(未完)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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第32話

「イール!よく無事だったな、お前!」

 

タイガーは勢いよく立ち上がった。

 

「タイガーこそ!また会えてうれしいぞ、おれは!」

 

イールは喜び勇んでかけより、タイガーと硬い握手を交わした。

 

「お前が無事ってことは......」

 

「ああ、船長ももちろん無事だ。安心してくれ」

 

一番の懸念材料が徒労だったと聞かされたタイガーは、安堵の笑みを浮かべてそのまま椅子に座った。

 

「アンタが全責任を被る形になるかもしれん、本当にすまん」

 

「何言ってんだ、初めからそう言う話だっただろうが。むしろ、おれはホーミングさんの雪辱を晴らす絶好の機会を横取りする形になっちまったのが、本当に申し訳なくてならねえんだ。また白紙に戻すんだろう?きっと警備も何もかもが18年前とかわっちまうだろう。難易度を上げちまうだろう。それだけお前との友情を優先してくれたってのにな......おれは、もう人間を愛せないと自覚しちまった。燃やされたあの紙が無性に惜しくなっちまってる自分がいる」

 

「そうか......まあ、何を見たのかは想像に難くない。何も言わんよ、おれは。その場にいなかったからな」

 

「あたりまえだ、何言ってやがる。お前はホーミングさんの右腕なんだから、こっちにくる必要はなかったろ。今思えば、あのとき燃やしてくれてよかった。もしこの世にまだあるとしたら、おれはこの足でそのままホーミングさんとこに行ってしまいかねん。全部わかってたんだろうな、あの人は」

 

「そうだろうな。だからどちらか選べといったんだ」

 

「なあ、イール。なんであの人は人間なんだろうな。なんでよりによって元天竜人なんだろうな。あの人は無理すんなっていってたが、初めから人を殺せる人間だっていってたが、おれはどうしても人間だと思いたくない。無茶苦茶なこといってるだろうが、ほんとにそう思うんだよ」

 

「ここだけの話、おれも魚人になれる悪魔の実や病があったらホーミングさんにかかってほしいなと意味もないことを考えたことはある。残念ながらそんな都合がいいものはこの世に存在しないがな。失望されたくないから、絶対に言わないが」

 

「あたりまえのこと言うんじゃねえよ。言うなよ、絶対に言うなよイール。あの人の友情を無碍にするような真似絶対にするな。おれまで我慢できなくなるじゃねえか」

 

「わかってる、わかってるが今のおれは気持ちに蓋をすることができるか自信がないんだ。情け無いことにな」

 

「ホーミングさんが魚人街出身の魚人ならよかったのにな。そうすればいっそのこと......。だがそうじゃないから困ったもんだ。なんで現実はこんなに理不尽なんだ。こんなに色んなことがぐちゃぐちゃにならなくてすんだのによ。ホーミングさんの人堕ちはオトヒメ様の手紙が全ての始まりじゃねえか。怨まれたっておかしくないのに、あの人はなんで......おれは悔しくてたまらんよ」

 

「......そうだな、おれも心底そう思うよ」

 

2人に重苦しい沈黙がおりた。魚人街は魚人島本島の近くに所在するスラム街の名だ。元々は孤児院などを中心とした大規模なリュウグウ王国の福祉施設だったが、次第に荒廃し、ギャングや海賊の住処と成り果てていた。

 

管理者達の手に負えず無法地帯と化していた魚人街をまとめていたタイガーは冒険家になり国を飛び出し、それに憧れて海に出たイールもまた同じ出身であり、2人は同い年の幼馴染でもある。

 

イールが奴隷として売られたのが人堕ちホーミングだったことが、リュウグウ王国とウミット海運の繋がりの始まりだ。10歳で仇討ちに飛び出したドフィが闇のシンジゲートの頂点に君臨し、25で七武海になって人間屋の全権に干渉できるスポンサーになったことで魚人と人魚の奴隷は実質0になった。

 

たまにいてもウミット海運が買い受けてリュウグウ王国に送られ、奴隷より遥かにマシな労働者として働くか、リュウグウ王国に立て替えてもらい働き口を斡旋してもらって返すシステムが確立している。今の魚人島の現状を見つめて、自分の運命がホーミングとこんな形でしか混じり合わなかったことをタイガーは心底残念に思っていた。

 

天竜人の奴隷として過ごした地獄の日々は、間違いなくタイガーの根本を変えてしまった。

 

ホーミングもオトヒメ様の手紙に感化されて人堕ちを選んだ結果、非加盟国であった地獄の日々が根本を変えてしまったんだろうとタイガーとイールは考えていた。

 

2人だけがホーミングが聖地マリージョアを襲撃して、いかに効率的に全てを破壊して皆殺しにし、無事に逃げ切り、証拠を残さずにいるかと言う計画を立てるくらいの憎悪を秘めているか知っている。

 

なのに、ホーミングはイールの憧れだからというただそれだけで、18年間温め続けていたはずのそれをタイガーにあっさり渡してしまった。

 

しかも奴隷解放と破壊の計画を選ばせてくれたということは、ホーミングの中に今のイールやタイガーが陥っている心がふたつある現状が常態化していることを指している。

 

だから、なおのこと、イールとタイガーは誰にも言えやしない本心を吐露する羽目になっていた。

 

「ホーミングさんのことだ、本心を打ちあけたところであっさり受け入れてくれるだろう。副船長として任されてる意味をおれは理解しているつもりだ。あの人はそういう人なんだよ、初めて会ったときからずっと。だから、なおのこと、おれは今ホーミングさんに会いたくないんだ。どんな顔して会えばいいのかわからない」

 

「気持ちはわかるぜ、イール。竜宮城に行く前から、あの計画書持ち歩いてたってことは、初めから見えていたんだろうしな。ホーミングさんがいうように、オトヒメ様みたいに心が読める見聞色じゃなくてよかった。それしかいえない」

 

「ホーミングさんの見聞色にいつも助けられてる分際でいうのもおかしいんだろうが、おれはホーミングさんの信頼が今は恐ろしくてならないんだ。あの人の信頼や恩に報いれるかどうか自信が持てない自分が嫌だ。あれだけ頼りにされているのに。なんて罰当たりなんだろうな、おれ達」

 

「そうだな......ほんとにそうだ」

 

数日後、マリージョア襲撃事件の首謀者としてタイガーは名指しで指名手配され、懸賞金がかけられることになる。

 

天竜人の奴隷としてこの世界で1番最後に解放されることとなった魚人や人魚の奴隷を見捨てられないとタイガーを慕う魚人街出身の猛者たちが集い、海賊団が旗揚げされることになった。

 

元奴隷とそうでないものが識別されぬよう、天竜人の紋章を覆い隠すような太陽の印を全員体に焼き付けることになった。

 

発生の経緯が「行き場のない脱走した魚人奴隷達の受け皿」であったため海賊行為もそれ程荒々しいものではなく、「自分達は野蛮な人間達とは違う」というタイガーの信念から不殺を貫くこととなった。

 

「タイヨウか......いくら名乗っても魚人海賊団としか世界政府は呼ばないし、呼ばせないだろう。この海でタイヨウを掲げる意味をお前は知ってるだろう、タイガー。ほんとにいいのか、誰にも言わなくて」

 

「奴隷に信仰されていた太陽神の意味も込められてることは死んでも言わないぞ、おれは。自由を標榜し、世界政府に知らしめる意味でこれ以上ないものはない。あの忌々しい印を太陽の印で消すことができると気づいたとき、おれは運命を感じたんだ。世界政府の紋章が太陽十字を消してできたものだとしたら、これだけ掲げたくなるものも他にはないからな」

 

「おかげでおれ達は世界政府から本気で狙われてるわけだが」

 

そして4年間、イールはタイヨウの海賊団として、タイガーが死ぬその日まで航海することになる。

 

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