プロ棋士の桐山くんは伊地知姉妹に拾われました   作:あまざらし

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6話 ライバル

(Side:後藤ひとり)

 

 ここは狭くて薄暗い押入れの中。

 眠い、けど落ち着く。

 

 一度は暗すぎてボツにした”小さな海”。

 更に深みを持たせたくて、私は詞に肉付けをする。

 みんなに褒められたからツイツイ調子に乗ってしまった……。

 気がつけば時間を忘れて、私は土日を潰して作詞に没頭していた。

 

「で、でも……完成した」

 

 わ、私にしてはいい出来なのでは? 

 もう何百回と睨めっこしたツギハギになった歌詞のページを見て自分を褒める。

 

 詞って”不思議”だなぁ。

 完成したと思っても少し時間を置くと変えたくなったり。

 変えた箇所をやっぱり元に戻したり。

 

 明日、みんなに完成した歌詞を見せないといけない。

 だから私は最後に綺麗に清書する。

 前よりもっと褒めてもらいたいなぁと祈りながら。

 

 不思議といえば。

 

 ”桐山零さん”

 

 将棋のプロの凄い人。

 そして私と同じ痛みを経験していた人。

 でもやっぱり私なんかとは違ってて。

 

 彼も辛かったと告白していた学校生活。

 でも普通の人と同じように出来た証が欲しいからと、高校卒業のため学校に通っているという。

 

 今すぐにでも中退できる環境なのに……。

 私なら中退してギターでも弾いているだろうになぁ。

 

(逃げなかったっていう”記憶”が欲しかったんだと思う)

 

 薄暗い部屋に籠もる陰湿な私とは反対に、彼の言葉は一人現実に立ち向ってて、強くて眩しく思えて。

 仲間だと思っていた同士が、知らぬ間にどこか遠い存在になったような気がして。

 

 って、元々遠かったんだけどね。

 プロ棋士の人をなんで同類扱いしてるんだろう私。

 

 でも、羨ましいな。

 私なんかでも出来るのかな。

 

 ”楽しい学校生活”

 

 完成した歌詞を眺めると、どこか物足りなさを感じて。

 私は最後に一行加える。

 

 いつかまた遠くで会えたら手を振り返して

 

 よしこれで完成だ。

 

 あっ、もしもこの歌詞がキッカケで私の作詞の才能が開花して、あまつさえ結束バンドがメジャーデビューして、更に大ヒットしちゃったら……。

 

 そ、それに天才少年の零さんとも知り合いだし。

 10年後くらいには私達のスペシャル対談が組まれるかも! 

 

 ・

 ・

 ・

 

『今夜の超豪華スペシャル対談は、今や将棋界の顔! ”桐山名人”と』

『よろしくお願いします』

 

『結束バンドの天才ギタリストであり稀代のヒットメーカー! 作詞家の”後藤ひとり”さん』

『お願いします』

 

『このお二人でお送りいたしますー』

 

『まずは後藤さんから。桐山名人が結束バンドの大ファンというのは今や有名な話ですが、後藤さんは桐山名人とは古くからの知り合いだったとか?』

『ええ、零さんとは高校の頃からの友人でして。実は私が初めて作詞した時も、彼から感想をいただいたんです』

『ひとりさんは最初から才気あふれる方で、ボクもそれがキッカケで結束バンドの大ファンになったんですよ!』

『おおっ早速、後藤さんの天才的なマル秘エピソードが飛び出しましたね!』

『いえいえそんな……』

 

 でへへへへへへ。

 この路線も悪くないなぁ。

 

 私はそんな幸せな夢を見た。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 ボクがやらかしてから5日が過ぎた。

 

 朝のホームルームが終了すると、すぐに教室は喧騒さを取り戻す。

 授業開始の束の間、皆は友人と楽しげに談笑を交わしていた。

 

 ボクは基本的に一人だ。

 

 虹夏さんはリョウさんや離れた席の友人、時には他クラスに遊びに行くことも多い。

 一方のボクは、一人で詰将棋や次の対局者の棋譜を見ることが多い。

 特に対戦間近になると、もっぱら相手の研究をしていた。

 

 今日も事前にプリントしてきた二海堂の棋譜を眺めようしていた。

 そんな時だった。

 

「桐山くん、今日の1限の英語って宿題あるけどやった?」

「あ、はい。課題の箇所だけは聞いていたので」

「そっか。なら大丈夫だね。まぁ桐山くんは忘れても問題なさそうだけど、あの先生怖いからさ」

 

 一つ後ろの席に座る少年が、愛想よくボクに声をかける。

 彼の名前は後藤くん。

 

 後藤くんは成績が良く人望もあり、誰が見ても優秀な生徒だ。

 硬式野球部に在籍しているからか頭を丸めていて、そして真面目そうな眼鏡を掛けている。

 

 それに彼は野球部の次期キャプテン候補らしい。

 時より部員たちが、彼に雑談や相談しにくるから又聞きしてしまった。

 

 そんな後藤くんが何故かボクに話しかけてくれるようになった。

 ボクがやらかした”あの事件”の後から。

 大概が授業の課題や、野球部の悩みを話すくらいだけど。

 

 きっとあれだ。

 人望のある彼に、裏でこっそり先生からボクのサポートを頼まれている可能性が高い。学校生活があのミスに影響したのではないかと問題になったのかもしれない……。

 

 ああ、情けない。

 己が情けなけないよ。

 

「零、時間がない」

 思考を遮るように、突如ボクを呼ぶ女性の声が聞こえ顔を上げる。

 そこには英語の教科書とノートを持参し、眠そうな顔のリョウさんが正面に立っていた。

 

「ちょっと英語の宿題写させて」

「あ、はい。えっとこれです」

 急いでボクは机の引き出しから英語のノートを探し出し、リョウさんに手渡す。

 するとリョウさんは別人のような俊敏性を見せ、隣の虹夏さん席に我が物顔で着席。そのまま目にも留まらぬ速さで課題を埋めだす。

 ボクが転校してから、よくある光景だった。

 

「ちょっと零くん! リョウに甘すぎだよ」

 いつの間にか他のクラスから戻っていた虹夏さんが呆れ顔で笑う。

 

 でも虹夏さん。

 ボクが貸さなかったら虹夏さんがいつもリョウさんにノート貸してるよね……。僕たちはリョウさんを甘やかしていた。

 

「でも仕方ないか。リョウは作曲に集中してるからね」

「そうなんだ」

「うんっ! ”ぼっちちゃん”が歌詞完成させてくれて、リョウがビビッと来たらしくてね。もうすぐ曲が完成するんだってー。零くんも楽しみにしててよ! ねぇリョウ」

「うん、でも零にはまだ聴かせないから」

「な、なんで! 可哀想だよ!」

 

 まぁ、ボクはメンバーじゃないから。

 心なしか少し残念な自分がいた。

 

「折角だし曲はライブで聴いてよ。それも醍醐味だし」

 どうやらボクに曲を聴かせたくないって訳じゃないらしい。

 むしろリョウさんは自信をのぞかせていた。

 

 柄にもなくボクはワクワクしてしまって、

「うん、楽しみにしてる」

 ボクは二人に結束バンドのライブを見に行くことを約束したんだ。

 

 

 同じ日の下校中。

 珍しくボクはリョウさんと二人で歩いていた。

 大体ボク一人で帰るか、虹夏さんリョウさんの3人で一緒に帰ることが多いから。

 

 虹夏さんは星歌さんからの至急の買い出しで僕たちと別れ駅に向かっていた。いつもならリョウさんも虹夏さんに連れ添うのに。

 

「零、相談があるんだけど」

 そんな疑問を解決するように、ボクはリョウさんから相談を受ける。

 

 そして僕たちはニューオープンの小洒落た喫茶店に来ていた。

「ここのお店来てみたかったんだよね」

 そう言ってオムライスとハンバーグのセットという放課後にしては、あまりに重いメニューを頼むリョウさん。

 

 そういえば今日、リョウさんがお昼食べてる姿見なかったかも。

 一日中、リョウさんは作曲に没頭していたことを思い出す。

 

「零、この前のぼっちと郁代どう思った?」

 

 ”郁代”というのは喜多ちゃんの名前だ。

 喜多ちゃんが来てくれた将棋イベントで自己紹介してくれたが、本人は”喜多ちゃん”呼びが嬉しいとのことでボクはずっとそう呼んでいる。

 

 リョウさんの質問にイマイチ要領を得ないボクはどういうことかと尋ねる。

 

「今ちょっと曲作りで悩んでて。新曲、ギターだけのアルペジオから始めたいんだよね」

「そうなんですね」

「でも二人に出来るのか。まだちょっと不安でさ」

 

 ボクは彼女の質問の意図を理解した。

 

「そんな二人には大変なんですか?」

「”ぼっち”はなんとかなると思う。けど当日は分からないし。”郁代”はちょっと大変かも」

 なるほど。

 でもこの問題はボクは聞き役に徹するしかなさそうだ。

 なにせ音楽を熟知しているリョウさんが迷っているのだから。

 

「結束バンドの初ライブだし。失敗して解散することを考えると悩むんだよね」

 そう言って悩むリョウさんの姿はバンドへの愛が溢れていて。

 思わず口からストローを離し、ボクは口元が緩んだ。

 

「もし二人の演奏が失敗したら、本番はどうなるんです?」

「アカペラ」

「えっ?」

「冒頭は無伴奏で郁代が歌う。ま、でも……それはそれでロックか」

 

 リョウさんはスッキりしたように笑い、

「曲、仕上げられそうだから帰るよ。零ありがとね。新曲、期待しててよ」

 

 そしてリョウさんはご飯を平らげ立ち去る。ボクとお会計を残して。

 リョウさん……。

 でも何故か憎めないのだった。

 

 ちなみに後日、この件が星歌さんにバレて、リョウさんは土下座してボクにお金を払ってくれたのでした。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「待っていたぞ桐山、遅かったじゃないか」

 

 夜に自宅のマンションに戻ると、玄関に顔見知りがいた。

 二海堂晴信だ。

 

 背は小さめでふくよかな体型。

 実家は裕福だがそれを鼻にかけることはなく、将棋にひたむきな性格。

 腎臓が悪く通院しながらの棋士生活を送っている。

 そんな彼とボクは言わば昔からの腐れ縁だ。

 

 二海堂はエントランスの壁にもたれ掛かって、腕を組み、横目で不敵な笑みを浮かべる。

『ライバル登場! 次号へ続く』と週刊少年マンガの煽り文でも見えそうなポーズである。

 

 何をしに来たんだ。コイツ……。

 

「桐山、ようやく公の場で対局する日が来たな」

「なんでオマエがここにいるんだ? 二海堂」

「ふっ、まあ長話もなんだ……。ひとまず家に入ろうではないか我が親友よ!」

 

 いや、ここボクの家なんですけど? 

 

「だいたい、いつも一緒の花岡さんはどうしたんだよ」

「爺やか? 爺やは今はグリーン休暇中なのだ。我が二海堂家に勤めて45年。感謝を込めて80日間世界一周の旅を用意したぞ!」

 

 なんだって……。

 つまり今、コイツを止める奴は誰もいないってことじゃないか……。

 花岡さ~ん! 早く帰ってきてくださいー! 

 

 そんなボクの心の声を無視して、当然のようにボクの自宅に押し入る二海堂。

「恐ろしいほどに、何にもない部屋だな」

「まだ引っ越したばかりだから」

「そうかそうか。では今度、引っ越し祝いを送ろうではないか。そういえば布団は一つしかないのか? 今日は泊まるつもりだったのが……」

「あるわけ無いでしょ。一人暮らしなんだから」

 

 では”祝いの品”は決まったな、なんてアホなことを抜かす二海堂。

 さっさと追い返そう。

 そう思ったが、今回が引越し後の初めての来客だったこと思い出す。

 

 自分の部屋を見渡すと二海堂が愚痴るように、確かに誰かを呼ぶにはこの部屋は殺風景すぎる。

 冷蔵庫とその側にまだ封を切ってないダンボール。

 それに机の上に研究用の大きなPCとプリンター、布団が一つある。

 そんな部屋。

 

 最近、寝付きが悪いからようやくカーテンを買い揃えた。

 まだ最低限の生活より酷い有様だった。

 

 ふとボクはあの優しい姉妹を思い出した。

 あの二人だったらボクみたいに粗末な対応をせず、きっと持てなすんだろうな。

 

 お茶でも出すか……。

 ボクは初めての来客だからと飲み物を用意した。

 

「ところで桐山、見たぞあの”腑抜けた対局”。いや見たというもおかしな表現だったな。瞬きする間もなく終わってしまったからな!」

 ”はっはっはっ!”と軽快に笑うアイツに、一発も入れなかった自分を褒めてやりたい。

 

 もう反則負けしたあの時の記憶は殆どない。

 ない……

 次の瞬間、ボクが一手目を指した場面が勝手に蘇る。

 

 ”うわああああっ”と、叫びだしそうになる衝動を何とか抑える。

 マズイ、これトラウマになるかも。

 

「我がライバルとして大変に不名誉ではあるが、お前が反則だと分かった時の顔がネットでも評判でな! 話題性という面では抜群だったし、まぁ許そうではないか」

「ちょっ、やめなさいって!」

 恥ずかしいから。

 二海堂に向けられたスマホを見ると、

 

【悲報】先後を間違えて反則負けの桐山六段の変わり果てた姿www 04/15

1:名無しのまとめ

 伝説の放送事故(ABENA TV)

 

 反則が判明し魂が抜け落ちた桐山六段 xxxxximage.jpg

 

 

 そこにはセミの抜け殻のように脱力しているボクの画像があった。

 

 あれ、この顔どこか既視感がある。

 あ、わかった。

 この画像、結束バンドの集合写真で写ってた”ひとりちゃん”にちょっと似てるかも。

 ボクは少しだけ彼女と仲間意識が芽生えた。

 

「だいたい桐山。せっかくの公式戦で”兄者”との初対局。生涯のライバルと認めたお前と、大変なご恩がある兄者との対局だったのに。少しは兄者に申し訳ないとは思わないのか?」

「うっ……」

 

 ボクは何も言い返せなかった。

 

 ”兄者”とは島田開(しまだかい)八段のことだ。

 あの事件の被害者でもある。

 ほぼ不戦勝扱いで、さぞ不完全燃焼だったと思うから。

 島田さん。お互いの初対局が、あんなんで本当にすみませんでした。

 

 島田さんはA級棋士、つまり棋士の中でもトップクラスの実力者だ。

 派手さはないけれど、粘り強い棋風が持ち味の棋士という印象。

 そんな島田さんは二海堂と同じ師匠の門下。つまり二海堂にとって島田さんは兄弟子に当たる。

 

 ”兄者”という言葉から伝わるように、二海堂は島田さんを慕っていて。

 そして島田さんも”坊”と呼んで二海堂を可愛がっていた。

 ボクの”姉弟”弟子とは大違いだな。

 自分との境遇の違いに少し羨ましくなった。

 

「おい、聞いているのか桐山」

「うるさいなぁ。ボクだってやり直せるならやり直したいって!」

「おお、その言葉を待っていたんだ! じゃ、ちょっと指そうぜ桐山。弟弟子であるこの俺が相手になってやろう」

「えっ」

 

 突然の二海堂の提案にボクは戸惑う。

 二海堂は次のボクの対局相手でもあるからだ。一応。

 

 

「あっ桐山は後手番で一手損角換わり固定な」

「なんだよその注文」

 

 それにオマエだって、次の対局相手はボクだろ……。

 ただ二海堂がどれほど成長したのか探るのも悪くないなと思い、僕たちは結局将棋を指すことにしたのだった。

 

 夜の春風が心地よい。

 最低限に灯された部屋の電球と月明かりに照らされ、僕たちは無言で将棋を指し続ける。

 彼の注文通り、戦型を一手損角換わりにして。

 でも何も変わらない。

 昔から続く、あの頃と何も変わらない僕たちの姿がそこにはあった。

 

 形勢互角で終盤に差し掛かろうとしていた、そんな頃合い。

「なんだ桐山。別に調子はいいじゃないか」

 そう一言呟いてアイツは嬉しそうな顔で小さく頷く。

 

「では世話になったな! 良い気晴らしになった。続きは公の場でな。でも桐山、次の対局は同じミスをするんじゃないぞ!」

 

 言いたいことだけ言って、二海堂は去っていった。

 

 アイツ。いい所で対局を放置して帰るなよ……。

 

 でも。

 もしかしてボクのこと心配してたのかな。

 

 だからだろうか。

 勝手に乗り込んで一人満足して、自分勝手に去っていった彼にボクは文句を言うことが出来なかったんだ。




完全なるオリキャラ後藤くんは、ぼっちちゃんの兄ではないです。
次回は二海堂戦。
眠れなくてノリで投稿してしまう。
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