透き通るような霞龍 作:右側に居るタイプのゴア・マガラ
メインターゲット
アトラル・カ一頭の討伐・撃退
環境情報
大量発生・増殖なし・不安定
受注・参加条件
アウトロー
失敗条件
社員のリタイア
依頼主
カイザーコーポレーション部長
内容は簡潔に。砂漠に現れた、黄金の怪物を倒してほしい。
手段も、予算も問わない。私の全財産を……
私が醜く積み上げた過去を使って、使い潰して、
墟城に囚われた生徒たちの未来を
どうか、救ってやってくれ。
「これ本当に受けていい依頼なの……?」
既に病院送りにされた機械の大人より受け渡された情報を纏めつつ、疑問を持ったカヨコという”課長”は、目の前で小刻みに震えている、曲がりなりにも”社長”という肩書を持つアルに尋ねていた。
「だって……断ったら何されるか……じゃなくて!便利屋68は金さえ積まれればどんな仕事でも受けるのよ!それがたとえ超巨大且つ災害みたいな昆虫相手であっても……」
「言ってて怖くなってきた……」
震えは強くなる。カイザーコーポレーションの恐ろしさ、強大さは身をもって知っている。以前は上手く立ち回って何とか無事に帰ってくることが出来たが、アレはアビドス対策委員会の色々な意味で規格外な立ち回りに救われた面もある。それに、先生だっていた。
それよりなにより、今回の敵はカイザーコーポレーションと同程度、どころでは済まない。カイザーコーポレーションを相手にして、その上蹂躙することのできるほどの暴力を持った相手だというのだ。
想像を絶するほどの難題を、勢いで受けてしまった自分に腹が立つ。自分だけならまだしも、社員に何かあれば……とまで考えて、そのような後ろ向きの思考を振り払う。真のアウトローは失敗したときのことなど考えない。
なんだかんだ必ず勝って、なんだかんだ自分の大切な人間だけは守るのだ。それがアウトローの在り方なのだ。そもそも、失敗したときのことを考えるのならアウトローではなくちゃんとリーガルな営業をするべきである。なんであればカイザーコーポレーションすらもそれで失敗していた。
「でも、前金には手を付けないんだよね~」
ひょい、とカヨコの脇から書面を覗き込むのは、何を隠そうこの便利屋68において室長を務めるムツキであった。アルの幼馴染であり、彼女のことを一番理解しているかけがえのないパートナーでもあり、ついで一番アルを弄っている存在。
ここまで肩書が乱発されていることから分かるように、この会社はマトモではない。所属する構成員は例外なく学生であり、加えて本来部活でしかない。
さらに不味いことに、部活としても存続が危ぶまれてしまい、亡命するように何度も事務所を転々としているのだが────危機感はあまりなかった。
「流石アル様!恩義あるラーメン屋さんの近くに湧く虫なんか……全部駆除しちゃえば良いんですよね!」
バルサンに爆弾に、弾薬その他もろもろを詰め込めるだけバッグに詰める平社員、ハルカ。自己肯定感と引き換えに手に入れたブレーキを持たない超高速思想、そして行動は、便利屋68内でも上位の危険性を持っている。
本当に見境なく、物騒な物品をかき集めては迷うこともせず収納していく平社員を、リスか何かかと思いながらも、カヨコはため息をついた。
最も、かき集めるとは言っても万年金欠気味の事務所に残された余剰分等たかが知れている。気前よくかき集められたのは最初の数分間だけで、ムツキの軽口が数フレーズ読み上げられたころには、もう部屋の備蓄はすっからかんだった。詰め込む時間よりも探し惑う時間が増え、上機嫌だったハルカの精神がどんどん下を向く。
「こんな……こんなちんけな量で、本当に殺し切れるんでしょうか……」
ちんけとはなによー!、とアルが絶叫し、当のハルカは即座に泣いて謝る。その額はコンマ数秒で地面と接触していた。
別に仲が悪いわけではない。逆に良すぎるからこうなっているのだ。様子を見ていた、苦笑い交じりのカヨコの顔。覗き込んでいた書面から目線をずらし、怖いことに定評のあるその顔をじっと見つめるムツキが、珍しく真面目な顔に戻って口を開いた。
「実際、相手は未知の敵だもんね~。しっかり準備することに越したことはないよ。金なしなら頭を使わないと」
肩越しに覗き込んだまま、直ぐ近くで語り掛けてくるムツキを、まるで猫をどかすかのように放してから向き直るカヨコ。課長と室長の対談は続く。
「もちろんだけどしょっぱなから対峙するのはやめておいた方がいい」
「未確認生物群に関してはミレニアムが幾つか見解とか、あと依頼も出しているらしいし、それに乗っかるのもいいかもね」
「じゃあ、早速取り掛かろっか!」
後ろでごろごろとじゃれつきあっている平社員と社長に気つけをして、便利屋68が今日も始業を迎えた。
「それでなんでワイバーンに追いかけられてるのよ!!!!」
発端は数十分前まで遡る。彼女らはミレニアムの公開した様々な未確認生物群情報をなんとかして手中に入れ────その間にもかなりのいざこざがあったのだが────意気揚々とアビドス砂漠へ乗り込んだ。だが、かつて暴れた戦場にまたもや舞い戻った便利屋68を待っていたのは、とんでもなく野蛮で原始的な食物連鎖のピラミッドであったのだ。
最初に見かけたのは大きなボールのような生き物だった。転がってきたそれに追い回されて、遂にキレたハルカが爆弾でそいつをぶっ飛ばしたところまでは良かった。気前よく吹っ飛んだボールに喜び、見栄を切り……同じように消し飛んだ貴重な爆薬に思いを馳せるアル。それでも、自然に待ったはかけられない。
次に現れたのは、扁平な体を持った巨大な鮟鱇。制御を失ってどこまでも転がりゆくかに思えたボールが、一口の下に飲み込まれる。
大口を開け捕食を終えたそいつと同じように、驚きを持って口が塞がらなくなった便利屋68。そして彼女らを次なる獲物、つまりおかわりと定めた化け物は、砂地を泳ぐように突進してきた。
逃げて、逃げて、半泣き状態になったアルと、それにつられてパニック状態のハルカを他所に、なんでもかんでも喰らう性質を利用してやろうと────生来の悪戯心が発露したムツキは、先と同じように爆薬を投げる。しかも、丁寧に梱包した時限式の物をだ。
車から投げ捨てられ、ごろんごろんと転がる爆薬。食欲の赴くまま、砂毎に飲み込む鮟鱇。わーい、ひっかかったーっ!と、全身を使って大喜びするムツキに続いて、その怪物も跳ね上がりのたうった。特性の爆弾が内部で炸裂したのだ。ただお腹を壊すどころの騒ぎではない。
そして漸く逃げ切れると思った矢先────連続する爆発音に我慢ならなくなったのか、この地の支配者がやってきてしまったというわけだ。
「いや~!生息域が被っちゃってたみたいだね~!」
爆炎、悲鳴、絶叫、爆笑。
上空を舞うように、それでいて力強く飛ぶ竜は、宙に浮くのではなく翼で空を掴んでいることが見て取れた。その上、口から炎も吐く。それはキヴォトスで見るどんな爆弾よりも熱く、激しく、遠くに着弾しただけで燃料に引火するのではないかと思ってしまうほどだった。
「でもあれは使えるかもしれない。私たちを一目見て襲い掛かってくるほど縄張り意識が強いのなら……ターゲットが相手でも同じことをするかも」
「あ、アイツゥーッ! ずっと空飛んでるじゃない! ズルすぎるわ! 降りてきて正々堂々と戦いなさいよ!」
ムキーッという擬音が聞こえてきそうなほどに怒りをあらわにする社長。怯えと恐怖が一周回って、最後には行き場のない激情だけが残っていた。
平社員の側もそのフェーズにやってきたようで、上半身だけで窓から乗り出し、ショットガンを無茶苦茶に乱射している。何やら言っているが、もうマトモに呂律も回っていない。
散弾を意にも介さず飛行を続ける空の王者。彼はミレニアムから”リオレウス”と名付けられ、その脅威性を喧伝されている。赤々しい甲殻は吐き出す炎の如く、翼に浮かび上がった揺らめく炎の文様は、相対するものに自身の末路を想起させるだろう。全身の筋肉、翼、そして尻尾までもが空を支配するために強く発達していて、ヘリコプターを見慣れた生徒でも驚くほどの空中制動能力を発揮するのだ。
首元を少しずつ傾け、飛び交う火炎弾の行く先を微調整。
どんどんと至近弾が多くなる。ハンドルを切るカヨコの表情が、普段に輪をかけて厳しくなっていく。右に左に、内部はしっちゃかめっちゃかだ。
まるで癖をどんどん見抜かれているようで、頂点捕食者に追われる気持ち────馬力が追い付かず、小細工そのものが潰されていく感覚は、便利屋たちに”ヒナ”を想起させた。
瞬間、時が遅くなる。自分の身体が上手く動かずに、ハンドルを切る手が固まっていく。だというのに思考回路だけはずっとそのまま。
まるで漫画の中で時を止める能力者にあってしまったような感覚の中で、しかしカヨコはその原因を知っていた。
サイドミラーに美しく照り返す真紅の火球。どう贔屓目に見ても直撃コース。ああ、死を予感しているのか。そう理解した彼女は、それでもあきらめずに頭を回す。
走馬灯とは、本来このために存在するのだということをどこかで聞いたことがある。そう考えながらも、やはり思い出という物は吹きあがってくるもので、だが後悔だけは存在しなかった。無茶苦茶な依頼を何度も受けて、荒唐無稽なやり方で生きて帰ってきた。
ああ、だからなのか。こんな無茶苦茶な終わり方も悪くない、私たちらしいと思ってしまったからだろうか。遂に脳も硬直して、直に来るであろう苦しみに備え始めたのがわかる。
「いや、ダメだ」
遅すぎる世界で、音にならない声を紡ぐ。考えなくては、そう意味もなく────考えることを考えている間にも、火球との距離はほとんどなくなっていて、それが形を持った破滅の光にすら見える────
その隙間に、桃色の髪を棚引かせた人影が割り込んだ。
爆発音、それと共に時間の流れが元に戻って、衝撃による減速のせいで前のめりになった社長たちをちらりと見る。まだ皆生きていて、何故助かったのかわからないといった表情が浮かぶ。
直後、鈍い衝突音が二つ、天井から響いた。
「うわあぁーっ! ブレスが着弾したの!?」
「燃やすならアル様ではなく私を燃やしてください!」
いいや、これは着地音だ。二度なったのは脚が二つあるからで。
もしかしなくても、きっと────先の人物は空中で火炎弾を受けて、そのままこの車の上に着地したのか。
「ん、大丈夫。誰も燃えない。燃えるのはむしろあのワイバーン」
すぐ隣から────いつの間にかすれすれにまで迫ってきた車両の中から、この前聞いたばかりの静かではあれど良く通る声が響く。
「先輩が上に乗ってるから、急制動はしないで」
声のする方を見てみれば、何食わぬ顔で車両のアクセルを踏んでいるのであろうシロコと────対策委員会の面々が居た。