「わーっはっはっは! ウインディちゃん、参上なのだーっ!」
「う、ウインディ先輩! 流石にそれは不味いですよ~!」
とある放課後。
トレセン学園高等部の廊下を、二人のウマ娘が激走していた。
楽しそうに大笑いしながら、廊下を直進するのはシンコウウインディ。そんな彼女を必死に追いかけているのが、ハニーマイティ。
高等部であるウインディはともかく、中等部であるマイティがこの場にいるのはいささか不自然である。
だがそれ以上に不自然なのは、ウインディが走りながらばらまいている何かだった。
「にーしっしっしっし! ウインディちゃんからのプレゼントなのだーっ!」
彼女があちこちに投げ捨てている物体。それは黄色く細長い布のような物……バナナの皮だった。
ウインディはバナナの皮を高等部の廊下にばらまいていたのである。
これは彼女が毎日のように行なっている『イタズラ』の一つだった。
ウインディはこのような大規模な悪戯を行ない、その度にトレーナーに厳重注意が行なわれる。チーム・バルカンの風物詩だった。
そんな破天荒な先輩に付き合わされているのが、最年少の後輩・ハニーマイティだったのである。
「せ、先輩! これ以上は不味いですよ……早く、退散――」
「貴様らーっ! 何をしているーっ!」
背後から聞こえてきた怒号。
それを耳にしたウインディはペロリと舌を出し、マイティは一気に顔を青ざめる。
「むっ! 来たな、エアグルーヴ! お尻ぺんぺーん! 悔しかったら、捕まえてみるのだーっ!」
「貴様ーっ!」
騒ぎを聞きつけたきた生徒会の副会長・エアグルーヴが、二人を捕まえようと追ってきたのである。
だがウインディは慣れた様子で、一気に加速して逃亡を図った。悪戯の常習犯だけあって、こういうことは慣れているのである。
問題はその間に挟まれたマイティだった。
彼女はウインディに付き合わされただけで、その悪戯を止めようとしていた。
だがエアグルーヴから見れば、ウインディの共犯者。捕縛対象に他ならなかったのだ。
「ひぃいいっ!? う、ウインディ先輩! 置いていかないで下さい!」
背後から迫る怒る女帝に背筋を凍り付かせたマイティは、ウインディの背中を追って一気に加速しようとする。
――つるんっ!
「ぶべっ!?」
しかしスタートダッシュを切ろうとした矢先、マイティは何かを踏みつけて思いっきり滑った。
そのまま勢いよく前へと倒れ込み、床へ顔面からダイブしてしまう。
「いだたたたた……」
顔をさすりながらマイティは起きあがる。足元を見ると、そこにはウインディが投げ捨てたバナナの皮があった。
自身らがしかけたトラップで自爆。
マイティは情けなさに天を仰いだ。
「大丈夫か?」
するとそんなマイティに手が差し伸べられた。
「あ……ありがとうございま……」
お礼を言いながら手に取ったマイティだったが、その差し伸べた手の持ち主の顔を見た瞬間、表情が凍り付いた。
「3日ぶりだな、ハニーマイティ」
そこに額に青筋を立てた女帝・エアグルーヴが立っている。
「あばばばば……ふ、副会長……」
一年の新人であるマイティにとっては雲の上の存在だ。今にも泡を吹いて倒れそうになってしまうマイティ。その肩を、エアグルーヴはガッシリと掴むとズルズルと引きずっていく。
「とりあえず、反省室に来い! 後でウインディにも来てもらうからな!」
「あ、ああ……」
遠ざかっていくウインディの背中を恨めしそうに見つめながら、マイティは生徒会によって連行されていくのであった。
…
……
………
「はぁ……」
チーム・バルカンのホーム、そこでマイティは机に突っ伏して大きく溜息をついていた。
「まーた、ウインディのイタズラに付き合わされたらしいなマイティ」
「大変だったねー。ココア飲む?」
「ありがとうございます……」
ジョーダンに差し出された温かいココアを口に付けると、マイティは再び大きく息を吐いた。
「そういえばトレーナーは?」
「さっきウインディをとっ捕まえて、生徒会に出頭していったぞ」
「そうか……入れ違いになったんですね」
現在、バルカンのホームにいるのは、イナリ・ジョーダン・マイティの三人だった。
ウインディは前述の通り連行され、スイープはまだ来ていないようだ。
「しかし、毎日のように付き合わされて、おめぇさんも大変だな」
「うう……私、もう生徒会室に週二で連行されてますよ」
「顔も完全に憶えられてるみたいだな」
「あたしのクラスでもヤバい後輩入ったねって、噂になってるよ」
「う、うう……誤解です……」
ウインディは先輩、その命令には従わないといけない。
体育会系特有のノリでマイティは彼女に付き合っていた。
だがそのせいでウインディの悪戯に巻き込まれてしまい、一年の問題児として顔が知られるようになってきたのであった。
「マイティも先輩を立てるのはいいが、たまにはハッキリ断ったほうがいいぞ?」
「そ、それが出来たら苦労しませんよぉ……」
「何なら、あたしが言ってあげよーか? ウインディさん、言えば結構きいてくれるし」
「うう……ありがとうございます……でも……」
マイティはそこまで言って、ココアを少しだけ飲んだ。
「でも、ウインディ先輩。断ると凄く悲しそうな顔をするんで、何というか……その……」
ウインディの悪戯に今まで付き合ってくれる人間など、それこそトレーナーくらいしかいなかった。
そこに無理を言っても断らない後輩が出来れば、毎日付き合わせてしまうのも仕方がないだろう。
「……ダメ男に捕まるタイプだなこりゃ」
「マイティー、ヤバ」
「ううううう……」
完全に落ち込んでしまうマイティー、その直後だった。
「話は聞かせて貰ったわ! この天才魔法少女・スイーピーに任せなさい!」
勢いよく出入り口の扉が開いて、スイープトウショウが入ってきた。
おそらく登場するタイミングを狙っていたのだろう。ばっちり決め顔での入室だった。
よく見れば魔法少女風の勝負まで着込んでおり、やる気満々である。
「ス、スイープ先輩。お疲れ様です・・・・・・」
「ふふん、マイティ! ウインディ先輩に困ってるんでしょう? だから言ったじゃない! 悪者の手下より、魔法少女の弟子がいいって!」
「多分、扱いはあんまり変わらないんだろうな・・・・・・」
スイープの発言にイナリがげっそりした声で言う。
確かに二人とも後輩を振り回す先輩であることには変わらないので、マイティの負担は変わらないであろうが・・・・・・
「そんなマイティにスイーピーが勇気の出る魔法をかけてあげる。こっちに来なさい」
「あ、ありがとうございます・・・・・・」
手招きする天才魔法少女に、マイティは不安そうな表情を浮かべて近づいていく。
目の前に後輩が来たことを確認すると、スイープは人差し指をピンと立ててゆらゆらと降り始めた。
「トゥインク☆トゥインク☆ムスターヴェルク! 大いなる勇気よ、目覚めなさい!」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・とりま、ウマトックにあげとく?」
暫し静寂。そしてジョーダンの一言。
ホーム内は凄まじい空気になっていた。
「うーん、おかしいわね。この呪文はかなり強力なはずなのに・・・・・・」
「・・・・・・ありがとうございます。スイープ先輩。お気持ちだけ頂いておきます・・・・・・」
首を傾げるスイープにマイティは申し訳無さそうに言った。
「もう! 何よ、その反応! アタシの魔法を馬鹿にしてるの?」
「し、してませんよ」
「じゃあどう? 魔法かかった?」
「え、えっと・・・・・・」
困ったような顔でイナリとジョーダンに、チラチラと救いを求める視線をマイティは送る。
「・・・・・・スイープ。気持ちはありがてぇが、まだ未完成な魔法みたいだ」
「そ、そんな・・・・・・グランマに習ったとっておきだったのに・・・・・・」
愕然とするスイープに対して、マイティは励ますように笑顔を作った。
「あ、ありがとうございます、スイープ先輩。何だか元気が出てきた気がしますよ!」
「もう! そんな見え見えの慰めなんていらないわ! アタシは魔法をかけたいのよ!」
「う、うーん・・・・・・」
困ったように笑うマイティにぷんすか怒るスイープ。そんな二人に助け船を出したのは、ジョーダンであった。
「あ。そーいえば、前にネットで見たイイやり方があるよ」
そう言ってジョーダンはスマホを操作してとある動画の画面を見せてきた。
それを見たスイープはうーんと暫し考えた後、マイティの方を見て頷く。マイティはそれで何かを察して、笑顔が引きつった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「トゥインク☆トゥインク☆ムスターヴェルク・・・・・・トゥインク☆トゥインク☆ムスターヴェルク・・・・・・」
「・・・・・・おい、ジョーダン。あれで本当にあっているのか?」
「あれであってるはずだけど・・・・・・」
イナリが訝しげな視線を向ける先。そこにはスイープとマイティがいた。
何故か真っ黒な布――スイープが持っていた魔法道具らしい物を、マイティの頭の上から被らせている。そしてその中にスイープが顔を突っ込んで、しきりに魔法の詠唱を繰り返しているのである。
「なんか、暗い中で言い聞かせると、ホントになるって言ってましたよ」
「おい、それって魔法じゃなくて、催眠・・・・・・」
イナリが何となく察した時であった。
「成功よ!」
布をパッと取ってスイープが声高らかに言った。
イナリとジョーダンはすぐにマイティの様子を確認する。彼女は頬を紅潮させて拳を握りしめていた。
「ふっー、ふっー・・・・・・凄いですスイープ先輩・・・・・・何だか自信がついてきましたよ!」
「うふふ、そうでしょう! 魔法大成功だわ!」
「・・・・・・催眠効果ってやつかなぁ」
ぼそりといったイナリの言葉は、彼女達には届かなかったようだ。
「これなら何だって出来る気がしますよ! 魔法すごーい!」
「よかったわね、マイティ! この天才魔法少女に感謝しなさい!」
「・・・・・・マイティ、何だか目イってない?」
「違いますよジョーダン先輩! 今、私は自信に満ちあふれているんです!」
「・・・・・・そっか-」
ジョーダンは考えるのを辞めたのか、生返事で返す。それを尻目に、マイティーはさらにヒートアップしていく。
「今なら何だって言えますよ! 今までの気弱な私とは違います!」
「・・・・・・ま、結果オーライかもな」
イナリがそう言った時、ホームの出入り口が開いた。
「うう~疲れたのだ~エアグルーヴめ、ちょっと厳しすぎなのだ~」
ウインディが、ぐったっりとした表情で入ってくる。
どうやら生徒会にこってりと絞られたらしい。耳までしなしなに垂れていた。
「おう、ウインディ。こっぴどく絞られたみたいじゃねぇか」
「ううう・・・・・・悔しいのだ。マイティ! こうなったら生徒会への仕返し悪戯を、一緒に考えるのだ!」
反省などせず、早速次の悪戯を思案するウインディ。その様子を見たジョーダンとスイープはウインディの肩をポンと叩いた。
「ほら、丁度いいじゃん」
「マイティ! 言ってやりなさい!」
二人の先輩に背中を押され、マイティはウインディの前に一歩踏み出していく。
「ウインディ先輩……」
「む、どうしたのだ?」
いつになく真面目な表情を浮かべるマイティに、ウインディは少しだけたじろいだ。
――いける!
イナリ、ジョーダン、スイープがそう確信した瞬間であった。
「やりましょう! あの生徒会に一泡ふかせてやりましょう!」
なんとマイティはウインディの手を取ると、力強くそう言ったのであった。
「おおーっ! 流石はウインディちゃんの子分2号なのだ!」
「すぐに報復戦を決行しましょう! こうなったら、二人で大戦争です!」
「なんて義理堅いのだ! よーし、親分としてウインディちゃんもやる気出てきたぞーっ!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! どうしてそうなるのよ!?」
燃え上がる悪者コンビの間に、スイープが割って入ってきた。なおジョーダンは困惑したままフリーズし、イナリは頭を抱えている。
「よーし、そうと決まれば早速出撃なのだ!」
「はいっ! お供します!」
有無を言わせぬ勢いで二人はホームを出発した。
あまりの展開に脳のスピードが追いつかなかったのか、残された三人は暫し立ち去っていった二人の方向を見つめている。
「とりあえず、トレーナーに報告しとくか・・・・・・」
「・・・・・・行っちゃった」
「ど、どういうこと・・・・・・訳分かんないわ」
「多分・・・・・・鬱憤が溜まってたんだろうな・・・・・・ウインディよりも生徒会に・・・・・・」
「それって逆恨――」
「もう言うな、スイープ。とりあえず、無理かも知れねぇが、止めに行くぞ」
イナリは重い腰を上げると、二人を追いかけるためにホームを出た。
ジョーダンとスイープもイナリに続いたため、事実上今日の練習は中止になった。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「ふっふっふ・・・・・・丁度生徒会室に誰もいない・・・・・・チャンスなのだ! この壁中にいっぱい落書きをしてやるのだ!」
「ハイ! 流石ウインディ先輩! レベルが違いますね!」
「そうだろ、すごいだろ! それに椅子にもブーブークッションを仕掛けるのだ! よーし、では早速・・・・・・」
「こらーっ! 貴様ら! 一体何をしている!」
「げぇっ!? もうエアグルーヴが来たのだ! に、逃げるぞマイティ!」
「またお前達か! 今度という今度はゆるばふっ!?」
「今ですっ! ウインディ先輩!」
「おお、よくやったのだ! このまま逃げるのだっ!」
――その日、チーム・バルカンのシンコウウインディとハニーマイティが生徒会室に悪戯目的で侵入して確保された。
二人は厳重注意の上、一週間校内清掃作業の罰則。
なお、逃走を図ろうとしたマイティがエアグルーヴの顔にクッションを投げつけるという事案が発生。
後に本人は『何であんなことをしてしまったのか・・・・・・』と猛省した模様。
なおその行動が原因で、一年にとんでもない問題児がいると一気に名前が知れ渡ってしまうのであった・・・・・・
スイープトウショウのヒミツ
実は、チームのホームにおいてる魔法グッズの大半はトレーナーのお金で購入している。