透き通るような霞龍   作:右側に居るタイプのゴア・マガラ

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龍秘宝

「それにしても、ほんとコイツはよく食べるわね……」

 

 シャーレの当番。本来先生の世話だけしていればいいだけだったはずのその役職は、しかし半透明の怪物との蜜月と抱き合わせの職となっていた。

 普段より、初期入部者であるために先生から重用されているユウカは、ミレニアム内においてもデミペロロ────いや、種族名”オオナズチ”のせいでちょっとした”面倒な立場”に置かれている。

 というのも、ミレニアムはトリニティに残された文献などを取引を通じて一部参考にし、また自分たちの保持するテクノロジーと合わせて急速に”モンスター”たちの分類・解明を推し進めていた。その際に、サンプルというものは多ければ多いほどよい。それは物体的なものから、経験のように目に見えないものまで。

 都市において発見されたモンスターは、公開されてはいないもののこのオオナズチが”初”だったようだ。外部の世界には有識者が居るのか、そもそもモンスターとの共存、あるいは撃滅が可能なのか────トリニティの持っていた文献を通じた研究にはもうじき限界が来るということもあって、彼女らは次なる手掛かりを得ることに躍起になっていた。

 話を戻すと、つまりユウカは、ミレニアムにおける”第一接触者”なのだ。彼女はオオナズチに最も早く、最も多く接触する機会を持っている。やんわりとセミナー内で期待を持たれていたのだ。

 ────オオナズチより、何かを賜ることを。

 

 が、今のところは賜るどころではない。喰っては寝て、たまにいなくなったと思いきややはり室内で透明化しているだけだったり。本当にどこかへと行ってしまった時の行動を観察しようにも、消えてしまっていては補足が困難。せめて脱皮でもしてくれればと歯ぎしりするところではあったが、あまりにも気まぐれな上に、いくら部員だからと言っても普段の生活や授業もある。

 特にセミナーは多忙を極めているために、早くミレニアムからシャーレに新しく入部者が出ればいいのに、とも思っていたが────同時に、先生との時間が減ることに対する危惧もあった。心が二つある、静かな葛藤である

 なんだかんだ、ああいった────ダメながらも親身な大人には誰もが飢えていて、ユウカも同様にそうだった。特にお世話する権利を手放すのは頂けない。付け入る隙と言っても良い。先生の隙は自分の物だとすら思っている節があった。他者に施しをすることが好きな人種は良く存在しているが、ユウカはずばりそれだった。ただ、そのお陰か彼女は自分が思っているよりも好かれていて、杓子定規な判断でも受け入れられる下地になっていたのだが……

 

 それは、目の前の怪物にはなんの意味もなさない。持ってきた山菜を咀嚼しているその顔を見ていると、なんだか力が抜けてくる感じすらしてくるユウカであった。

 

「爪切りとか出来ないのかしら」

 

 近くの椅子に座って、頬杖をつきながら、食料が嚥下される際の喉の動きまで観察する。丸っこく、どうにも凶悪さに欠ける爪は、その見た目に反してかけたところも傷ついたところも見たことが無い。

 

 しばらくして、つまらなさそうに座る少女の視線に気づいたのか、オオナズチはのそりのそりと彼女の元へと移動し始めた。

 だがそれは、動いてはちょっと戻り、ちょっと戻っては一歩踏み出しの繰り返し。

 いくら巨体とは言え、そのように緊迫感のない動きをされては威圧感も薄れてしまう。目の前に到達するまで、数十秒。ユウカはその間、微動だにしていなかった。

 蛍光灯の光を覆い隠すように背負ったオオナズチ。陰になっても、何処に目があるかはその特徴的な姿かたちから一発でわかる。じーっと目で目を追っていると、突然ごとり、という重たい音が響いた。

 音のなった場所は、自分のすぐ隣。丁度、オオナズチの頭部あたりから落ちてきたのだろう。目線だけ動かしてみてみれば────輝く宝石が落ちているではないか。

「え、と……落としたわよ?」

 一応、とばかりの確認。なんともまあこいつはかなり賢いようで、最初は見た目が違うだけの”獣人”とばかりに思っていたほどだ。シャーレ内で流行っているラーメン屋の店主もまた、そういった類の人間だと聞いたことがある。キヴォトスでは、傾向としては特段珍しいモノでもないのだが────だから、この巨大さと暴威に手を焼くのだ。

 しかし今回に限っては、ユウカの質問内容などどこ吹く風と言わんばかりにぼーっとしていた。

 その距離感のまま数秒、過ぎる。貰っていいのだろうか、そう思いながら恐る恐ると手を伸ばす。触れる、つかむ。

 

 くあ、といった甲高い鳴き声と共に口を開いたオオナズチは、触れたことを咎めるようなことはせず、何なら持って行けと言わんばかりにバタバタと尻尾を叩きつけた。部屋の中の空気が程良く入れ替わる。

「あ、ありがとう?」

 なんと、実際にモンスターから”ブツ”を上手くもらえてしまった。おそらく掠め取れと言ったニュアンスだったミレニアムからの期待は、譲り受けるという形で成就することになったようだ。この世に存在するのが怪しいほど神秘的で、見れば見るほど美しい玉石。それが今、自分の掌の中にある。それほど宝石に縁があるわけではなかったが、実際に見てみると人を引き付けるのも理解できる、と彼女は感じた。

 自分が生まれる幾つほど前からこの世に存在しているのだろう。自分の顔が、ただの鏡に映すよりも美しく反射されるくらいに磨き上げられた表面に、一体どれほどの時間、どのような光景を閉じ込めてきたのだろう。思索の全てが引っ張られるような気がした。

 見れば見るほど魅入られてしまいそうで、なんであれば独占したいような気持ちすら芽生えるが、ユウカは真面目な生徒だからそのような気持ちを振り払う。

 

 一旦戻ろう。そう決めた矢先、自分を呼ぶ声が聞こえた。忘れはしない、先生の声だ。

 

「ごめんユウカ、今時間ある?」

 

 いつもは自分がお時間を頂いているが、どうやら今日は先生が”お返し”してきたようだ。空いているか空いてないか、時間があるか無いかで言えば────

「作りま────ありますよ!」

 とりあえずは宝石を鞄にしまって、元気よく自分が時間を用意できること────もとい、保持していることを伝える。先生は一瞬はてなを浮かべていたが、熱意と元気を見て簡単に満足してしまうお人よしだから、「それじゃあ、ちょっと来てもらおうかな」などと楽しそうに準備をし始めた。

 

 

 

「行方不明者の捜索」

 

「そうなんだ。学園問わず……いや、ゲヘナが一番多いけどね。ただミレニアムにも犠牲者が出てる」

 

 そう言いながら資料をぺらぺらとめくる先生。彼がかき集めたらしき個人情報欄に記されているのは、大抵の場合困窮しているといった備考が添えられていた。

 

「ええと、つまり?貧困者が多いということは……何かしら危険なバイトが横行している、とか」

 

「その通り、みたいだ」

 

 このお人好しな大人は、ほとんどの場合声を曇らせると言ったことはない。何時でもひょうひょうとしていて、穏やかで、体力はないのに精神力だけは無尽蔵。

 ただそれは、生徒に危害が加わるときにだけ揺らぐ。それは例外なく、ユウカの知らない、何処か遠くの生徒であってもそうだった。ユウカにも同情する気持ちはあったし、実際にシャーレに所属しているうちに、そういったキヴォトスに横たわる問題の数々に心を痛めていたから、最近意外と先生の言いたいことがわかってきたらしい。

 ただ、先生の前でそれを言うのは憚られる。きっと先生は、自分が”心を痛めている”だなんてい言ってしまえば、それにも心を痛めてしまう。ユウカは先生の考えがわかってしまったからこそ、この気持ちを出すことなく相槌を打つ。

 

「まあただ、単純なバイトじゃない」

「この前の対策委員会……は、話したよね」

「そことかかわりのあるカイザーコーポレーションが雇い主……なんだが、それすら蹂躙する”モンスター”が現れたんだ」

 

 カイザーコーポレーションと言えば、有名も有名な大企業。ユウカも知っている。就職できれば未来は明るいし、生活水準だっていくらか上がることだろう。ただ、同時に黒い噂の絶えない企業でもあった。

 巨大な組織というのは、大なり小なり毒を蓄積するものだ。シャーレのように、顧問とそのペットの金遣いがちょっとおかしい、等というほほえましい”闇”は珍しい部類に入る。

 

「それは、シャーレに解決できる範囲を超えていませんか?」

 

「半歩飛び越えてるかな……」

 

「……」

 

 沈黙。先ほどの話しぶりから察するに、アルバイターたちはモンスターの魔の手にかかり、酷い目に遭わされているのだろう。めったなことでは人死にの出ないこの世界に、突如として現れた理外の────それでいて生きている化け物に。

 

「でも」「私たちじゃないと動けない」

 

 アビドス砂漠はもともとアビドスのものだ。そして、その保有権はカイザーに移っている。断じてゲヘナのものではないし、トリニティのものでもない。もちろん、ミレニアムも違う。無理に巨体を動かせば、砂漠に存在するすり鉢のように自重で絡まって、助け出せたとしても碌な結果を得られない(バッドエンド)だろう。

 微妙な政治的バランスで成り立っている都市の中で、彼女らを助け出せるのは────確かに、そのバランス全てを踏み倒すことのできるシャーレしかいない。

 

「そこで、だ。ユウカにも、協力してもらいたい。もちろん無理にとは言わない、これはユウカ以外にもこういうつもり────」

 

「しますよ、協力」

 

ユウカよりは低い声に、食い気味に、かぶせるように言い放つ。先生に良い所を見せたい、という気持ちが無いわけでもないが、それよりももっと大切なものがあるがゆえに。

 

「うちの学生だって、いなくなっているんでしょう?いえ────ミレニアムに被害者がいなかったとしても、です。シャーレに所属した以上、同じ生徒の不幸を見逃しておくわけにはいきませんから」

 

 出来うる限りの、恰好を付けた宣言。柔和な笑みを崩さない先生は、その裏では涙ぐんでいた。

 

「……私も頑丈だったらな」

 

「先生、別に後ろで見て居ろって言ってるわけじゃないんですよ」

「指揮、頑張ってくださいね?」

 

「私、準備してきます。同期にもちょっと話をつけてきたいですし……」

 

 ああ、頼んだよ。相談に乗ってくれてありがとう。そんな声を背中に受け止めて、ユウカはシャーレの外へと向かう。

 扉を開けて外に出ようとしていた最中に、いつの間にか外を散歩していたオオナズチが、ちょうど目の前で実体化した。少しの間に、随分と変わってしまった気分とは裏腹に、そいつは変わらず舌を垂らしている。

 

「……あなたも、また力を貸してくれる?」

 

 彼は頷かない。しかし、首を横にも振らなかった。ただそこにいるだけで、何をするでもなく────ただ、ユウカをそのままにした。期待して損した、と軽く笑った後、少しだけ足取り軽やかに、ミレニアムへと歩を進めた。

 

 


 

「ふむ、なるほど、これは……」

 

 ユウカが固唾をのんで見守る中、なめ回すように────まるで元の持ち主のようでもある────彼女の持って帰ってきた玉石を解析する、エンジニア部の面々。

 彼女らはその名前の通り、モノづくりに特化した生徒たちで構成されていて、したがってこういった未知の素材に対する熱意と知識には目を見張るものを持っている。

 

 しばらくそれらをこねくり回してから、ようやく機材の収納が始まったというあたり────彼女らの代表者であるウタハが、ユウカの元へと駆け寄った。

「ユウカ!これは……間違いないぞ!」

 

 少しばかり興奮した様子を隠せないウタハ。それを見たユウカは、まるでその興奮が伝播したかのように椅子から立ち上がった。

 

「というと、やっぱり!?」

 

 モンスターの一部は、体の中に宝玉を持つと言われている。トリニティからもたらされた文献の中には、イラストという形ではあるが、数多の怪物たちから取り出された宝玉の外観と────それらがもたらす、超常的な能力や性能について説明されていた。オオナズチから渡された石は、とても美しかった。なればこそ、それは龍の持つ力の源なのではないか。ユウカは皮算用が好きではなかったが、しかしこれを楽しみにするなというのも難しい。

 遂に口を開いたウタハ。さぞ凄まじい内容が────

「ああ、これは────」「すごくきれいな石だ」

 

「すごくきれいな石」

 

 出てこなかった。

 

「トリニティの文献にはこうある。”ある一部の古龍が集めるきらきらとした石”」

 

「え?それだけなの?」

 

「それだけ。いや実際綺麗だし、珍しいことこの上ない構造なんだけど……利用法はちょっと思い浮かばないかなぁ。武器だとか、あと装甲にも向かない」

 

 どうやら外れを引い(物欲センサーが起動し)てしまった、ということを認識したセミナー役員は、哀れにも膝から崩れ落ち、四つん這いの態勢になってしまった。あれだけ期待させておいて────きれいな石。いやまあ、くれただけありがたがるのが筋ではあるのだが、だがあれだけ大喰らいしておいて、これなのか?この仕打ちなのか?あの飛び出た丸い瞳が、ユウカにとっては、なんとなく馬鹿にしているように見えてきてしまった

 

「ただそれは現時点で、というだけに過ぎない。新設された”造竜部”にはもっと予算が出るんだろう?予算と時間があれば、もっと知見が拡がるに違いない。私にも一枚かませてくれよ、セミナー様」

 

「……まあ、考えておくわ。貴方達が居れば百人力だし……」

 

 よろよろと力なく(捕獲ラインを下回ったように)わが家へと帰ろうとする背中は、なんならシャーレを出る時よりも沈鬱なように見えるほどであった。

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