透き通るような霞龍 作:右側に居るタイプのゴア・マガラ
千夜一夜の太古の閣
一滴の水分すらも含まない砂漠の空気をかき分けて、”帝王”の軍勢は進む。
失われた湿気の代わりに、これでもかと混ざった砂粒が車両に吹き付けて、じゃりじゃりとした音と共に少しずつ堆積し始めている。
ここはアビドス自治区。しかしそれも、かつての話であった。
古今東西、様々な帝政が生まれては、手当たり次第に領土を奪い、拡大してきた。この車、引いては軍団そのものの保有者である”カイザーコーポレーション”もまた、そういった先達たちと同じように”土地”と”財”を集積している。そしてここもまた、その途上において接収した立派な資産の内の一つであった。
車の中はぎゅうぎゅうづめで、たくさんの容積を確保しているのにもかかわらず、それ以上に詰め込まれている。
半分は機械、もう半分は少女。それらは同じ姿かたちをした者同士でひそひそと話し合い、同じ空間に居るのに全く干渉していないのかのように振る舞い合っていた。
いわく、この砂漠には様々な”厄ネタ”があるらしい。
「本日未明、正体不明の飛行物体が、各学園敷地内で複数観測されました。これらの報告を受けて連邦生徒会は────」
────ここは都会ではないし、こんなニュースを読んでいても意味はないな。
端末を弄っていた機械頭は、心の中でそうぼやいた。砂丘の向こう側、文明に埋もれたあの世界と地続きであったはずなのにもかかわらず、窓の外に広がる光景は一面の砂。砂、砂以外の何物でもない。
ときたま頭だけ飛び出した建造物の残滓が、かろうじて歴史を再確認させるのみである。
ふと、目の前に座る女生徒たちを見る。居場所が無かったのか、あるいは単純に金目当てでこの仕事を選んだのか。後者であれば案外仲良くできそうで、前者であれば少し可哀そうに思った。だが、思うだけでもあった。自分にはそれを変える資格がない。ただの一人の大人だ。大人であるから、何が出来るというのだろうか?
自分と似たような、ほかの種族から見れば違いも分からぬような上司に顎で使われ、最前線で銃を撃つ。意思のない、ミレニアムを警護しているボットと自分の人生の何処に差異があるのかと自嘲しながら、ニュースサイトのページ送りを惰性で続ける。意味なくとも、ほかにやることすらない。
「トリニティ自治区で突然の大規模軍事訓練 異例の事態」
「ゲヘナ自治区で謎の爆発 爆発だらけの中で異彩を放つ」
「ミレニアムが緊急会見 未確認生物群に対しての見解を示す」
なにやらとんでもないことになっているな。だが、頭を抱えるほどではない。そう思ったことを最後に、文字を読み続けるための脳容量を使い果たした彼は、端末の電源を落として所在なさげに銃身を手入れし始めた。
────ガツン!
「うわっ!」
鉄と鉄がぶつかる音、それに混じって、鉄と骨がぶつかる音。次いで、運転席から響く声。自分と似たような見た目をした、隣の席に座っていた兵士に、ぶつけたことに関して軽く頭を下げ、一体何が起きたのかと前方を確認する。
「何が起きたんだ!」
甲高い怒声。アルバイトの割には強気に出るが、それでこそキヴォトスの学生というものだろう。若々しいとはいいことだなあ、率先して聞いてくれて手間が省けたなぁ、だとか考えていると、運転席から弱弱しい返事が発せられた。
「で、でかいカマキリが道を塞いでます……」
しゃり。しゃり、しゃり。本来降りるべき地点より随分と前で地に足を付けた。足跡は砂粒に記憶されて、至る所に過去が刻まれる。機械の足と、そして学生の靴底が混ざり合って、奇妙な文様のようになっていた。
「迂回したらいいんじゃないのか」
双眼鏡を覗き込んで、ぼやく。
今、この彼らが居る地点は砂丘の直上である。そこから少し下ったあたり、ここから数10m先に、奇妙に煌めく────確かに、カマキリらしい存在が鎌を振り上げ威嚇してきていた。
「チーフ、お言葉ですが」
「既定のルートを、我々の一存だけで変更することはできません。地下に何が埋まっているかわからない以上、確立されたルート以外を通るのは────」
運転手の苦々しげな陳言を聞き、脳内で反芻する。確かに、そうだ。自分にはルートを変更する権限はない。ここでまとめ役だとか言われていても、実際には責任のデコイでしかない。そういう社会の現実を、大人である彼は知っていた。
見えない財宝を踏み壊してしまうぐらいであれば、見えている地雷を踏みぬいてしまえ。そういった会社に、給金目当てで入ってしまったのはうかつだったのかもしれない。
カイザーコーポレーションは愚かなのではなく、どうしようもなく無情なだけであった。
「調査開始時間までどれくらいある?」
「今すぐ突破しなければ間に合いません」
双眼鏡を覗き込んだまま。まるで深呼吸するかのように駆動する内臓シリンダ。対して、指示を待つ部下は微動だにしない。しばらくして、漸く双眼鏡を下したころには、その読み取れない表情の奥で、無情なカイザーコーポレーションが息づいていた。
「”アルバイト”を出せ」
────その怪物の第一印象は、貧弱そのものだった。様々な色でデコレーションされた頭部周りが、なんとなく成金趣味を思い出させるけばけばしさを持っていて、ビビットカラーの不調和が今風ではない。それを縁取る体色は兎にも角にも金一色、砂漠では中途半端に保護色になって地味に見える。
それを支える四肢は、豪勢な色合いに反してあまりにも華奢。太く見せかけてそのほとんどは大きく張り出しただけの外殻で、煌びやかなだけのハリボテにすら見えた。
───それらに不釣り合いなほど、凶悪な形に発達した大鎌が二つ。十全に振り回せるのだろうか?
「まあ、ヘンナノとはいえ砂に埋もれたアビドスに出てくるヤツなんてこんなものか」
銃身に素早くマガジンを滑り込ませ、砂塵でおかしくなってないかを確認すると、その少女はアルバイトの同期に号令をかけた。彼女は”バイトリーダー”である。給金も良ければ、本来子供に課せられるべきではない責務まで課せられている。はっきり言って違法だが、カイザーコーポレーションの行う悪行について、まだバレているのはブラックマーケットでの一部取引のみ。それも前理事が解雇されてからというもの、ぱったりと追及が止んでいるようだ。彼女は、顔も知らないアビドスの生徒たちについて恨みも好意もなかったが、ただ面倒なやつらだなあとは思っていた。
大人たちは車両の中に戻っていった。それを尻目に、自分の仕事に取り掛かる。
彼女は大人の汚さをわかっているつもりだったが、その一方で、自分が子供であることにどこか甘えても居た。
それは若さを強さと勘違いしていることでもあったし、同時に庇護されるべきだという無意識下の思い込みでもあった。
小さき者、弱き者は殺される。目の前のカマキリは、戦車に比べれば弱そうだった。戦車に勝てる自分であれば、それにも問題なく勝つことができるだろう、と彼女は考えていた。
「ここはカイザーコーポレーションの管轄下の土地だ!貴様は不法侵入者である!即座に退去せよ!」
形式ばった、動かなければお前を殺すという宣誓を、拡声器に乗せて送り出す。遮るものが何もない砂漠では、何時もより遠いところまで音が響く気がする。
太陽光が照り返し、ヘルメットの中が蒸し焼きのようになる砂漠の中で、大きく空気を吸い込み叫ぶのはかなり体力を使うようで、声を張り上げた後に一筋、二筋では済まぬ量の汗が次々と流れ落ちてきた。
───これは冷や汗ではない。この時点では、そう思っていた。
後になって思うと、そういった感想全てはただの強がりだったのかもしれない。
相対するその怪物は、大音量で最後通告を叩きつけられたと同時に、それに負けない音量で何かを叫んだ。
「キェアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!」
意味を持たぬ声、だがそこに”殺意”がある。たかだが虫の声だというのに、その場の誰もが縮み上がった。ただの音量の問題ではなく、原初の生命としての恐怖がそれに刺激されていたから、彼女らは引き金に縋りつく。
射撃。横並びになった隊列から同時に銃弾が発射される。こちらは高所、あちらは低所で、一般論としては非常に有利な状況だと言える。実際それは正しかったようで、威嚇行為として振り上げていた両腕の鎌に突き刺さり、砂漠に似つかわしくない真緑の体液をばらまいた。
だが───直後、一通りの連続射撃が止む。着弾地点からはいくつも土煙が舞い上がって、先ほどまで凄まじい主張を繰り返していた黄金色の体躯をすっぽりと隠してしまったからだ。
「まずい、撃ちおろしたから────!」
もしやそこまで考えていたのか、そんなことを考えている瞬間に────衝撃。
本日二度目であった。一体何が起きたのかわからない。ふわりと宙に浮かんでしまって、砂丘に打ち付けられる背中。全身に力が入らず、チカチカと光る視界の中に捉えたのは────自分たちを吹き飛ばした勢いのまま、真っ直ぐ背後へと吹っ飛んでいく”瓦礫”だった。
投擲。そう判断した彼女は、回復しきらない視覚機能を置き去りに立ち上がる。肩にしっかりとストックを近づけ、迎撃の構えを取った。
見回せば、半数は先ほどの一撃で気絶してしまっている。あの大質量攻撃を、まさか細すぎるとさえ思える体躯で行ったのか────
正体がつかめぬその怪物は、既に目前へと迫っていた。砂塵を振り払い猛追する金色の巨大蟲に、今度はしっかり水平になるようフォーメーションを指示する。
砂埃を舞いあげながら滑り落ちる生徒たちを狙って、またもやカマキリは投擲を選択する。
それはこの周辺の埋没物を完全に把握しているようで────先ほどぶん投げた巨大な柱とは別に、またもや当たればただでは済まなさそうな……校門を引き上げてきた。新しい服でも身に纏うように、体中から糸を紡いで錆びついた鉄の骨組みへと絡ませる。その間にも集中砲火は続いていて、その黄金色の甲殻に次々と傷を増やしていた。
囲まれる形になっては分が悪いと、背負いあげた”校門”を地面にこすりつけ、一方向の視界を塞ぐ。丁度”バイトリーダー”とは逆の方向の生徒たちがその被害に遭ったようで、射撃許可の有無を半泣きになりながら問うてくる。
「自分で考えろ!」
同期はあまりにも軟弱すぎる、そう考えた彼女は既に駆け抜け始めていた。
狙いを絞らせないように、頭部の瞳をめがけて腰だめで乱射。命中率は────悪くない。そこそこあればそれで問題ない。
流石の怪物も瞳への攻撃には弱ったようで、自慢の鎌を顔の真前へと移動させる。その隙をついて、ジグザグに────こちらも砂埃を蹴飛ばしながらどんどんと肉薄していく。
一歩、二歩、どんどんと歩幅が大きくなって、まるで空を飛ぶかのように”一瞬”を駆けていく。これで10秒走れと言われれば死んでしまうが、たった数秒であれば────
ズボンの中が、靴の中が、そして筋肉が高熱を発する。どれほどの筋繊維が千切れているのだろう、考えたくも無い事だ。
脚を酷使した後は腕だ。そのまま今までよりも角度をつけて空に飛ぶ。カマキリは狙いすましたように、その少女が丁度目の前を通過した瞬間、ガードを解いて反撃を行う。そのタイミングは完璧だった。だがそれは、X軸の話だ。
標的は頭上に居た。頭部の突起を腕で引っ掴み、全身の慣性を殺し切り、死角となる頭の裏へと飛び乗る。
こうなってはたまらず、けれども慈悲はなく、至近距離で引き金の落ちる音が響いた。
甲殻が裂け、薄い肉が千切れ、それらと体液が混ざり合ったぐちゃぐちゃの汁が背面から飛び散る。耐え切れずにバランスを崩した怪物は、力を振り絞り砂上へともんどりうった。投げ捨てられる形で地に伏せたバイトリーダーはそれでも銃口を向け続けて、トリガーを引き直そうとしたが────
ズガ、アアア……ァァァ……ン!
反響し続ける金属音、直後に地震。舞い上がった砂塵は、最早砂塵といったかわいいモノではなく砂嵐と化している。
照り付ける太陽は陰りを見せ、怪物を狙ったはずの銃弾は巨大な鉄肢に遮られている。
ただ無造作に絡み合ったかに見えるその廃墟たちは、しかしその美しく突き詰められた機能性と、そして巻きつけれられた金色の糸が、下賤なものではないという証明となっていた。屹立する長首は、神話に出てくる邪龍、世界を喰らい尽くす大蛇のようで、それでいて山の如き体躯を支えるのは、大地の如き四肢。引きずり出された真の”武器”は、四つ足で翔ける竜の形をしていた。
虫の怪物に見えたそれは、女帝であったのだ。武器を持たぬ人はか弱く見えるだろう、武器を持たぬ機械は頼りなく思えるだろう。女帝はまさにその状態であったのだ。
雷鳴轟く復活、女帝を心臓とした古代帝国の復古。今を生きる”帝王”は、かつて存在し、たった今復活した女帝を止められるのであろうか?
────生まれ変わったアビドス校章が、その竜の頂点で妖しく輝いていた。