(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング) 作:アズマケイ
そこまでロックスを忘れたこの世界が許せないのか。憎いのか。破壊し尽くしたいのか。ロックスを忘れさせた世界政府や五老星、天竜人もろとも皆殺しにしたいのか。だから、自分もろとも殺そうとしてるのか。
天竜人なのにロックスかぶれという自己矛盾を一挙に解決してくれる方法を思いついたのだろう。それが最高の終わりという余計なものを学んだことで余計にややこしいことになった。
それが父上の基本的な思考回路なのだとドフィはようやく理解するに至る。35の時だ。余計に頭をかかえることになった。
父上を巣食う世界を破壊し尽くしたい衝動が愛という概念を理解しつつある。破壊衝動にかられて暴れるだけのテロリストより、それはそれとして自宅に帰って家族と団欒ができるテロリストの方が脅威なのと同じだ。
シームレスに一見矛盾しているふたつの概念をかかえたまま行き来できる。切り替えられる。双方が邪魔をしない。直前まで唯一の足枷、あるいはストッパーになり得たはずのそれが、この瞬間からただのブーストと化した。その絶望感ときたら。笑うしかなかった。
ポートガス・D・エースと名乗る少年がドフィを訪ねてドレスローザを訪れたとき。闘技場で七武海天夜叉ドフラミンゴとして対面したとき。
エースが父上の最愛の息子たる理由をようやくドフィは理解する。見当違いな嫉妬をかかえていたことを思い知るのだ。
父上の手を取らずにモルガンズの船にのり、ガープ中将に預けられ、海兵の学校に入ったもしものドフィがそこにいた。
何年たとうがその時がくるまで平気で待てるし、計画を変更できるんだな。そこまであの時代に心をおいてきたのか、アンタは。ドフィは内心毒吐いた。
ロックスを失ったこの世界で、アンタは今更何を求め続けてんだ。気付いていたって気付かないフリをしてるだけじゃないのか。これがアンタの望んだ世界なのか。あくまで時間はあの日から止まったままなんだな。だから最高の終わりか。そういうことなのか。
ロシーはドジっ子のせいで海軍の矛盾に突き当たり、起爆剤になるほど昇進がなかなかできないから。そこにたまたま海賊王の忘れ形見がいて、ガープ中将に託されて、今のアンタならガープ中将の思惑に気づいていながらわざと巻き込まれにいくだろう。
アンタの見聞色はほんとうに人智を超えてるな、父上。覇王色は鍛えないと敵味方問わず悪影響だと話していたが、見聞色も同じじゃねえか。死ぬかもしれないほどの高熱を出して、いきなり目覚めた覇気に振り回されて、一体アンタはなにをみた。なにをみせられた。拒否権なしで目を逸らすことも許されず、コントロールできない暴走する未来予知の果てに、なにを見せられた。おれ達の父上がぐっちゃぐちゃになり、見せられたにすぎないなにかを自分と混同するほどのなにかなんだろうことしか、おれにはわからないが。
これはドフィにとって希望であると同時に絶望でもある楽天的観測だった。根拠が状況証拠しかない。この28年間、いくら調べ上げても父上を豹変させたなにかの正体が掴めないのだ。ニキュニキュ、メモメモ、ソルソル、そしてオペオペ。片っ端から調べたがあの日、あの国で、あの町で、ずっとドフィ達と家にいたはずの父上に近づいたやつはいなかった。その果てに、可能かどうかすらわからないヨミヨミの憑依を受けたんだろうと信じたかった。
父上が自らの意思で動き出したとは信じたくなかったのだ。
「ほんとに来やがった。ここまでくるとロシーのドジっ子が昇進妨げてる証拠にしかならねえな」
「え、なんの話だよ」
いきなり意味のわからないことを言われたという顔をしているエースがいる。ドフィは笑うだけで教えることはない。イールみたいに世間一般に知られている人堕ちホーミングの名声に振り回されながら、守られながら、それ以外のたくさんの愛に育てられてきたエースのことだ。自己肯定感が可哀想なほど低いと父上が手紙に書いてあったことを思い出す。
ロックスを忘れたこの世界を愛せたから、おれ達を愛していることに気づいたから、ロックスに会いに行こうとしてることはわかったぜ父上。
エースの死が父上の最高の終わりの引き金になることは見聞色を使わなくても見えていた。だからドフィは武装色を纏わせた銃を手にするのだ。簡単なのは今ここでエースを射殺することだ。少し簡単なのは話をして考えさせて、かつてのドフィのように自分で動いているつもりで、周りに流されているにすぎない存在だと理解してもらうことだ。難しいのは、話をしても理解できずに見当違いのことをいって怒り出すことだ。
エースができることなら真ん中に値する人間であることを祈りながら口を開くのだ。
ポートガス・D・ルージュは父上に最高の終わりを突きつけておきながら、愛を思いださせてくれた、諸悪の根源にして最高の恩人でもある。エースはどういう少年に成長したのだろうか。ここからがすでにドフィにとっての正念場だった。