透き通るような霞龍   作:右側に居るタイプのゴア・マガラ

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うず高き街の幻影

 その光景は、誰が見ても滑稽だと思うことだろう。真面目な顔をした、連邦生徒会の暫定リーダーと言える人物が、何処の誰とも、ともすれば人かどうかすら怪しげな存在に、しかし大真面目に語り掛け、説明している。対して当人、あるいは当ドラゴンに至っては、そもそも真面目に聞いているのか怪しいような挙動を繰り返し、貧乏ゆすりにすら見えるしっぽのたたきつけによって、強い風を巻き上げ続けていた。

 それの尾は随分と不可思議な形をしていて、形容するなら植物の葉に近い。だが、肉厚である。いくつもの、曲がりくねった突起が、まるで呪具の装飾品のように連なっていて、自然物であるはずなのに文化的な何かを感じ取れた。

 バショウセンの再現かのような風に吹かれながら、ときたま強風に怯みながら────先生は漸く、その惨状の中心部分へと辿り着いた。こちらを見やる四つの眼光が体に突き刺さる。彼は大人の笑みを浮かべるので精いっぱいだ。

 

「……先生?」

 

 本日二度目の問いかけ。一度目は異常な環境に流されるまま返事の確認を怠ったから、この状況がある。今度はきちんと確認するぞ、答えるまで絶対食い下がるぞ……そんな気迫をありありと感じた、ここに後から入った大人は、特に否定する理由もないので、事実自分が先生なのだと、首を縦に振った。

 その言葉を────風音交じりに聞いた彼女は眉を下げた。そして上がった。ころころと変わる表情は、色々なことを考えている証左である。安心したやら、落胆したやら、拍子抜けたやら、そして中に入れてしまったこの怪物の後始末をどうしよう、やら……

 静かな表情の変遷が一通り終わるころ、同じくらいせわしなく動いていた怪物の目が一点に止まる。やはりというべきか、その目線の先に居るのは先生だった。

 大人は限界だった。特に腹筋の。

 先生は笑った。大人の曖昧な笑みではなく、声を出して笑ってしまうそれだった。

 

「……先生」

 

 今日は先生としか言葉を発していない気がする、と思いながらも、だがこの言葉がやたらめったらに引っ張り出されるこの状況はどうにもならない。

 だって起きていることがあまりにも非常識で、赴任に対して緊張してて損したんだもん。

 等と幼子じみたい言い訳をする先生を見ていると、確かにあまりに非常識だ、ありえない話だという感覚が湧いてきて、生徒の側まで口角が吊り上がってしまう。

 所在なさげに笑い声二つに囲まれてしまった、この笑いの原因はというと、その場に混ざることは出来ず、やたら伸びる舌をべろりと垂らしてはしまうを繰り返していた。

 左側に2回、そして右側に5回それを繰り返したころ。漸くくすくすがけらけらに取って代わり、一時の静寂が訪れる。息を整え、何を話すんだったっけ、と頭の中で整える。

 ああそうだった、こうしている場合ではないのだ。互いにそれは分かっている。静寂は静寂のまま変わらず、先ほどまでずっと笑っていたとは思えないほどに、このキヴォトスを救う選択は始まろうとしていた。

 

「……キヴォトスへようこそ」

「突然ですが、連邦生徒会は今非常に危険な状態です」

「生徒会長の失踪、そしてそれに乗じた更生対象者の脱走」

「その上、停滞した業務が各学園に伝播している。これを止める手立ては在りませんでした」

 

「そう、今まではですが」

 

 チン、と甲高く響く電子音に会話が────半ば宣告ですらあるそれが遮られる。また、エレベーターがこの階で止まる。両開きの扉からぞろぞろと出てきたのは、三者三様の学生たちだ。足音、歩き方、服装に身体的特徴、ざっくばらんにいうなら雰囲気に至るまで違う生徒たちが、ただ共通の目的に沿ってここまでやってきたらしい。暫定リーダーは、暫定リーダーだからこそその理由になんとなく気づき、先生は大人であるからこそ今自分が置かれている状況とこれらに何かしら相関があるのだ、と気づいた。直談判とはエネルギッシュだ、等と的外れなようなそうではないようなことを思い浮かべながら動きを待つ。

 他方怪物はというと、遂に左側に舌を出した回数が9回を超えた。右側は17回である。どうやら右側の方がおさまりは良いらしい。

 

「連邦生徒会に抗議しに来たのですが────え、なんですかこれは?」

 勢いよく入ってきたそのままの慣性が、ツーサイドアップの髪の毛に働いてつんのめる形になる少女。驚愕で立ち止まったのだからこうもなるであろう。事態の収拾がどんどんと遠のいていく様をありありと認識したリンだったが、しかしそこで諦めはしない。丁度良かったのだ、と言わんばかりに話をつなげていく。

「丁度、抗議に来た暇そうな方々が……三人も居ますし。先生はひとまず、彼女らと共に配属先である」

 

「”シャーレ”に、向かっていただきたいと思います」

「ちょっと、なんで私たちまで」

 

 から先の言葉は紡がれなかった。無言で恐ろしい表情を向けられたから、それをこの少女────ユウカは恐れたのだろうか。いいや、違う。

 その表情を知っていたからだ。自分にも身に覚えがある。動きたくても動けなかった、それが続いて山になって、遂に怠慢の誹りを受けながらも解決することになるその瞬間、心の中に芽生える気持ち────それを凝縮した形相に、少し同情したのだ。確かに、シャーレの近くで戦闘が始まってからかなりの時間が経つ。先生が遅れてきているのだからどうしようもなかったのだ。そしてそれは、今もまだ続いている。止められなければ火は消えない。

 しかし先生は外から来た、か弱い存在だ。隣の変な怪物はまだしも、先生はただの人間以下として見積もった方が安全だと言えるだろう。

 

「同行に関しては問題ありませんが……」

 

 戦闘すら問題としない、超武闘派の少女ですら問題扱いするものと言えば────それもまた、まだ舌をふらつかせているこいつそのものだ。

 抗議しに来た三人組の中で最も背の高い────名前をハスミという────彼女は、また違った感性でその未知なる生物を解析しようとしているようだ。最も、それは

 

「どこかで見たことがあるような……ないような……」

 

 とても感覚的で、核心に迫るものではなかった。

 

「……もしかしてペロロの話をしてます?」

 眼鏡をかけた────そして最も大人しそうでいて、全くそうではない彼女、チナツは、幸運というべきかその既視感を明言化するだけのボキャブラリーと、そして時の運を持っていた。別に彼女は熱狂的なファンであるという訳ではなく、たまたま今朝CMを見てしまったから覚えていた、というだけだという。奇妙なめぐりあわせは続くもので、もしかするとこの世界は奇跡で出来ているのかもしれない。

 ああ、確かそんな名前だったと周囲は納得すると、次にこのモンスターはペロロなのかという話になった。事実、似ている。ペロロとはつい最近、この都市で流行り出したとあるキャラクターのことであり、実際に今、全く興味のない生徒ですら名前や顔位は知っているような、そんな存在になっていた。

 そいつはギョロついた目を持ち、舌をぐるぐると振り回し、そして羽ばたく。

 要素を抜き出して箇条書きにしたのならば、それらを見分けるのはかなり難しい……といってもよい。

 だが、あくまでもペロロはゆるく、かわいらしい────それが事実としては気持ち悪いとされていても────ことをコンセプトに創造されており、目の前の巨大で力が強そうで、なんなら人すら平らげてしまいそうなトカゲとは根本的に違う。

 

 かなりペロロっぽいが、多分、きっと、おそらく、ペロロではない。彼の名前は暫定的にデミペロロとしておこう、そうしようという話にまとまったようだ。ゲヘナ、トリニティ、そしてミレニアムの意見が一致することは、歴史上においてもかなり珍しい出来事である。最もこれが歴史に刻まれるかというと、それはまた別問題であった。

 

 

 

「それじゃあデミペロロも連れて行ってもらいましょうか。弾避けにはなるかもしれません」

 

「!?」

 

 エレベーターの方に体の向きを変えた先生と、シャーレの栄えある第一入部者と化した三人組の背後に、衝撃的な言葉が降りかかる。振り返り、表情筋を駆使して無言の何故?をぶつけるユウカ、静かに眉を顰めるチナツ、純粋に理解の追いついていないといった顔のハスミ、またもや三者三様にバラバラだが、まあ待て今説明するからといったような態度で指導者は口を開いた。

 

「都市機能すら維持できない現在の連邦生徒会に、このような謎の生物を飼っておく余裕も敷地も、ましてや立場もありません。そんなペロロもどきより生徒の世話をしろと襲撃されるのが関の山でしょう。しかしシャーレは別です」

 

「確かに……」

 

 ここで休憩する気満々だったペロロもどき、もとい偽ペロロ以外の一同が一挙に納得する。シャーレ新入部員の三人は、別にシャーレで動物を飼う分に特に不自由をするわけではない。部室に金魚が居ても誰も気にしないように、部室にドラゴンが居ても、接する時間の短さからまだ何とかなる、ということだろうか。

 先生はというと、この人は非常に物好きなので、もうこの巨大生物に対して悪感情はなかった。むしろ、外から来たもの同士で仲良くできそうとすら考えていたのだ。この底なしの能天気さ、あるいはコミュ強さ────空気が読めないともいうその性質は、後々様々な人間を救うことになるのは別の話。

 

 が、当人にとっては一大事である。彼は傷ついていたが、それを伝える手段がない。実際傷の治りは早過ぎる方なのだが、体内に残された”猶予”については、もうそこをつきかけていた。どうにかそれをここで癒したいと怪物なりに考えていたようだったが、伝える手段がないので力なく舌を垂らす。

 反抗すれば────銃弾だ。なんとなく彼らから、幾度となく相対した手練れと似た匂いを感じ取ったその龍は、のそりのそりと先ほど押し込まれた窓────いくつか枠が外れているところから────外へと出て、ぺたぺたとビルを下り始めた。

 

「かなり賢いんですね。もしかして言葉が違うだけで普通に旅行客なんじゃ……」

 

「その場合は不法侵入で普通に訴えられます。隙はありません」

 

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