透き通るような霞龍   作:右側に居るタイプのゴア・マガラ

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総力戦─アトラル・ネセト─

「知性とは武器です。少なくとも、私たちはそうやって扱ってきましたし、大多数の生命も同様でしょう」

 

 漆黒の揺らぎが語る。どこか現実味の無い空間で、それは淡々と言葉を吐く。学術的なようでいて、同時に無意味にも思えて、それでいてなお深みのある音の数々は、やはりというべきか難解だ。

 

「しかし同時に、私たちはそれを自らのための探究に使うことをも許されています」

「ゲマトリアは知性を武器にもしますが、本質は学者です」

 

 こつ、こつと鳴り響く靴音。素材が良いのか、あるいは歩き方が丁寧なのか。どちらにせよ音がよく乾いていて、湿ったかのような講義内容に一差し、清涼剤としての役割を果たしていた。

 

「人は考えます。私たちは感じます。様々なもの、ことを、精神を通して理解して────」

「意思を持つのです」

 

 こつ、こつ、こつ。ぴたり。

 少しずつ、静かに、結論に近づくにつれて、ヒートアップというには生ぬるく、平坦というには激情的すぎる論がさらに極端に浮き上がる。

 

「ですが────我々の定義する意思すら持たずとも、知性のみを確かに持った”生物”たちが存在するのが現実です」

「彼ら……彼女らの存在はあまりにも単純でハッキリしすぎていて、結局のところ私たちの理論、思考を真っ向から破壊し尽くしてしまうでしょう」

「とどのつまり、破滅です」

 

 何時の間にやら、彼────黒服は、壁にその身を預けて、いかにもフランクな友人のように振る舞いながらも、ここに居るもう一人の大人、”先生”と呼ばれる人物への語り掛けをやめない。

 

「その知性を持ってして意思を否定し、哲学を持たず、歴史を喰い潰して、神を現実のものとする」

「先生」

「アトラル・カは、ただ生きているだけなのです。そこに理由も、神秘もない」

「この戦いは無意味です。ですが意味を持たずとも、命は削れていきます」

「貴方の言う”生徒”や、”神秘”、そして”恐怖”と戦うのとは異なるのですよ。とにかく────」

 

「生きて帰ってくることを願っています。彼らは、それ以外に言葉を持ちませんから」

 


 

 立ち上がったその威容。金属の軋む音だけが聴覚を苛む。砂嵐が目に入りかけて、砂漠に慣れていない便利屋たちは辟易とした。

 アトラル・カは驚く暇を待っていてはくれず、純然とした害意を持ってして玉座を繰り襲い掛かる。

 単純な肉弾戦。しかしながらそれは肉を持たず、鉄にて支えられる巨竜であるから────威力は計り知れない。この場の誰もが、それを理解している。いや、させられている。見た目になんら小細工なく”強者”と書かれているからだ。

 全員が即座に飛び退く中、救助対象の安否を改めて確認するアル。アクセサリの如く、巨竜の背部から垂れ下がっていた彼女らを見て、あまりにもの様相に恐怖心すら湧き上がった。糸で巻き上げられ、全身を吊られた様態では、如何に死が遠いキヴォトスだとしても死神の出番がやってきてしまいかねない。静かに自らの銃身を眺めて、せっかくの爆発物がまだ使えないなと考える。

 四足の竜。胴体部はずんぐりとした台型の、要塞が如き外観を備えていて、なんとかして乗り上げることが出来ればそのまま救助活動を行うこともできそうではあるが……問題は、如何に強靱なキヴォトス人であろうとも、一飛びでは届かなさそうな体高。仮によじ登るとするならば、四つ足の駆動に巻き込まれてひき肉になる可能性すらある。狂った3Dモデルのように飛び出しては引っ込む構造物は、愚かにもへばりついた生物を絡めとり殺してやろう、という悪意に塗れていた。

 

「流石にこれは……一旦逃げた方がいいんじゃない!?」

 

 リロードを滑らかに挟み、ついで自棄気味に反撃しながら、しかしその反撃が無意味なことを理解していたセリカは、ここからどうにかして生き延びる方法を考えていた。無論、対策委員会や便利屋を犠牲にするのはなし、という前提はあるものの。

 あの竜────リオレウスを盾にして逃げるのであれば。現実的な確率で逃走出来る可能性がある。そこに賭けようという魂胆で、彼女は撤退を提案した。

 だが討伐の証明が得られないとなると、報酬そのものが露と消えるのは確実。今まで使用した弾薬費の元が取れないどころか、赤字になるのは自明の理。

 それでも────死に至るよりはマシ。目の前の巨竜は、そのあまりにも後ろ向きな考えを、だが今だけは強く肯定していた。

 

「……う、まあ、確かにそうだね。無理するものでもないし~、撤退するのが筋────」

 

 悩み。それが淀みとなって、口を衝きかける。ホシノは慌ててその言葉を飲み込んで、それはガラじゃないと蓋をする。色の違う瞳は、だが一点を同じように眺めていて、その無意識の執着はあからさまな違和感を周囲に振りまいた。それを見て、ピクリと獣耳が揺れる。

 

「校章」

 

「……っ!」

 

 ぼそりと呟かれたそれに、彼女は漸く動揺する。竜の背には、かつてマンモス校として名を馳せたアビドス高校を構成していた様々な”思い出”が乗せられているが、その中でもひときわ大きく輝くのは、歴史あるシンボルそのもの、金属質の輝きを持った校章と、巨大な台座だった。

 対策委員会はホシノを含めて、最盛期のアビドス高校を知ってはいたが、その中に所属してたことはない。彼女らが幼い時分から少しずつ破滅が始まっていて、ホシノが新入生となったころには既に酷い有様の片鱗が見えていた。

 だからこそ────その時に残っていたものは記憶に刻まれていた。よく見れば校章だけではない。至る所に、本来自分たちが過ごしているべき場所があって。

 だが、そこに居るのは彼女らではない。生徒たちではない。

 本来いるべきではない”怪物”が、奪い取り絡めとり、自らのものとして使役していた。

 ホシノ自身が意識すればするほどそれは喪失感につながって、脳裏ではこれを見て涙を流す”あの人”の姿が像を結ぶ。いない人間のことを考えるのはやめようとどれだけ振り払おうとしても、しかしこの光景は彼女にとってどう贔屓目に見ても良い変化を起こさないであろうことだけははっきりしていて、そしてしすぎていた。

 銃身を握る手に力がこもる。いやだ、奪われたままでは終わりたくない。

 同時に、冷え切ったもう一人の自分が嘯くのだ。もう失われたものを取り返そうとして、また失わずに済むものを失いかけるのか、と。

 いやだ、いやだと叫ぶ弱い心をぐっとこらえて、引きつりかけた笑みを貼り付ける。それが良くないとわかりつつも、皆は自分の心を既に察しているとわかっていても。過去と今なら、今を選びたい。砂嵐に晒され、桃色の髪の毛が強く揺れている。

 

「確かに、取られっぱなしってのは惜しい。奪い返せるのなら奪い返したい。でも────」

「おじさんはね。もうおじさんだけど、今に希望を持てるんだ。過去の思い出の品がなくなっても、今ある幸せを失いたくない。だから────」

「シロコちゃん。気を使ってくれてるのは分かるけど、やっぱり帰ろう?」

 

 私は今、上手く笑えているだろうか。そう思った彼女は、すぐに笑えていなくても良いな、とも感じた。なぜなら目の前の人物たちに、自分の悲しさを隠すことは不可能に近いからだ。帰ったらうんと慰めて貰おう。それだけで幸せだ、というのは紛れもない事実で、少しだけの悲しさを覆い隠して十分なものだった。

 

「それなら大丈夫」

「私たちはいなくならない」

 

「え────」

 

 けれども。ふり絞るようにして見せた弱みは、あっけない拒否によって霧散してしまった。

 ガチャリと音が鳴る。構え直された銃口は巨竜を向いていて、挑む意思を失っていない。

 

「シロコ先輩!流石に無茶よ!」

 

「そ、そうです。私も撤退するべきかと……」

 

「シロコちゃん……」

 

「────私たちは、もっと欲張りになるべき」

「現実的な範囲内で、どちらかを諦めて。何かを対価に何かを取り戻すなんてことは、したくない。だって私たちがこんな目に遭うことを、私たちが受け入れちゃったら」

「誰が私たちの味方をするの」

 

 静かな怒り、それにしては随分と明るくて。さも当然に、自分たちは勝つとのたまうかのような宣言の後に、健脚は駆けだす。同刻、薄らに掛かる砂埃の向こう側で、空の王者と古の女王の戦いが火蓋を切って落とされていた。

 

「私たちが諦めない限りは、私たちが。そして────」

「先生が、私たちの味方になってくれる」

 

 空を舞うから飛竜。単純明快な話ではあるが、そもそも空を舞う竜というのはとんでもない強靱さを保証する属性であり、先ほど翼膜を突き穿たれても尚不格好ながら飛行を再開することが出来るほどには規格外であった。

 だが、この場は女王の玉座。空を見据える竜は直ぐに異変に気付き、舞いあがる体を低空で留めじわり、じわりと旋回する。ネセトは周囲の神秘持つ生徒を睨み、見据えて、どしりとした所作で全方位に隙を見せない。

 先に動いたのはネセトだった。だがその動作はあまりにも小さく、そして既に”動いていた”。地を這う生徒たちからは見えないほどの微細なもの。

 異変の根源に気づく飛竜。空が降ってくるのだ。厳密には、跳ね上げられた瓦礫が上空にて糸に繋がれていて、それがたった今叩き落とされたのだ。

 浮力の余裕がない状態で当たってしまえば、如何に空の王者と言えども分が悪い。蛇行するように飛行を続けるが、ネセト本体の攻撃範囲に入らないようにしながらも、落下物の全てを躱すのは大きな体力を消費する。

 空の王者が上手く躱したそれはすぐ下の小さき生命に降り注ぐ。走り出したシロコに呆気にとられながらも、その啖呵に酷く惚れ直して興奮していたアル社長と、それを見守っていた便利屋の面々はというと、次々降り注ぐ構造物に追われる形でずっと走らされていた。

 

「きゃははは!見てほら!すごいよアルちゃん!街を爆破した時よりも派手にぶっ壊れてる!」

 

「ムツキ……社長に今、そんな余裕はないよ」

 

 言葉にならない悲鳴を発しながら、砂漠では動きづらいハイヒールでとにかく駆ける社長にしつこく話しかけるムツキ。たしなめるカヨコ。ハルカは最も社長から遠い役職ながら、最も社長に近いリアクションを取っていた。

 

 降下物を次々と避けながら機を伺うリオレウスは、種族の特性として優れた視力を持っている。そのために今、あまりにも小さいチャンスと言えども、確かにそれが地を走る様子を見逃すことはなかったようだ。彼は自分と対等に渡り合った彼女らを、敵でありながらも信じてみることにしたらしい。おそらくそれは、逆方向からもそうだったのかもしれない。

  首だけでリオレウスを追うネセトは、だが左足だけが独立したかのようにうぞうぞと蠢き、重量を衝撃に変えあたりを踏み荒らしている。破砕され、圧力を逃し切れずに隆起したあたりの大地を避け、跳びながら、とにかく足下へと肉薄することを狙うシロコ。

 しかし、要塞足るものこれだけで終わる守りではない。次に聞こえたのは大気を裂く音。何かが高速で飛んでいるときにしかならない音で、散々銃弾が産むそれを耳にしてきた。だが何かが違う。

 音のなる方を眺めると、鉛の弾ではなく糸の帯が一筋。それが幾つも束ねられていて、押し寄せる波の如く地平線まで薙ぎ払う。

 高速で飛ぶそれに当たれば、大小さまざまな傷を作ってしまうことは間違いないが、それ以上に地面にへばりつく糸の粘着性に警戒心が割かれる。当たれば一時的に動きを封じられるのは明確で、ともすれば重要器官に直撃すれば窒息死すらありえる。そうでなくても、銃は精巧な武器だ。砂粒に対応していても、粘つく虫糸にまで耐性があるかどうかは保証されていない。

 まるで滝のごとく巨竜下部から垂れ流されていた糸帯は、こちらに迫りくるにつれていくつかの塊に分かれてなおシロコに迫っていた。しかしそれは一様でもなく、そして完全でもないようで、潜り抜けられそうな、とても小さな隙間が存在していた。

 あたりに散逸した瓦礫の内、小さなものを咄嗟に拾い上げて、ぶん投げる。学生らしからぬ膂力によって推力を与えられた、一直線に飛んでいくそれは、その小さな隙を確実にものにするためのものだ。

 瓦礫を追うように走る。走り続ける。瓦礫はやがて────糸にぶつかった。作用反作用の法則で瓦礫は一息に下に押し付けられ始め、失速し始めるが、同時に糸束も上空へと吹き上げられる。

 叩きつけられかけた瓦礫の合間をスライディングで滑り抜け、直後シロコの居た場所に凄まじい音を立てながら瓦礫が着地する。ものの見事に砕けた瓦礫が、糸の吹き付ける速度のすさまじさをこの場の誰よりも雄弁に語っていた。

 

 だが、あと少し。この一瞬で幾度も死地を潜り抜けた。後はこのまま肉薄して────瓦礫をつなぎとめる部分を爆発物でぶっ壊す。

 一見、この要塞は迫りくる脅威に対応しきれていないように見える。確かに肉弾はすり抜けられ、糸の放射は潜り抜けられた。では、それでもう終わりなのであろうか?

 否。このように単純な防衛装置のみであれば、この女王は千古にわたり生きながらえて等居ない。

 

 がちり、がちり。揺れ動くネセトは異音を鳴らす。金属音の中に混じる、流体の圧力が上がる音。

 砂塵だろうか?と、考えたときにはもう遅く。面前にまで迫った前足の直上からぼたぼたと飛沫が飛ぶ。

 異臭。

 降り注いぐそれの様子はスコールにも似て、液体の発する無遠慮な臭いに思わずシロコは眉を顰める。どうしても、首が上を向いた。

 

 そこには内部から膨張し、今にもはち切れんとばかりに”迎撃装置”を抱えた、鋼の下腹部があった。

 アトラル・カとは、一般的に虫に近い生体をしている。彼女らはフェロモンを使い意思疎通を行うのがそれだ。だが長い時間の中で進化したこの種族は、同時にフェロモンを武器にすら転用する。それは一糸まとわぬ通常時にも十分な威力を発揮しうるが、最も手の付けられない状況となるのは────もちろん、適切な圧縮機、ひいては放出機を揃えたこの形態と化した時であろう。

 内部に張り巡らされた微細な管状組織、糸で紡がれたそれに並々と注がれたアトラル・カの体液は、管を形成する糸自体の脈動に応じて相を次々と変える。それは液に、そして気に。

 やがて急激な蒸発は、時に爆発にも転じて、辺り一面を吹き飛ばす凶悪な攻撃となることもある。

 そう、破滅的な腕の襲撃を往なし、糸の雨を破り、そして待ち受けるのは賞賛ではなく。手ひどい拒絶の臭気であったのだ。

 爆発的な脈動が辺りを覆う。そんな未来が脳裏に浮かぶ。身構えようとももう遅く、全体に広がる衝撃に備えるほかにない。受けきって、その後自分が意識を保っていられるかどうかはわからない。何時来る。何時、吹き飛ばされる。覚悟して、緊張して────

 

 結局、それが訪れることはなかった。本物の爆発が空から来襲し、吹き飛んだ装甲部分から限界を迎えたガスが奇妙な漏出音を響かせながら空気と混じっていく。リオレウスだ。その体で迎撃のために降り注ぎ始めた瓦礫を受け止めながらもネセトへと迫撃し、今にも崩れ落ちそうな翼でもってして空へと食らいついている。わが身を顧みないまさかの攻撃に耐えきれず、生じた隙にシロコがなだれ込んだ。狙うは足下、外部に露出した駆動部位と、それに巻き付く金色の糸。

 

 思い切りに引いた引き金が反動を伝える。尖り飛ぶ銃弾が喰い込むごとに、まるでほどけるかのようにしてあたりに金糸が舞う。砂漠と混じった繊維が、遠くに鳴る雷の光を絡めとり、微かに輝いていた。




 そろそろ対策委員会たちのお話も終わりに近づいてきました。
 また、この小説自体の大まかな終了までのストーリーは全て完成しているのですが、短編で済みそうに無い事に気づいたので連載に変更します。
 加えて幕間のモンスター、生徒を募集するかもしれません。最も、決まっているストーリーとの兼ね合いもあり全てを拾うことは難しいかもしれませんが……
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