プロ棋士の桐山くんは伊地知姉妹に拾われました   作:あまざらし

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8話 初ライブ

 今日は特別な一日だ。

 ボクの玉将戦の一次予選決勝の対局があって。

 そしてなにより、結束バンドの”初ライブ”があるから。

 

 本日の対局。

 数日前まで急戦模様の早仕掛けを目指して、ボクは早期決着できるプランで対局に臨むつもりだった。

 

 でも、

「私たちのために対局を疎かにしちゃダメだよ! 零くん」

 ボクの心を見透かしたような虹夏さんの一言で心を改めた。

 

 結果それが功を奏したのかもしれない。

 いつも以上に冷静に対応出来たボクは、危なげなく対局に勝利することが出来たのだから。

 

 でも弊害もあった。

 まずは予想よりも対局に時間をかけてしまったこと。

 そして予想通り、記者の方からの取材も受けざるを得なかったことだ。

 

 早る気持ちで会館を出る頃には17時を大幅に過ぎていた。

 

 やっぱり、少し遅れてしまいそうだ……。

 

 今日で5月の長期休暇も終わりに差しかかる。

 交通予想のMAPでは、一般道はUターンラッシュでどこも真っ赤に混雑していた。

 だからタクシーを利用するリスクは負えない。

 

 ボクは急いで電車に乗り込む。

 せめて結束バンドが最後に披露するオリジナル曲”小さな海”。

 リョウさんとも約束したあの曲だけは聴けますようにと願いながら。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「久しぶり桐山くん。急ぎなよ、虹夏ちゃん達もう始まってるよ」

「こんばんは! は、はいっ。チケットとドリンク代です」

『STARRY』を手伝った時、一緒に働いていた女性スタッフに案内されてボクはフロアへ急ぐ。

 

 階段を降りる途中で、すぐに客席の後方に佇む星歌さんを見つける。

 星歌さんは腕を組み、心配そうにステージを眺めていた。

 

 奥に進み、ステージに目を向けるとフロントの喜多ちゃんに強めのスポットライトが当たっている。そしてリョウさんと虹夏さんの二人にも。

 ステージに立つ皆は、バラバラの私服姿をしていた。

 

 あれ? ひとりちゃんはどこだろう。

 ひとまずボクは星歌さんの隣に向かうことにした。

 

 ちょうどカバー曲の演奏が終了して、ライブはMCの時間に入る所だった。

 

「桐山、虹夏たちの曲はまだだよ」

「よかった……ありがとうございます」

 

 ボクに気づいた星歌さんが小さな声で助言する。

 虹夏さんに教えてもらっていたライブの段取りを思い出す。

 今、MCだから次が最後の新曲か。

 

 危なかった……。

 

「ところで桐山、前の方でライブ見なくていいのか?」

「でも本当にライブを分かってる人は、後ろで目を瞑って音を聴くもんだってリョウさんが……」

「またアイツは。桐山はいいから前で虹夏たちを応援してやりなよ。その方がアイツらも喜ぶから」

 

 呆れ顔の星歌さんの助言に従って、ボクは前の方で応援することに。

「えっ、は、はい。じゃあ行ってきますね、星歌さん」

「行ってきな、ったく青春だな

 

 ボクは会場の隙間を通り抜け、軽々と移動する。

 お客さんは40,50人くらいかな。暗くて客層は不明だけど、なんとなく全員がステージに集中しているわけではなさそうだった。

 ボクはどこまで進んでいいのか分からず、中央少し前の目立たない位置で立ち止まる。

 

 ステージでは虹夏さんが新曲を披露する前のメンバー紹介をしていた。

 

 それにしても。あの完熟マンゴーのダンボールは一体……。

 ステージの右側。そこには人が入れるほどの特大ダンボールが設置されていた。

 こうして近づくと明らかに異質なその物体は、威圧的な存在感を放っている。

 

 あの位置は”ひとりちゃん”だよね……。

 でもいくらアガリ症でも、あれ被って演奏って逆にハードルが高いんじゃ。

 ボクはまだあれが置物の可能性を捨てきれなかった。

 

「えー、次にリードギターの後藤です」

 虹夏さんが”あの”完熟マンゴーに向かって紹介する。

 

「やっぱり”ひとりちゃん”なんだ!」

 

 盛り上がりの欠けた雰囲気の中、ボクの声がライブハウスに反響する。

 その声で結束バンドの皆がボクの存在に気づいてしまう。

 

「零くん!?」

「先輩間に合ったんですね!」

 ステージからマイク越しに通る二人の声が響く。リョウさんはスッと無言で右手を上げていた。

 

 直後、ボクは周囲から奇異の目で見るような視線を向けられた。

 その視線でボクがライブ進行の邪魔をしたことを理解する。

 

「あ、あの……。す、すみません。続けて下さい!」

「あ、あはは、ゴメンなさいー。えっと、では最後の曲は結束バンドのオリジナル曲でして……」

 

 虹夏さんが気を取り直し最後の曲を紹介する。

 そんな時だった。

 

 ステージ右に居座っていた完熟マンゴーのダンボールが突如、ガタガタと揺れ始める。

 客席からは、ちょっとしたホラーにも思えた。

 

 な、なんだ!? 

 ひとりちゃんどうしたの? 

 

「え、ぼっちちゃん?」

「後藤さん?」

 

 そして顔をのぞかせた勢いのまま、ダンボールを脱ぎ捨てジャージ姿の”ひとりちゃん”が登場した。 

 

 直後、ステージも客席も困惑でどよめく。

「えっ、人が出てきた……やっぱり中に人間入ってたんだね。なんか手品みたい」

「今どきのロックってこんな感じなのかな?」

「演出なのかな?」

「色物バンド……」

 

 困惑する客を他所にボクは”ひとりちゃん”を観察する。

 俯いて震えていて小さく見えて。

 それでもギターを握ることだけは忘れていなかった。

 

 これは演出なんかじゃない。

 彼女の性格から勇気を振り絞って、僕たちに向けて顔を出したんだって伝わった。

 

 ”頑張れ”

 

 心の中で何度もそう呟き、気づけばボクは更に前へとステージに近づいてしまっていた。

 そして一瞬だけ”ひとりちゃん”と視線が合う。

 ボクは彼女へ向けて”頑張れ”と一度、強く頷く。

 

「最後の曲は私たち結束バンドのオリジナル曲”小さな海”です。聞いて下さい」

 

 そして再びステージは闇に染まる。

 ついに結束バンドの初ライブ、最後の曲が始まる。

 

 暗闇と静寂が緊張を生み出す中、少しの間を挟み、ギターの二人にスポットライトが照らされる。

 

(この曲、ギターから始めたいんだよね)

 

 リョウさんの宣言通り、”小さな海”は二人のギターだけのアルペジオから旋律は奏でられた。

 まるでこの会場だけ時間の流れが遅くなったような、小さな水辺にいるようなイントロ。

 ひとりちゃんを見ると、ずっと下を向きながらもギターを弾く手だけは止めていなかった。

 

 あぁ また今日が終わっちゃうのか

 何か一つでも 僕を 変えられたかい? 

 

 そして必死にギターをなぞる喜多ちゃんの歌い出し。

 彼女の澄んだ声がライブハウス中に反響する。

 

 喜多ちゃん、演奏でも大きなミスはしていないようだ。

 たった3週間しか練習が出来なかったはずなのに。

 少し前までコードを押さえられないって嘆いていたはずなのに……。

 

 ギター二人の成長をまざまざと見せつけられ、更にリズム隊が加わる。

 リョウさんのベースと虹夏さんのドラムが加わることで、曲には安定感が生まれて、ぎゅっと音が引き締まっていた。

 

 そして四人の演奏が合わさり、待っていたとばかりにステージのライトは更に明るさを増す。

 その演出が闇の中に照らし出されたステージに、あの四人が、”結束バンド”が、確かに今ここに立っていることをボクに再認識させた。

 ボクはその事実に密かな感動を覚えていた。

 

 そんなボクの思いを余所に、四人はゆったりと慎重に一音一音を奏で続ける。

 

 簡単なことばっかりじゃ つまんないかも

 今よりも少しだけ 明るくなれたらいいな

 

 そして一気に曲調はアップテンポに変わる。

 そこからは時間があっという間に過ぎた。

 

 ボクはライブハウス特有の確かな音の圧力を感じながら、全身で浴びるように音を聴く。

 リョウさんが自信を持っていたのも分かる。

 

 いい曲だ。

 

 それにみんな、あの時より”上手くなっている”

 

 確かにまだまだ拙いし、間違えたと素人のボクでも分かる箇所もあった。

 でもボクが初練習で聴いたあの頃より、格段に四人が調和してて演奏が成長していた。

 

 将棋だって最初から強い人がいないように。

 バンド演奏だって最初から上手いグループはきっといないのだろう。

 そんな事は当たり前のように思える。

 

 でも誰が見ても違いが分かるほど成長するのは案外と難しい。それまでに挫折する人達だってきっといる。

 だから彼女たちが陰で努力していた姿をどうしても想像してしまうんだ。

 

 それでも不思議だな。

 人って、演奏ってこんなにも変われるんだ……。

 

 もしかしたらこの成長を知ってるのって、ボクだけなのかな? 

 そう思うと、ほんの少し勿体ない気持ちにもなった。

 

 それに一つ意外だったことがある。

 

 この曲の歌詞、

 

 散々雨に降られたって 笑っていられる

 君のこと 普通に羨ましいけど

 

 だんだん僕も君みたいに 強くなってさ

 今よりも少しだけ 素直に笑えますように

 

 いつかまた遠くで会えたら手を振り返して

 

 ボクが前に見た歌詞より、少しだけ前向きになっていたから。

 

 そして最後の曲が終わり、結束バンドの初ライブは終了した。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ライブ直後。

「私はまだ仕事あるから、アイツらに渡してやれ」

 と星歌さんから差し入れの飲み物を受け取ったボクは、楽屋の様子をひっそり確認していた。

 

「いやぁ、最後は一応形にはなったけど演奏バラバラだったよね。私も結構ミスちゃったよー」

「それなら私なんて最初の曲、声が震えてましたし……」

「まぁ私は完璧だった」

「いやリョウもめっちゃミスってたでしょ! 最初の曲」

「うっ」

「でもリョウ先輩のミスはそれはそれで味がありますから! あっ、そういえば後藤さん! 最後ダンボールから出てきてくれましたよね!」

「うんうん。ぼっちちゃんも最後はちゃんとダンボールから出て演奏できて偉い偉い」

 

 結束バンドの皆が思い思いに健闘を称え合っているようだった。

 

「し、失礼します」

「零先輩!」「零くん!」「零それ差し入れ?」

 

 楽屋に入ると結束バンドのムードメーカー二人が元気よく声がけしてくれ、そしてリョウさんは目ざとく差し入れに気づく。

 

「あ、あの、ひとりちゃんは?」

「ん? ぼっちちゃんはねぇ、あっちだよ」

 

 虹夏さんが指差すのは楽屋にあるゴミ箱。

 どうやらひとりちゃんは、その中に潜んでいるらしかった。

 

「後藤さん緊張の許容量がオーバーして、しばらくあそこで充電が必要みたいなんです……」

「そ、そうなんだ……」

 ボクは反応に困った。

 

「零ところで演奏どうだった?」

 リョウさんは差し入れのジュースを一瞬で飲み干し、ライブの感想を興味津々で質問してきた。

 他二人も黙ってはいたが、ボクの反応が気になる様子。

 

「みんな輝いてて。その……上手く言葉に出来ないんですがスゴくよかったです」

 

 ボクの感想に虹夏さんも、リョウさんも、喜多ちゃんも目に見えて表情が明るくなった。

 そして”ひとりちゃん”も、ボクの話を聞いていたのかゴミ箱から少し顔を覗かせている。

 

「でも零。今日の私たちの演奏でその感想は、ちょっとセンスないよ」

「えっ」

 ボクの言葉に一瞬、嬉しい表情を見せたリョウさん。

 でも演奏自体はやはり納得いくものでは無かったらしい。

 

「ま、まぁちょっと分かるかも。零くん途中から来たみたいだからまだ良かったけど、前半とかホントお通夜だったもんねー」

「ええ、ライブってあんなに緊張するもんなんですね……」

 虹夏さんや喜多ちゃんの二人も、どちらかというとリョウさん寄りの意見のようだ。

 それでもボクは意見を変えるつもりは全く無かった。

 

「でもみんな初練習の時より急成長してて。ボクはその──今日のライブで結束バンドの”ファン”になりましたよ!」

 何故か過小評価する皆に、あの時の感動を伝えたくて、ボクは意地を張って食い下がってしまう。

 

「桐山先生が私たちのファン!? で、でも先輩。あの時の私って全くギターが弾けなかった頃ですよ! ……いえ、今もまだちゃんと弾けませんけれど」

「あっ、そっかそっか。零くんはあの時の演奏聞いてるからねー」

 

 そして少し悩んだ虹夏さんはポンと手を叩き、何か閃いたように続ける。

 

「そうだっ! じゃあ零くんには結束バンドのファン一号ならぬ、『ファン零号(ぜろごう)』の称号を与えちゃおう!」

「えっ」

 

「あっダメかな? ほらっ(れい)くんって『(ぜろ)』って名前だし、初ライブの前から応援してもらってるし。ぴったりかなーって。あれっ、ひょっとして私も毒されてるのか」

 

 もしかして私のセンスって”結束バンド”と同等なのではと悩む虹夏さん。

 そんな彼女に、ボクは何も返すことが出来なかった。

 

「零くん?」

 

 

『ゼロだってぇ──』

『──でも、ぴったりよねアナタに。だってそうでしょ』

『──アナタの居場所なんて、この世のどこにも無いじゃない?』

 

 ゼロと言われて、未だかつて嬉しいことなどなかった。

 ボクにとっての”ゼロ”は何も持って無い、侮辱の言葉だったから。

 

 だからだろうか。

 

 唐突に目から溢れ、落ち続ける涙をボクは止めることが出来なかったんだ。

 

「れ、零くん!? ゴメン! 本当にごめんね。やっぱり別の称号がいいよねっ。えっと──」

「違うんだ……」

 

 違うんだよ。虹夏さん。

 ああ、こうやってボクはいつも迷惑をかけてばかりだ。

 

 でも、

 

『キミ』と出会えて、『結束バンド』の皆と会えて、心から良かったと思えたから。

 

「嬉しいんだ。ありがとう虹夏さん」

 

 まだ心配そうにボクを見つめる彼女達に、

 

「今日からボクは結束バンドの『ファンゼロ号』だね」

 

 ボクは眼鏡を外し、止まらぬ涙を拭いながら、出来るだけ嬉しい気持ちが伝わったらいいなと言葉を返した。

 

「それならよかったよ。う、うん。よろしくね零くん!」

 

「虹夏が零を泣かせた……ヒドい」

「伊地知先輩なんてことをっ」

「……零さん?」

「いや違うんだって! ほらっ零くんも何か言ってよ!」

 

 今までのボクは何も持って無かった”ゼロ”だったけれど。

 

 この日、幸せな”ゼロ”を彼女たちから一つ貰ったんだ。

 




桐山くん涙する。

ひとまず一区切り。

異色なクロス作品なので投稿する前は正直不安でした。
ただどんなに不評でも、筆が遅くなろうとも、この話までは書こうと決意して始めた今回の物語。なんとか書き切れました。

思いの外、多くの反応をいただきの感謝の言葉が尽きません。
感想、評価、お気に入りなど沢山の反応が励みになりました。

続きは細かいプロットを固めたいので少し遅くなるかもしれません。
調子良ければ早くなるかもしれませんが…。
学園祭までは書けたらいいなぁ。その先は原作バレを考慮すると悩む所。
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