プロ棋士の桐山くんは伊地知姉妹に拾われました   作:あまざらし

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3話 度重なる偶然

 四月になった。

 まだ春休みの真っ只中だけど本日は対局日。

 獅子王戦6組ランキング戦のトーナメント。

 この対局に勝てば次の獅子王戦トーナメントでボクは二海堂と対局する。

 

 僕たちプロ棋士は対局で勝つため、普段から研究を重ねる。

 研鑽し、歴代の棋譜やソフトを使いながら自分のものにする。

 その蓄えた知恵は、必ず対局で活きた。

 

 でも僕らは、最後までそれに頼りきることはできない。

 他の棋士たちも日々、研究を重ねて前に進んでしまうから。

 対局中、僕たちはいつか定跡を外れ、最後は自分の身一つで戦うことになる。

 

 これまでのボクはそんな身一つの状態で投げ出されると、いつも苦しみもがいていた。

 真っ暗い小さな部屋の中で、一人閉じ込められたように。

 そんな苦しみながら指した一手は、A級棋士のような力強く、深く鋭い読みに裏打ちされた将棋には通用しなかった。終盤になると、劣勢を強いられてきた。

 それが昨年度のボクだった。

 

 今日の対局も定跡を外れ、似た光景と遭遇した。

 でも何故かいつもと違っていて……。

 閉め切った暗い部屋から、幾つか答えとなる扉を提示してくれるような。

 そんなかつてない高揚感がボクをいざなった。

 

 終盤間近で長考したあの時、頭の中でおぼろげに描かれた終局図が、今まさに現実の盤面に配置された終局図と瓜二つに重なっている。

 

 そんな不思議な体験を、ボクは今日はじめて経験した。

 

 対局に勝利し検討を終えたボクは、先輩棋士の三角(みすみ)六段、通称スミスさんと帰り道で鉢合わせる。スミスさんは20代半ばの男性で赤い眼鏡と(あご)にひげ、髪を金色に染めた気さくで親切な先輩だ。

 

「なあ桐山、あのかわいい子ちゃん、今月のイベントも参加するって言ってたりした? ねぇ言ってた?」

 

 スミスさんが何かを期待した血走った目で凄んでくる。

 今月のイベントもスミスさん、参加するのかな? 

 将棋の気風と同じように気さくで軽やかな会話を好むスミスさんはファンにも人気が高そうだしな。根暗なボクとは違って……。

 

「かわいい子ちゃん?」

「先月のイベントにいた赤髪の子、お前が”ナンパ”してたあの子だよ」

「ナンパ? してませんよ、そんなこと」

 

 今年の三月初め。

 ボクはファンの方に揮毫(きごう)するイベントに参加していた。ボクが引っ越す前に参加した最後のイベントだ。それ以来、一人暮らしに慣れることを理由にイベントは基本断っている。

 

 参加した棋士は、ボクとスミスさんと女流棋士の三人。

 その時参加したお客さんの中の一人、赤い髪の女の子に揮毫したことを思い出す。

 確か名前は……

 

喜多(きた)ちゃんのことか」

「なんだよ桐山きゅ~ん、硬派を気取ってると思ってたけど名前しっかり覚えてるじゃない。くぅーズルいよなぁお前ばっかり。この天才少年め」

「いえ名前は別に……」

 あの日は参加者が比較的少なくて50人規模だった。

 だから多分だけど、顔と名前は全員覚えている。

 

 ただ印象の差異はどうしてもある。

『喜多ちゃんと呼んでください桐山先生!』とハキハキした口調で話しかけてきた少女は、確かに将棋ファンにしては珍しいから印象には残っていた。

 だからなのだろうか。

 スミスさんの言い分も完全には否定できなかった。

 

 話題の”喜多ちゃん”を一言で表すならキラキラした子だった。

 

 毎週恒例の日曜にテレビで放送される将棋トーナメントMHK杯。

 そのトーナメントに昨年度出場したボクの1回戦をたまたま観戦して将棋に興味を持ったらしく、以来、欠かさず応援してくれたとのこと。

 

「応援してますね! がんばってください」

 キタ~ンという効果音が今にも聞こえてくるような輝いた目をしていた。

 

「将棋は素人なんです」と恥ずかしそうに話していた彼女。

 将棋に詳しくないけど観戦が好きな人。いわゆる『観る将』というファンの方も多い。

 ルールは知らないけど棋士が好きだったり、食事に注目したり、ファンと言っても人によって様々。ボクは改めて将棋を指すだけが仕事じゃないんだなと感慨深くなる。

 

 将棋のことを話しても困らせるだけかなと思ったボクは、将棋以外に興味があることを尋ねてみた。

「私、”イソスタ”で投稿するのが好きなんです!」

「イソスタ?」

「あ、知りません? ちょっと待って下さいね!」

 そう言って彼女はスマホを取り出し、アプリの説明をしてくれた。

 

 どうやら彼女はイソスタというアプリでお友達と写真を共有するのが日課らしい。

「今回の色紙もバッチリ”映える”投稿しますね!」と悪気のない彼女の言葉から推測するに、おそらくボクが揮毫した色紙も、既にイソスタに掲載されてしまっているのだろう。

 スマホに表示された綺羅びやかな画像に紛れ、ボクの色紙が並ぶ絵を想像すると途端に恥ずかしくなったが、彼女が喜ぶ姿に何も言えず無理やり感情を押し殺していた記憶が蘇る。

 

 そういえば。

 

「私、ギターに挑戦しようと思ってて! だから桐山先生のお力を少しでも分けて欲しいなって……その、お願いしてもいいでしょうか」

 

 彼女が揮毫で選択した文字は『挑戦』だった。

 

「その子、忙しくなるって言ってましたスミスさん」

「なんだって! もしかしてお前、密かにロインで繋がっちゃってないだろうな桐山」

「いや知りませんから。彼女がイベントで言ってたんです。忙しくなるって」

 連絡先なんてボクは数えるほどしか知らない。

 ロインは幸田家以外だと二海堂くらいだ。

 

 でも最近、増えたんだ。

 虹夏さんと星歌さん、それとリョウさん。

 

 それにしてもギターか。

 最近、虹夏さんとリョウさんのバンド『結束バンド』にも進展があったらしい。バンド名が”ダサい”と虹夏さんは思っているらしく、「いつか絶対変えてやるー」ってたまに嘆いていたから、バンド名は仮決定らしいけど……。

 新たに”ギターボーカル”が加わって、ライブという目標に向かって日々邁進しているようだ。

 

 ボクをきっかけに将棋に興味を持ってくれた人がいたことに喜びつつも、バンドに熱中する彼女たちの気持ちもまた、この前のライブハウスのおかげか理解できる。

 そんな自分に少し驚いていた。

 

 あれ? 

 そういえば喜多ちゃんのイソスタのアカウント名、スマホを見せてもらった時に表示されていたような。

 確か……でも悪いよね。ボクはその事実を頭の隅に追いやるのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 転校初日。

 下北沢高校 2年B組

 

「お前ら静かにしろ。突然だが転校生だ」

 珍しいイベントに生徒たちは騒がしくなる。

 しかし先生は手慣れたものでクラスを簡単に諌めた。

 

「桐山入っていいぞ」

 

 ボクはゆっくりと教壇に上がり自己紹介をする。

「桐山零です。よろしくおねがいします」

 

 ざわざわっという音が交じる。

(あれっ、あの人……)

(ニュースで見たことあるかも)

(誰? 有名人?)

(えっ、知らないの? 確かほら……)

 

 前の学校、というより去年は全員が入学生だったことでボクに注目が集まらず、あまり正体を知られなかったが、転校生となる今年は様相が異なるみたいだ。

 き、気まずい……。

 

「あー、知っている人もいるかもしれないが、桐山は高校生ながら将棋の『プロ棋士』だ。学校側もサポートするが、学生との両立は大変だろうし平日の対局も多い。みんなフォローしてくれよ」

 

 するとかつてない驚きの反応がクラス内の各地で発生していた。

 

「ええっ!」

「やっぱ本物なのっ、テレビでみたことあるよ!?」

「後でサインもらえるかな……」

 

「お前ら気持ちはわかるが、今日は忙しいから後にしてくれ。えっと、桐山の席は空いてるそこの、おい、”伊地知!”手あげて」

 伊地知? 

 珍しい名前が重な……

 

「はいっ! 先生!」

 耳馴染みした声の先には今朝も顔を合わせた虹夏さんが金髪のサイドテールを大きく揺らし、満面の笑みでこちらに手を振っていた。

 まるで悪戯に成功した子供のような満面の笑みで。

 

「えええええっ!」

 ボクは今年一番の声で驚愕した。

 

「何だ? お前ら知り合いか?」

 先生の疑問にボクは縦にうなずくしか無かった。

 

 

 

「虹夏さん、まさか同じ高校だったなんて……」

「あはは。いやーごめんごめん。ちなみにリョウも同じクラスだよ、ほらっ」

 

 隣の席に座る虹夏さんが指差す先に、リョウさんは作戦成功と言いたげにぐっと親指を立てていた。

 

 偶然は重なるもの。

 ボクはそんなことを思うのだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 転校してから一週間ほど過ぎたある日。

 転校直後だけは騒がしかったボクの周りも、皆慣れたのか一週間も経てば存在を忘れたように落ち着いていた。クラスには熱心な将棋ファンはいなかったようで、ときよりサインを強請られるか事務的な会話をするくらいのものだった。

 

 昼休み。

 虹夏さんが隣の席ということもあり、最近のボクは結束バンドの事情通になっていた。

 彼女の席がバンドのミーティング会場になるからだ。

 

「ねぇリョウ大変だよ! ロイン見た? あの子、今日も参加無理だって」

「いや今エネルギー補給してた。そっか、それは少しやっかい」

「初ライブまで残り3週間なのに合わせも出来ないのはなぁ はぁ」

 

 ため息交じりにサンドイッチをつまむ虹夏さん。

 どうやらここ数日の話を聞く限り、新しいギターボーカルの子と上手く連携できてないみたいだった。

 

「どうすればいいと思う? ねぇお願い零くん、タスケテよ~」

 えっ。

 助けを求めて潤んだ目をする虹夏さんは新鮮だった。

 どうやら思っていたより、事態は逼迫しているらしい。

 

「でも連絡は取れてるんだよね?」

「そうなんだけどね……でも今日はギターの調子が悪いんだって。ほらっ」

 

 見ても良いのだろうか、プライベートなものを。

 恐縮しつつ結束バンドのグループロインを見せてもらう。

『にじか』、『リョウ』、『喜多』という三人のアカウントだ。

 最初の二人は目の前にいるから、ギターボーカルの子が喜多に違いない。

 

 喜多? 

 あの赤髪の明るい女の子を思い出す。

 

 まさか……。

 でも何故か確信めいた予感が押し寄せる。

 そんな予感を一度無視して、ボクはロインの内容に集中する。

 

 どうやら喜多さんは弦が切れてしまい買い替えるとのことだった。

 実際、リョウさん曰くそういったことはよくあるらしい。

 

 ただこれで合同練習の欠席が3回目。

 リョウさんから”弦のスペックを持ってくるよ”とのフォローにも、喜多さんは”問題は弦だけじゃなさそう”と歯切れの悪い対応をしている。

 

 この状況に虹夏さんは「焦っちゃダメ、まだ大丈夫」と小さく口に出しつつも、そわそわしていた。

 まだ挽回できる。

 でもこのままだと結束バンドの初ライブが不甲斐ない結果になるかもと、不安が隠せない様子だ。

 

 そんな虹夏さんの不安を他所に、ボクの疑問だけは一瞬で解決してしまう。

 まずは出来ることからとアー写作成に乗り出した虹夏さんが画面に表示した写真。

 その写真に写っていたのは、まさにボクがあのイベントで出会った赤髪の少女”喜多ちゃん”だったのだから。

 

 ああ、偶然って怖い。

 ボクはボヤくしかなかった。

 

 

 その日の放課後、

 練習に向けて爽やかに去る二人を見送り、ボクは近くの秀華(しゅうか)高校に向かう。

 

 悪いとは思いつつ、喜多ちゃんのイソスタのアカウントを辿ると秀華高校の看板を背景に、友達と仲良く写っている1枚が見つかった。

 恐らくだが彼女は秀華高校に通う生徒なのだろう。

 

 もしかしたらもう帰っているかもしれないけれど……。

 

(ギターに挑戦しようと思ってて)

 喜多ちゃんが練習に参加出来ないのも何か深い事情があるのだろう。

 あの日の彼女の決意は嘘じゃない。そう思えたから。

 

 急ぎ足で移動していたからなのか、後、ものの数分で秀華高校にたどり着くところまで来てしまった。

 ここに来るまで、ボクは何度も引き返すことを考えた。

 でもその度にお昼の虹夏さんの”助けて”という言葉と、泣きそうな表情が忘れられず、結局歩みは止まらなかった。

 

 秀華高校も下校時刻は過ぎているようで、既に生徒の何人かとすれ違う。

 

 もう下校している可能性は高いので、ボクはあたりをきょろきょろしながら赤い髪の女の子を探していると、コツンと何か肩にぶつかった。誰かとぶつかってしまったようだ。

 

「あっ、す、すすみません。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ

「いえ、こちらこそすみません。大丈夫でしたか?」

「は、はいぃ……。すみません、すみません

 

 消え入りそうな声で、何度も深く謝る桃色の髪の少女。歩いてきた方向から、恐らく彼女も秀華高校の生徒だろう。

 よく見ると全身もピンク色のジャージ姿でとても目立つ少女だった。

 そしてその子は慌ててその場から逃げるようにトコトコと走り去ってしまう。

 

 あれ? 

 先程、少女が居た付近にノートが落ちていた。

 拾い上げ表紙を確認すると、それはノートではなかった。

 

 ギタースコアと書かれた表紙、そして背表紙に”後藤ひとり”と女の子らしい丸み帯びた文字で名前が書かれたギターの教則本のようだ。

 その本は至る所に付箋をしていて、使い込んでいた。

 

 しまった……これぶつかった人の落とし物だ。

 ボクは既に走って見えなくなってしまった少女を追いかけようか迷っていると、

「ひょっとして先生、──桐山先生ですか?」

 赤い髪の女の子、”喜多ちゃん”と再会できてしまったのだった。

 制服姿で久しぶりの再会だったが、一見してすぐに彼女だと分かった。

 肩にかかるくらいの赤い髪を片側だけ軽く結んでいて、以前と変わらずとてもキレイな容姿だったから。

 

「はい。喜多ちゃん……ですよね」

「ええ。え、ウソ、嘘っ、先生が私の名前覚えてくれている!? あれっ、でもどうして先生がここに? それによく見たら先生が着てる制服って下高ですよね」

「実は少し困ってることがあって。その、もし時間があればでいいんですが……、よかったら少しお茶しませんか?」

 

 なぜ私なのかと不思議そうな顔しつつ、にこやかに頷く喜多ちゃんの反応にボクはひとまず安堵する。

 直後、安心して冷静になれたのか自分を改めて客観視すると、とたんに恥ずかしくなり、ボクの顔は焼けるように熱くなった。

 

 ”お前がナンパしてたあの子だよ”

 

 いつだったかのスミスさんの言葉を思い出す。

 これじゃ本当にただのナンパじゃないか。




桐山くん、ついに結束バンドのメンバー全員と出会う 前編

■喜多ちゃんと桐山くんの関係どうしよう…
→そうだよ、喜多ちゃんは桐山先生の大ファンなんだよ!(驚愕)
なら喜多ちゃんの過去回想シーンいつか書かないと…
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