『ペルソナ4短編集』   作:OKAMEPON

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Twitterの相互さんのリクエストで書きました。
相互さんのゲーム番長君を基にしたキャラ設定の主直です。
直斗と付き合う前に4人と股掛けしていたけど直斗と付き合った事で清算した番長になります。
時期としては2月です。



『我儘で強欲』

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 時間は何時だって有限で、どんなに今を惜しもうとも時の流れは待ってはくれない。大切な人と過ごす時間だって、永遠ではなくて。どんなに大切な相手でも別れは何時か必ず訪れる。

 探偵と言う仕事の関係上あちこちを飛び回る事は日常茶飯事で、転校だって何度も経験してきた。

 僕にとってはそこにある事件や謎だけが重要事項で、その土地その場所には何の愛着もないしそこに住む人々にも何の感慨もなく。その地を去る事に寂しさ等の感情を抱いた事は無い。

 これからもずっとそうなのだろうと思っていたのに、本来なら縁もゆかりも無い土地だった筈のこの八十稲羽の地に自分でも驚く程に愛着の様なものを感じてしまっているのは、此処が僕にとって様々な意味で転機になった場所であるからだろうか。或いは、離れ難い程に大切な……心の温かな場所に居てくれる「仲間」が居るからなのだろうか。……彼に、僕にとってきっとこの先に出会う誰よりも大切なあの人に出逢えたからなのか。

 何にせよ、僕は初めて「離れ難い」と思う人たちに出会えた。

 ……しかし、時間は有限で。

 何よりも離れ難い人、僕にとって一番大切で特別な人。……僕の恋人である先輩は、ずっとはこの場所には居られない。

 春が来れば、彼はこの地を離れてしまう。

それは、彼がここに来たその時から決まっていた事で、僕だって分かっていたけれど。

 年が明けて、少しずつ冬の寒さが和らぎ春の訪れが近付くにつれ、遠くない内に訪れる「別れ」を意識してしまう。

 春を待つ木々の蕾に「寂しさ」を感じてしまう程に、僕の思考の少なくは無い部分をその事が占めていた。

 

 彼との出会い自体は不可思議な事件に興味を惹かれて独自に捜査をし始めて直ぐの頃合だったからそれなりに前の事と言っていいだろうけれど。

 実際に彼の為人を知り親しくなっていったのはほんの数ヶ月前程度の事で、色々とあって恋人となってからも年の瀬近くまでは本当に色々とあって恋人らしい時間と言うものはそう多くは取れなかった。

 過ごした時間が少ないと言いたい訳では無いが、しかし全く以て足りないと思う。

 彼の事をもっともっと知りたいし、もっと時間を過ごしたい。だが、時間は無情な程に有限だ。

 なら、せめてその残された短い時間の中でもっと甘えてみたり、何なら素直に「行って欲しくない」なんて我儘を言ってみても良いのかもしれないけれど。

 そう言った事を素直に吐露するのはどうしても抵抗があったし、困らせてしまったらどうしようと言う気持ちが先に立つ。気恥しさもあるけど。

 

 恋人となってそれなりの時間を過ごしてきて今更と言う話にはなるが、彼はとても変わっていた。

 こうも親しくなるとは思ってもみなかった時、事件の謎を追う事だけに執心していた時には、彼を事件について何らかの鍵を握ってる人物だと目して徹底的に調べ上げたりもした。

 彼の親戚の情報からこれまで幾度と無く繰り返していた引越し元や通っていた学校での交友関係などなど、直接彼に接しなければ分からない事以外はほぼ全部調べ上げていたと思う。

 とは言えそこで何か不審なものがあったという訳ではなくて、優秀な成績や広い交友関係などはあれど一般的な学生の域を出るものでは無かった。

 この八十稲羽での生活についても、変わらず広い交友関係を持ち、街の人々の困り事をそれとなく解決したりと随分と世話焼きな面が目立ってはいたがそれだけで。

 まあ強いて言えば、それなり以上の交友関係にある女性たちの複数名と相当に親密な関係であるらしかったが……、浮名を流すとまではいかず高校生らしい関係に留まってはいたらしい。

 とは言え、僕が彼と親しくなる前に既に彼には親密な関係にあった女性が数名居た訳で。

 それなのに、どうして僕を恋人にしたのかは未だにさっぱり分からない。

 何せ、彼が親密だった相手の中には天城先輩に里中先輩に久慈川さんと、それはもう錚々たる面子が揃い踏みだったのだ。

 三人とも「女性」として、僕なんかでは到底太刀打ち出来ない程の魅力に溢れているのだし、何より彼女たちは皆「本気」で彼に恋をしていた。その程度の事、幾ら鈍いだの何だのと言われる僕にだって、彼女たちの態度を見ていたら分かる。

 しかし、僕に好意を告げた後で、先輩は彼女たち一人一人に謝罪と共に関係性の解消を求めたらしい。

 その事で色々とすったもんだがあったらしいが、一線は超えていなかった事もあって最終的にはどうにかなったそうなのだが……。しかし、先輩たちが彼への好意をきっぱり捨て切れたのかと言うとそうではないだろう。

 どうして明らかに僕よりも魅力的な彼女たちを振ってまで僕を選んだのか……本当によく分からない。

 別に彼の気持ちを疑うつもりは無いが、分からないものは分からなかった。……そんな想いを言葉にすると、彼は何時も困った様な悲しそうな顔をするので、もうそれを口にする事は無いけれど。

 

 自覚はあるけれど、僕は今でも自分に自信が無いのだろう。

 探偵としての僕ではなく、女の子として……彼の恋人としての自分に関しては、全く以て自信が無い。

 だから、何か迷惑を掛けてしまってはいけないと思って、どうしても素直には甘えられない。

 彼は「もっと甘えて欲しい」とよく口にするけれど、どうしていいのか分からなくて。

 結局、自分からは言葉に出来ず、彼が甘やかしてくれるのに任せてしまっていた。

 でも、それも後少しで終わってしまう。

 春になり、離れ離れになれば……もう気軽に会えなくなるし、彼に甘える事なんてそうそうに出来なくなってしまう。

 だからせめて、と……そう思うのに。

 それでも踏ん切りは付かなくて。

 悶々とした気持ちを抱えたまま布団を被っているといつの間にか夢の中へと意識は落ちていた。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 懐かしい夢を見た。

 とても幼い頃……まだ両親と過ごしていた頃の、もう記憶も朧気な頃の夢を。

 代々探偵業を営むという特殊な家庭環境だったから、両親は何時も忙しそうで一緒に過ごせた時間はそう多くはなかったけれど。

 でも、貴重な時間の中で両親は心から僕を愛してくれていたし、僕は今では考えられない程素直に両親に甘えていたと思う。

 他愛の無い我儘を一体幾つ言ったのかなんてもう覚えてもいない。

 

──こんな風に甘えられたら、良いのかなぁ……。

 

 ぼんやりと、もう小さな子供ではなくなってしまった「僕」が夢の中でそう考えていると。

 クスクスと揶揄う様な笑い声が何処からか聴こえた様な気がした。

 

━━ほんと、素直じゃないよね『僕』って

━━まあ、仕方ないから手伝ってあげるよ

━━我は汝、汝は我だもんね

 

 その声の真意を問い質す間もなく、夢はボヤけて意識は穏やかな白に塗り潰されていった。

 

 

 

 枕元の聞き慣れた電子音で意識は浮上した。

 もう春は間近であるとは言え八十稲羽はまだまだ寒さが強く残る地域だ。

 暖房は十分につけているとは言え、寒さにはとても弱い自覚がある事もあって、朝の布団から出るのはまだとても億劫である。

 その為、布団の中から何時もの様に手を伸ばして目覚ましを止めようとしたのだが。

 

 不思議と、何時も手の届く場所に置いてある筈の目覚ましに手が届かず、手は空振って布団の上に落ちてしまう。

 寝返りを打った際などに落としてしまったのだろうか?

 しかし、目覚ましの音自体は何時ものように枕元で聞こえている。

 

 寝起きでまだ少しぼんやりとしながらも、目覚ましを止めようと起き上がる。

 その途端、ズルりと布が滑り落ちそうになり慌ててそれを抑えると共に、強烈な違和感に襲われる。

 まだしょぼしょぼとしている目を擦りながら見渡した部屋は何時もと変わらぬ自室である筈なのだが、全体的に何故か大きく感じるのだ。

 そして、ズリ落ちかけた布が何なのかと視線を下ろすと、それは間違いなく寝巻きで。

 ピッタリとしたサイズであった筈のそれは、明らかに大きくて。袖が余るどころか、今の状態は布に埋もれているに近しいものであった。

 

「は……?」

 

 状況が理解出来なくて、思わずそんな声が零れてしまう。

 猛烈に嫌な予感がするが、しかし確かめなくては何も分からない。

 今の自分には大きくなり過ぎていたベッドから飛び降りる様にして降りて(その際に寝巻きのズボンは脱げてしまった)、とてとてと部屋の中を歩いて随分と高い位置に移動しているクローゼットの取っ手を引いて中にある姿見に自身を映す。

 全身用の姿見にちょこんと映っているのは。

 呆然とした様子の、本当に幼い……恐らくは小学生にも満たないだろう年頃の。実家にあるアルバムの写真などで見覚えがあり過ぎる子供の姿であった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 何時もの様に朝食を作り菜々子と一緒に穏やかな朝食の時間を過ごしていると、明らかにパニック状態に陥った直斗からの電話に度肝を抜かされる事になった。

 揶揄ったりした時や超常現象的な想定外の非常事態に遭遇するとやや狼狽える事が多いが、基本的に冷静沈着な直斗が取り乱す事は早々無い。まあ恋愛的な物事にはよく取り乱すが、それは可愛いので良い。

 何が言いたいのかと言うと、日曜の朝っぱらから大混乱して電話をしてくるなんて、余程の異常事態が起きたと見てまず間違いない。少なくとも、部屋にゴキブリが出たなんて程度の事では無い。

 詳細を求めようにもパニックになっている直斗のそれは今一つ要領を得ないもので、流石に察してどうこうするのは難しかった。

 電話口の声が何時もよりも声が高く幼いと言うかやや舌足らずに聴こえた様な気もしたが、それはそれだけ気が動転していると言う事であるのかもしれないし。

 何にせよ、恋人からのSOSに駆け付けないなんて選択肢は当然存在せず。

 最低限の用意だけして財布の入った鞄だけを引っ掴んで大急ぎで家を飛び出し直斗の下へと急いだのである。

 

 

 八十稲羽に於ける直斗の家は、元々は現地捜査の為の一時的な拠点であったがそこは名家の力とでも言うべきか家電や家具も確りとした家であり、更には単身者向けではなく少人数家族向けとでも言える広さがある物件だ。

 幾度と無く訪れた事がある場所だけに向かう足取りに迷いは無く、焦りと共に直斗の下へと急ぐ。

 呼び鈴を鳴らし、玄関扉の前で直斗を待つと。

 何時もよりも軽い足音が飛んで来るかの様に急ぎ足に聴こえて。

 

「せんぱいですか?」

 

 扉越しのくぐもった声がそう問い掛ける。

 それに肯定し、何があったのかと軽く尋ねるが返事は無い。

 何か動けなくなる様な緊急事態では無いようだが……。

 何かを躊躇する様に直斗は扉の前で暫し無言のまま佇んでいて。どうしたのかと再び尋ねようとしたその時重い扉は何時になくゆっくりと開いた。

 しかし──

 

「えっ……──」

 

 人はどうやら余りにも驚き過ぎると声を出す事も忘れてしまうらしい。確か、驚愕反応だったか?

 思考がよく分からない所に逃避しかける程に、目の前の光景は想像だにしないものであった。

 

 重い扉を全身を使って一生懸命になって押し開いていたのは直斗ではなくて……、まだ幼い子供だった。

 菜々子よりも幼いのだろうその子供は、何故かブカブカのシャツをまるでワンピースの様に羽織っている。

 予想だにしていなかった存在に、時が止まったかの様に感じる程に思考は固まる。

 目の前の子供はどう見ても高校生には見えない。

 確かに直斗は同年代の女性としてみても相当に小柄で、背丈を誤魔化す為の帽子と厚底ブーツを脱げば、この腕の中にすっぽりと隠してしまえる程に小さいが。

 だからと言って幾ら何でも小学生や幼稚園児サイズで当然無い。

 しかし、その子供は背丈以外は余りにも直斗を想起させる容姿であり。

 

「せんぱい……」

 

 俺を見上げてそう声を震わせる姿は、紛れも無く自分の愛しい恋人のそれで。

 

 何が何だかはさっぱりと分からないし原因も何も分からないが。

 どうやら、自分の恋人は幼い子供の姿に変わってしまった様であった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 玄関先で叫ぶ事はどうにか理性を総動員して回避した……と言うよりは驚き過ぎて声も出なかったのが正しい気もするが、まあ何にせよ部屋に通して貰った俺はまざまざと現実を直視する事になったのだ。

 

「念の為だけど、昨日こっそりとテレビの中に行ったりした?

 もしくはあそこで拾った何か変な物を食べたり飲んだりしたとか」

 

「してませんよ。昨日はいつもどうりにせんぱいと過ごした後は、家でしょるいしごとをしてただけですし。

 だいいち、へんなものを食べたり飲んだりするのはせんぱいの方でしょう?」

 

 心外だとばかりのジトっとした目で見上げてくるのだが、正直言ってひたすらに可愛いだけで迫力は皆無だ。

 幼くなった影響でやや舌足らずな話し方になってはいるが、記憶などはどうやら俺が知る直斗そのままであると見ていいだろう。

 事細かく調べれば何かもっと異変があるのかもしれないが、そもそもの話突然子どもの姿に戻ってしまうなんて異常事態に直面して何時も通りに振る舞うのは難しいので、動転しているが故なのかそれとも変化した事による異変なのかは区別を付け辛いのであまり深くは突っ込む気は無かった。

 

「……何かヤバい組織の裏取引現場を目撃して──」

 

「言いたいことはわかりますが、あれはフィクションですよ」

 

「見た目は子供、頭脳は大人!」な某名探偵漫画の主人公の事を思い描きつつそう尋ねると、益々呆れた様な顔でそう返される。

 流石にお巫山戯が過ぎたか。

 

「原因は不明って事か……。

 取り敢えず、あっちの世界に行ってペルソナの力で治るかどうか試してみるか?」

 

 子どもの姿になるバステなんて彼方の世界でも見た事は無いがだからと言って存在しないとは言いきれないし、この状態が一種のバステである可能性は大いにある。

 バステで無いにしても、彼方側の何かが関わっているのからベルベットルームの住人たちの助力を求めてもいいかもしれない。

 あの人たちは直接問題を解決する事はしないが、助言ならしてくれるだろう。

 

「そう、ですね……。

 とりあえずはそうするのがいちばんだと思います」

 

 菜々子のそれよりも更に小さくなった己の手を見詰めて、直斗は深い溜息を零す。

 何をするにしても小さくなり過ぎている為に一苦労であり、それが尚更に悩みを深めているのだろう。

 今だってテーブルに座って向き合ってはいるが、クッションを幾つも重ねた上に座ってどうにかと言う状態だし、何時もは少し見上げれば俺と視線が合ったが今はうんと上を向く必要がある。

 元々、子供である自分を抑圧していた直斗にとっては、こんなにも幼い姿になってしまうだなんて不本意なんてものではないのだろうし。

 俺と話している内にパニック状態が少し落ち着いてきたらしい直斗は、今度はどうしたら元に戻れるのかやらこの状態が何時まで続くのだろうといった事を考え出してその表情を曇らせている。

 そんな直斗を見て、俺は──

 

「へ、せせせせせんぱい!

 な、なにをしてるんです!?」

 

 焦った様に手足をバタつかせる直斗に構わず、その小さくなってしまった身体を抱き上げて俺の膝の上に乗せて、抱きしめる様にしてその背を柔らかく撫でながら柔らかな髪を優しくかき混ぜる。

 

「そんなに難しい顔をしないで。

 俺が傍に居るから。俺が、何とかしてみせるから」

 

 あやす様に、囁く様にそう言葉にすると、直斗はギュッと強く抱き着いてくる。

 不安に揺れていたその目には、今は言葉にしきれない程の安堵が満ちて、感情の振れ幅の大きさからその目は僅かに涙が浮かんでいた。

 

 それを見た瞬間思わず、抱き締めてそのまま何処かにかっ浚ってしまいたくなる程の衝動が荒れ狂う。

 普段の直斗も何をしてでも絶対に離したくない位の可愛さなのだが、そこに幼い愛らしさが加わって最早戦略核兵器並の存在になっている。

 世に蔓延る不埒な輩どもの目に触れれば国歌級犯罪による争奪戦が勃発してもおかしくはない程に、恐ろしく可愛らしい。

 小さな柔らかな手も、一段と柔らかさを増したその頬も、零れ落ちそうな程の潤んだ大きな瞳も。何もかもが可愛らしい。

 とはいえ、ここで直斗を襲うだなんて、事案を通り越して人間として最低過ぎるので、どうにか鋼の理性でそれを耐え忍ぶ。

 その代わりに心の中の記憶領域一杯に愛らしい直斗の姿を焼き付ける。

 

 そんな俺の心中を知らずしてか、直斗は少し困った様に自分の格好を見下ろしていた。

 

「外に出るにしても、このかっこうではさすがに……」

 

 明らかにサイズの合ってないシャツ一枚を羽織らせた子供をジュネスまで連れ回すだなんて、一発アウトである。普通に捕まる案件だ。

 とは言え、ここまで小さくなってしまった身体に合う服なんて持っているわけが無い。実家にならあるのかもしれないが、それをいきなり持って来て貰うのは無理であるし、何より今の状況を説明するのは無理である。

 

「ジュネスに行って適当に服を見繕ってきても良いけど……」

 

 正確に測って決める訳では無いので多少大きいサイズになってしまうかもしれないが、その程度なら直ぐに出来る。

 とはいえ、それには直斗は少し難色を示している様だ。

 良くも悪くも、俺がジュネスで何か買い物をすると、大体の場合陽介の耳にも届いてしまう。別に陽介が何かをしてる訳ではなく、おばちゃんたちの噂は爆速でそこまで届いてしまうのだ。

 男子高校生が女児用の服を買うというのは明らかに目立つ。まあ、菜々子の為に買ったと言い張れば良いだけではあるのだが……。

 事をあまり大事にしたくない直斗としては、極力そう言った形で目立つのは避けたいらしい。

 嫌だと言うのなら無理強いは出来ない。基本的に俺は直斗に対してはイエスマンである。

 ではどうしたものかと考えて……、一つ考えが思い浮かぶのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 ある朝起きたら子供の頃の姿に戻っている、だなんて漫画などの中でしか起こり得ない様な異常事態に直面して、真っ先に助けを求めようと頭に浮かんだのは恋人である彼の事であった。

 大混乱の中でかけた電話は恐らく要領を得ないものであっただろうが、彼は即座に駆け付けてくれて。

 ここまで小さくなってしまった身体に合う服など当然持ち合わせている筈もない為、シャツ一枚を羽織った状態で彼を出迎える事になった。

 幼い身体はとても不便だ。

 何をするにも手が届かなかったり力が足りなかったり。何より心と身体が釣り合っていないから出来ると思った事が出来なくなっていたり。

 彼を出迎える為に玄関扉を開けるのだって、全身を使って力一杯に押し開いてやっとであった。

 

 元からあった彼との身長差は、50センチ近く縮んでしまった今では絶望的な程に開いていて。

 目線を合わせるにしてもうんと上を向く必要があるし、そもそもテーブルに座って向き合う事すら儘ならない。

 彼の姿を目にして、どうにか混乱していた思考は少し鎮まったが。そうなると、どうしてこんな事になったのかや、今後どうすれば良いのか、何をすれば元に戻れるのか、もし元に戻る方法が無いのなら……等と。

 様々な事を考え出してしまって、先程までとは別の不安に苛まれてしまう。

 だがそんな事はお見通しであったのか、僕を抱き上げて自分の膝の上に乗せた彼は、僕を安心させる様に優しく抱き締めてくれて、「大丈夫だ」とそう言ってくれた。

 その言葉に何か根拠がある訳では無いだろうに、彼の言葉は不思議と僕の中の不安を拭い去ってくれる。

 優しく触れるその手の温もりは、どんな時だって心の奥までその優しさと愛しさを伝えてくれる。

 今は身体だけとは言え実際に子供なのだからと、子供っぽい行動だと思いつつも心の中で言い訳をしながら、彼の確りとした胸板にそっと擦り寄せる様に頬を預け、全身で彼の温もりを感じる。

 頬を寄せた瞬間、驚いたのか背中に触れていた彼の手が一瞬震えたが、直ぐに再びそっと抱き締めてくれた。

 

 元に戻る方法を探す為に、一先ずテレビの中の世界に行ってみてペルソナの力を試してみる事になったのだが、如何せん格好に問題がある。

 人前に出られるだけの服装をどうにか取り繕わねばならないが、それもそう簡単にはいかない。

 僕が直接行く訳にはいかない以上は彼に服を見繕って貰う必要があるのだけれども、此処が狭い田舎町である事が事態をややこしくさせる。

 幼い子供向けの服を買う男子高校生は目立つのだ。

 まあ、彼の家には菜々子ちゃんが居るのだし、そう言った服を買う事に何か問題があるのかと言われればそうではないのだけれど。

 菜々子ちゃんは基本的に堂島さんに服を買って貰っているみたいだし、実際彼が菜々子ちゃんに衣服を買った事は無い。

 溺愛していると言っても過言では無い程に菜々子ちゃんを大事にしてはいるが、彼なりに遠慮と言うか色々と配慮はしているのだ。まあ、菜々子ちゃんにおねだりされたりすれば、喜んでその財布の紐を緩める事は間違いないだろうが。

 つまり、普段はしない行動をしていると非常に目立つのだ。特に彼はその容姿からしてこの街ではとても目を惹く存在である。

 そんな彼の何時もとは違う行動は瞬く間にパートたちの噂にのぼり、それは直ぐ様花村先輩の耳に届く。

 花村先輩は良い人であるし気が利くので、そんな噂を耳にした所で別に誤解したりはしないだろうが、何があったのかとはそれとなく彼に尋ねるのだろう。

 僕としては、こんな事態を誰かに知られるのはかなり気が引けるのだ。それは、特捜隊の仲間たちにも。

 心配させてしまうのが嫌だと言うのもあるし、気恥しいのもある。それを知ったからと言って、皆がどうこうする事は無いのは分かっていても。

 出来るなら彼と僕との間だけに留めて、さっさと元の姿に戻って解決してしまいたい。

 

 そんな風に少し難色を示すと、彼は少し考え込む様に黙っていたかと思うと何かを思い付いたらしく何処かへ向かおうとする。

 直ぐに帰ってくるから、と。

 そう言い残して引き止める間も無く去ってしまった彼の後ろ姿を、何故だか胸が締め付けられる程の寂しさと共に見送る。

 やっぱり何だか変だ。何時もの僕じゃない。

 確かに姿は子供に戻っている様だけど、それだけだと思っていたのに。

 何時もよりも感情のコントロールが利かない気がするし、彼が部屋から消えただけでまるで独り寂しい場所に迷い込んでしまったかの様な錯覚すら感じる。

 寂しくて心細くて、小さくなった身体を更に縮こませるかの様に膝を抱いて、少しでも彼がくれた温もりを離さない様にする。

 そうやってどれ程の時が経ったのか……恐らくそう長くはかからなかったのだろうけれど、彼は息を切らせる程に急いで帰って来てくれた。

 

「ごめん直斗、ちょっと待たせた」

 

 肩で息をしながら手に持っていた紙袋を差し出そうとしてきた彼は、身を縮こまらせていた僕を見て驚いたのかその目を丸くして幾度か瞬かせる。

 

「えっ……と、何かあったのか……?」

 

 彼の言葉に寂しかったからなんて本当の事を言える筈も無くて、僕は誤魔化す様に曖昧な返事をしつつ、彼が持って来た紙袋の中身を確かめた。

 どうやら、子供用の服の様だ。でも、何処からこれを……?

 

「菜々子が昔着ていた服だと思う。

 多分、叔母さんが思い出に大事にとっていたんじゃないかな。

 年末に大掃除した時にタンスの中にしまってあったのを思い出してさ、それで」

 

「そんな大事なもの、僕なんかがきちゃだめですよ……!」

 

 そんな思い出の品を使う訳にはいかないからと、それらを返そうとするけれど。彼はゆるゆると首を横に振った。

 

「別にそれを汚したり捨てたりする訳じゃないんだし、叔父さんはあんまりそういうモノに拘らないからこのままだと死蔵しっぱなしになっちゃうだけになるから。

 どうしても気が引けるって言うなら、今度菜々子と一緒に服を買いに行ってあげるとかで良いんじゃないか?」

 

 それでも……と抵抗はしたのだけれど、結局は彼の言葉に丸め込まれてしまう。彼に口で勝つのは本当に難しいし、気付いたら何時の間にか納得してしまっているのだ。

 そんなこんなで多少の後ろめたさはありつつも菜々子ちゃんの昔の服を借りる事になった。

 ごめん、菜々子ちゃん。この埋め合わせは必ずするから……。と心の中で謝りつつ、体格に見合った服を身に纏う。

 菜々子ちゃんの服であるのだから当たり前なのだが、それはとても可愛らしい女の子の服で。

 女の子らしい格好なんて片手で数える程もしてこなかった僕としては非常に気恥しい。

 

「じゃあ、行こう」

 

 元に戻れた時用に何時もの僕の服を入れた紙袋を片手に、彼はあまりにも自然に僕を片腕で抱き上げる。

 急に目線が高くなった事と、彼に抱き上げられていると言う状況に平静さを保てない。

 

「せ、せんぱい!? なにを!?」

 

「今の直斗が歩くよりこっちの方が早いだろ?

 大丈夫、絶対に落としたりなんかしないから」

 

 そう言って、彼は僕を抱き上げたまま足早にジュネスへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 菜々子の服を着た直斗は、何処からどう見ても可愛らしい女の子で。

 可愛過ぎるので余人の目に触れさせたくなど無いのだけれども今は四の五の言ってる場合じゃないのだからと鋼の理性で耐える。

 本当にもう、今日の俺の理性は本当に頑張ってると思う。鋼を通り越してザイル位の強度になってそうだ。

 もういっそジュネスにも行かずずっと家で直斗を抱き締めて堪能していたい程なのだけれど、本当に困っていて自分を頼ってくれた直斗の信頼を裏切る訳にはいかないのだし、不安で一杯の直斗に無体を働く程ケダモノでも無い。いやまあ思春期真っ只中の男子高校生なんてケダモノも同然と言えばそうだろうが、そんな事をすれば取り返しが付かない程に直斗を傷付けてしまうのは分かっているのだから自制出来る。

 片腕で抱き上げている状態だからか、直斗はその小さな手でギュッと俺の肩辺りを掴んでいるのだかそれがまた本当に愛らしくて、人目も憚らず口付けしまいたい位である。流石にジュネスの様な場所でそんな事をしていたら事案にも程があるのだけど。

 

 ジュネスに辿り着き、陽介やクマに鉢合わせしない様に注意しつつ何時もの家電売り場に向かう。

 一応二人の大体のシフトは把握しているので大まかな位置は分かってはいるが、急な品出しなどでジュネス中を動き回る事もある為油断は出来ない。

 だが警戒はしていたものの割とあっさりと家電売り場に辿り着き、何時ものテレビから向こうの世界へと向かう事が出来たのであった。

 

 あちらの世界に着いても直斗の姿は相変わらずに幼いままだった。

 抱き締めていたその身体を床に下ろすと、直斗は自分の眼鏡を取り出して掛ける。……が、明らかにサイズが大き過ぎて何ともアンバランスな状態だ。

 幼い菜々子がこの世界に落とされた時には、一時心肺停止に至る程の影響を齎したものだが。

 ペルソナを扱えるからなのか或いは慣れているからなのか、幼くなってしまった直斗でも特に何時もと変わらない感じであるらしい。

 

「ペルソナは使えそうか? 」

 

 直斗のペルソナには状態異常を回復させる力は無いから今は用は無いが、幼くなった影響がそう言った所に出てないかは確かめる必要はあった。

 

「何時も通りに呼べそうですね。呼びますか?」

 

「いや、良い。

 じゃあ取り敢えずアムリタでも試すか」

 

 ほぼ全ての状態異常を治せるスキルを試してみるが、どうにも効果は無い。

 同様の効果を持つアイテムも試すがこれも同じく。

 何度か色々と試してみて、どうやらこれはペルソナのスキルなどでは治せそうにないと言う結論に至った。

 

「……もし、このまま……」

 

 また悪い予想に苛まれてしまったのか、小さくなった手を見詰めそんな事を呟いた直斗に、「諦めるな」と言葉をかける。

 確かに、今出来る限りの範囲ではペルソナの力ではどうにも出来ない様だが。しかし諦めるには早過ぎる。

 取り敢えず、ベルベットルームの住人に助言を貰ってからでも遅くは無い。

 

「ちょっと伝手を頼ってみるから……ちょっと待っててくれ」

 

 エントランスの直ぐ傍にあるベルベットルームの扉に手を触れて、「大丈夫」だと直斗に微笑んだ。

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 僕にはさっぱり見えないが、ベルベットルームの扉とやらがあるのだと言う場所に彼が佇んだかと思うと、数瞬後には不思議そうな顔をしながら首を傾げていた。

 彼にしか見えず訪れる事も無いらしいその場所には、どうやら何者かが居るらしく。

 スキー旅行の時に救出したマリーさんや、その時に僅かに顔を合わせた群青色の服を身に纏った秘書の様な美女(マーガレットさんと言うらしい)の他にもう一人いるのだとか。

 その人たちは彼が無数に抱えているペルソナをより良く扱える様に手助けをしてくれているらしい。時折助言めいたものもくれるのだとも言っていた。

 そしてどうやら、その人たちは今回のこの事態に対しても何かしらの助言をくれた様なのだが……。

 

「えっと……マーガレットが言うには、『満足すれば元に戻れる』らしい。

 ただ、直斗が満足しないなら元に戻るには時間が掛かる? とか」

 

 この世界の何かが悪影響を与えていたり、年末に倒す事になったアメノサギリの様な超常的存在が何か仕出かしてる訳では無いらしいけども……と。

 何が何だかよく分からないと言いた気な彼の言葉に、一つ脳裏に蘇るものがあった。

 

━━ほんと、素直じゃないよね『僕』って

━━まあ、仕方ないから手伝ってあげるよ

━━我は汝、汝は我だもんね

 

 夢から覚める直前に聴こえたあの声、あれは僕の……正確には僕の『影』の声ではなかっただろうか?

 どうしてそれを忘れていたのかと、自分の記憶力に悪態を吐きそうにはなったが、目覚めた直後の異常事態にすっかりすっ飛んでしまっていたのは少し仕方ない事なのかもしれない。

 あの時、あの夢の中で僕は一体何を願った? 何を望んだ?

 そもそもどんな夢だったのかと、もう朧気になってしまった記憶を掘り返す様に思い返す。

 そう、あれは確かとても懐かしい……幼い頃の夢で。

 確か、確か僕は……。

 

──こんな風に甘えられたら、良いのかなぁ……。

 

 なんて、そんな事を──

 

「う、うわぁぁぁっ!?」

 

 途端に恥ずかしくなって思わず大声を上げてしまう。

 それにビックリしたのか、彼は慌てて何があったのかとオロオロとしているけれども今はちょっとそれ所じゃない。

 いや、だって! 恥ずかし過ぎる!

 もっと素直に甘えたいから子供になってみました、なんて!!

 そもそもそんな事が出来てしまうのかと言う疑問は尽きないけれど、テレビの世界だとかシャドウだとかペルソナだとか「神様」だとか、この世には今までの自分の常識が通用しない何かは色々と存在するのだから有り得ない訳じゃないのだろう。

 今はそんな事よりも、元に戻る為の方法が問題であった。

 そう、僕は彼に甘えなくてはならないのだ。

 僕が……僕の『影』も含めた僕自身が、最大限満足するまで。

 それは、どうしても自分から甘える事が苦手な僕にとっては、断崖絶壁から飛び降りろと言われているにも等しい。

 

「えーっと、……取り敢えず此処で出来る事は無さそうだし、帰るか?」

 

 冷や汗が出そうな程に焦っている僕を見ながらそう提案してきた彼の言葉に、頷くしか無かった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 再び家に帰って来て、しかしならばどうしようと言う話である。

 元に戻る方法は分かった。

 満足するまで素直に甘えたら良いのだ。

 しかしそれは、僕にとっては全く以て簡単な事では無い。

 

 心配そうに見詰めてくる彼を直視するのが辛い。

 しかし、このままで良い訳はなくて。

 迷惑をかけたくないなら尚の事、早く素直に甘えた方が良いのは分ってる。

 甘えたからって彼は嫌がったりはせず寧ろ喜ぶだろう事も分かっている。

 それでも出来ないのは気恥しさが故なのか、それとも女としての自分に自信が無さ過ぎるが故なのか。

 彼に好きで居て貰える自分でありたいと思うけれど、考えれば考える程難しい。

 ベッドに腰掛けながら悶々と考えていると。

 

「……直斗」

 

 彼がそっと抱き締めてきた。

 何時も抱き締める時のそれよりも、更に優しい力加減のそれは、幼い身体に負担をかけない様にしているのだろう。

 

「何をどうしたら直斗が満足出来るのかとかは俺には分からないけれど、何にだって付き合うよ。

 また一緒に『怪盗X』の様な謎を追い掛けたっていいし、直斗が望んでいる事は全部叶えてあげる。

 だから、遠慮なんてしないで、恥ずかしがらずに何でも言って」

 

 直斗の為だったら何でもするから、と。

 彼のその言葉が本気である事は、よく知っている。

 彼は本当に一途だった。少なくとも、僕に対しては。

 嘘も吐かないし誤魔化しもしない、本当に真っ直ぐで深い愛情だけを向けてくれる。

 好きだ、と。何度だって何度だってありとあらゆる方法で伝えてくれる。

 意味だとか理由だとか、そんなものは全部無視して。只管に、僕が僕だからこそ愛しているのだと。怖い程に純粋な想いを向けてくれる。

 だからこそ、そんな彼の想いに釣り合えるだけのものを返せているのか、彼がそこまで愛するに足る存在なのか不安になってしまうのだろう。

 でも、彼のそれには釣り合わないのかもしれなくても、僕だって彼の事が誰よりも大切で、愛しいと思っている。

 

「せんぱい……。

 さみしいんです。せんぱいがいなくなってしまう事が。どうしようもなく」

 

 彼のシャツの胸の辺りをギュッと掴みながら、今まで押し込めていた気持ちを吐露する。

 

「……俺は此処に居るよ。何処にも行ったりしない」

 

「でも、春になったら行ってしまう。

 それがとてもさみしいんです。

 どこにも行かないでほしい、ずっとそばにいてほしい。

 ……ぼくって、とてもわがままですね」

 

 かつて対峙した時の『影』の様に、感情のままに泣き喚く程に訴えるべきだったのかもしれないが。僕にはそれが精一杯だった。

 抱き締めてくれる彼の胸をそっと押してみる。

 元々体格差がある為、僕の力では彼を押し倒すなんて無理だったけど。子供になった今では最早壁を押している様なもので僅かに揺るがせる事すら出来やしない。

 

「もっともっと、ぼくにふれてほしい。

 ぼくのことをいっしゅんたりとも忘れられないくらいに、その心の中をぼくでうめつくすくらいに、ぼくのことを覚えていてほしい。

 せんぱいのことをもっともっと教えてほしい。

 はなれていたって直ぐそばに感じられるくらいに、せんぱいでぼくをみたしてほしい……」

 

 呆れる位に我儘で、束縛紛いのそれを望む程に強欲だ。

 それでも、それが僕の偽らざる本音である。

 

 僕の言葉を聞いて、彼は驚いた様に目を見張ったかと思うと、優しさをその目に滲ませる。

 そして、より強く抱き締めてきたかと思うとそのままベッドに寝転んだ。

 

「直斗に満たされるなんて、それこそ俺の本望だよ。

 ……確かに、春になったら俺は此処を離れる。

 でもそれはお別れなんかじゃない。

 確かに、一緒に居られる時間は少なくなるし、『また明日』って言えなくなる。

 でも、それは永遠じゃない。

 何度だって此処に帰ってくるし、大学生になったらもっと自由に動ける。

 何だったら、一緒の大学に行ってルームシェアとかだって出来る」

 

 そう言いながら、彼は優しく僕の唇に触れるだけのキスを落とす。

 

「言っておくけど、俺は本当に欲しいものは絶対に諦めないし、一度手にしたそれを手放してあげられる程優しくもない。

 俺は本気で直斗の事が好きだし、未来の事を考えた時には何時だって直斗の事を真っ先に考えてる。

 俺があげられるものは何でもあげる、叶えられる事は何でも叶える、だからずっと傍に居て欲しい」

 

 それじゃ駄目か? と。そんな事を訊いてくる彼に、駄目なんかじゃないと首を横に振った。

 僕だって、同じ気持ちだ。

 僕が出来る全てで、彼に出来るだけの事をしたい。

 そして、愛して欲しい、好きでいて欲しい。

 

 彼に抱き締められている内に、とろとろと眠りの波が押し寄せて来た。

 まだ寝るには早いのだけれど今日は色々あったのだし、何より子供の身体なのが大きいのかもしれない。

 うとうととし始めた僕の背を優しく摩る彼の手にすっかり安心しきって、重い瞼はゆっくりと閉じていく。

 

「せんぱい……ずっと、いっしょに……」

 

「ああ、約束するよ。ずっと一緒に居る。

 絶対に、直斗を離したりなんかしない」

 

 その言葉に安心して、僕は眠りに落ちていくのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 子供の姿のまま寝入ってしまった僕であったが、それから数時間ほどして目が覚めた時にはすっかり元通りの姿に戻っていた。

 確認したが、一ミリたりとも身長は減っていなかった。残念ながら伸びても居なかったが。

 元に戻れた事を喜んだのも束の間、彼から「俺がどれだけ直斗の事を愛しているのか証明する」なんて言われて押し倒される羽目になった。

 どうやら、子供の姿の僕相手には相当自重していたらしい。お陰で何時も以上に激しい事になった。

 

 後に菜々子ちゃんには(こっそりとは言え)服を借りたお礼を兼ねて彼も含めて三人一緒に服を買いに行ったのだが随分と喜んで貰えて。

 菜々子ちゃんを溺愛している彼の意見を取り入れながらあれやこれやと服を見てみるのは存外楽しいものであった。

 自分自身を着飾る事にはそこまで拘る事は無いが、誰かと一緒にこうして服を選ぶ事は楽しいものなのだと改めて知った思いである。

 

 もう後数週間もすれば、彼が此処を発つ日が訪れる。

 そこに寂しさが無いとは言えないけれど、その別れへの寂しさ以上に、「未来」への期待が大きくなっていた。

 その「未来」で、僕はきっと彼と一緒に居る。

 それを確信出来る事は、とても素敵な事だった。

 

 心の何処かで、僕に似た声が「良かったね」と笑った気がした。

 

 

 

 

 

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