透き通るような霞龍   作:右側に居るタイプのゴア・マガラ

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空の王者、古の女帝

 眼下に広がるのは砂漠。オアシスすらなく、生命に只管厳しい空間がただただ延々と続いている。悠然と舞うこの竜、リオレウスには関係のないことであったが、この地を駆けて移動するのはとても難しく、過酷であった。

 だからこそ、だろうか。かつて過ごした自然と生命が根付いたなだらかな丘を捨て、長い長い旅路の果てにたどり着いたこのキヴォトスという空間、世界は、まさに王者というにふさわしかったはずの心を童の時分へと返してしまったらしい。つまるところ、年甲斐にもなくはしゃいでいた。

 

 彼らは例外なく、招かれるようにここへ来て、そしてここに根付こうとする。ヘイローには神秘がある。この街にはヘイローがある。普通であれば、自然と共に固持されるはずのもの、過剰なまでの生命力が、何の因果かコンクリートジャングルの中においても失われていなかった。

 彼らは惹かれた。良い匂いを嗅ぎ付ければ、誰であろうと少しは興味を引き寄せられてしまう。生き物であるから、生きていくものだから。

 やがて……いつものように衝突するのだ。

 果たして、当たり前で、普遍的な────どちらかが死ぬまでの生存競争へと発展する。

 

 眼下に広がるのは砂漠。その真ん中、二筋の轍がラインを引く。

 豆粒が如き、あまりにも矮小な生命がそれでも尚生きていることをリオレウスは知っている。歴戦の王者である彼は、歴戦であるが故────小さき敵に幾度もの辛酸をなめさせられてきたからだ。

 

 車両が二手に分かれ、それぞれの窓枠から細長くも鋭い”ブレス”が断続的に放射される。

 彼の甲殻は、痛みを覚えていた。

 尋常ならざる速度で飛行するその先端部が甲殻を分け入り、鱗を砕き、肉を裂く痛みを知っていた。

 翼を傾け即座に旋回。浮力を喪失するギリギリにまで角度をつけて、被弾面積を軽減する。

 案の定、高速で移動する中で発射された銃弾は翼にも甲殻にも有効打を与えることは敵わず、逸らされ明後日の方角へと飛んでいくことになった。

 

「あの飛竜、やたら賢いです……野生動物の勘?って奴ですかね?」

 

 ため息交じりのリロード。軽くなってしまったミニガンのボックス型マガジンを取り外して、重たいそれと交換する。少しばかりの突っかかりを押し込み、ベルトを所定の位置に差し込みながら、次の一手を促すノノミ。この距離ではマトモなダメージが入るかどうかもわからない。さらにそれ以前の問題として、飛竜は熟練の戦闘機乗りさながらのダメージコントロール技術を持ち合わせているようで……ため息を誘発した、苦々しい空気は強くなっていく。

 

「私のドローンを飛ばして。至近距離で爆薬を叩きこめば何か変わるかも」

 

 シロコが言い終わる前にはもう、セリカがドローンを展開していた。車を運転している都合上、目線すら動かさないシロコがながらに頷く。それを確認したセリカは即座にドローンを放り投げた。即座に高度を上げる。

 本来撮影用として開発された筈のドローンだが、性能は最早用途に収まらないほどに高度化を遂げていて、付加された機能の数々は軍用品に迫ると言われていた。

 

 撃たれるばかりでは終わらないと、火球が次々に飛んでくる。

 

 竜は喉を焼いてまで獄炎を吐くという。彼らの喉はそれに耐えられるように作られておらず、一つ撃つたびに傷つき爛れ、見るも無残な口腔を作り出す。

 それでも彼らが火球を放つのは、ひとえに過酷な環境を生き残るためか。焼け爛れはすれど体組織が諦めることも同時になく、この瞬間にも反動を即座に治癒し続けているのだ。

 相対するキヴォトスの民たちはもちろん、その獄炎に耐えうる存在ではない。正確には生還することだけは簡単だろう。だが質量、衝撃、何より高熱が、経験したこともない苦痛を齎すことは正に火を見るよりも明らかなのだった。

 

 閑話休題。飛び交う火炎はハンドルを切って返し、寸前で交わしを繰り返す。

 それでも避けきれないものは────

 

「ああああああ!ターゲットを見つける前に消耗するのは嫌ぁぁぁ!なけなしの燃料が!弾薬が!爆薬が!」

 

「……命だけはおじさんが保証してあげるからさ~」

 

 ホシノが便利屋、対策委員会それぞれの車両を、神話の八艘跳びすら思い浮かばせる軽やかさで行き来しながら直撃弾を大盾で受け流し、捌く。

 

「カヨコ、このままターゲットの目撃地域に行こう」

 

「そうだね、真正面からやるのは得策じゃない」

 

 急制動を慎めと言われたのはどこへやら、安全運転にしては鋭すぎるハンドルの回転。ホシノはおじさんらしいやる気のない悲鳴を上げながらも、ギリギリのところで上手く突起を掴み、なんとかしがみついている。

 

「ムツキ、後何キロ」

 

「細かくはわかんないけどあとちょっと!踏ん張って!」

 

「了解」

 

 王者の陣取る高空にようやくたどり着いたドローンが、接近しながら猛然と弾頭を放つ。それぞれ曲がりくねった軌道で飛び始めた弾頭が、システムに導かれ、空高き玉座から王を引きずり落さんと襲い掛かる。

 

 王はスピードを上げる。振り切ろうとしているのだ。羽ばたきの不規則な加減速を鑑みても尚、その体躯に比して圧倒的な加速力は、だが使い捨てであるがゆえに重さを捨てた爆発物の猛追から逃れきれない。

 

 ミサイルの一つが炸裂する。場所は足先、小規模の爆炎がつま先を燃やす。それでも彼は、悲鳴一つ上げずに次の手を模索した。

 勝負は体格によらず、また装備にも関せず、ただ拮抗の様相を呈している。

 ────爆炎が収まるころ、その巨体は自由落下に身を任せ、地表へと向かっていた。

 

「上手く決まった?」

 

 顔色を変えず問うシロコ。

 

「いや~、そう甘くはないみたいだよ~」

 

 いつもの通り────こちらも顔色を変えず、のほほんと返すホシノ。その瞳は、迫りくる巨体の瞼が一点の曇りなく見開かれ、傷ついても諦めても居ないことを映していた。

 

 地表が近づく。つれて速度は上がり、風を切る音は巨大になる。ひゅんひゅんと耳元を過ぎる風は、何時か見た天彗龍にも似て、その音に巨竜は勇気をもらう。

 地表は近づき続ける。落ちているのだから、離れることはない。普段は利用すらしない重力の助けすら得た空の王者は、徐々に後続のミサイルを突き放していた。

 

「……あの竜、何する気よ?」

 

怪訝な顔をしながら車両の前を覗き見るセリカを他所に、反対側で先ほどまで騒いでいたアルがピタリと静かになって、何かに気づいたように指示を飛ばし始める。

 

「……! 不味いわ! 車両の距離を離して! カヨコ、ハンドルをとにかく大きく切って頂戴!!」

 

「ホシノはどうするの!?」

 

「当たるよりはマシよ!」

 

「当たるって……何、に────ッ!」

 

 ハッと気づいたときには、無意識にドリフトしていた。対策委員会の方も同様に逆方向へと回避し、ホシノは外側へと吹っ飛ばされた。

 

 竜はそのまま地表すれすれまで抵抗なく落ち続け────だが突然に、その大いなる翼を広げた。

 翼膜が軋む。風を受けても尚あまりの質量と勢いを殺し切れず、びりびりといった音が細かく続く。千切れ飛ぶほどの痛みを堪えて、一度、二度と即座に羽ばたく。苦しみの中で、下向きのベクトルが上向きに変わるのにそう時間はかからなかった。

 やがて機首────竜の首は空を向き、王者らしく飛び立ったその時。

 車両が通る筈だった場所をミサイルが破壊していく。羽ばたき飛ぶ者だけが持つ、有機的かつ無茶苦茶な方向転換へとついていくことが出来ずに地面へと叩きつけられたのだ。

 

「やってくれた……!」

 

 速度をドリフト────ほとんど横倒しの急停車に近い────によって殺されてしまい、立ち往生してしまう対策委員会と便利屋68。最悪の事態だけは避けることが出来たが、さて────いまだに迫る、空よりの脅威。

 吹き飛んだ”先輩”を回収しなければ、その前に飛竜はどう出る?考えることが多すぎるその状況下ではさしものシロコですら思考に淀みが生まれる。

 

 大きな旋回。空を円形に模る軌道の範囲内に残ってしまった八人。生きた心地のしない瞬間が続く。

 

「……第一フェーズは上手くいったね」

 

 それでも小悪魔はニヤリと笑う。

 

 飛びかかる翼、突き出されるあまりにも太い両足、鋭い爪。飛竜は解答を待ってはくれない、ということを察した面々は、だが戦うことを諦めなかった。

 此彼の差は縮まる。照り付ける筈の太陽が翼へと隠されて、運命が覆い隠されたかのようにすら感じられる。口から漏れ出る炎が代わりに照り付けていて、輝きすら彼の物となるようだ。

 即座に銃を構え、あの巨体を少しでも止められないかと、あまりにも頼りない引き金に手をかけたその時。

 

 ごうん、という音と共に地表から伸びる”塔”。いや────槍。

 誰を殺すため、何を殺すために作られたのかはわからないが────兎にも角にも巨大すぎるそれは、王者を弾劾せんと翼に突き刺さる。先ほど自重にすら耐え抜いて見せたそれがいともたやすく、紙にホチキスをつきたてたかのように突き破られる光景には、まさに生命としての”格の違い”があまりにも鮮明に彫り出されていた。

 

 あるものは絶句する。あるものは声を出して怯え、またあるものはうめき声にも似たぼやきを漏らす。ドローンは巻き上げられた砂嵐に巻き込まれ堕ち、助けたいと考えて、だがシロコは駆け寄ることすらできない。

 あるものは背筋を凍らせる。予測で来ていたが、逃げることの敵わない暴威が目の前にやってきたことに、どうかわしてやろうかと考えるものも居た。自分が死ぬのならそれでもいいと、そう考えるものも居た。

 それでも尚、不敵に笑うものも居た。

 

 鈍き音は連鎖する。ごうん、ごうんと何度も何度も。反響、反芻。神の定義を力とするならば、それは一つ一つが神の言葉だった。

 砂粒を羊水に見立て、遂に地の底から屹立する四足の玉座。崩壊した翼膜を外套のように引きずる飛竜と、挑むものとして立ち尽くす八人の子供たち。

 女帝は、その全てを睥睨する。

 

 組み込まれしアビドス校章は未だ輝きを失わず。あたりに飾り付けられた”生きた装飾”────”死なぬ戦利品”が、悍ましさをより克明なものとした。

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