(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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第33話

イールは激痛で目が覚めた。全身が打撲と骨折、内臓がいくつかやられているようで、うめき声だけが響いた。気持ち悪すぎて、ろくに息ができない。

 

「イール!」

 

痛みで気を失いそうになっていたイールを現実に引き戻したのは、4年ぶりにあった命の恩人だった。ウミット海運のホーミングとミンク族部隊、魚人部隊代理が心配そうに覗き込んでいたのだ。隣では魚人部隊の医療チームがイールが目を覚ましたことに喜んで、いろんな治療を再開しはじめた。

 

「ああよかった、やっと目を覚ましてくれたかイール!」

 

「船長!?」

 

今自分が置かれている状況が全く理解できない。

とっさに起きあがろうとしたが支えになるはずの腕の感覚がなく、そのまま不自然な形で傾いたイールはホーミングに支えられる形で床への激突を免れた。不自然に盛り上がっている半端な形に歪んだ右腕をみて、イールはようやく自分の腕が失われている現実を思い出すのだ。

 

それだけではない。強靭的な魚人の恵まれた体にもかかわらず、大怪我だった。

 

「お前が重症と聞いて飛んできたんだ、目を覚ましてくれて本当に良かった!」

 

「船長、タイガーッ!タイガーは大丈夫なのかッ!?黄猿達がおれ達を罠にハメて襲撃にッ!!」

 

イールが覚えているのは元奴隷の人間の少女コアラを故郷に送る仕事を頼まれ、彼女の故郷である偉大なる航路フールシャウト島に送り届けたことまでだ。世界政府から執拗に刺客を送り込まれていたため、真っ先に気づいたイールはひとり島に残り、タイヨウ海賊団を逃すために孤軍奮闘した。

 

しかし、イールしかいないとわかった刺客達が、数の暴力で抑え込みながら、海軍本部中将ボルサリーノ指揮下の少将ストロベリーの部隊に連絡するのを見てしまった。気づけばベッドの上。しかもホーミングの船の中。助けてくれと錯乱するイールに、ホーミングは自前の船の医務室だとさとしてくれた。

 

「落ち着いて聞くんだ、イール。タイガーは1週間前に死んだ。失血死だ」

 

イールは呼吸を一瞬忘れた。

 

「しんだ?タイガーが?しかも、1週間も前に......?」

 

ホーミングはうなずいた。イールはそのまま沈黙した後、そのまま静かに泣き出してしまった。

 

イールが大切な仲間を失うのはこれで二度目だ。一度目は冒険団の先代船長。二度目はタイヨウ海賊団船長のタイガー。しかも名誉の戦死をとげた先代と違って、タイガーは自分が刺客達から逃れるか倒せていたら連絡は行かなかったはずなのだ。いくら悔やんでもタイガーは帰ってこないがイールにはどうしようもなかった。

 

声が枯れるまで泣いたイールが落ち着くのを待ってから、ホーミングは、アーロンから聞いたらしいタイガーの最期を教えてくれた。

 

黄猿率いる少将ストロベリーの部隊に襲撃を受けたタイヨウ海賊団だったが、なんとか海軍の船を奪って逃げることができたらしい。だだ、重傷を負ったタイガーは瀕死。

 

どうしても輸血が必要だったが、そんな血で生き永らえたくはないと頑なに輸血を拒んだ。タイヨウ海賊団にタイガーと同じ血液型の者がいなかったのが最大の不運だった。海軍には魚人も人魚もいないから、海軍から強奪した軍艦にある輸血できる血液はすべて人間のものしかない。ウミット海運のように魚人用の輸血できる体制を整えているところはそうない。いつかくる終わりだったが、墓まで持っていくつもりだった過去を明かしてしまった。

 

「......そうか、そうだったな。すっかり当たり前だと思い込んでたが、ウミット海運が特別なんだ。普通は魚人用の輸血剤なんかあるわけがないな」

 

そこで船員たちに語られたのは、かつて消息を絶った時に天竜人に奴隷とされていた事実。 それ以来、人間の狂気と差別意識を知ってしまったタイガーは平和を望むオトヒメの思想の正しさを理解しながらも、人間への恨みが消えず、「体がその血を拒絶する」と例えた。

 

しかし人間を憎悪していてもその和平を望む心は本物。タイガーはコアラのように何も知らない純粋な子供たちが次の世代を担い魚人島を変えられる様に「魚人島には何も伝えないこと」を仲間たちに願ったという。

 

人間にも優しい者は一杯いるのだから、自分達の様な死んで行く者が恨みを残すべきじゃない。頭では分かっていても、彼自身は心の奥の「鬼」が人間を憎み身体がその血を拒絶する。

人間との和平を望む意思をコアラや魚人島の子供達などの次の世代に託すことはできても、自分ではもうそれができなかった。

 

自分の中に芽生え、深く根差した人間への悪感情と、それでも「魚人と人間の和平」を望む心。タイガーは最期まで葛藤し続けた。

 

魚人島で元々探検家として憧れの存在だった事や天竜人からの奴隷解放という偉業を達成した事から、現在も魚人島民や解放された奴隷達に英雄視されているのは変わらない。

 

残るタイヨウの海賊団のメンバーのうちジンベエやアラディンはタイガーの恨みを残すなという意志を継いで魚人島の変革や保護に動きだし、アーロンは怒りと悲しみのままに無謀にも単身で海軍を襲撃し、返り討ちにあって逮捕されてしまった。

 

アーロンはタイガーの死に関する取り調べのとき、タイガーの意志を汲んで言葉を濁したために、海軍側がアーロンの証言を「人間に献血を拒否されたので失血死した」と解釈して発表してしまい、オトヒメの活動に大きな支障を残し始めている。

 

たった1週間で世界は全く変わってしまったようだった。

 

「そうか......まあ、タイガーにみんな惹かれて乗ってたようなものだからな。空中分解もやむなしか......」

 

「イールはどうするつもりだ?ジンベエについていくのか?」

 

「いや......ジンベエには悪いがおれもタイガーがいたから乗ってたようなものだからな。それにおれが海軍の襲撃を防げなかったようなものだ。合わせる顔がない」

 

「そうか」

 

「船長、今までわがままいって4年間も海賊をやらせてくれてありがとう。億超えの札付きになってしまったが、またアンタの船に乗せてくれないだろうか」

 

「もちろん、それが聞きたいから迎えにきたようなものだ。おかえり、イール。副船長の座は開けてあるから、リハビリ頑張るんだな」

 

「ありがとう。片腕だから慣れるのが大変だな」

 

「どうする。義手が欲しいなら取り寄せるが」

 

「そうか、義手か。海戦に耐えられるようなやつを探さないといけないな」

 

「わかった、検討しよう」

 

ホーミングは笑いながらうなずいた。

 

「ところで、ウミット海運に復帰したわけだが、不殺はどうするんだ?」

 

「え、なにいってるんだ?タイガーにあわせていただけだ。郷においては、郷に従えというじゃないか」

 

「わかった。それなら、イールに早速判断を任せたい案件があるんだが」

 

「おれに?」

 

「ああ、タイヨウ海賊団の時代にあったことを遡ってウミット海運の血の掟を適応するかという大事な案件だ」

 

「?」

 

「コアラという少女はともかく、依頼した人間も受け取り先の島民も海軍と繋がっていたことがわかっている。お前の右腕を奪った刺客だが、私と世界政府の関係を考えれば、頼めば今ここに呼び出すことができる。面通しして処刑も可能だがどうする、イール」

 

「............」

 

イールは手を握りしめたが、静かに首を振った。

 

「タイヨウ海賊団は不殺が掟だ。ぜんぶ、タイヨウ海賊団に起きたことだ、ウミット海運は関係ない」

 

「ほんとうにそれでいいんだな?」

 

「ああ、大丈夫だ。それでいい」

 

「あいかわらず優秀な判断力で助かるよ、イール」


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