プロ棋士の桐山くんは伊地知姉妹に拾われました   作:あまざらし

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17話 リョウの家

(Side: 山田リョウ)

 

 本当にあれは偶然だった。

 一学期の期末試験も終わって、補習期間までやることもなかった7月上旬。

 遅い朝食の後、私はテレビを付け適当にチャンネルを変えると将棋の番組をやっていて。

 

 知った顔がテレビに。そこには友人で栄えある結束バンド『ファンゼロ号』の桐山零、その人がテレビに出演していたのだ。

 ちなみに将棋のルールは全くわからない。

 謎だ。

 

 ただ少し見ていただけでも『歩』というのが雑魚なのはわかった。

 さっきから次々と攻撃されては退場しているから。

 しかし雑魚キャラが強キャラに一矢報いるというのは”物語の鉄板”。

 私は『歩』を応援することにした。

 

 因みに念を押すが私は将棋のルールを知らない。

 最後の駒が残るまで戦うデスゲームかと思っていたが、どうやら違うようだ。

 

 解説の話を聞くと零はトーナメントを一つ進めていて、今日の放送はそのトーナメントの2回戦らしい。

 

「ふーん。零、頑張ってるじゃん」

 思わず私がそうボヤいたのが聞こえたからだろうか。

 

「えっ、リョウはひょっとして桐山くんと知り合いなのかい?」

 父は動揺で、片手で持っていたコーヒーを少しこぼしてあたふたしていた。

 もしかして父は零のファンだったのだろうか。

 父が将棋好きだとは知らなかった。

 

「ふふっ、まぁね」

 

 ちなみに零のサインも予約中なのだよ。父よ。

 まぁそんなに欲しいなら、父に高く売りつけるのもアリかな。

 

 少し得意げに私が言葉を返すと、

「よかったら桐山くんを家に呼んでくれないかな? 彼に見せたいものがあるんだ」

 いつも父はぼんやりと明るく平和ボケしているのに。

 明日は雪でも降るんじゃないかってくらい、眼鏡越しに真剣な表情をする父がいて。

 仕方なく私は零を家に招待することになったんだ。

 

 後で分かったことだが、父は別に将棋ファンでも零のファンでもなかった。

 でも意外な共通点はあったんだ。

 

 そして補習の日、零も登校していたので約束を取り付け。

 

 8月の約束の日になった。

 

 その日はカフェに集合した私たち。

 お昼の夏野菜カレーを零にタカって……ごちそうになってから、自宅に戻る。

 私が虹夏以外に友達を連れてくるのは久々だったからだろうか。客間に零を通すと母が妙に張り切っていて。そして私たち4人は他愛も無い雑談をする。

 

 しかし、この異色な組み合わせ。

 居心地は悪いし、零には悪いが私は部屋へ退散しよう。

 そう思っていたが、タイミング悪く父に先手を取られてしまった。

 

「大学時代、桐山くんのお父さんとも仲良くてね。ちょっと待っててね」

 父はそう言って席を離れ、しばらくするとファイリングケースを携え戻ってきた。そのケースから大切そうに1本のDVDを取り出す。

 

 話によると、どうやら私の父と零のお父さんは同じ大学に通っていて。

 しかも同じ学科の先輩後輩だったらしいのだ。

 零のお父さんは父より一つ上の先輩で、大学時代は親切にしてもらっていたらしい。

 

「桐山先輩、あんまり執着しない方だったから、桐山くんも昔の映像とか見たこと無いんじゃないかな?」

「は、はい」

 ロボットのように大きく頷く零は、少し緊張しているようだった。

 まぁ家は無駄に広いからね。居づらいのはよく分かるよ零。

 その後、零の希望もあり私たちは昔の映像を見ることに。

 

「テープから焼いたものだから、映像は荒いかも」と父はDVDをセットして再生する。

「この映像なに?」

 スマホを操作するふりをしつつ無関心を装いつつ、そっけなく私は尋ねる。

 

「これは……先輩たちが大学卒業する前に開いたパーティかな? うちの旧家で集まったんだよ。この庭とかほら、リョウも見たことないかな? 小さい頃だったけど覚えてない?」

 

 嬉しそうに懐かしい話をする父。

 多分、曾祖父の家だ。相当広かったことだけは覚えている。

 昔、そこのお庭で花火をしたような。おぼろげな記憶だけど。

 曾祖父が亡くなって取り壊されて、今は飲食店になってたはずだ。

 

「──あまり覚えてない」

「リョウちゃん、あの頃まだ小さかったものねー」

 母が懐かしむように微笑む。

 母の言葉が少し照れくさくて。

 

 何より皆が無言で映像を眺めているのも気まずくて。

 やっぱり零を置いて自分の部屋に逃亡しようかな。

 このままだと昔の私の映像とか掘り出し兼ねない……。

 

「あ、桐山先輩だよ!」

 が、またしても父の言葉が私を引き止める。父は私の逃亡感知センサーでもあるのだろうか。

 向かいに座る父は眼鏡で表情は分からなかったがどこか嬉しそうだった。

 

 画面に注目すると、メガネを掛けた若い青年がアップになっている。

 

「うん父さんだ。でも若い」

 ボソリと呟く左隣に座る零。その横顔は大人びている普段の表情より少し幼く見えた。

 

「零とそっくりだね」

「そうかな?」

「うん似てる。メガネ掛けてるところとか」

「そ、そこっ!?」

 私が冗談を言うと、零はオーバーリアクションを取ってくれた。

 なんか妙に皆が物静かだから、空気を読んで私は場を和ませる。

 

「でも確かに桐山先輩と似てるかもねぇ」

 

 そして父がリモコンで早送りしつつ、要所要所で解説を挟み再生して。

 画面には衝撃映像が映し出されていた! 

 談笑する零のお父さんの隣に、美人な彼女らしき人物が微笑んでいるでないか。

 

 ああ……。零に父親の昔の女を見せるとは……。

 こういう時ってどう対応したらいいのか。

 って零のお母さんなんだ。

 

 なんでも零の両親は当時から付き合っていたらしい。

 父はそんな当時の彼らとの思い出話に花を咲かせていた。なんだ心配して損した。事前に話しなよ。そういう重要事項は。

 

 そして改めて私は一体何を見せられているんだろうか……。

 この罰ゲームはいつ終わるのかと放心していたら、唐突に私に馴染みある光景が広がる。

 零のお父さんがアンプにシールドを繋いでいる場面だ。

 

 あれ何年前のだろ。結構古そうだけど。

 私はスマホで当たりを付けて機種を特定する。

 73年製のMarshallかなぁ。ヴィンテージアンプ。

 うん、ヴィンテージ物に手を出すのも有りだ。

 

 次のMyNewGearに向けて欲しい物リストの更新をする。

 

 ギターのチューニングをしている零のお父さん。そろそろ何か演奏しそう。

 でも何をやるんだろう? 

 

 何十年も前で、そんなコアなとこは来ないだろうし。

 ふと気づけば、私は少し荒い映像に集中していた。

 

「零のお父さん、ギターやるの?」

「ああ、そうそう懐かしいなぁ。思い出したよ。桐山先輩、演奏してたなあ」

「母さん……」

 ステージでマイクの向きを微調整する女性ボーカルを見て零は呟く。

 改めて零のお母さんを見ると、セミロングの髪をストレートにしていて、端正な顔立ち。

 皆が口を揃えて美人と称するようなお姉さんだった。

 

 画面を見つめる零は、懐かしむような柔らかい表情で。

 初めて見る横顔だった。

 

 映像はゆったりと流れ、ギター担当の零のお父さんが会場へ挨拶をしている。

 やっぱバンドのMCはつまらない。

 会場はなんとなく笑いに包まれているが私は決して騙されない。

 ふふふ、私の持論は当たっていることが、また一つ証明されてしまったようだ。

 

 MCが終わり、そして優しい雰囲気のまま演奏は始まる。

 

 イントロで分かった。メジャーバンドのカバー曲だ。

 ベースラインが結構目立ってて。

 今は懐メロになるけど、当時は流行曲だったのかもしれない。

 

 お世辞抜きなら、正直、演奏は上手くない。

 リズム隊は安定してないし、ギターも何とか形になっている程度だ。

 技術は平凡で光るものは感じられない。

 

 それでも……。

 私たちみたいに、本気ではないのだろう。

 見知った仲でやるパーティの余興なら十分なレベルだった。

 

 それに古ぼけた映像からでも、皆が演奏を楽しんでいることは伝わる。

 そういう演奏ってやっぱり嫌いになれない。

 

 だがイントロが終わって歌い出し。

 空気が一変する。余興は終わりと告げるように。

 

 いい。

 零、キミのお母さんいい声してる。

 透き通る声だし、何より気持ちが乗ってて思いがこっちに届くみたい。

 

 ……でもまあ、結束バンドの方が上だよね? 

 何よりほら、ベースの安定感が違う。

 だよね零? 

 

 そう思って感想を求めようと、零の座る方を一瞥する。

 すると彼は一瞬も目を離すまいと、この前の将棋のように真剣な表情で画面を凝視していた。

 

 なぜ? 

 

 率直な感想を懐きつつ、ちらちらと零の様子を窺うも集中力が途切れる気配なく。一向にこちらを見向きもしない。

 そんな彼の態度に、なぜか私はふつふつと怒りにも似た形容し難い感情が芽生えだした。

 

 いや、認めようではないか。

 私は今、零の両親にメラメラと対抗心を燃やしていた。

 

 結束バンドの『ファンゼロ号』桐山零よ! 

 こっちを……こっちを見るんだ。戻って来い! 

 ひとまず念を送ってみるが当然ながら効果なし。

 

 ぐぬぬぬぬ……。

 

 お願い、戻って来ってきて零! 

 今、零が戻ってこなかったら、私たちとの(次のライブが成功した時の)約束はどうなっちゃうの? 

 まだ今だったら許してあげるから……

 …………

 ねぇあの初ライブの言葉は嘘だったの? 身内だからって贔屓は許さないんだからねっ! 

 

 そんな願いも虚しく零が離れファン0人となった結束バンド

 荒れるメンバー

 そして

 

 次回、結束バンド解散!

 

 さて

 

 頭の中で再生された何故か途中から嫉妬深い女みたいになった次回予告風ナレーションをポイッと投げ捨て、私も演奏に集中しよう。

 感想なんて後で聞けばいいや。

 

 それにもう、ラスサビだし。

 そろそろ演奏が終わっちゃう。

 途中ふざけてしまったが、終わると思うと少し惜しいな。

 

 それにしても改めて……。

 いい歌声。説得力があるというか、言葉に重みがあるというか。

 こうして寂しいがあっという間に演奏は終わってしまったのだった。

 

「まぁまぁかな」

 

 すまし顔で上から目線な感想を私は述べる。

 しかし誰からも返答はなく、見事スベったような重く静かな空気が私に突き刺さるのだった。

 なんだ? この空気……。

 

 直後、左隣に座る零から、すすり泣く声が聞こえる。

 

 えっ? 

 泣くほど感動する演奏だったと!? 

 

 衝撃と敗北感を覚えつつ、零に視線を向ける。すると大粒の涙をとめどなく流す零の姿が。

 

 零が……号泣してる? 

 不覚にも私は声を掛けられず一瞬戸惑った。彼の涙を見たのは初ライブ以来だったし。

 

「れ、零?」

「あっ、す、すみません」

「うん。全然大丈夫。大丈夫だよ。桐山くん」

 

 温かい父の言葉に彼は何度も「すみません」と謝っては涙を拭う。

 その後はしんみりとしてしまって。

 零が落ち着きを取り戻した後、思っていたよりも早くこの場は解散となったのだった。

 

「またいつでも来てね桐山くん。お菓子余らしてて、良かったら貰ってくれないかしら」

「え、いやあの……」

 

 零は恐縮しているが、こういう時の母は頑固だ。

 余った菓子折りを強引に持たされ、先程のDVDも一緒に持たされ、零はペコペコと何度もお辞儀しながら、

「そろそろ行こうか桐山くん」

「はい、すみません。では、リョウさんお邪魔しました」

「うん、またね零」

 忙しなく玄関の扉が閉まり、零は父の車で送られていったのだった。

 

「零、泣いてたね。びっくりしたよ」

「えっ? リョウちゃんもしかして知らなかったの? 桐山くんのご家族ね……彼が小さい頃に、交通事故で亡くなったのよ」

「えっ……」

「桐山くん、何か思い出しちゃったのかもね」

「そっか……」

 

 号泣していた先程の零を思い出す。

 まず気の毒に思う気持ちと。

 やっぱり悔しい気持ちも。そんな幾つもの感情が私の中で渦巻く。

 

 結束バンド(私たち)もいつか、あれ以上に感動させてやりたい。

 なんて思ったからなのかな。

 

 あとさ、虹夏。

 やっとわかったよ。

 

 虹夏があんなに零を気にかける理由が。

 

 零と出会ったばかりの頃。

 なぜ彼がよく虹夏の家に来てるのか不思議だったから。

 気になって私は虹夏に尋ねてみたんだ。

 

「虹夏、なんでよく零を家に上げてるの?」

「うーん……零くん、今一人暮らしで大変だからねっ!」

「えっ一人暮らしとか羨ましい……」

 

 思わず出た私の言葉に、

「もうリョウ! そういう考えなしの発言ダメだよー」

 そう言って虹夏は曖昧に笑っていたけど。

 

 そっか。私には両親が居て、過保護でとてもとても疎ましく思う事ばかりだけれど。

 零の両親はもう天国に行っちゃったんだね。

 

 それに零の両親が演奏していたあの時の歌。

 詞の解釈だって本来は違うはずなのに。

 今になって思えば、不思議と別の意味に思えて。

 

 あの演奏はそう、

 

 お星さまになって尚も、

 

 二人が時を超えて『零』を鼓舞する応援ソングに聞こえたような。

 

 そんな気がしたからだろうか。

 

 さようなら 会えなくなるけど

 さみしくなんかないよ

 

 そのうちきっと大きな声で笑える日が来るから

 

 動き出した僕の夢 高い山越えて

 

 星になれたらいいな

 虹になれたらいいな

 

 時刻は夜8時過ぎ。

 私はなんとなしに庭に出て夜空を見上げる。

 

 頭上に浮かぶ二つの星はとても綺麗で。

 少し視界がぼやけて、ゆっくりと星が首肯(うなず)いたんだ。




原作であまり登場しないキャラクターが多く、おまけ程度の予定でしたが、長くなってしまう。
歌は想像におまかせするか迷いましたが、載せたくなったので。
一例として「星になれたら」(タイトル似てる)

当時の両親は大学卒業間近を想定。
演奏時の彼らの『動き出した僕の夢』に答えはないけれど、おそらく彼ら自身の夢だったのかなと妄想してます。
でもあの日、零の境遇を知ったリョウにとっては、
彼の両親が願う『動き出した僕の夢』は、残された息子である桐山くんに聞こえるかもと思い、最後のシーンに。
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