すいません、本編には全く関係無いです。
その日、チーム・バルカンのホームは重苦しい雰囲気に包まれていた。
「…………」
普段作戦会議をするテーブルに、このチームに所属するウマ娘5人がズラリと並んでいる。
その中心にいるのは、リーダーのイナリワン。彼女は無言で、トランプをシャッフルしていた。そしてその様子を、周りのウマ娘たちが真剣な眼差しで見つめている。
「言っておくが待ったなしの一発勝負だぞ?」
「構わないのだ……ウインディちゃんが絶対勝つからな……」
「今回ばっかりは先輩達にも譲れねーし」
「…………」
イナリワン、シンコウウインディ、トーセンジョーダン、スイープトウショウ……皆、本番レース並みの凄みを醸し出している。
全身から張り詰めた空気を放ち、ホーム全体をピリピリした空気が覆っていた。
いや、一人。よく見れば、滝のように汗をかきながら俯くウマ娘が一人。
(……どうしてこうなったんでしょう)
ハニーマイティである。
彼女は頭を抱えながら、30分ほど前の出来事を脳裏に思い浮かべていた。
…
……
………
「お疲れ様」
「おう、旦那! 今日は早いじゃねぇかい」
「トレーナー、おつー。珍しーじゃん」
放課後、バルカンのホームにトレーナーが現れた事が全ての始まりだった。
「久しぶりだな、トレーナー! ウインディちゃんを放っておくなんて、良い度胸だな!」
「全く、使い魔のくせに数日ホームに来ないなんて……ご主人様はカンカンよ!」
久しぶりのトレーナー参上に、バルカン所属のウマ娘達は浮き足だった。
特にウインディとスイープは嬉しそうに尻尾を振って、トレーナーにじゃれついている。
「お疲れ様です、トレーナーさん。出張は終わったんですか?」
「ああ、同期の葵ちゃんと一緒にちゃんと研修してきたさ。はい、お土産」
そう言ってトレーナーが差しだしたのは、地元の名産らしい箱詰めの和菓子だった。
「ありがとうございます。お茶を煎れますね」
受け取ったマイティはそれをテーブルに置くと、奥のキッチンでお茶の準備をし始めた。
「今日はちゃんとウインディちゃんの悪戯に付き合うんだぞ!」
「悪戯じゃなくてトレーニングを頑張らないとだろ」
「ふん、言っておくけど使い魔がいない間にスイーピーは成長したわよ! 前のあたしと思ったら大火傷するんだから!」
「ほう、それは楽しみだな」
ウマ娘達と談笑するトレーナーを尻目にマイティーは手際よくお茶の準備を進めていく。
大好きなトレーナーが帰ってきて、嬉しそうに振る舞う先輩方を見ていると、不思議とこちらの頬も緩む。
人数分の湯飲みに緑茶を注ぎ、盆に乗せて持って行った時だった。
「お、そういえば葵ちゃんからこんなモノを貰ってな」
そう言ってトレーナーは二枚の細長い紙を懐から取り出した。
「何コレ? 映画のチケット?」
それを受け取ったジョーダンは、ひらひらとチケットを振ってみせる。
「ああ。最近流行ってる恋愛映画みたいなんだが……スピカの先輩を誘ったけど駄目だったらしい」
「あー、そういや桐生院さんはそうだったな……」
イナリが何か思いだしたように苦笑した。
桐生院葵トレーナーはバルカンのトレーナーと同期であり、仲が良い。付き合いの長いイナリとも面識があったのだ。
一方、スピカはトレセン学園でも1、2を争う強豪チーム。そこのトレーナーは有能且つ美形で、多くのウマ娘や女性トレーナーから人気があった。
桐生院葵も例外ではなく、スピカのトレーナーにアプローチしては、所属するウマ娘達によく妨害されている。
その副産物が、バルカンのトレーナーに回ってきたのだった。
「ペアチケットだそうだ。誰か行きたい人がいれば――」
トレーナーの言葉を遮るように、彼の胸元から着信音が鳴った。
すぐさまスマホを取り出し、耳元に当てたトレーナーはみるみる渋面を作って、そのまま通話を切った。
「……たづなさんからのお呼び出しだ」
「おい、また何かやったのかい?」
「うーむ、分からん。とりあえず、行ってくる。すまないな、先にプログラムに沿って練習しててくれ」
それだけ言うと、トレーナーはそそくさと出て行ってしまった。
「うふふ、トレーナーさんはいつも忙しいですね――」
微笑みながらマイティが先輩達の前に湯飲みを置いていた時だった。
――ガタッ!
無言で四人の先輩が立ち上がったのだ。
突然の事にマイティはビクッと体を震わせ、動きを止めた。そして一人ずつ顔を覗き込んでいく。
「ど、どうしたんですか皆さん……」
その異様な雰囲気にマイティが飲まれる中、イナリワンが口火を切った。
「で、だ。誰がこのチケットで映画に行くかだが……ここは年功序列でイナリさんが丸く収まるだろうな」
「は? 意味分かんないし。そもそも行きたい人ならいいってトレーナーも言ってたし」
「子分が行くのなら、親分も一緒に行くべきなのだ。当たり前なのだ」
「それならあいつはアタシの使い魔なんだし。この天才魔法少女スイーピーと見に行くのがあるべき姿じゃないかしら」
先程までの和気藹々した雰囲気が嘘のように、ピリついた空気がホームの中を充満する。
トレーナーと映画に行きたい。
マイティ以外の全員が、胸にその思いを抱いていたのだった。
そして冒頭に繋がる。
「……ポーカーで勝負ですか……」
「ああ、これで一発勝負だ」
イナリワンはシャッフルした山札をウインディに渡した。今度は彼女がそれをシャッフルし、隣のジョーダンへと渡していく。
バルカンのメンバーでトランプやボードゲームをすることは、今まで何回もあった。
勿論それは遊びであり、ルールも曖昧な状態でノリを愉しむようなモノであった。
だが今日の雰囲気は真剣勝負。しかもチャンスは一発限りだ。
嫌でも先輩達は気合いが入る。
「あ、あの……私は別にトレーナーさんと行こうとは思っていないので……この勝負辞退……」
「何を言ってるのだ、マイティ! 全員でやらないと公平じゃないのだ!」
「そうよ! 勝負はあくまでフェアじゃないとね」
珍しく真面目なことを言うウインディとスイープだったが。
「……勝ったらウインディちゃんにチケットを譲るのだ」
「アタシの使い魔二号なんだから、分かってるわよね?」
二人が左右から耳打ちしてきた内容はフェア精神の欠片もないモノであった。
板挟みになったマイティは震える指で配られたトランプを摘まんでいく。
まるで刃物の上を渡るような心境で、マイティは手札を確認した。
(……2と6のツーペア……あとハートのAが一枚)
悪く無い手札だ。
普段のお遊びなら喜ぶところだが、今回は勝手が違う。
マイティにとってこのゲームは、いかに負けるかが重要であった。
運悪く勝ってしまえば、先輩達からいらぬ恨みを買う。
さらにマイティが商品のチケットを放棄すれば、また新たな争いが起きる。
かといって誰かに渡せば禍根が残る。
この勝負、マイティが勝利しても旨みが全く無いのである。だから彼女は適当に負けたかったのだが……
「…………」
チラリと左右を見る。
「ぐぬぬ……」
「むぅ…………」
苦虫を噛みつぶしたような顔のウインディと、眉をへの字に曲げるスイープの表情が視界に入ってくる。
顔に出やすい二人であるが、今回は余計に表情に出てしまっていた。
「…………」
続いてイナリとジョーダンに目線を向ける。
「…………」
ジョーダンは声には出さないものの、不機嫌な雰囲気を滲み出していた。恐らく手札が芳しくないのだろう。
一方、イナリワンは恐ろしい程、無表情だった。普段は感情豊かな彼女が、冷たい表情でじっと手札を見つめているのは、中々不気味であった。
(これ……もしかして不味いのでは)
自分が勝利してチケットを手にしてしまう……最悪のシナリオがマイティの脳裏を過ぎった。
どうしよう……とマイティが首を捻っていた時である。
「……よーし、手札チェンジの時間だ」
イナリワンがそう口火を切った。
その瞬間、ウインディとジョーダン。そしてスイープが手札を切り出していく。
ウインディとスイープは二枚。ジョーダンは三枚交換していた。
そんな時だった。
「全部だ」
なんとイナリは持っていた手札を全て捨て、新たな手札に賭ける大博打に打ってでたのである。
持っていた札を全て机に投げ捨て、山札から五枚ほど引いていく。
「い、イナリ先輩、マジ?」
ジョーダンがおそるおそる尋ねると、イナリはニヤリと不敵に笑った。
「おおよ。決して弱ぇ札じゃあ無かった……だがよ。絶対に勝つ、そのためには一押し足りなかったのさ」
「で、でもだからって全部は無謀よ!」
スイープが当然のことに突っ込むと、イナリはチチチ……と指を振った。
「待ったなしの一発勝負。だからこそ妥協は出来ねぇ。伸るか反るかの大一番。だったら、とことんやるしかねえってもんさ!」
勝負に賭けるイナリワンの熱意に後輩達は呑まれていく。
一番の先輩が仕掛けた大博打によって場の緊張はより高まり、張り詰めた空気がホームを支配していくのだ。
そんな中。
(あまりにも行き当たりばったりでは……)
一人冷静なマイティはイナリの行動に引いていたが、同時に自身の活路も見いだしていた。彼女は無言で一枚のA以外の手札を手にかけていく。
「わ、私も……四枚チェンジでお願いします」
この流れなら、自分の行動も問題なく写るだろう。
マイティは揃っていた得点札をわざと捨てて、新しい手札を補充したのだ。勿論、わざと勝負に負けるためだ。
(どうな手札が来ようと、今より高い得点になる可能性は低いはず……イナリ先輩が全部捨てたんだから、四枚くらいおかしくないはず……)
「南無三っ!」
揃ったツーペアの手札を捨てて、マイティは山札から新しくカードを引いていく。
そして引いたカードのがらを確認した時、マイティは大きく息を吐いた。
「…………」
スペードのA、クローバーのA、ハートの5、ダイヤの5……
フルハウスであった。
四枚の手札を捨てたマイティの選択は、正に最悪の結果となったのだ。
「へぇ、マイティも随分と潔いな」
「ガチで勝つ気じゃん……」
しかも先輩勢からは『イナリワンに倣って本気で勝ちを取りに来た』と思われる始末。
「流石、ウインディちゃんの子分なのだ」
「いいわよ、使い魔2号……」
さらにウインディとスイープはやたら期待を寄せている。針のむしろとはこの事であろうか。
「……嗚呼」
――拝啓。三女神様。いつも私達の事を見守ってくれてありがとうございます。感謝の念は耐えません。そして……私のことが嫌いなんでしょう? ええ? 三女神様さん。
天を仰いで、瞑目するマイティに他の四人は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「……で、結果はどうなるの?」
だがジョーダンの一言で、皆は現状を思い出した。
「よぅし……じゃあ、恨みっこ無しで見せようじゃねぇか」
イナリの号令と共に、ジョーダンから時計回りに手札を公開していく。
ジョーダンの次にスイープ、ウインディ、イナリと続いて、最後がマイティだった。
まずジョーダンが渋面を浮かべて、手札を公開した。
「8のワンペア……」
「7と9のツーペアよ」
「ぐっ……Qのワンペアなのだ」
よりにもよって先輩方の手札は振るわないようだった。
マイティは体から血の気が引いていくのを感じた。そしてチラリとイナリの方を見る。
手札を全取っ替えして、勝負に出たのだ。それなりの札が来ていないと困る。
場に緊張が走る中、イナリワンは持っていた五枚のカードを思いっきり、テーブルへ叩き付けた。
「……へへっ……燃えたぜ。燃え尽きたぜ。真っ白にな……」
やりきった顔でイナリは言うと、そのまま腕を組んでどっかりと椅子に腰を降ろした。
「……ぶ、ぶた……」
そんなイナリの差しだした手札を覗き込んだスイープが絶句した。
「ちょっとイナリ先輩、それはヤバいんじゃない?」
「勝負の結果だ! 悔いはねぇな」
清々しい笑みを浮かべる稲荷の姿に、ジョーダン達は軽く引いていた。
そしてそれを呆然とマイティは見つめている。
彼女の脳裏に過ぎった最悪の結果が、現実の物になった瞬間であった。
「……で、あんたはどうだったの?」
そんなマイティの肩をスイープが叩いた。
「ひっ……」
肩を震わせ尻尾を立たせ、マイティは真っ青な顔でか細い声を出した。
「どうしたのだ、マイティ。早く見せるのだ」
来るべき時が来た。
姉貴分達に急かされ、マイティは震える指先でカードを置いていく。
一枚ずつ露わになっていく札の柄に、先輩達の顔がみるみる強張っていくのである。
「……あ、あはは……フルハウスです……」
乾いた笑い声を上げながら、マイティは己の手札を自己申告した。
シン――と場が静まりかえる。
「……えーっと。私は特に行きたい映画ではないので、ここは私抜きでもう一度勝負を――」
「お疲れー。遅くなってすまないな」
顔面蒼白だったマイティの言葉を遮るように、トレーナーがホームへと入ってきた。どうやら用事は終わったようだった。
「ん、あれ。まだ着替えて無かったのか?」
本来ならとっくにジャージに着替えて練習を始めている頃合いなのに、ホームで制服のままトランプに興じている。
トレーナーが怪訝に思うのも仕方ないだろう。
「ん、そのチケットは……」
やがてトレーナーの視線が、置かれているチケットへと移っていく。
「使い魔! 一体、誰と行く気なのよ!」
「そうだ! はっきりするのだ!」
するとスイープとウインディが立ち上がって、トレーナーに噛みついた。
「え……どういうことだ?」
「……トレーナーが映画に誰と行くかって話なんだけど」
ジョーダンも心なしか不機嫌そうだ。
「どういうことだ、イナリ。マイティ」
不穏な空気を感じ取ったのか、トレーナーは比較的に落ち着いている二人に尋ねた。
「じ、実はですね……」
マイティがかいつまんで現状を説明する。
映画のチケットを取り合って、皆で勝負していたこと。何を間違ったかマイティがそれに勝利してしまった事。
それらのことを聞いたトレーナーは大きく息を吐いて、ウインディ達へと視線を向けた。
「何だお前達。そんなにこの映画に行きたかったのか」
「なっ……べ、別にそんな事は無いわよ! 思い上がらないで!」
「そうだぞ! 子分に親分が付き合ってやろうと言ってるのだ!」
素直になれないスイープとウインディの様子にイナリは苦笑し、ジョーダンはジト目で二人を見つめている。
マイティだけは不安そうに二人の方をチラチラ見ながら、明らかに狼狽えていた。
「そうか……でも、マイティが勝って手に入れたんだろう?」
「い、いえ! 私は特に興味が無いので誰かにお譲りしようかと……」
「いや、それはよくないぞ。変に気を使わなくていい」
「と、トレーナー」
彼はマイティの頭をポンポンと叩くと、懐からスマホを取り出して何か連絡し始めた。
もしかしたら円満に解決するかも知れない……マイティがそう思った時だった。
「いま同じ映画のチケットをあと四枚、買ったぞ。これで五人全員で行ける――」
「クっそたわけゴラァ!」
「うわ、マイティがキレた!」
「落ち着くのだ、マイティ!」
「ちょ、ラリアットは不味いって!」
「長州だ! 長州だよ、オイ!」
その日、ハニーマイティは初めて他人に手を上げた。
ハニーマイティのヒミツ
実は、プロレスファン。