透き通るような霞龍   作:右側に居るタイプのゴア・マガラ

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暁を俟つ

 目覚め。奇妙な倦怠感と、ぐっしょりと血に濡れた体にまとわりつく不快感。外から音が聞こえる。断続的に体に伝わる揺れに辟易としていた生徒は、自分が今置かれている状況を再認識した。

 負けて、動けなくなったところを攫われて、滅茶苦茶にデカい要塞に押し込められて。暴れても嘆いても、謝罪しても罵っても、そうすることが決められていたかのように振る舞い作業を推し進めるアトラル・カに辟易として、そして疲労が限界を迎えて意識を手放したのだ。

 鋼が擦れ生まれる振動は、奇妙な浮遊感を生み出して、黄金の繭を満たす。

 落ち目のカイザーコーポレーションなんかに、バイトとは言え肩入れしたのが不味かったのかな。ズレた感想を紡ぎながら身じろぎしてみるが、揺れが酷くなるだけで繭は欠片も罅割れそうにない。

 幸い繭の中は随分と安全なようで、外の砂嵐は内側に入ってこなかった。周囲からあがるうめき声は少しずつ数を増していき、仲間たちもまだ生きているということを伝えてくる。

 あれだけ使えなかった同期たちといえども、生きていると知れただけで少し心の中が軽くなるように感じた。

 アイツは何のために自分たちを閉じ込めたのだろう。思えばアレだけ強い存在が、一介の生徒を喰うでもなく確保する理由が、彼女にはわからなかったのだ。

 見た限りあの虫には、不足しているものが無いようにも思える。成金趣味に見えた金色の装甲も、その強さに裏打ちされた装飾だとするのなら納得がいく。そこまで彼女は考えて、しかし見覚えのあるものが存在しないことに気づいた。

 

「そういえば、ヘイローがついてなかったな……」

 

 アレが何処から来たのかはわからないし、もしかすると知らないだけで昔からここに居たのかもしれない。それについてはどうでも良かったが、だがヘイロー無き存在というのは即ち自分たちから少し遠い存在であることの証でもあった。

 インテリじみた考察は直ぐに行き止まりにたどり着く。研究機材も計算機もない小さな世界の中で導き出される結論には限界があるからだ。

 さて、どうしたものか。ここに閉じ込められたままずっと過ごしていれば、近い将来骸になるのは当然で。

 それを当然の物だと受け入れられるほど、精神が成熟しているわけでもない。なんとかして助かりたいと心の底から思うのは当然だし、形にならない焦燥が動けない背中をせっついてくるのも時間の問題だった。さらに厄介なことに、その時間自体ここで図ることは出来ない。

 遠くで音が鳴り続けている。けれどもどんどんとリズムが狂ってきて、しまいには何かに足を取られたようにピタリと止まってしまった。

 細かな足音。遠くに鳴る雷だけが間隙を埋めて、何者かの到来を伝えてくる。

 

 まさか、とは思ったが。本当に奇跡は起きるのだろうか。しばしの緊張の後、目の前の繭、それを構成する糸壁の向こう側から、鋭い刃物が差し入れられた。

 刀身は金色の壁面を反射して、妙にまぶしく見える。

 心配そうにこちらを覗き込む、年齢不相応な格好をしたゲヘナの学生。後ろにはその部下、仲間が保護者みたいに立っていて、今助け出してきた彼女の長口上を面白そうに見守っていた。

 

「無事!?あの便利屋68が救出に来たわよ!」

 

 


 

 吹き飛ばされた駆動部。耐え切れずに崩れ落ちた鋼は蠢くことを辞め、その隙間から金色の粘液を垂れ流すことに集中している。それはこちらで言うところの修理である、ということは、間近で見ていたシロコにとって明白な結果であった。

 巨竜に、一時的にとは言え膝をつかせた彼女は大きく深呼吸し、喉元を過ぎる熱風を飲み込んだ。

 崩れ落ちた玉座に飛びつく便利屋の面々が見えた。彼女らはどうやら元々この化け物に用があったらしく、その動作に微塵も躊躇いが無い。

 ようやく追いついた対策委員会たちは、文句を言おうにも立ち向かって見せたシロコの勇姿に気圧されて、怒るに怒れず、所在なさげに笑うしかなかった。

 

「おじさんに対して、一人で無理するなって言ったのはシロコちゃんじゃん……」

 

「ごめん。でも……勝てそうな気がしてきたでしょ?」

 

「まあ、それはね……」

 

 先ほどの憂いを秘めた表情はもうどこにもない。砂嵐に飛ばされてしまったのか、シロコにつられてしまったのか。いつもの穏やかがすぎる笑顔に戻っていたホシノは、問いかけに首を縦に振った。

 

「無茶なのは何も変わってないけど~……」

 

「私もやるわ!実際あれは私たちの学校なんだし。弱気になってる場合じゃなかった!」

 

 砂を巻き上げながら必死に走ってきたセリカは肩で息を整えながら、不格好ながらも叫ぶ

 

「とーぜん、私もお手伝いしますよ~?」

 

 ついで最後に現れたノノミは、轟々となる砂塵の音にも負けず、けたたましい音を鳴らし回転するミニガンを高く掲げる。それは力強く、それでいて優しく、皆を鼓舞するようであった。

 生命のぶつかり合いは終端に近づいている。

 玉座の再生は叶わず、張力が重量を担保できていない。崩落する玉座から次々と”だったもの”がはがれていく。金糸たちは衣類を暗喩していて、ひらひらと飛び交う様は彼岸のようである。

 

 遂に姿を見せる女帝は、それでも尚玉座を示す背もたれを捨てることが出来ずにいた。

 

 その感情はひところで表すことができる。怒りだ。住処を破壊された生物が抱くものとしてこれほど正確で純粋なものはない。殺してやるという気概が実力行使となって現れる。かつて玉座だった巨大な車輪を、激情のままに振り回す。地面を引きずり回される構造物。本来の使用法とはかけ離れていた。

 だがかつてと同様に砂煙を掻き立て、地面を削る。耳ざわりな粒子の削れる音が対策委員会を圧倒し、同時に奮い立たせた。

 大きく横なぎに、圧倒的な加害範囲をもってして車輪が襲い掛かる。糸をあやとりのようにして機械を操舵する怪物なのだから、正確にフレイルを取り扱う程度造作もなかった。

 対して、小柄な生命は空を跳ねる。空を舞う巨竜とまではいかずとも、飛び跳ね跳び出すことは出来た。

 空中制御はお手の物だ。実際に推進力を持つわけではなかったが。天性の身体センスがそうさせた。身体を前に投げ出しながら肉薄せんとするシロコ。隣に、へらへらとしたままの先輩も居る。反動を利用し地に軟着陸し、足跡を残しながら走り続ける。

 一方セリカとノノミは飛びのいていた。即座に体勢を立て直し、加えて地に足を付け、腰を据えて引き金を引く。暴力的な火力を投射して、意識を削ぐ寸法だ。

 対する女王は、自らにまとわりつく小さき命たちを振り払うことが出来ずにいる。事実は怒りを通り越して焦りとなる。今まで死んでいなかった生命だろうが、一度死ねば生きながらえた時間など考慮されないのだ。だから恐怖した。散々命を奪っていようと、自らがそうなることは許容できなかった。車輪の勢いは衰えぬままに、二回転目へと突入する。

 それは無理な軌道を描いた。後衛と前衛、アトラル・カからの距離は互いにちぐはぐだ。近場の敵を狙うか、あるいは遠目の敵を狙うのか。リスクリターンは分かり切っていた。どちらを撃ち漏らしても死だ。

 柔らかな鎌、正面外殻を鋼が貫くたびに、精神的にも肉体的にも余裕を削られていく。散弾の衝撃が判断を衝き動かした。だから一気に車輪を引き寄せて、最も近くに居る二人をひき肉にしてしまおうと結論を出した。

 両者攻めあぐねる。角速度はさらに上昇する一方だ。完全にマークされた前衛二人に、何度も何度も寄せては引く破壊の嵐。同時に瓦礫が降り注ぐ。玉座どころか、城塞そのものが限界を迎えているようだった。

 車輪の主は巧みに角度と立ち位置を変えて、同時の攻撃を防ぎ続ける。精密射撃を苦手とするノノミを、前衛と車輪を盾にして封殺するたくらみ。

 戦況を見る目では、年の功か怪物が一枚上回っていた。背丈の小さい子供では、全てを見て平等に評価することは難しい。何時かそうなりたいと思っていたとして、この瞬間必要だとされている能力が補填されることはない。

 それでも少女たちは奇跡を信じる。信じているから、努力を怠らない。今この瞬間にも、砂塵が目に入ろうが、車輪が幾度廻ろうが、生きること、取り返すことを微塵も諦めていない。彼女らには光があった。砂塵に覆われていようとも、太陽を見た記憶がそうさせた。

 

「遅れてごめん、皆!」

 

 大人の声だ。ぐわんぐわんと揺れるように、低く頼りない、最も信頼できる声が響く。誰もが遅いと思った。そして、誰もがそれを信じていた。

 

「ん、待ってた」

 

 乱入者だ。あらゆる生徒の味方、つまりそれは、アトラル・カにとっては紛れもない敵だということを意味する。

 複眼が睨む。自分どころか、そこいらの少女にすら劣る、体躯だけがマシな小物でしかない。意識の何割を割いたのだろうか、雷鳴と砂風に吹き飛ばされてしまいそうな姿を一目見て────”虫”の知らせか、殺さなければならないと悟った。腕に持つ四角く薄く、白い板。似たようなものを幾つも巻き込んでいた彼女だが、それがタブレットである、ということを知らなかった。だというのに、銃よりも厄介な武器であることを一瞬で理解していたのだ。

 生徒たちを剛腕でけん制しながらも、器用に腹甲を引き下げる。天井の、滑車のような構造によって上向きの力へと変換され、赤さびに塗れたドリルのようなものを掘り出した。

 

「あれは……!」

 

 キヴォトスの生活の中では見慣れないものだ。アビドスで長く暮らしていたホシノですら、そのようなモニュメントを見た覚えは一度もない。持ち手────人が持つには大きすぎるが────の先から、もう一つ円錐が伸びている。中心線を進めていくにつれてどんどんと先細っていく。ここまではただの槍だ。だがその槍に、やたらめったらとげ生えていればどうだ。一体何と戦うための槍なのであろうか。それはリオレウスを貫き、明確なダメージを与えた代物と類似している。糸繰されて浮き上がった穂先が、品定めするように水平を巡り、回転し、やがて一方を向いて停止した。

 殺意が先生を襲う。狙いが外れることなどないだろう。飛竜の翼膜すら貫く威力が、人に注がれれば一体どうなるのだろうか?

 その場の誰もが瞠目する。やがて抑えが解き放たれ、貯めこまれたエネルギーが速度へと変わり、一直線に飛翔した。

 

「「先生!」」

 

 二方向から呼び声を聞く。この大人は、もちろん死にたいわけではない。

 ────助けられることに慣れてるのだ。

 

「こんッ、のォッ!」

 

 確かに狙いは正確だった。先生の目前まで差し迫った、竜をも殺す凶器の行き先は、しかし竜を超える龍と、一人の生徒によって防がれる。後には鈍い音と、蹴り飛ばされて明後日の方向へと飛び去って行く飛翔物。そして、完璧な計算と、ほんのちょっとしたお願いを済ませた────ユウカが居た。

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