プロ棋士の桐山くんは伊地知姉妹に拾われました   作:あまざらし

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『ぼっち・ざ・ろっく!』アニメ視聴”のみ”の方へ。
アニメ以降に登場する新キャラが出るので注意です。
ただ展開バレにはならないので、キャラバレを気にされる方のみ注意になるかと…


12話 誕生日

 後藤家に行った翌週。

 5月も間もなく終わり、過ごしやすい季節の短さを感じる。

 

「今週の日曜日ですか?」

「そう、桐山って予定空いてるの?」

「はい。その日の対局は無いです」

 

 学校から帰り、伊地知家の夕食の支度中。

 星歌さんが珍しく、突然ボクの予定を確認してきた。

 虹夏さんが席を外したタイミングを見計らってなのは、何か理由はあるのだろうか。

 

「今週の日曜、虹夏の誕生日なんだよ」

「え?」

 

 小さな声でボクに告げる星歌さん。

 知らなかった。

 妙に最近、星歌さんがコソコソしていたのはこの件が関係していたのか。

 ボクは不可解だった謎が一つ解けた。

 

「その日に何かお祝いするのでしょうか」

「そう”サプライズ”だ。だから桐山。日曜は虹夏を連れ出して、どこかで時間を潰してくれないか?」

 

 したり顔の星歌さん。

 どうやらボクは責任重大なミッションを任されてしまったらしい。

 

「わかりました。任せて下さい!」

 ボクは”喜多ちゃん”のように意気込む。

 その時の上機嫌な星歌さんが印象的だった。

 

 しかし次の日の下校中。

 今週の日曜日の予定を虹夏さんに確認すると、

 

「零くん、お姉ちゃんに頼まれたでしょ」

「え? ……一体、何のことでしょう」

 

 ジトーっとした目つきでボクを怪しむ虹夏さん。

 内心ドキッっとしながら、ボクははぐらかす。

 

「お姉ちゃんずっとソワソワしてるよね。お姉ちゃんがいくらサプライズ好きでも、あんなバレバレだとねぇー。私、今週ずっと知らないフリしててあげないと……」

 

 星歌さん。

 ごめんなさい。多分、もう全て虹夏さんにバレてます。

 

「そうだっ! じゃあその日にさ、アキバにあるドラム専門店に行ってみたいんだー。いいかな?」

「あ、はい」

 ボクはまるで”ひとりちゃん”のように、ただただ同意する。

 そして虹夏さんは、

「お店に気に入ったのあったら、誕生日プレゼント期待しちゃうね!」

 という言葉を付け加えるのだった。

 

 虹夏さん、ドラムが欲しいのかな?

 思えば虹夏さんの家には、ドラムが無かったはずだ。

 一度、伊地知家の部屋を案内してくれたことがある。その時も彼女の部屋には、ドラムは無くて、リョウさんの私物ばかりだったし……。

 将棋盤と違って大きくて嵩張るからだろうか。

 

 ドラムの値段ってどれくらいなのだろう。

 相場を調べると、ピンキリで、高いものだと少なくとも数十万はしそうだ。種類も生ドラムや電子ドラムだったり豊富で、詳しいことまでは調査しきれず。

 ボクは少し身構えつつ、当日までに備えておくことにした。

 

 そして当日まで楽しそうにサプライズ計画している星歌さんに、ボクは最後まで何も言うことは出来なかったんだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

(Side: 佐藤愛子(23歳))

 

 私はフリーライターの”ぽいずん♥やみ 17歳”。

 音楽を専門としたフリーライター、と言えば聞こえはいいが、実態はしょーもない三文記事ばかりがメインのしがないライター業だ。

 

 出来るなら私だって一流誌で今をときめくアーティスト特集したいわ! 

 

「佐藤さんー。ちょっとお客様見てもらっていい?」

「はぁい~、いまぁ行きます~」

 

 そんなわけで私は今、接客のアルバイト中だ。

 とてもじゃないがライター業だけで生活することは出来ない。

 

 秋葉原にあるドラム専門店。

 ドラム機材の品揃え豊富なこのお店で私はアルバイトしている。

 

 専門店だけあってプライベートで来店するドラマーも多い。

 ふふふ、偶然を装って人気バンドのドラマーに接触して、交流を深めて、ライター業でもそろそろ花を咲かせたいところだ。

 

 だがこれが難しい。

 ここ数ヶ月のアルバイトは空振りの連続だ。

 

 プライベートだと相手が警戒してるのもあるし。

 彼らにも既に信頼している慣れ親しんだ店員がいたりする。

 

 見た目は女子高生、いや”女子中学生”と言っても過言ではない私。

 だが店員としては些か、その幼い容姿は不安に見えるのかもしれない。

 

 くっ……

 この若すぎる美貌がまさか仇となるとは。

 

 だが、私は諦めたりはしない。

 一流ライター目指して、今日も粉骨砕身! 

 努力は報われるのだ。

 

 そう意気込んで、さてさて今日のお客は誰でしょうか? 

 と呼び出しのフロアに出向くと、

 

「店員さん? ですよねっ! このドラムスティックの感覚を試したいのですがー」

「どうぞどうぞ、こちらでお試しくださいー」

 

 待ち構えていた客は、高校生と思われる男女の二人。

 

 客は少女の方か。

 金髪で可愛らしい容姿。首元に目立つ赤い大きなリボン。

 明るい雰囲気で、人懐っこさを感じる少女は誰からも好かれそうだ。

 

 そして眼鏡を掛けた少年の方に目を向けると、

 中性的で整った顔立ち。

 大人しく真面目そうで、そしてどこか慣れない店に来て、あたふたと戸惑っている様子。

 

 なるほど彼氏は音楽の専門外か……。

 って、

 ここはデートスポットじゃねーぞっ! 

 

 私は内心で毒づきつつ。

 今日もハズレか……と気落ちする。

 ほどほどにオススメの商品買わせて、今日は帰ろう。

 

 それにこの二人は私の何かを……失われた青春を刺激する。

 

 でもあれ? この男の子。

 どこかで見たことがあるような……。

 

 少女が試しにスネアを何回か叩く。

 そして彼女は少し力を入れ、8ビートの基本的なリズムを刻む。

 

 へぇ。学生にしては良い勘してんじゃん。

 私はちょっと軽んじていた少女の評価を改めた。

 

 初心者のドラム捌きではない。

 むしろ若さにしては、実直にドラムに取り組んだ姿勢が見られたからだ。

 

「零くん! どうかな?」

「うん、すごい上手だけど、音の善し悪しはボクは詳しくないから……。スティックにも叩きやすさとかあるのかな?」

 

 ”零”と呼ばれた少年は、少女の演奏を大切な家族を見守るような、優しい目で見つめていた。

 

 

 零って、もしかして……。

『桐山零』

 

 桐山”きゅん”!? 

 

 プロ棋士の桐山きゅん! 

 なんで彼が”こんな”店にいる! 

 

 彼は、最近もすごく話題になっていたし。

 以前から、畑じゃない私でも顔と名前くらいは知っているくらいだ。

 

 ”桐山きゅん”は将棋抜きでも容姿も悪くないし、何より知的なイメージがあるから。

 若い世代や、その子や孫を持つ将棋ファンにも受けが良さそうだった。

 あとは何故か過激なファンが彼のことを”桐山きゅん”って、呼んでるくらいか。

 

 あれは一体、何目線なのか謎なんだけど……。

 でもそっちの呼び方がカワイイから、私も”桐山きゅん”って呼ぶから! えへへっ 

 

 私は別に将棋に詳しくない。

 だが”音楽”というのは、ごく当たり前に溢れているものだから。

 ライターとして、私は一般常識や日々のニュースをジャンル問わず出来る限り追うようにしている。そういう地道な所から、道が開けることもあると信じて。

 

 それにしても。

 もしかして私ってば、とんでもない”特大スクープ”現場を目撃してるのでは? 

 

『将棋界の期待の星に、熱愛発覚!?』

 

 電車の吊り革に某スキャンダル雑誌が喜々として掲載するシーンが目に浮かんだ。

 

 いや、まだ分からない。

 とりあえず探りますか……。

 

「あのぉ~、今使われているメーカーの新作が最近出まして。そちらと~ても評判良くてっ。お試ししてみますか~?」

「え、気になります!」

「はいっ、ではお持ちしますねぇ~ 彼女さん羨ましいですね♪ 今日は素敵な彼氏さんのプレゼントですかね?」

 

「えっ、あははー……彼氏ってそんな!? 仲のいい友達ですよー」

 一瞬呆気に取られ、すぐ頬を赤らめ照れた表情をする女の子。

 

 ほう……この感触。

 ”まだ”付き合ってはないのか? 

 

「えっそうなんですかぁ。でも残念です。今カップル割があって~、カップルの方限定でドラム関連商品が1割引きなんですけどぉ~」

 

 勿論そんなわけはない。

 大体なんだよ、”カップル割”って……。

 だが意地でも何か引き出さなければという、私のライターとしての使命感。

 ここは自腹も辞さない覚悟だ。

 

 桐山きゅんの恋愛事情とか、そこらの一般誌だって放って置かないぞ。

 

 目の前の二人。君たちのことだよ!? 

 もっと警戒してよ? 

 ”ほんわか”とした雰囲気で、私の気も知らず二人はヒソヒソと相談している。

 

「虹夏さん、別に割引くらい……今日はボクが払うんだし」

「だ、ダメだよ零くん! お金は大切にしないと。今は何かと高くなってるし。割引分で卵のパックも買えるんだから!」

 

 うん。聞こえてるんだよなぁ~。

 それにしても妙に所帯じみてるな、この虹夏ちゃんという女の子。

 ドラマーだから破天荒な子かと思ったけれど。

 先程の会話からもお金には堅実な性格を感じさせた。

 

 いや悪くない。

 こういう子なら悪くないぞ、桐山きゅん。

 というか私も養ってくれないかな……。

 

「あ、あの、やっぱりカップル割……使います!」

 恥ずかしそうな虹夏ちゃんを見て、私はからかいたくなった。

 

「あっ、やっぱり! お似合いなのでそうかなぁ~って。彼女さん恥ずかしかったんですかね。ねぇ彼氏さん」

「あ、はい」

 

 一方の桐山きゅんは、初めは緊張感が顔に出るも、どこか不思議そうな表情に変わる。

 やばっ、嘘がバレたか……。

 だが彼は続けざまに、予想外の衝撃発言をする。

 

「でも虹夏さん。このスティックだと高いやつでも5000円くらいだよ。今日ってドラムを買うんじゃないの?」

 

 えっ、ちょっと待って……聞いてないんですけどぉ~!! 

 はっ、桐山きゅんって絶対、お金持ちだよね。

 マズイ……。この子たち高校生だからって侮っていたけど。

 桐山きゅんは”ただの”高校生じゃない。

 

 あれ? この子、もしかして私より稼いでるのでは? 

 全然ある……。

 

 き、桐山きゅん?

 まだ彼女じゃないなら高級品買うわけじゃないよね、そうだよね? 

 50万とか言わないよね。私が一割負担とか破産しちゃいますから~。

 せめてエントリーモデルで頼むっ! 

 私は軽率な自分の行動を既に後悔していた。

 

「ドラム? 買わないよ? 零くんは知らないだろうけど、ドラムって結構高いし、それに扱いも大変なんだよっ!」

 

 あっぶねぇ~~。

 たらりと冷や汗が流れ、そして私は心の中で歓喜していた。

 ありがとう虹夏ちゃん! 君はなんてかわいい”天使”なのっ! 

 もう君たち付き合っちゃえ! お姉さん許しちゃうぞっ。あ、私はまだ17歳だけどね。

 

 だが彼女のその天使っぷりは、とどまる事を知らない。

 

「それにさ、折角なら次のライブに使える物。零くんにプレゼントして欲しいなって!」

 

 虹夏ちゃんは少しはにかんだ後、満面の笑みを桐山きゅんに見せていて。

 彼も一拍置いて、今日一番の温かな微笑みを彼女に返す。

 

 その瞬間、私は見てはいけないモノを見てしまった気がして。

 

 えっ? これで付き合ってないの? 

 本当に!? 

 私は疑うように二人を交互に見比べる。

 

 だがどこか二人には学生特有の甘酸っぱさよりは、妙な信頼関係を築いているように思えて。最初感じた嫉妬の海に溺れることはなかったのだった。

 

「そうでした! 割引の適応のため撮影協力だけお願いします~」

 

 虚言を吐いてツーショット写真を撮影したはいい。

 でも画面に写る桐山きゅんと天使な虹夏ちゃんが悲しむ姿を思い浮かべては、結局何も行動出来ず。

 

 本日の成果は300円を失い、そしてお会計の後、虹夏ちゃんに音楽ライター”ぽいずん♥やみ”の顔を紹介して名刺を忍ばせただけだ。

 虹夏ちゃんは下北の『STARRY』でバンド活動をしていて、名前は”結束バンド”だったかな。

 無名も無名だった。成果無し……。

 

 それしても危ういなぁ、あの子たち。

 

 私の杞憂に終わればいいと願う。

 

 彼らのあんな不用心で無防備な行動が、いつか仇になってしまわぬようにと。




桐山きゅん!
虹夏ちゃんの誕生日は5月29日。

通称『14歳さん』がまだ17歳だった頃。虹夏ちゃんも17歳になる。

次の話で煮詰まってるので、割りと好き勝手書いたこの話はもうズバッと投稿しちゃいます。

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