トレセン学園。
そこは全国から多くのウマ娘が集まる場所。
この学園に入学を許されたというだけでも、同年代のウマ娘の中では上澄みの証拠である。しかしそんな彼女達の中にもまた、規格外という存在が確かに実在する。
「見て……ウオッカちゃんとダイワスカーレットちゃんよ」
「すご……何かもう、オーラからして違うよね」
トレセン学園中等部、その廊下を歩いている二人のウマ娘に周囲の視線は集中していた。
ウオッカとダイワスカーレット。
二人とも今年入学した中等部の一年生である。
しかし既に選抜レースで勝利してトレーナーも着き、学園でも指折りのチームに所属している上澄み中の上澄みだ。
「格好いいなー、憧れちゃう~」
「今年の芝レースはあの二人が主役かな~」
あまりにもレベルが違いすぎるのか同学年の生徒達は、自分たちの対戦相手というよりもミーハーな視線を向けている。
それほどまでにこの二人は規格外らしい。
「あ、見て・・・・・・」
「あの子って確か・・・・・・」
だが直後、後ろの方から現れたもう一人のウマ娘に周囲の空気は一気に重く変貌した。
「…………」
偶然、その場に居合わせただけのウマ娘――ハニーマイティはその異様な雰囲気が自身に向けられていることを察知して、顔を下げた。
「あの子よね、一年であそこに入ったの」
「見た目は大人しそうだけど……」
「何をしたら、あのチームに入らされるの……」
危険人物を見るような視線が四方八方から突き刺さる。マイティは大きく溜息をつくと、足早に廊下を進んでいった。
…
……
………
「イメージ回復しましょう!」
チーム・バルカンのホームでハニーマイティは拳振るって力説した。
現在、時刻は午後四時を迎えており、いつもなら放課後の練習に向けて準備運動を始めている時間だ。
校庭の片隅に建てられたプレハブ小屋の中。集まっているのはマイティの他に、イナリワンとトーセンジョーダンがいた。
「藪から棒になんでい、マイティ」
既にジャージに着替えていたイナリが訝しげに尋ねた。ジョーダンは練習前に毎回行っている爪の手入れをしている。
「私達のチーム、評判悪すぎです! 特に問題を起こしたってわけでもないのに」
「週一でウインディがイタズラして、トレーナーが呼び出されてるだろ」
「……それはそれとしても、チーム自体が評判最悪なんですっ!」
シンコウウインディの名前にマイティは一瞬、視線をずらしたがすぐにイナリへと向き直って反論した。
「まー確かにあたし達のイメージ悪いよね-」
「まあ悪目立ちする娘が揃っているからな-」
先述のウインディは勿論、派手なギャルの出で立ちのジョーダンは赤点の常習犯。スイープトウショウは頭自体はいいのだが気分によって宿題を出さなかったり、トレーニングをサボったりと問題行動が多い。マイティが加入する以前は、喧嘩っ早くて派手好きなイナリワンが一番まともという有様であった。
「このままじゃ、私達のチームに人が集まりません! 悪いイメージを払拭しましょう!」
「でも、具体的には何をする気なんでい?」
「まずはこの建物の落書きを消しましょう! それだけでも大分外観は良くな――」
「がぶっ!」
「ぎゃああああああああああっ!?」
途中まで言った所でマイティの頭にウインディが齧りついた。
大声を上げたマイティは飛び上がらんばかりに驚くと、そのまま勢いよく振り返った。
「あーっはっはっはっは! またしても大成功なのだ!」
振り返るとそこには腹を抱えて笑うウインディ。
頭に噛みつくなど普通に考えれば言語道断な行為だが、ウインディにとっては日常茶飯事である。
これでもイナリ曰く大分良くなった方で、昔はトレーナーに思いっきり噛みついていたという。
最近は甘噛みを覚えて、怪我しない程度の力加減で噛みついているのだがマイティからすれば、だからどうしたという話だった。
「あ、今の顔、ちょー受ける。ウマスタにあげるからもっかいやって」
緊張感なく言うジョーダンに高笑いするウインディ。この二人が先輩という事実にマイティは頭を抱えた。
「う、ウインディ先輩! 何をするんですか……いや、そんなことしているからこのチームの評判が悪いんですよ!」
「ふーんだ! ウインディちゃんはワルだから、それは当たり前なのだ! むしろこのチーム・バルカンをトレセン最大のヒールチームにするのだ!」
「イナリせんぱーい、ヒールチームってどんなの?」
「新日の狼群団みたいなもんだろ」
ジョーダンとイナリは朗らかに話しているが、マイティも真剣である。
「だ、駄目ですよ! だから私以外誰も1年が入らないんですよ! まずは落書きを消して、綺麗な環境を作りましょう!」
「あれはここがウインディちゃんの縄張りであることの証なのだ! それにワルの軍団のアジトに綺麗な環境なんていらないのだ!」
「何がワルの軍団ですか! あの落書きのせいで私達のホーム、皆から『刃牙ハウス』って呼ばれてるんですよ!?」
「五月蠅いわねー、なんでこんなに騒がしいのよ」
ウインディとマイティが言い争いをしている中、入り口を開いてスイープトウショウが入ってきた。
「あ、スイープ先輩! 実は表の落書きの件でウインディ先輩と話していまして……」
「マイティがあれを消せっていうのだ! 酷いのだ!」
マイティにとってスイープは一番年齢が近い先輩。それに魔法少女を名乗っているというアクの強い性格であるが、意外と常識はあってしっかりしている。彼女ならきっと自分の意見に賛同してくれると、マイティは踏んでいたが……
「はぁっ!? 駄目よ! あの壁には悪い気を防ぐ防御呪文を刻んでいるんだから!」
予想外の回答で早速敵に回られてしまった。
「まあアレはアレでウマスタ映えするし、受けもいいからあのままで良くね?」
「派手で遠くから見ても分かるのがいいしなぁ、トレーナーも何も言わねぇしいいんじゃないかい?」
イナリとジョーダンからも梯子を外され、マイティは涙目になってしまう。
「ううううう……と、トレーナーさんは……」
「暫く出張でいねぇぞ」
頼みの綱になりそうなトレーナーも不在とあって、マイティは完全に四面楚歌であった。
「諦めるのだ、マイティ! チーム・バルカンはワルの巣窟になるのだ! そしてお前は、いずれこのウインディちゃんの子分2号としてメイクデビューするのだ!」
「うううう、うわぁああああああんっ! そんなの嫌だぁああああああああっ!!」
「あ、逃げた」
ジョーダンが淡々と言うのと同時に、マイティは勢いよく部室を飛び出していくのだった。
…
……
…………
「……やっぱり入るチームを間違えたのかな……でも、もう私が入れるのはアソコしかないし……」
ホームから逃走して数十分後、マイティは行く当てもなくトボトボと校内を歩いていた。
元々、マイティは優れたウマ娘ではない。選抜レースでも思うような結果は残せず、個別トレーナーも着かない。座学だけは出来たので何とか学園に残れているが、いつ道を諦めてトレセン学園を去ってもおかしくない状況だった。
トレーナーが付かなければ、レースにも出れない。藁をも掴む思いで、どんなウマ娘でも受け入れるというチーム・バルカンの門を叩いたのだ。
そしてチームに入ってみて、そりゃ中々人が集まらないわな……と納得できるメンバー達に出会った。
だが今のチームには愛着がある。
こんな自分を受け入れてくれた方々だ。感謝している。だからこそ、マイティはチームの偏見を払拭したかったのだ。
「はぁ……せめてトレーナーさんが帰ってこれぶふっ!?」
ボスンと何かにぶつかり、マイティは足を止めた。顔を上げると目の前にウマ娘が二人。
見たところ上級生だ。
彼女たちは暫しマイティを見下ろしていたが、徐々に表情が険しくなっていく。
「す、すすすすすいません! か、考え事してました!」
慌てて頭を下げるマイティだったが、彼女たちはさらに眉を顰めると徐々に詰め寄ってくる。
「この子、バルカンの……」
「ああ、どうりで見たことあると思った」
どうやら二人はマイティの事を知っているらしかった。さらにはチーム・バルカンに加入している事も認知しているようだ。
「え……えっと、あの……その……」
「何? イキってるわけ?」
「自分から強いってアピールしてんの? お?」
「え、えっと……」
問題児まみれで有名のチーム・バルカン。そこに自分から加入した一年生というだけで周りからは、調子に乗った新入りと見られているのだ。
だがハニーマイティは崖っぷちの成績でチームに入ってきたウマ娘だ。こういった荒事は全く経験が皆無であった。
「あ、あの、す、すいません……」
「一年のくせに随分と派手な事してんな、トレセン舐めてんの?」
「あ、あ……」
迫ってくる上級生に何も言わず、涙目になるマイティ。もう駄目だ。そう思った瞬間だった。
「おうおう、ウチの若いモンに何か用事かい?」
聞きなれた声が聞こえた。
振り返ると、そこには見知った顔。
「う……イナリワン……先輩……」
上級生たちが分かり易く狼狽えた。
永世三強で高等部であるイナリワンは、学園内でも屈指の実力者だ。しかも喧嘩っ早く、アウトロー気質も高い彼女は良くも悪くも実力があった。
「がぶっ!」
「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」
「あーはっはっはっは! どうだ! ウインディちゃんの後輩に手を出す奴は許せないのだ!」
さらにシンコウウインディも現れて、後ろから彼女達の頭を両手で挟み込んだのである。
マイティに絡んでいた少女達は飛び上がらんばかりに驚いたようだった。
「い、イナリ先輩……ウインディ先輩……」
突然現れた先輩二人にマイティが驚いていると、イナリワンは口角をにやっと上げると、ぽんぽんと後輩の頭を叩いた。
「おう、色々言いたいことはあるだろうけど、ここは水に流そうや。な?」
イナリワンがポンポンと肩を叩くと、少女達はサッと顔を青ざめた。
「すっ、すいません!」
先程までの強気はどこへやら、すっかり及び腰となった彼女たちはすぐに退散していった。
「大丈夫かい?」
「うう~っ、イナリ先輩、ウインディ先輩~」
助けに現れた先輩二人に、マイティは泣きついた。そんな彼女をイナリワンは頭をくしゃくしゃと撫でた。
「おう、マイティ。随分としおらしいじゃねえか」
「全く、子分がフラフラしているから親分も大変なのだ」
イナリとウインディは苦笑しつつも、マイティの肩を抱いた。
自分のピンチに駆けつけてくれた先輩二人に、マイティは安堵しつつも、ふと思った。
……あれ、自分このチームに染まってきてないか?
そう思ったマイティだったが、もう後の祭りであった。
「大丈夫ー、何か色々大変そうだったじゃん」
「全く! 許せない奴等だわ! マイティ、後で厄除けの魔法をかけてあげる!」
遅れてやってきたジョーダンとスイープにももみくちゃにされ、マイティは何かもう悩みも何かもどうでもよくなった。
そのままマイティはホームに戻り、四人の先輩とお茶して練習して寮へと帰った。
就寝する頃にはすっかりとチームの悪評は忘れ、トレーナーはいつ帰ってくるんだろうと思いながら目を閉じていたのだった。
シンコウウインディのヒミツ
実は、スイープトウショウと魔女&怪獣コンビでアピールしようとして、断られた。
目指せ週一投稿。