PSO2(NGSにあらず)に落とされたプレイヤー5人が悪巧みする話。

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供養です。


よりよいエンドのために!

 

 

 

 星の海を進むアークス船団の中には、一定の功績が認められたアークスが申請することで与えられる専用のスターシップがある。

 チームシップと呼ばれるそれは一つのステータスであり、であるからこそその内装はそれぞれのチームの個性を出したものになっている。

 訓練用の演習場、保養用のリゾートなどになっているのが一般的で、その例に漏れずに、ここでははらはらとピンク色の花びらが舞っていた。

 そして、小川に架かる橋の上。欄干に腰掛け、流れる沢に釣り糸を垂らすニューマンがいる。

 まるでそこだけが世界から切り取られたかのように、あるいは置いて行かれたかのように、ひどくゆっくりと時が流れていた。

 そんな中で彼女は瞳を閉じて、ただ何かを待っている。

 

 ふと、彼女の耳がぴくりと動いた。

 それから程なくして、彼女のいる橋に向かってくる足音が聞こえてくる。やがてその足音は彼女の隣まで来て止まった。

 

「釣果はどうですか?」

「うむ……君が釣れた」

「つまりさっぱりなんですね」

 

 私は大きいと思うんだがなぁと、彼女は苦笑した。

 

「お久しぶりです、先輩」

「そうかい? 君の主観時間でどのくらい経ったのかな?」

「主観……? 一年は一年だと思いますけど?」

「いいや、君の一年と私の一年は時間が違うよ」

 

 例えば君が、この一年の内364日を寝て過ごしていたら。

 一年はたった1日になる。

 例えば私が、この一年の内364日を寝ずに過ごしていたら。

 一年は1.3倍になることだろう。

 

「あるいは君が1日を3度過ごしたなら……」

「そんなことあります?」

「どうして無いと言えるんだい?」

「…………」

「────っくく、そんな真剣に考えることでもないよ」

 

 意味のない問いで、なおかつ悪魔の証明だ。

 

「戯言さ。忘れて構わないよ」

「そういうところ変わってませんね」

「変えてないのだから当たり前だよ」

 

 私も面倒だとは思うのだけどね。

 そう言って彼女はくすくす笑う。

 

「それで今日はどうしたんだい、のび太君。ジャイアンにいじめられたのかい?」

「違いますよ。ってか、ジャイアンって誰ですか……」

「俺の物は俺の物、お前の物も俺の物って聞いた事ないかい?」

「うっわ横暴。ひどい人ですね」

「どっこい、これが中々カッコいい人なんだ」

 

 映画では。

 

「先輩、趣味悪いですね」

「おっと誤解しないでほしい。彼は子供だよ」

「……ショタコンですか?」

「誤解を解くはずが、さらに捻じ曲がったねぇ……」

 

 明らかに彼が一歩身を引いたのを見て、彼女は苦笑する。

 

「なら弁明を聞きましょう」

「そうだねぇ……仮に私がショタコンだとして、それで何か問題はあるのかい?」

 

 別に犯罪を犯しているわけでもなし。ならばどんなストライクゾーンだろうが性癖だろうが構わないではないか。

 そう、信条の自由というやつだ。

 

「……あります」

「おや、それは何かな?」

「俺が困ります」

「…………ぷっ、くくく、そうか、君が困るのか」

 

 彼女は予想外の答えに一瞬呆けて、そして吹き出した。

 

「くくっ、なら仕方がない、誤解を解くとしよう」

 

 それは彼女にとって、とても簡単なことだ。

 カミングアウトすれば良い。いや、別に言ってないだけで隠してはいなかったが。

 

「私の恋愛対象は女性で、裏を返せば男性は恋愛対象ではなく、ゆえにショタコンじゃない。うむ、完璧な証明だ……さ、これで君の問題も解決だし、そろそろ本題に戻ろうじゃないか」

「もっと悪くなりました…………」

「そうかい。けどもう私にはどうしようも出来ないからね。後は自分でなんとかしたまえ」

 

 彼女はがっくりと肩を落とす彼から視線を外し、さらさらと流れる沢に目を落とした。

 舞い散るピンク色の花びらが水面に落ちては消えていく。

 果たして消えた花びらはどこに流れ着くのだろうか。そもそもこの沢はどこから来てどこに行くのだろうか。

 真面目に考えれば浄化槽に行き当たって循環してるだけなのだろうが、観測しなければ確定ではなく、いくらでも想像の余地がある。

 

「それで、わざわざ私に会いに来た理由はなんだい?」

「あー、その、先輩は何でアークスになったんですか?」

「誘われたから」

 

 ふと竿に何か感触があって、彼女は釣り糸を引く。

 だが水面から上がった針には何もなく、何もないままぽちゃんとまた沢へと落とされた。

 

「スカウトですか」

「いやいや、そんな大層なものではないよ。ただ友人に「お前もアークスにならない? わりと面白いよ」なんて言われてね。まあその時ちょうどこれといってハマっているものもなかったから始めたというわけさ」

「そ、そんな適当な理由……」

「そんなものさ。それで思いの外楽しかったから続けてた。つまんなかったら止めてただろうね」

 

 一時期飽きて止めたが、それはまあ言わなくてもいいだろう。

 

「あれか、もうすぐ卒業だからナーバスになってるのかい?」

「……まあ、そうです」

 

 何となく言われるがままにアークス訓練校に入学して、流されるまま授業を受けて、そして来週行われる最終実地演習を終えれば正式にアークスとなる。

 このままアークスになって良いのだろうか。そんな曖昧な、漠然とした不安が彼の胸の中でぐるぐると渦巻いていた。

 

「俺がアークスになる意味って、理由って何なんでしょう……」

「うーん、そうだね…………君がアークスにならないと宇宙が滅ぶとかどうだい?」

「え、重っ……滅ぶんですか?」

「可能性の話さ。万が一は無くても那由多が一は否定できないだろう?」

 

 それはそうだが、それを考慮する意味はあるのだろうか。

 けど根が真面目な彼は、一応「それならアークスになる」と答える。

 

「じゃあそれでいいじゃないか」

「えぇ……「そんな適当な?」……心読まないでください」

「読んだわけじゃじゃないよ、誘導したのさ」

「どっちも一緒です」

「そう、その通り。大事なのは結果さ」

 

 志という過程に意味はあっても価値は無い。

 志を持ってアークスという職業に就いたとしても、成果にしか価値は生まれない。

 

「すなわち、君が悩んでいることは無価値なのさ…………いや、すまない。今のは語弊があるね」

 

 悩んだという結果は彼の成長に繋がるから価値がある。

 だが彼の悩みの種自体には価値が無い。

 

「どんな志を持とうが、どんな思想を持とうが、どんな野望を持とうが、君は君であり、君が起こす結果が全てだ。だから君は『どんなアークスになりたいか』ではなく、『アークスになって何がしたいか』に悩むべきだ」

「どんなじゃなくて、何が……ですか」

「そう。アークスになってやりたいことが見つからないなら、あるいはやりたいことにもっと向いている職業があるなら。アークスなんて辞めればいい」

 

 ケーキ屋さんをやりたいのにアークスになる必要なんてない。

 異文化交流したいなら外交官という職もある。

 みんなを笑顔にしたいならアイドルを目指せばいい。

 

「君はアークスになって、何がしたいんだい?」

「…………考えてみます」

「うむ、考えなさい」

「……ちなみに先輩はアークスになって何がしたかったんですか?」

「友人と遊びたかった。だからアークスになって遊んだ」

 

 アークスとして稼いだメセタでアクセサリーやウェアを集めてファッションを楽しんだ。

 屋上のプールで花火を見ながらだらだらとくだらない会話を楽しんだ。

 千本の桜と光線銃が乱舞する中でペンライトを振って楽しんだ。

 宇宙の危機を前にギリギリの戦いを楽しんだ。

 

「……いまは、今は何がしたいんですか?」

「君は聡いねえ」

 

 そうだ、それらは全て過去形で。ゆえにきらきらと輝く。

 たとえ死んだ目をしてハムハムしてたことも、今となっては眩い光を放つ。

 

「今は……そうだね。この世界の行く末を見たいかな」

「なんというか、漠然としてますね」

「もっと具体的なことがいいかい? なら、友人がいるであろう1000年後に行きたいかな」

「先輩は知らないようだから教えてあげますけど、それは具体的じゃなくて突拍子もないって言うんですよ」

「くくっ、そうか。それは知らなかった」

「大体、1000年後ってなんですか。長寿にも程があります」

「どうかな? 実際に体験したら案外あっという間かも知れないよ」

 

 そう、始めに言った通り。

 客観的な時間と主観的な時間には隔たりがあるのだから。

 

「手始めに3年くらい寝てみれば分かるさ」

「嫌ですよ、分からなくて結構です」

「そうかい。それは残念だ」

 

 特に、その意思を無視されるあたりが。

 

「で、君はアークスになるのかい? いやそもそもなのだが、君はアークスになれるのかい? 取らぬ狸の皮算用になってないかい?」

「うっ、それを言われると……」

「ならこの話はここまでだね。アークスになれたら、続きをするとしよう」

 

 そう言うと彼女は釣り糸を巻き上げ、釣り竿を担いで欄干からふわりと飛び降りた。

 

「今日はボウズですね」

「何を当たり前のことを言ってるんだい? この沢に魚はいないよ」

「……じゃあ何で釣りしてたんです?」

「君が釣れたと言ったじゃないか」

 

 つまりは初めから話の種でしかないのだ。

 

「まあ長靴くらいなら釣れるけど、欲しいかい?」

「いりません」

「そうだろう? 私もいらない」

 

 エアギターならぬエア大物釣りもできるが、それも中々に空しそうだ。

 いや、いらない物を得るより無を得る方がいいかもしれない。マイナスよりもゼロの方が数字的には大きい。

 もっとも、無をポイ捨てしたら壁に穴が開いてナベリウス凍土に繋がる恐れがあるので取り扱い注意だが。無のくせに。

 

「どこ行くんです?」

「ちょっとそこまでさ。君も付いてきたまえ」

 

 橋を渡り、玉砂利の道を進む。

 並んで歩く二人に、ピンクの花びらが雨のように舞い降り注ぐ。

 

「大きな木ですね」

「樹齢にしたら数百年だろうね。いつか本物を見たいものだよ」

 

 そう言って彼女は手を伸ばして舞い散る花びらを手のひらで受け止めようとして────花びらは手を通り抜けて地面へと落ちた。

 その様子があまりにも寂しそうで。彼は何か言おうとして、結局何も言えなかった。

 ジャリ、ジャリと音を立てる道が終わり、綺麗な石畳の道に出る。

 赤い柱のモニュメントがいくつも立ち並ぶ先に、小さな祠が建っていた。彼女はその祠の前で立ち止まり、くるりと彼の方へと向いた。

 

「さて。ああは言ったが、私は悩める後輩を見捨てるほど冷たい奴ではないよ」

 

 だが、一緒に考えるほど優しくもないし、答えを与えるような無責任でもない。

 

「だから君に、ひとつ御告げを授けよう」

「御告げ、ですか」

「うむ、信じるも信じないも君の自由だ。この祠に向かって二礼二拍手一礼してみるといい」

「ニレイニハ……なんです?」

「祠に向かって2回お辞儀をして、2回手を合わせて音を立てて、そして最後に1回お辞儀する。やってごらん」

 

 御告げという言葉からも、これは儀式なのだろう。

 宗教というものを文字でしか知らない彼は、信心をカケラも抱かぬまま二礼二拍手を行い、

 

「おっと、最後はゆっくり深々と。御告げが来るまで下げ続けるんだ」

 

 言われた通り、深々と一礼する。

 

『○友情 [小運No.2-C] 仲間との絆を大切にしましょう。困った人を助けると運気上昇です』

 

「うわなんですかこれ、脳内に……直接?」

「おや、精神感応は初めてかい? そういう種族とそのうち出会うことになるだろうから慣れとくといいよ」

「へぇ、これがテレパシー……小運?」

「そこはあまり重要ではないよ。仲間との絆、人助け。うんうん、君らしい御告げじゃないか」

「そうですか?」

「そうだとも。実に主人公だ。頑張って人助けしたまえ」

 

 そうして用は済んだと彼女はくるりと身を翻し、チームシップの出入り口であるテレポーターへと歩き始めた。

 彼女に付いて、彼も一緒に向かう。

 

「君、これからの予定は?」

「今日は何も無いですけど……」

「そうか。なら休みを満喫して英気を養うといい。私はこれから集会に出てくるよ」

「……あの変人の集まりですか」

「その言いようだと私も変人ということになるね」

「自覚なかったんですか?」

「あるとも。じゃなきゃ魚のいない沢で釣りなんかしないだろう?」

「あるなら直して下さいよ……」

 

 ため息を吐く彼を置いて、彼女は先にテレポーターへと入った。

 行き先に勝手知ったるフレンドのルームを設定し、転送ボタンに手をかける。

 

「それでは良い休暇を。ああ、そこのバーカウンターの飲み物は好きに飲むといい。ピンからキリまであるから、適当に飲むより吟味する方が良いとは思うがね」

「後で請求したりしないですよね?」

「してほしいのかね?」

「いいえまったく。というか飲まないですし」

「私もだ。是非とも賞味期限が来る前に減らしてくれ」

 

 捨てるには忍びないからと言い残して彼女は転送されて行った。

 残された彼はちらりとバーカウンターの方を向き────結局捨てるくらいならと、一番賞味期限が近い物を拝借してチームシップを後にした。

 

 

 

 

 

「それでは、第7回プレイヤー会議を始める」

 

 団長の宣言に円卓に座った5人は静かに頷いた。

 

「いつも通り、このルームは空間ごと閉鎖してるから、好きに発言してくれ。仮面を取っても大丈夫だ」

「それじゃあ失礼して……ふぅ」

 

 言われてさっそくニューマンの男性が狐のお面を外し、一息吐いた。

 蒸れないよう改造しているとはいえ、四六時中着けているとやはり窮屈で。こうして仮面を外せるこの時間は、彼にとって貴重なオアシスだった。

 

「相変わらず大変そうだね、『ルーサー』さん」

「まったくだ。人に素顔を見られたらどんな誤解を産むか、火を見るより明らかだからね」

 

 何せ黒幕と瓜二つなのだから。ショップエリアで買い物してたら後ろから刺されかねない。

 

「だがまあ、好きなキャラなのが唯一救いだよ。そういう『アクター』君こそ、その着ぐるみ脱がないのかい?」

「脱いだら水着だよ?」

「前言撤回するよ。是非ともそのニャウスーツのままでいてくれたまえ」

 

 呆れたようにルーサーはそう言った。

 惑星ウォパルでもないのに水着は、少々目のやり場に困る。中身は抜群のプロポーションだから尚更だ。

 

「……会議始めていいか?」

「おっとこれは失礼」

 

 黒いキャストの呼びかけにルーサーは大人しくフォトンチェア(白)にかけ直した。足を組んで座るその姿は、完全に悪役である。

 

「さて、すでにメールで連絡してある通り、来週ナベリウスにてアークス訓練生の卒業実地試験が行われる。我々はこれを原作開始と見て特殊作戦行動に出るわけだが……」

「団長、作戦名をちゃんと言ってくれ。士気に関わる」

「しかし『青騎士』──」

 

 団長と呼ばれた黒いキャストは躊躇していたが、青騎士が強く睨むと観念し、あー、えー、と言い淀んだ後に

 

「び……びっくり仰天、シオンちゃん救出大作戦……を開始するわけだが」

「違う。びっくり仰天⁉︎ シオンちゃん☆救出☆大作戦‼︎ だ」

 

 渋い声のゴツいキャストから出ていい作戦名じゃないが、恨むなら深夜にメールで作戦名を投票させた団長自身を恨んでほしい。

 

「びっくり仰天⁉︎ シオンちゃん★休出★大作戦‼︎──を開始するわけだが」

「星が違う。救出のイントネーションが休日出勤の休出になっている。もう一度だ」

「そこまでにしてくれ青騎士君。硬派な団長にそこまで求めるのは酷と言うものだよ」

 

 話が進まなくなる気配を感じ、ルーサーが止めに入った。

 青騎士は少し不満そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わず、話を聞く姿勢に戻った。

 

「こほん……では、まずは前回の会議からの成果を各々報告してほしい。最初は──アクター、報告を」

「はいはーい。アタシは相変わらず成果無し。色んなアークスシップのショップエリアでブラックニャック屋をやったけど、シオンは見えなかったわ。メセタは結構稼げたけど」

「これまでの所感としては、どうだ?」

「んー、そこに居ないってことはないとは思う。けどやっぱりチャンネルが合ってないというか、うん、まだ時期じゃないって感じ」

 

 マザーシップそのものであるシオンの協力が得られたなら、救出作戦の布石としてはこれ以上の物はない。

 本家ルーサーのように見えないけれど居るものとして話しかけ、一方的ではあるが情報を渡すべきだろうか。だが、その行為を敵方に見られるリスクも大きい。

 団長は熟考し……

 

「見えないシオンに話しかける方が良いと思う者、挙手を願う」

 

 その言葉で手を挙げたのはアクター一人だった。

 

「え〜なんでニャウ⁉︎」

「シオンはあの敗者(ルーサー)が手に入れようと躍起になっているだぞ? 我々が接触を試みれば、奴がこちらに気が付きかねん。リスクが大きすぎる」

 

 不満そうなアクターに、青騎士がそう言った。

 ついでに、そのイラつく語尾も止めろと言えば、アクターはいそいそとスーツを替える。

 

「それに私が一番懸念しているのは、そもそもシオンはストーリーを見る限り、助かろうという意志が希薄だ。我々がいくら警告しても無駄骨になりかねん」

「む、それもそっか、りー」

「爆破されたいのか?」

「か、勘弁してほしい、きゅー」

「羽根むしって唐揚げにするぞ」

「……もー青騎士、何ならいいのさ!」

「カヴァスII世」

「カバ……??」

 

 ハテナマークを浮かべるアクターに、青騎士はため息を吐いた。

 

「いい、お前がこっちに詳しく無いのは知っている。忘れろ」

 

 青騎士が持つ聖剣の価値も知らないのだろう。

 手に入れるにはカンスト近いメセタが必要だと言うのに。

 

「では、以降こちらからシオンへはアクションしないこととする」

「向こうから来た場合は?」

「アクターに任せる。だが報告はするように」

「あいあいさー」

 

 ビシッと敬礼をするシン・ゴジラ(アクターがまた着替えた)に、リーダーは鷹揚に頷くと、次はルーサーへ報告を促した。

 

「僕は特別報告出来ることは無いね。相変わらず細々としまむらを経営しているよ」

「ほう? 最近、着心地のよい部屋着が手に入ると噂になってるが?」

「おや、青騎士君の耳にも入ったのかい? それは上々だ」

「……貴様、何を企んでいる?」

「大したことじゃないさ。ちょっとアークスのアパレル業界に革命でも起こそうかと思ってね」

 

 君もいい加減、普通の普段着が欲しいだろう?

 そうルーサーに言われ、青騎士は言葉に詰まった。

 確かに、今のアークスにはフォトンとの親和性や極地戦闘を想定した、言わば戦闘服ばかりが店に並び、それを着て日々を過ごしている。

 常在戦場と言えば聞こえはいいが、あまりに無骨だ。

 いや、ファッショナブルな物もあるのだ。だが結局コスチュームである以上、デザイナーがデザインしたファッションにしかならない。

 もっと自由な服が、そう、せめてレイヤリングウェアさえ普及していれば、この悩みも青騎士の中では許容範囲になっただろうに。

 

「その理想のボディで思う存分ファッションを楽しみたい。違うかい?」

「うぐっ…………否定はせん」

 

 流石の青騎士も『騎士王の甲冑』と『騎士王の礼装』と『騎士王の私服』のローテには辟易していた。

 そこに団長が手を上げて口を挟んだ。

 

「一つ質問があるのだが、そこにキャストパーツは含まれているか?」

「流石、団長。ご慧眼だね」

 

 ルーサーは感心して思わず拍手する。

 そして、

 

「無いよ。儲からないからね」

 

 団長の期待を一刀両断した。

 

「ふっ、まるで運営だな」

「経営者という意味では同じさ」

「……そうか」

 

 団長は寂しそうに肩を落とす。

 理屈としてはわかるのだ。普通の服ならヒューマンニューマンデューマン人型キャスト皆着れる。一方キャストパーツを着れるのはキャストのみ。仮にキャストの半分は人型とすると、市場規模の差は7倍にもなる。

 どっちが儲かるかなど、子供でもわかるだろう。

 だが感情では別だ。団長は声を大にして言いたい。

 

 [゚Д゚] <ハコモアイシテ‼︎

 

 喉まで出かかったそれをグッと堪えて飲み込み、団長は青騎士へと話を振った。

 

「私の方も、残念ながら成果なしだ。新たなプレイヤーは発見出来なかった。やはり我々5人しかプレイヤーは居ないと見ていいだろう」

「そうか……2パーティ8人は集めたかったが、無いものねだりはできんな」

「プラスに考えるならば、不確定要素が減ったとも言える」

 

 青騎士、団長は2.5、ルーサーが1.5、アクターが1、それから……リモニウムが2。合計9.5人分といったところか。無論、難易度ウルトラハード基準でだ。

 ウルトラハードが実装されたエピソード6までは大丈夫だと思うが、やはり不安は残る。

 

「そこはもう、主人公に任せるしかないと思うがな。いずれにせよ、これ以上の戦力は望めないと見るべきだ」

「うむ。では青騎士には以降、別の任務に当たってもらうとしよう。内容は……あー……追って通達する」

「思いついたら連絡するといい」

 

 何も考えてなかったのを見抜いた青騎士はふっと鼻で笑う。

 そして自分の報告は終わりだと、フォトンチェアに深く腰掛けた。

 

「さて、リモニウムの番だが……大丈夫か?」

「…………むり」

 

 会議が始まってからずっと円卓に突っ伏していたニューマンの少女が、か細く呟いた。

 それを困ったように見つめるのは団長。愉快そうに見つめるのはアクター。青騎士とルーサーは同情と共感と愉悦が混じっている。

 

「……やめたい」

「あー、すまんが却下だ。彼の先輩は君しかいない」

「わかってますー、わかってるんだけど…………安藤×マトイのはずじゃん。なんでこんな意味不明なキャラに好意の矢印向いてるのさぁ」

 

 尋ねるようにして団長の方を向いたリモニウムの目は死んでいた。

 ただの監視のはずだった。主人公の動向からストーリーの開始時期や進捗を確認するだけのはずだった。

 それが、なぜ?

 

「かっこよくて可愛くてミステリアスで面倒見が良くて知識が豊富でたまに常識が抜けてて、極めつけに強いからだ」

「青騎士ぃ、それ本気で言ってる?」

「本気だ。本心ではないがな」

 

 そう、つまり客観的な評価はそうなのだ。アークスの人事評価がそうなっている。

 だがそれをそのまま受け取れないのがリモニウムであり、青騎士もまたそうだ。

 確かに容姿にメセタと時間はかけたが、結局はそれだけだ。ミステリアスなのは青騎士とルーサーに唆されてやったロールプレイが今更やめられなくなっただけだし、面倒見は、まあ、そこは素直に受け取ろう。知識だって別にプレイヤーなら大抵知っていることだし、常識が抜けてるというのは、そもそも根っからの日本人なのだから仕方がない。

 

「強いのもレベルと装備の暴力だし、なんなら団長と青騎士の方が上じゃない」

「それでも現時点では六芒均衡より上だ……世果(よのはて)抜きならな」

「そうだけどさぁ……ホント心が痛いの。安藤×マトイ派なの。こんなのNTRじゃん」

 

 しかもするのが自分という。

 

「いやいや、まだマトイは現れてないからセーフだと僕は思うよ。むしろマトイが現れて安藤がそちらに靡けば、君がNTRされた側だ」

「……イイね、それ」

 

 ルーサーの言葉でリモニウムの目に光が灯った。

 ……あやしいと冠した光が。

 

「……そろそろ報告してくれないか?」

「あ、ごめん団長。すっかり忘れてた。先に団長がメールで知らせてるけど、来週EP.1が開始されるってのは私が掴んだ情報ってこと、一応言っておくね。それからゼノ夫婦には卒業試験を気にしておくよう誘導しておいたから、ダーカーの出現に彼らが助けに来ないってことはないと思う。あと重要な情報が一つ」

 

 そこでリモニウムは間を一つ置き、

 

「卒業試験のメンバーに黒人ニキがいる」

 

 言った途端、アクターを除くメンバーが頭を抱えた。

 

「そうか……マターボードの世界線だったか」

「ねえ団長、マターボードってなに?」

「ああ、アクターはEP.6から始めたんだったな」

 

 簡単に言えば、指定のミッションをクリアすることでストーリーが進むシステムのことだ。ミッション自体は〇〇を倒せ、〇〇を入手みたいなそれほど、うん、それほど理不尽なものではない。

 ただミッションが分かり難かったり、複数のミッションを同時にできなかったり、必要なアイテムのドロップ率が低かったりしてとにかく面倒なだけだ。

 

「正直それは置いといていい。俺たちがマターボードを埋めるわけじゃないからな」

 

 安藤には気の毒だが。

 

「問題はストーリーが時系列で開放されないことだ。いつ時間遡行するか、非常に察知しにくくなる」

「しかもマターボードシステムとオムニバスシステムではストーリーの内容も違う。廃止されて何年も経ったから、誰も内容をちゃんと覚えて……いや、そもそも僕とリモニウム君以外、全部マターボードを埋めてないんじゃなかったかな?」

「そんなに違うの?」

「さっき言ってた黒人のアークス。マターボードでは彼はダーカーに殺されるんだが、オムニバスではそもそも彼は出てこないよ」

 

 ゼノ先輩の発言の矛盾を解決するために、彼は存在を消されたのだ。

 もちろんストーリーの大筋は一緒なので計画が破綻することはないが、臨機応変という名の行き当たりばったりでの対応が求められるようになる。

 

「で、ものは提案なんだけど、ニキのこと助けてみない?」

 

 もし原作という流れに逆らえないならば、彼はどうやっても助けられないはずだ。だが原作改変が可能ならば、プレイヤー5人の力を持ってすれば、楽に救出できるだろう。

 シオン生存という大きな原作改変を起こすための資金石にはちょうどいい。

 

「なるほど、良い建前だ。それで本音は?」

「鋭いね、青騎士は。自己満足だよ。私は目覚めが悪いのは嫌なんだ」

「ふっ、いいだろう。私は同意するぞ」

「僕はどちらでも構わない。好きにしたらいい」

「アタシもどっちでもいいかな。その黒人ニキってキャラ知らないし」

 

 賛成2、棄権2。

 決まったようなものだが、それでもちゃんと団長の意見を聞く。反対なら反対としっかり表明することが、意見をすり合わせるのがチームとして大事なのだ。

 

「俺は反対だ。彼が安藤の目の前で殺されることで、安藤はダーカーの危険性を実感するはずだ。それに彼と合流しなかった場合、移動ルートが原作とズレてゼノと合流出来なくなる可能性もある」

「うーん、確かに……」

「だがこの2つをクリアできるなら、俺も賛成しよう」

 

 ならばと、青騎士が言った。

 

「移動ルートの件は問題ない。ナベリウスの広大な森林でゼノが偶然安藤と合流したとは考えられん。個人が持っているマーカー、救援信号を辿ったはずだ。合流出来ないということはないだろう」

「ダーカーの危険性についても、僕は問題ないと思うね。そもそもオムニバスの方じゃ彼がいなくても問題なく、安藤は危険性を理解したよ」

 

 青騎士とルーサーの意見に、団長は考え込む。

 顎に手を当てて十数秒。目に当たる部分の光が消えているということは、目も瞑って考えているのだろうか。

 

「うむ、いいだろう。俺も賛成しよう」

「それじゃあ作戦立てようか」

「いやいや、待て。まだ俺からの報告がまだだろう?」

 

 リモニウムの言葉に、団長が待ったをかけた。

 声にウキウキを隠せない団長に、全員が顔を顰める。ルーサーなど、それを聞いた途端に帰り支度を始めてしまった。

 そして誰も止めることなく、団長はわざわざ作成したのだろう説明資料を全員に配ると、揚々と語り出した。

 

「今回俺が行ったのは惑星リリーパだ。知っての通りここには機甲種が生息していて、今回発見したのはスパルダンA、スパルガン、キグナス──」

 

「では、お先に失礼するよ。これでも社長だからね、忙しいんだ」

「お疲れー。作戦の草案が出来たらメールで送るよ」

 

「まずスパルダンAについてだが、ソード、赤のソード、ノクスクヴェル、レイソード、光纏剣クラースエッジで、それぞれ何回の通常攻撃で倒せるかを確認したところ────」

 

「私も一度失礼する。昼食を済ませたらまた来る」

「あ、アタシも。青騎士、美味しいバーガー屋を見つけたんだ。一緒に行こ!」

「それは黒騎士の方……まあいい。行くか」

 

「スパルガンの攻撃を受けてダメージ計算をしてみたのだが、流石に下位防具で受けるのは万が一があるのでやめておいた。ヒエイ、リュクス、レイ、クラースで受けてみたのだがヒエイの時点であまり痛みを感じ──────」

 

「……さてどうしよう。ナベリウスに行くのはそういう任務を受ければ良いだけだから、それほど問題じゃない。成層圏のキャンプシップでしばらく待機して、緊急警報が出たら救援に走る? でも警報出る前に居場所掴んでおかないと間に合わないかもしれないし……うーん……」

 

 水を得た魚のように検証結果を語る団長の声をBGMに、リモニウムは救出作戦の草案を考えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 後日、ナベリウスでダーカーに襲われた新人アークスのうち、何人かはこう供述している。

 

「突然現れた5色のラッピーに助けられた。まるで意味がわからなかった」

 

 

 

 

 



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