……」
「まあ実際のところさ、ぼく結構お茶とかこぼすんだけどさ」
「不注意が服着て歩いてますもんね」
「辛辣! まあそれでさ、口元からこぼすと真下のおっぱいにかかるじゃん。そーなると張り付いて、熱いからあわてるんだけどそれでなおさらなかなか脱げないで、死ぬほど悶絶するんだよね」
「あー……」
わかります、というには縁のない話だったけど、それでも想像に難くない光景だった。
なんならその勢いで転倒して頭からお茶をひっかぶるのも想像できた。
それはそれとして、向かいに座ってそんなバカ話をしながら、ぼろんとおっぱいを丸出しにしたりあむサンが乳首をコリコリといじっているのを、自分はどんな顔で眺めていたらいいんだろうか。
いやいじってるんじゃなくて軟膏を塗りこんでいるんだって言うのはわかるんだけど、それここでする?
丸出しのおっぱいの、そのふたつがふたつ、無防備に自分の目の前にさらけ出されていた。
テーブルに乗っかるように、というか実際乗っけてる。乗っかるんだって思わずまじまじと見ちゃう。
それを包み込むようにしてぎゅっと持ち上げて、その指先が乳首をこりこりくりくりといじってる。じゃなくて軟膏を塗りこんでる。
冷水で立ったらしいその乳首はなるほど確かにまるいやわやわの真ん中で主張するように立ち上がって、指先でこねくり回されている。
軟膏のせいか、それがやけにてかてかして見えて、なんだか、なんだ。
「あの、りあむサン、隠し、」
「ぼくね、あきらちゃん」
なんでもないような顔して、なんでもないような手つきで乳首に軟膏を塗りこみながら、何でもないような声でりあむサンは呟くように言った。
「ぼくってさ、ダメなやつじゃん。ダメダメなやつじゃん。ガッコーもダメ。友達もいない。家族もさ、いい人たちだよ、いい人たちだからさ、劣等感ごりごり感じさせられるんだ。なにやってもダメだし、長続きもしないし、きれいなものにあこがれるのに、まっすぐ見つめたら眩しすぎて目をそらしちゃうし」
なんだか、いっそ平坦な声で、りあむサンはそんなことを言う。
「だから、アイドルなんて言っても、全然実感ないし、ぼくなんかがアイドルなんて言っちゃいけないと思うし、がんばらなきゃいけないけどがんばりたくないし、意味わかんないんだけど、でも、あきらちゃんやあかりちゃんがさ、一緒に歌って、踊ってくれて、それでちょっとはアイドル頑張れるかもなってさ、なれるかもってさ、思ったり、しちゃったりするじゃん」
ニラとニンニクのかおる湯気の向こうで、おっぱいを放り出して乳首いじってるピンク頭の女は、本当に意味が分からない。
ほんとうに、ほんと、なんなんだこれ。
「でもぼくは、ぼくなんかだからさ、人付き合いとかクソザコだし、甘えるのもクソ下手だし……」
ほんと、その目は、どういう意味なんだって。
「だから、いつも見てるから好きなのかなって、こういうことしか、」
「ッす──、きじゃ、ないし……ッ!?」
「え、いや噛みすぎじゃ」
「ぜんッ、いや、あの全然!? 好きじゃないデスけど!? 見てませんケド!?」
別に、全然、これっぽっちも、おっぱいを見ていたことなんてないんだけど。
そりゃ、まあ、大きいから、自然と、目には入る。でもそれは仕方ない。あんなだるっだるのTシャツ着て、下着付けてんのか不安になるような柔らかいゆさゆさが暴れ回ったら、そりゃ目に入る。
でも違う。
別におっぱいを見ようと思っておっぱいを見ていたわけじゃない。
見たくないわけではそれはまあないにしても、それでもおっぱいを目的としておっぱいを見ていたわけでは全然ない。おっぱいを見ていなかったわけではないけど、おっぱいを見ようとしてたわけじゃない。おっぱいも見てただけだ。
おっぱいじゃない。
おっぱいもだ。
いやそうじゃなくて。
おっぱい。乳首。おっぱい。いや違う。言われたせいか必要以上に意識しちゃうけど、そうじゃない。
自分は、ただ、見てただけだ。
このピンク頭のクソザコメンタルのメンヘラ女が、高すぎる理想とひねくれた人生観で、自分自身を追い詰めるみたいに内臓吐きそうになりながら、それでも転げたままでいないで、ゾンビみたいな足取りでも前に進もうとしてるのを。
夢見りあむを、見てただけだ。
見てしまっていた、だけだ。
目に入って、仕方がなかっただけだ。
その在り様から、その生き様から、目を離せなくなっただけだ。
無様で、格好悪くて、それでも。
なんでか。なんでだか。
見ていたいと、そう思った。だけだ。
「えっと……」
「だから、全然、そう言うのじゃ……!」
「おっぱい嫌いだった?」
「…………ッ!」
そうは。
そうは、言っていない。
そう言ってしまいそうになる自分をこらえて、こらえ、て、
「おっぱい揉む? ってか吸う?」
「夢見ィ!!!!!!!」
◆◇◆◇◆
都合何個目かの夢見りあむ裏アカウントは無事にPサンに発見されて管理されるようになり、あらかたのメディアは削除されてしまった。
それでも炎上というものは恐ろしいものだということを、自分は今度の件で思い知った。
あの放送事故はいまもネットのどこかをさまよっているらしいし、そして、りあむサンが裏垢で流した匂わせ(という名のほぼ証拠写真)もまたネットを流れ続けてしまっているらしい。
ただ、その大炎上の火種をばらまいた犯人のことを、自分は責められない。
その大炎上の火種を作ったのは、他ならない自分だからだった。
「……あきら。九割がたりあむが悪いから、言わないが、その……」
「……わかってるんで」
「お前、趣味悪いな」
「わかってるんで!!!」
いまもネットにその写真は流れているという。
ピースサインで目元だけ隠した、どこからどう見てもあいつでしかないピンク頭の脳足りんが、くっきりと歯形の残ったおっぱいを嬉しそうにさらした写真が。
呆れたような、疲れたような、罵倒したいような、もう放っておいて欲しいような、目を離しておけないような。
こんな気持ちをなんて呼ぶのか、誰か教えて欲しいなんて空に呟いた。
胸をざわつかせるこの騒がしいバカ騒ぎ。
タイトルは、まだ募集中だった。