透き通るような霞龍 作:右側に居るタイプのゴア・マガラ
金欠。それは現代社会に生きる者にとって、最も忌むべき事態であり────
同時に、最も陥ることが多い危機でもある。
経済活動を続けることが宿命づけられた人間型社会の中で、リスクを完全になくすことのできないこの危機は、様々な末路をもってして自らの恐ろしさを歴史の中へと刻み続けてきた。
ここ────アビドス高校もまた、その金欠の行きつく先として借金まみれの地獄の中を歩んでいる。
「……それでは、アビドス対策委員会の定例会議を始めます」
地獄の割には明るい部屋に、五人の生徒が集まっていた。
委員会の進行役を務めるのは、アヤネという少女だった。丁寧な言葉で喋り、同級生にもそのスタンスを崩さないのが彼女だ。
アビドス対策委員会とは、この学園の借金を何とかするために集まった在校生、その全てである。なんと、かつてキヴォトス有数のマンモス校と言われていたこの学園は、今やたった五人だけで運営される零細極まりない体制となり果てていた。
だが、彼女らの顔に不満や憂いはない。むしろ楽しそうに、今日の会議が始まった。
「今回も最新のトレンドを調査してきたわよ!」
自信満々に胸を張って言い放つ、ツインテールの特徴的な、そして気の強そうな少女。名前をセリカといい、委員会においては会計を担当する。彼女は人一倍借金に意識を裂いていて、何時でも”先進的”なアイデアを発案するのだ。だが、それが採用されたことは一度もない。なぜなら────
「四人前提だけど、一人30kgの石炭を採掘して、10kgずつ納品するだけで……理屈は不明だけど山ほど稼げる*1求人広告!私たちの体力と人数なら余裕を持って────」
安易になんにでも飛びつく悪癖があったからだ。またか、と今日の日差しよりも生温かな視線を他四人に浴びせられて、もう慣れっこな却下を予知してしまったセリカを他所に、その対面に座っていた、獣耳銀髪の少女────シロコは、別な案を提案する。
「そんな都市伝説みたいな話はさておき……今キヴォトスに起きてる事態を鑑みると、もっとマトモで、ついでに人にも感謝される仕事がある」
「銀行強盗……じゃない?」
「というと、やっぱり”モンスター”絡み~?」
眠たそうな、というよりは今にも寝てしまいそうな様子で、机に突っ伏しながら聞き返す、桃色の髪の毛をそのまま垂らした少女、ホシノ────本人はおじさんと名乗っている────は、シロコが普段よりも少しだけ、他者の目を気にしているところに感心しながら、それをおくびにも出さずあくびを出して、その真意を問うた。
「その通り、先輩」
「しかも依頼主も、目的もしっかりしている。ミレニアムが”モンスター”の体組織を生死問わず集めてるらしい」
「加えて、レートも良い。今まででは考えられない速度で借金を返すのも不可能じゃない────普段なら疑っているところだけど、ミレニアムは既に何件か”支払い実績”を残してる」
”モンスター”。ほんの数か月前に突如として現れた、未確認生物群の総称。それらに共通点があるとすれば、ただ生きているというだけ────多種多様、そして強靱なその生物群は、今までの生物分類を全て乗り越えたような振る舞いをし、各勢力を翻弄していた。
つい最近知り合い、助けてもらった”シャーレ”にも巨大な紫色のトカゲがいたことを思い出す。確かデミペロロ、というニックネームがついていたた。
先生と一緒に干からびかけていて、その上スポーツドリンクを掠め取ろうとしてきたことまで脳裏に浮かんだシロコは、少しニヤり、とした表情を浮かべる。他の誰にも気づかれないほど小さく。
「実害が出てるのはうちだけじゃない。皆人手を欲しがってる、あのカイザーコーポレーションですら対応は後手」
残った一人────おっとりとした金髪の少女、ノノミは、机に置かれた”依頼文書”を覗き込んだ。アビドス砂漠での目撃情報のみを抜粋されていて、被写体になったモンスターの背後には見慣れた景色が広がっている。
「飛行型モンスター……?火を吐くって書いてますけど……」
「まずは様子見。最初っから仕留められるとは限らないから……でも、チャンスはある筈。前例が存在するなら」
張り付けられた写真には、赤い甲殻を身に纏い空を舞う、巨大な翼を誇示した生物が映っていた。仮称”火竜”、危険性はかなりのもので、比例するように実入りも良い。
対空砲を十分用意できる都心部ならともかく、その機動力を相手にするのは僻地では難しいから、対抗できる人員は限られている。心の中に生じた臆病な気持ちと。だが───一人でないのならば、大敵にも挑める。
それはつい最近学んだ教訓であり、成功体験であった。
「どう?やってみる気にはなった?」
少しの間をおいて、思索を挟んで次々と帰ってくる────肯定。人が傷つかないのであれば、そもそもキヴォトスの人間はかなり好戦的だ。
「やりましょう」、「やるわよ!」、「やろうか~」────それぞれがそれぞれ、思い思いの返事を紡ぐ。
大体、砂漠になって、カイザーコーポレーションの手に落ちたとしても、ここは自分たちの暮らす場所。同じ場所に暮らしてしまった以上、何時か避けて通れない戦いであるのは明白で、如何に強大な生き物であろうが挑まなければならないのだ。それに金がついてくるとあらば────今やらずに何時やる?
短機関銃に滑り込むマガジンは、カチりと小気味よい音を鳴らす。
回転機構を備えた巨大な銃は、巨竜相手にも引けを取らぬ暴威を生むだろう。
散弾銃の各部が順繰りに駆動して、大火力を吐き出す準備をする。
自然に挑むのならば、彼女らは今日より狩人だ。それが金のためだとしても、金を生み出す社会すら自然であるから────
ひしゃげたシャーシを動かすたびに、間接部の軋む音がする。外部の埃を弾く機構はとっくの昔に壊れてしまっていて、一歩歩みを進めるごとに動作が鈍くなっていく。
街行く人はそれを見ても、何も思わない。銃撃戦が常のこの世界で、こうやって傷つき果てる人間はたくさんいるからだ。それでも皆頑丈なのだから、明日には体を直して仕事場に行く。昨日までは、この男もそうだった。
砂漠から逃げるようにしてここまでやってきた彼は、幾度となく戦場へと戻ろうとした。だがそのたびに、恐怖と……自分を命がけで逃がした部下たちのすがるような顔を思い出して、惰性のように歩き続けて街へときた。
一方的に蹂躙される部下たちの発光パターンは、見たこともない形になり果て。
悲鳴とも破断音ともつかない振動を発しながら、生きたまま”玉座”へと変えられてしまう様子は、どれほど戦いに慣れていても……耐えることのできないものだった。
シリンダが震えている。物理的にも、精神的にも限界を迎えつつあった男は、ある建物の前に立ち尽くしていた。
この地に居を構えるのは因縁のある相手だ。同時に、実力もあれば────この状況下で縋ることのできる、ただ一つの手段でもあった。
ここにきて、また
立ち尽くしたまま、永遠が過ぎるような感覚の中で。
────怨嗟と共に巻き取られる生徒たち。自分が積み上げた過去を守るために捧げてしまった、彼女たちの未来が脳裏を駆け抜ける。
あれほど強気だったバイトリーダーも、それに付き従っていた能天気な取り巻きたちも、自分の中で除外していただけでただの”生徒”だったはずなのだ。
自分に存在したのかもわからない幼少期を、思い出せもしないのに思い出す。
プライドも恥も捨てるべきだ。外聞も、明日も、過去の栄光も全て。自分が間違いだと思う悲劇を取り消すために、必死になって何が悪い。
意を決してインターホンを押し込む。これが終われば、過去も未来も何もかも暗雲の中へと消えていくことだろう。彼は、それでもいいと思った。
「こちら便利屋68、どんなことでも解決しま────ゲェッ!?カイザーコーポレーション!?」