サッカーというのは過酷な世界である。
生まれついての才能。
上手くなるための環境。
決して膝を付けてはいけない忍耐力。
最後に、絶対に逃さしてはいけない時の運。
これらがかみ合わさる事で、ようやくプロになることが出来る。
それらを加味すれば、俺はかなり不利な方だろう。
才能は無い。
サッカーは最近始めたばかり。
忍耐力はサッカーを始めてようやく身についた。
そして時の運に関してだが……これは一番ない。
何故なら俺がサッカーを始めた頃には周りの奴は既にサッカーに関して言えば熟練者の領域であり、キーパーは手を使ってもいいというルール以外はてんで分からない俺とは比べ物にならない程の実力を持っているからだ。
しかし、俺はサッカーをやめない。
なぜなら、俺にはどうしても叶えたい夢があるから。
諦められない理由があるから。
俺がサッカーを続ける理由……それは
いや待って欲しい。最後まで話を聞いてくれ。
これは俺が高校入学式に出席した時だ。
体育館で行われた新入生の入学を祝うその式典にて、俺は衝撃を受けたのだ。
入学式も終わり、それぞれ教室に戻る際になんとなしに見た保護者席の中にその人はいた。
メチャクチャ美人の年上のお姉さんが。
いやね、正直ビビりましたよ。まさかあんな美人が親戚の羨まけしからん輩が同期にいるとは思わなかった。その衝撃は入学式が終わった後も続いた。
そしてその衝撃を俺はもう一度浴びる事になる。
「なによ豹馬ー、なんだかんだ結構似合ってんじゃん?」
「やめろよ姉ちゃん」
「なーに恥ずかしがってんのよ!しゃんとしなさい!」
入学式が終わり、各々が家族と共に記念撮影に入る中、先程のお姉さんが居るのを発見した。
我ながら気持ち悪いとは思ってる。さっきからエピソードがガチのストーカーである。しかし、恋はハリケーンとは昔の人はよくいったものだ。全くもってその通りである。
その時に俺は話している相手がクラスメイトの千切であると知ったのだ。
そして俺はその勢いのままに千切と同じ部活動に入部し、千切と縁を作ろうとサッカー部に入部したのだ。我ながらキモイ……当然の三軍スタートで始まり、千切は一軍のレギュラーでのスタートになった。
それからは地獄の日々だった。強豪校として名高いらしいウチのサッカー部の練習は三軍だろうが容赦ない。始めて数日はマジで何回吐いたか分からない。
しかし、そのきつさに反して実力は全くと言っていい程上がらなかった。否、上がってはいるのだが他のメンツの成長スピードが速すぎるのだ。
なんせ俺以外の面々は小学生、中学生の頃からサッカー漬けの毎日を送り、熾烈なレギュラーメンバー争いに身を投じているのだ。
そうだ。千切に聞けばいいじゃんと。
サッカーが上手くなる為にも、俺の目的遂行のためにも、その策は最短ルートに近しかった。
俺はその目的のためにも、サッカー部に入部してきたのである。今更、その程度の事は恥じらいも無い。俺はその日の内に千切に話しかけに行った。
「あのー……」
「ん? 誰お前?」
「ダレッ……まぁ知らないよな……」
初見の印象は「改めて思うけど顔が良いな」だった。
よくお嬢だなんだと男子共に茶化されちゃいるが、それも納得するほどに顔が良い。芸能人になってたらいったい何人の女子がガチ恋勢になるか分かったもんじゃない。
そんなイケメンフェイスから繰り出される「誰」は分かってはいたが心に来るものがある。男女関係なく、美人が言うとここまで心に響くものなのだという発見は非常に得難い経験だった。
「で、なんか用?」
「用というか……その、オフェンスについてちょっと教えてくれたらなーって……」
「は?」
いや、分かっているのだ。サッカー強豪校の一軍エースに何を言っているんだと思う気持ちも分かるのだが、一旦話を聞いてほしい。ここで話を切り上げられたら俺の目的達成は困難を極める。
「いや!俺、フォワードなんだけど全然試合に参加出来てなくってさ!だから試合経験もないし、せめて一軍の千切くんに何かアドバイスかなんか聞かせてくれたらなーって思って」
我ながらいい言い訳を思いつけたなと思った。しかし、ここからが問題だった。
「フーン。お前、ディフェンス経験は?」
「え?紅白戦で何回かあるけど」
「じゃ、ちょっとゴール前立って」
「え?え?え?」
「口で説明するより体感した方が早いだろ。んじゃ俺ゴール狙うから、頑張って防げよ」
「いやいやいや、え?」
「よーいスタート」
千切のその言葉と同時にボールはゴールに吸い込まれていった。一瞬過ぎて最早何も言い出せず、唖然としていた。
「んじゃこっからなんか学べよ。あ、後お前がボール片しとけよ」
そう言って去っていく千切の後ろ姿が様になっている事しか、その時の俺には考えられなかった。
その後、俺は千切を追いかけ続けた。
ここで千切との縁が切れてしまうのは非常にまずいので俺も縁が切れないように必死だった。
内心千切に謝罪しながらも、それでも追いかけるのをやめない俺に根負けしたのか、千切も俺との試合を渋々ではあるが、受け入れてくれるようになっていった。
そして俺も本来の目的遂行をいつの間にか忘れて、サッカーの技術が向上している事を楽しみつつあったそんな時だった。
「や、やった!やっと止めたぞ!遂に防いだー!」
俺が千切との勝負に初めて勝ったのだ。
もうそん時の喜び様ったらないね。まじで過去最高に声上げてたと思う。
「マジかよ……」
千切もそん時はすごい驚いてた。俺もまさか千切に勝つとは思ってなかったからなー。止められた側としても驚くのも無理はないだろ。
正直言ってかなり満足して千切との関係無くしそうになってたし。
「今日もありがとうな千切。んじゃあボール片づけて帰……」
「もう一回だ」
「へ?」
「もう一回勝負しろ」
そこから千切との勝負の日々は加速度的に激しくなっていった。どんどんルールが追加されていくのと同時にどんどん千切も強くなっていくので俺も必死だ。
あれ?おかしい。俺何のために千切に歩み寄ったんだっけ?目的を失いつつある気がする。サッカーの技術ばかりが上がって、千切と仲良くなれてはいるがお姉さんとは一切縁が出来ない。進展があったのはチャットアプリのアカウント交換だけである。まさか千切があまり家庭環境とかプライベートの話しないタイプだったとは。結局この一年半くらい何の進展もなかったな。
俺には一人ずっと噛みつき続けるヤツがいる。そいつは愚直で、向こう見ずで、俺以上のサッカー馬鹿だ。
「今日も練習付き合え」
「いや、今日は部活早めに終ったから俺帰りたいんだけど……」
「お前ディフェンスな。今日こそは完勝する」
「話聞けってわがまま野郎。もう勝ち越してんだからいいだろ?」
「あんだけ付き合ってやったてのに勝ち逃げか?」
「……俺がディフェンスね」
こいつが俺の相棒である。こいつとはいつも部活終わりにワンオンワンをやる仲だ。
早めに帰りたいなんて抜かしてるが、この部内でオレ相手に食らいつける選手はこいつくらいだ。
けど、元々はそこまで上手い選手でもなかったがな。
実質俺が育てたみたいなもんだ。
「そこ!」
「うぉっとあぶねぇ!抜かれるとこだった!」
「ち、なんで追いつくんだよ」
「何回かけられたと思ってんだよそのフェイント!」
「そーか……よ!」
「あ!」
「っしゃあ!まず一点!」
俺のフェイントに騙されず食らいつくが、一瞬体の軸がぶれる。そうなったらチャンスタイム。一気に勝負は決まる。俺は得意のコースめがけてシュートを決めた。よし、まずは一勝。
こうなったのはあいつが俺に話しかけたのがきっかけだった。
『あのー……』
『ん? 誰お前?』
『ダレッ……まぁ知らないよな……』
『で、なんか用?』
『用というか……その、オフェンスについてちょっと教えてくれたらなーって……』
『は?』
その時は当然こんなフランクな関係ではなかったし、アイツは部内でも特に弱い方の部類の選手にカウントされてた。
『いや!俺、フォワードなんだけど全然試合に参加出来てなくってさ!だから試合経験もないし、せめて一軍の千切くんに何かアドバイスかなんか聞かせてくれたらなーって思って』
『フーン。お前、ディフェンス経験は?』
『え?紅白戦で何回かあるけど』
『じゃ、ちょっとゴール前立って』
『え?え?え?』
『口で説明するより体感した方が早いだろ。んじゃ俺ゴール狙うから、頑張って防げよ』
『いやいやいや、え?』
『よーいスタート』
そういってあいつは俺にアドバイスを求めてきた。俺はその時教えるのがメンドクサイと感じ、サッカーの時間が削られない様に実戦で適当にあしらう事にした。
『んじゃこっからなんか学べよ。あ、後お前がボール片しとけよ』
そう言っておれはその場を後にした。
そしたら何故かやたらとそいつは絡んでくるようになった。
『千切たのむ!もう一回やらせてくれ!』
『やんねーよ。一々やってられっか』
『一本だけでいいから!』
『ったく、部活終りな』
『分かった!』
『千切!もう一回だけ!今度は防げるはず!』
『前回もやってやったろ。もういい加減諦めろっての』
『前は何とか食らいつけてたろ!だからお前のプレイの改善にもつながるはず……』
『追いついたってあれ反則ギリギリのラフプレイだろうが』
『じゃあ今度はしないから!』
『千切!今度こそ防げるからもう一回!』
『もうお前が来るのを予想できて待ってた俺が憎たらしく思えてきたわ』
『だったらいいだろう!もう一回だけ!』
いつの間にかアイツの圧の強さに負けて俺はあいつの練習に付き合う事が日常になっていった。
いまにして思うとなんだよあの押しの強さ。
『千切ー!もう一回……』
『いいぞ、放課後な』
『だから今回こそ行ける気が……え?今なんて?』
『もう断わるのも面倒だしな。ただし一回だけだぞ』
『あ、ああ!分かった!』
そう言ってあいつとの毎日のワンオンワンが通例になっていった。
そして、ついにその日は訪れた。
『や、やった!やっと止めたぞ!遂に防いだー!』
『……マジかよ』
俺の負け。何日も続けていたが決して起こらなかった敗北は俺に明確な闘争心を植え付けた。
『今日もありがとうな千切。んじゃあボール片づけて帰……』
『もう一回だ』
『へ?』
『もう一回勝負しろ』
今度は俺が躍起になった。そっから攻守交替のルールになったり、3本先取のルールになったりと今の状態に近づいていった。
そう考えるとたった2年足らずでここまで進化するのはトンでもねー奴だ。
「あれ?千切考え事?」
「いんや。それより次攻撃お前な」
そう言って俺は飲んでいたボトルを置く。
正直言うと、コイツが居るから今の俺はまだまだ進化できると感じてる。
こいつはまだ試合に出れてないらしいが、いつかコイツと一緒にフィールドに立ってプレイをしてみたい。けど、そんな事を考えてた矢先だった。
「前十字靭帯断裂ですね。おそらくですが、以前のようなプレーは出来ないかと」
俺の
突然の事だった。普通に休日に自主練をしてたら急に右足に痛みが走って医者に診て貰ったらこの様だ。12年間の俺の人生は一瞬で失われちまった。
「豹馬……」
「姉ちゃん」
俺の怪我が判明した後、俺は虚無感で学校を休んだ。高校からも休むよう言われてたから別にサボりじゃない。けど、今の俺は何に対してもやる気が沸かない。
「なんて言ったらいいのか分かんないけど……どうすんの?」
「なんだよそれ?……分かんね」
大学のカリキュラムがたまたま休みだった姉ちゃんと一緒に自宅にいるが、特に何かするわけでもない。今は何も考えらず、ただリビングでボーっとしていただけだ。サッカーが出来なくなるなんて事考えたことも無い。だから俺は姉ちゃんのそんな純粋な疑問にも答えられなかった。
「あ、そういえば部活のメンバーには伝えたの?ケガの事?」
「伝えてない。多分コーチか監督が伝えるでしょ。別に俺から伝える事なんて……」
「あの子にも?」
「……ッ!」
姉ちゃんの言葉に俺は一瞬口を紡いだ。ずっと俺に挑み続けたあのサッカー馬鹿。アイツにもまだ、ケガの事は伝えていない。
「……別にわざわざ伝える必要も無いし。どうせ今日の部活終わりにでも報告されるだろ」
「……あっそ。あたしとしては、てっきりもう伝えてるもんだと思ってた」
「は?」
なんでそういう結論なるのか分かんなかったけど、姉ちゃんは真っすぐ俺を見ながら言い切った。
「だって豹馬。あの子の事話す時すっごい嬉しそうだったよ。愚痴ばっかり話してたけど、顔は結構嬉しそうだったし」
「…………マジで?」
姉ちゃんの言葉に俺は唖然となる。
マジでか。俺そんな顔してたのかよ、はっず。
「その子とはあたし、会った事ないけど、少なくとも豹馬の事友達程度には思ってるんじゃない?」
「…………」
姉ちゃんの言葉に証拠はない。全部推測だ。
けど、なんとなくそう思える気がした。
「!?」
「あ、電話」
突然俺のスマホが鳴る。おかしい。今はまだ高校は昼休みの筈……まだ連絡行ってないだろ?画面を見てみるとそこには慣れ親しんだ名前が表示されていた。
「アイツかよ」
「出ないの?」
「俺特に用事ないし」
「向こうがあるから電話かけてきたんでしょ?それ」
「あ!」
電話に出ない様子に痺れを切らして、姉ちゃんが無理矢理電話に応答する。
『あ、つながった。おーい千切ー。お前どうした?学校休むなんて健康優良児のお前らしくねーじゃん』
「いや、ちょっと色々あってな。っていうかわざわざそのためだけに電話してきたのか?」
『昼休みにお前見つけないと落ち着かなくなっちゃってさー。んでお前探しに行ったら教室にいなかったし、クラスメイトに聞いたら休みだって聞いたからさ。珍しいと思って電話した』
「チャットで良くね?」
『お前チャット返さないじゃん。だったらウザったいくらい電話した方が確実だろ』
「まさか出るまで電話する気だったのか?」
『お前いないと暇だし』
その一言に俺は笑いそうになった。そういえばこいつはそういう奴だった。自分が実現させたい事に関しては一切手を抜かず、こっちが折れるまで愚直に挑み続ける自己中野郎だった。
「さみしい奴だな。俺以外に飯食う奴いねーのかよ?」
『いーだろ別に』
「んじゃもう切るぞ」
『いや、まだ休んだ理由聞いてねーぞ』
「コーチにも伝えてあるし、後で聞けるだろうが」
『……じゃあ今は聞かないどいてやるけどよ、サッカーやめる訳じゃねーよな?』
「!!」
なんでこいつはこういう時に勘がいいんだよ!!
俺は咄嗟に電話を切った。これ以上話してたら不味い気がして。
「あ!何で切ったのよ!」
「悪ぃ姉ちゃん。ちょっと寝る」
「……豹馬?」
俺は逃げる様に自室に帰った。
もうサッカーは出来ない現実に対して逃げたのか。
あいつの問いかけに対して逃げたのかは俺にも分からない。
その子の事を知ったのは豹馬が高校に入学して数ヶ月後の事だった。
「ねぇ豹馬。今日のサッカーどうだった?」
「特にいう事なんて無いけど……あ、一個あった」
「え?何何々!?遂に彼女が出来たとか?」
「ちがう。俺にアドバイスくれって変わったやつがいた」
千切から同級生の話題が出るなんて事は珍しくて、その時の事はよく覚えてる。
「アドバイス?」
「うん。名前知らないから多分2軍か3軍の奴」
「教えてあげたの?」
「時間の無駄だから適当にあしらった」
「容赦ないねー相変わらず」
まぁ、千切からへの印象はそこまでいいものでもなかったけど。
けど、話はそこで終わらなかった。
「はー、ただいま」
「お帰り。あ、その顔はまたあの子?」
「相変わらずしつこいんだよなあいつ」
「でもかまってあげてんじゃん」
「そうしないと余計時間とられて面倒くさいだけ」
いつからか毎日豹馬からあの子の話を聞くようになった。そうしてる内に段々と豹馬から聞く話も鮮明になっていく。
「最近よく俺に食らいつくようになったんだよな。アイツ」
「へーすごいじゃん。いつかやられるんじゃない?」
「俺より全然下手けどな」
「あれ?どうしたの?いつもよりテンション低いじゃん」
「抜かれた……」
「え?嘘!負けたの!?」
「負けてねぇ。その後きっちり全抜きしたし」
「あれ?一本勝負じゃなかったっけ?」
「今日から三本先取になった」
「うーわ。今日もドロドロね」
「クッソ。思った以上に粘られた」
「早くお風呂入ったら?」
「あん時のフェイントなんで見抜かれたんだ?ひょっとして癖になってんのか?それともなんか予兆でも見えてんのか?次はもっと別の方法にしないとヤバそうだな」
「って聞いてないし」
豹馬自身は気づいてないだろうけど、あの子は豹馬にとって豹馬が思ってる以上に大きな存在になっている。昔はサッカーだけにしか興味が無かった豹馬があんなに他人の話をするようになったのだ。そう思わない理由はない。
だからこそ、期待してしまう。
顔も知らないあの子が、夢に向き合え切れない豹馬の背中を押してくれることを。
「……強化指定選手?なんで三軍の俺に?」
千切のお姉さんに一目惚れして衝動的に描いた作品