プロ棋士の桐山くんは伊地知姉妹に拾われました   作:あまざらし

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15話 チケット

 順位戦の初戦が終わり7月。本格的な夏を迎える。

 

 学校では1学期末テストが開始され、クラスメイトの何人かは切迫した緊張感を漂わせていた。

 高校2年生の僕たちは進路の選択に迫られる時期で。今回の試験は大学への推薦に影響するから。

 推薦を考えている生徒にとっては数ある期末試験の一つと言えど、今回も手は抜けないのだと思う。

 

 一方のボクや虹夏さんも、ここ数週間は悪戦苦闘していた。

 ”リョウさん”のテスト対策に。

 

「リョウは一夜漬けタイプだから……」

 試験前、困り顔の虹夏さんの横で、ひたすら勉強に明け暮れたリョウさん。

 暗記系は覚える範囲が狭いからなんとかなった。でも、それ以外が一苦労で。

 数学は学び直す範囲を中学から精査して、なんとか対策はしたもののそれでも不安だった……。

 

 ただ、そんな不安も時間共に薄らぎ、本日はテスト最終日。

 

 リョウさん、赤点回避出来ていればいいのだけど。

 最後のテスト科目、英語の試験中にそんなことを考えながら、無情にも無機質なチャイムは鳴るのだった。

 

「はい、じゃあ後ろから集めてー」

 答案も回収され、これにて僕たちの期末試験は無事終了、

「桐山! 悪いがちょっと来てくれ!」……とはならず。

 

「は、はい!」

 ボクはすぐに教卓に向かい、

「すまんが来週の対局の予定日を教えてくれ」

 先生に来週の空いている日程を共有する。

 

 一方、周りの生徒たちは、明日からテスト休み期間になるからか既に解放感に満ちていた。

 明日以降は終業式のみ残っているけれど、生徒は基本的に登校不要の期間になる。

 つまり生徒の皆は夏休み開始に等しい状況だった。

 

 でも、ボクだけは来週も学校に登校する必要があって、その日程調整をしていた。

 ボクみたいに出席日数の危うい生徒は補填する目的で登校するからだ。

 

 これは仕方ないことだし、感謝すべきこと。

 先生の計らいに感謝しつつ、でも一人だけ仲間外れになってしまったような、そんな寂しさが押し寄せるのだった。

 

 

 そして、終業式を明日に控えたテスト休み期間の最終日。

「零、おはよう」

「え? おはようございます、リョウさん」

 教室に入ると、なぜかリョウさんが登校していた。

 

「ダメだった」

 ボクの疑問を解消するように、数学の赤点の答案をやり切った表情で見せつけるリョウさん。どうやらボクと同様に、彼女も今日招集されてしまったらしい。

 

 虹夏さん、やっぱりダメだったらしいです。

 試験初日だったのが厳しかったのかな。

 せめて後一日あれば……。

 

 補習の予定時刻になり、先生から今日の課題を説明される。

 その後、残された僕たち二人は、教室で贅沢に冷房を効かせながら、無言で数学の課題に黙々と取り組んでいた。

 

「終わった」

「え、もう?」

 

 数十分で課題を埋めたリョウさん。

 は、速い! 

 まだボクも半分しか解いてないのに。

 

 そして、その答案を眺めると、

「ぜ、全部正解してる!?」

「ふっ余裕。私、東大目指そうかな」

 

 少し目を離した隙にいつの間に”合格ハチマキ”を額に巻いているリョウさん。

 彼女に一体何が!? 

 学力が先週より段違いに上昇している。

 

 リョウさんって、もしかして天才? 

 

「そうだ、零」

「あ、はい」

「夏休みってさ、いつもより仕事は暇なの?」

 驚くボクを無視して、突然、勉強から話題が逸れる。

 

 学校がない分、確かにボクは暇だと思う。

 ただ今月は将棋の勉強に集中したかったから。

 

「今月末に大事な対局があって。ただその分、来月は余裕あると思います」

「そう、じゃあ来月にさ。私の家に来てくれない?」

 

 淡々とした口調で、突拍子もない提案をするリョウさん。

 数秒の沈黙の後、驚きながらもボクは来月、リョウさんの家に伺う約束をした。

 

 でも……

 その時の、何故かリョウさんの気の進まない様子が印象的だった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 夏休みになり、結束バンドは次のライブに向けて熱心に活動しているみたいだ。

 そして今日はボクもある計画を実行に移すため、みんなと久々に『STARRY』に来ていた。

 

「チケットを買いたい?」

「はい。ボクも結束バンドが参加する日の”売り込み”をやりたいので!」

 

 ボクが星歌さんに迫ると、珍しく星歌さんはたじろいでいる。

 でも結束バンドに貢献するため、ひいては”虹夏さんの夢”に貢献するため。

 自分でも出来そうなことから行動しないと。

 ボクは販売計画を全力でシミュレートしていた。

 

「ええっ! れ、零くん。む、無理はしなくていいんだよ? その、ライブに来てくれるだけで嬉しいんだからさ」

「いえ虹夏さん、微力ですが結束バンドのファン拡大に繋がると思うので!」

 

 不安そうな虹夏さんだが、安心してもらえるようにボクは説得する。

 それでも、どこか言い出し辛そうにしている虹夏さん。

 あっ、確かに普段のボクの学校生活を間近で見てると不安だろうけど。

 

 ボクは学校で”売り込み”するつもりはなかった。

 学生は金銭面では心もとないだろうし。それにもう下北沢高校では虹夏さんがある程度、友達にチケットを渡しているはずだ。リョウさんも多分同じだと思う。

 

 一方のボクは今の学校でも、悲しいほど友達は少ないから。

 唯一、会話する仲の後藤くんにライブ当日の予定を事前に確認したんだけど。

 彼も”部活”や”甲子園”と被るから厳しいって言ってたから。残念だけどやはり学校での販促はイマイチだ。

 

 でもね、虹夏さん。

 ボクはもう一つの”棋士”という職業があるんだ。

 

 もし将棋会館で毎日宣伝すれば、興味を持ってくれた人がチケットを購入してくれるかもしれない。

 それに一人はほぼ確定で来てくれる算段もあるし。脳裏に赤い眼鏡を掛けた、親切な先輩棋士の顔が思い浮かぶ。

 

「で、何枚欲しいんだ? 桐山」

 在籍する棋士は100人以上いて、半分売れたら最低50枚か。

 でも年齢層を考えると、半分は厳しいな。10人来てくれたら良い方かな。

 ただ会館に足を運ぶお客さんや将棋関係者もいるだろうし……。

 

「まず30枚くらいから……」

 

 ボクはライブハウスのチケット販売システムについてはある程度、調査していた。

 ノルマ以上売れたら、その売上の一部をバンドへ支払うのが基本らしいから。

 詳しいレートは星歌さんや虹夏さんと相談する必要があるけど。

 ボクがチケットを売るほど、結束バンドにはプラスになるはず。

 

 ひとまずチケットを買い取るため、ボクは財布から5万円を取り出す。

 

「30枚!? お、おいっ桐山! お前いったい何をやらかすつもりなんだ?」

 

 驚きあまり星歌さんの目が点になっていた。

 あれ、なんでそんなに驚いてるんだろう。

 

「だいたい箱のキャパってのがあるんだから……仕方ないな、はいこれ」

「えっ、5枚だけですか?」

 

 星歌さんが渡してくれたチケットの枚数は、ボクの要求よりかなり少ない。

 

「ひとまず桐山が信頼してる人にチケット渡しなよ。チケットにも限りがあるんだからさ」

「は、はい」

 

 あ、そうか。

『STARRY』のお客さんは多くて200人程度だ。

 もしかしたらチケットはもうある程度捌けてしまっているのかも。

 

 ああ、なんでボクはこんな初歩的なミスをしているんだ……。

 

 それでも5枚は少ない気がしたけど。

 でも渡されたチケットが少ないのも星歌さんのことだし、きっと何か意図があるのだろう。まずはここから信頼を勝ち取れってことなのかな。

 

「ま、頑張りなよ」

「はい、ありがとうございます星歌さん。頑張ります!」

 

 そしてボクが意気揚々とチケットを受け取った直後。

 僕たちの話を聞いていたのだろうか。

 

 ゴミ箱から飛び出したひとりちゃんが、猛ダッシュでこちらに急接近して、

「れ、零さん。あのその、チケットなら私のがあるので! よ、よかったらコチラをどうぞっ!」

 その勢いのまま90度にお辞儀してチケットをボクに差し出す。

 

「ぼっちちゃん! ダメだったら皆で協力するからさ。ぼっちちゃんも時間まだ残ってるし、もうちょっと頑張ろうよ……ねっ?」

 でも側にいた虹夏さんにすぐ待ったをかけられ、

 

「あ、あ、あ……」

「い、伊地知先輩っ。後藤さんが倒れて灰に!」

 そのまま突っ伏すように倒れ込み、即座に灰になるひとりちゃん。

 どうやら幾らボクが頑張ろうと、ひとりちゃんのチケットノルマが消えることはないらしい。

 ご、ごめんね。ひとりちゃん。

 

「ちっ、やはりダメか」

 手品のように右手で数枚のチケットを扇状に広げるリョウさん。

 どうやらリョウさんも同じ手を狙っていたらしかった。

 

 チケット販売ってもしかして思ったより大変なのかな? 

 皆の様子にボクは少し焦るのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、ボクは虹夏さんたちと顔を合わせる機会は極端に少なくなった。

 

 獅子王戦で重要な対局が待っていたから。

 7月最後の日、ボクは獅子王戦で島田八段との対局を控えていた。

 ボクがあの反則で負けた対局相手の島田八段との再戦が。

 

「どうしても全力で挑みたい対局があるんです」

 ボクは虹夏さんと星歌さんにそう告げ、7月後半は自室でひたすら島田さんの棋譜で研究していた。

 

 今日も気づけば研究開始から10時間が経過していて、もう外も暗い。

 まともなご飯をまだ今日は何も食べていなかったので、流石にお腹が空いたボクは、お手軽なインスタント食品でエネルギーを摂取する。

 

 部屋で食べるインスタントが、こんなにも味気ないなんて。

 無くしてから気づくことが有るって言うけども。

 

 この数ヶ月、当たり前のように食卓に並んでいたあの温かな夕飯。

 やっぱりあれはボクにとって異端な事だったんだと思い知らされる。

 

 それに最近のボクは島田さんの研究を優先していたからだろうか。

 ボクは2日前、公式対局で久々に敗れた。

 

 でもボクはどうしても次の島田さんとの対局は全力で戦いたくて。

 今日も対島田さんの研究に明け暮れる。

 ご飯も食べ終え再び将棋の研究に戻ろうとした、そんな時。

 スマホからロイン通話が通知される。

 

「どうした二海堂」

「私の”心友”が負けたと聞いてな。最近、調子はどうだ桐山」

 

 どうやらボクが負けたことに対する状況確認らしい。

「べ、別に対局で負けることくらいあるだろ……」

 

 ボクが負けた日の対局相手は辻井九段。

 それも”いい日の辻井さん”に吹き飛ばされ、ボクは呆気なく負けたのだった。

 

「ところで二海堂。最近のお前、調子良いみたいだな」

「おっなんだなんだ知っていたのか! オマエもやっと”心友”らしくなったじゃないか。実はこの所、治療を変えてすこぶる健康でな。新人王戦も、このまま突き進んでオマエとも再戦するだろうから覚悟しとけよ」

「いやいや、別に”心友”なんて認めてないから。たまたま結果知ってただけですから!」

 

 新人王戦。確か二海堂とは、お互い勝ち進めば準決勝で対局する予定。

 でもそっか、二海堂、体調良くなったのか。

 彼の元気そうな声を聞いて、どこかボクは安心していた。

 

 ”ひとまず桐山が信頼してる人にチケット渡しなよ”

 

 そして、なぜか星歌さんの言葉を思い出す。

 チケットを渡す相手は島田さんとの対局の後に探そうと思っていたのに。

 急にあの時の星歌さんとの会話を思い出す自分に少し驚いていた。

 

「どうした桐山?」

「いやその……。話変わるんだけど二海堂って、音楽のライブとか興味ある?」

「ライブ? 確かに急だな。うむ、コンサートなら国内のおおよそ有名所は、爺やと共に鑑賞したことがあるぞ!」

 

 それ多分クラシックなやつだよね二海堂……。

 なんちゃら交響楽団的な。

 

「えっとロックバンドのライブなんだ。会場も200人程度の比較的狭い場所なんだけど。今度、そこで知り合いがライブやるんだよ。代金はいいからさ。体調に問題なくて興味あるなら二海堂も、一緒にどうかなと思って」

「おいオマエまさかこの前負けたの。そのバンドに熱上げてるからとかじゃ無いだろうな」

「なっ、ち、違うよ」

 

 ボクは少しドキリとしたけど。

 でもあの日の敗北は、”いい日の辻井さん”の好手にひたすら翻弄されて負けたというのが正しい。まだまだボクも研究不足だ。

 

「なんだ桐山、予想外に怪しいな? まっ、俺も棋譜を確認したけど、”あの調子のいい辻井さん”相手は流石に酷だったな……。分かった、じゃあこうしようじゃないか! 次の兄者との対局。オマエが兄者に見事勝利したなら、そのライブとやらに”参加”してやろうじゃないか。爺やと共にな!」

 

 驚くほどの好条件を二海堂が提示してくる。

 

「ほう言ったな二海堂。”二言はなし”だからな」

 

 今、研究に注力している島田さん相手に勝てたなら、チケット2枚も捌くことができる。

 そして二海堂、ついでにお前も結束バンドの”ファン”になってもらおうじゃないか。

 乗らない手はボクには無かった。

 

「それと桐山、もし負けたら今度お前の家で一日中『VS』だからな」

「ああ、いくらでもやってやるよ二海堂。じゃあボクは研究するから、またな」

「あっ! 待て桐山ァ! ホントに兄者に勝てると思って……」

 

 ボクは通話を切る。

 まぁ、重要な連絡ならきっとまた来るだろうし。

 そのうち将棋連盟で会ったときにでも聞けばいい。

 

 ”絶対、勝とう”

 

 ボクは決意を新たに研究に戻るのだった。

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