(未完)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング) 作:アズマケイ
かつて非加盟国と呼ばれていた国があった。私が滅ぼしたと言ってもさしつかえない。誰もいなくなった荒廃し切った土地である。結局のところ、海軍が派遣されることは一度も無かった。
世界政府加盟国なら海軍が、あるいは四皇クラスの有名な海賊の保護区だったならその海賊が、重要な要所だったら後ろ盾の犯罪組織が助けてくれただろう。だが非加盟国に脱落したときの混乱に乗じて王家が逃げ出し、庇護してくれる存在がなくなった非加盟国の典型的な運命といえる。もともと庇護を国内の犯罪組織に頼っていた時点でいつかは滅ぼされる運命だったのだ。
北の海ではよくあることである。
私が皆殺しにした数多の犯罪組織は、闇の世界特有の繋がりを通じて武器や商売道具を揃え、その代わりに依頼を受ける形で経済を回していたようだ。実質下請けみたいなものだろう。
大航海時代到来前の今、この世界はまだ世界政府と海軍、そして、海賊達。それぞれの思惑が交差する中、表はともかく闇の世界において経済を牛耳る元締めが存在していないらしい。大なり小なり支配権を持つブローカーはいるがグランドラインと四つの海を牛耳るにはノウハウがたりず、あるいはしのぎを削っていてなかなか広がらないのが現状のようだ。
ゆえに闇の世界の大物たちと犯罪組織が取引をする上で最も必要不可欠だったのはいかに海運を掌握したブローカーと繋がりを持つか。長らく国内の情勢が安定せず混乱が長引いていたのも、そのブローカー達の代理戦争のような状態だったようだ。
将来的にその頂点に君臨することになるのが横で寝ているドフィなわけだが、北の海を掌握したあとでグランドラインに出たようだから闇の世界が安定するのはまだまだ先だろう。
北の海で頭角を表し始めたのはたしか3年ほどあとのはずだ。ハチノスの元締めをする上でビジネスのやり取りをするのに非常に世話になったからよく覚えている。あの才覚を芽が出る前に潰すのは惜しいが、私が父親をしている以上いつ独立するかはわからないし、そもそも海賊という道を選ぶかすら不明だ。死んだらそれまでだし、生き残れたら前よりは上手くやれるだろう。
どのみち今後に期待というやつだ。私は誰にも殺されてやる気はない。
「おはよう、ドフィ」
「おー、おはよう」
「さっそくだが顔を洗ってきなさい。朝食の準備はできている」
「なんだなんだ、準備万端て感じだな。どっか出掛けんのか?」
1年がかりの修羅場を潜り抜けてきたからか、すっかり天竜人の口調が抜けたドフィが話しかけてきた。私は前から伝えていたとおり、放浪の旅に出ることを伝えた。
「出るってどうやって?航海術まで出来るのか、アンタ。いつ勉強したんだよ、あいかわらず知識の出所がわかんねえやつだな」
「夜な夜な勉強していただけさ」
「どうだか」
思い出さなければならないことが多すぎてだいぶ長居をしてしまったがこの豪華絢爛な自室ともお別れだ。
すっかり冷めてしまった朝食に文句を言いつつドフィが朝の支度を始めたのを見ながら、私は鞄を手にした。
これから会いにいく人間への手土産は全て入っている。
闇の世界を回す人間というのは入れ替わりこそ激しいが基本変わらないものだ。
たとえば、政府の許可なく渡航する者は全て海賊として扱われるため、金の融資を受けることはまず出来無い。だから闇金王は必要な存在だ。
次は臓器売買業者。医療的にも、物理的にも、主に公然の秘密である犯罪者と非加盟国の住人達が標的となる。
そして、金が1番回るのはいつだって風俗だからそこを牛耳る歓楽街の元締め。あとはいつも世話になってるマスコミ最大手。表に流通できないあらゆるものを保管する巨大な倉庫業。マッチポンプがお得意な大手葬儀屋。
そして、私がこれから会いにいくこの世界で1番深層海流の運輸に長けることになる新進気鋭の若き物流会社の社長だ。
デンデン虫が鳴き始める。私は受話器を取った。
時間通りにかかってきた。デンデン虫が擬態を始める。錨の描かれた大きな帽子は再現できないが、もじゃもじゃのあごひげ、カールした口ひげ、洋梨のような体格を再現しようとしているのがわかる。
「はじめまして、ウミット。モルガンズから話は聞いていると思うがホーミングだ。以前出した儲け話の件、話を聞いてくれる気になったと考えていいんだろうか?」
彼は今はまだ若手だが、いずれ手広く海運業を営み、裏社会の物流を支えている人物となる。この繋がりはなによりも変え難いものだ。
なにせこの世界は、赤い土の大陸や偉大なる航路を囲むように凪の帯が存在し、海上物流には地理的制約が存在する。遠隔地の人的・物的交流が困難であることは常識であり、民間では小鳥便やアルバトロス便といった空輸手段はあるものの政府機関以外の郵便はあまり発達しておらず、海賊同士の届け物には使いの船を出すのが一般的だ。もっとも、これが可能なのも強さと卓越した航海術があってのこと。
今の私達には肝心の船とログポースがない。
それに海上物流に付きまとう困難は何も地理的制約だけではない。海賊にとっては海軍がそこらじゅうを取り締まっている。このような状況下、遠隔地への輸送というニーズの受け皿になっているのがウミットのような業者なのだ。
この世界の海は表層海流と全く別の動きをし、途切れることなく世界中をめぐる巨大な龍のごとき海の流れがあり、温度差で上下左右にうねりながら世界中を巡っている深層海流というものがある。
ウミットは表向きの運輸業に加えて、得体の知れない深部での海流のうねりとして裏社会に属し、巨大な闇の物流の一角を担っている。私がウミットを交渉相手に選んだのは、他でもない。いずれ彼が地理的制約や敵対勢力との邂逅というハードルを避けるために必須な深層海流を活用し行う海中輸送を完全掌握することを知っているからだ。
ウミットの運輸業社は優れたコーティング技術を有している上、潜水艦を活用している。
只今運輸王を目指して勢力拡大中のウミットは各地の港町を取り仕切るマフィア構成員を募集しているはずなのだ。マフィアはウミットの海運業者の末端組織であり、港町を取り仕切るために配置されており、その港町はウミットの港湾拠点の一つとなる。
その港町を少しでも増やすための構成員になるには、非加盟国とはいえ国を滅ぼしたというのはわかりやすい指標になるだろう。
ウミットの海上港湾拠点を保護する海賊との繋がりが期待できる上、対価としてウミットは深層海流を活用した移動手段を提供してくれる。
ウミットの深層海流を活用した海運手段を利用し、世界中を移動できるとしたらこんなに便利なことはない。
以前の私なら港町の保護を交渉材料にできたがあいにく今回は元天竜人というブランドしかない。交渉に乗ってくれるか不安だったが、皆殺しにした犯罪組織が使っていたブローカーやライバル会社の重要案件を手土産にするといったら思いの外簡単に応じてくれた。
「なんだって?ハチノスの元締めを思い出す?馬鹿を言わないでくれ、私は元天竜人だ。ロックスにいたことなどないよ」
軽い雑談をしたあと、デンデン虫は終わった。
「ドフィ、港に行こうか。迎えに来てくれるそうだ」
「誰がだよ」
「ウミットという海運業者さ。錨マークが目印だから、見えたら教えてくれ、ドフィ」
「そいつんとこで働くのか?」
「コネづくりの方が主になるだろうがね。どこにでも連れて行ってくれるだろう、仕事をこなせばの話だが。どこか行きたいところはあるかい?」
「マリージョアっていったらどうする?」
「はは、奇遇だねドフィ。私もだよ」
「冗談だ、冗談。本気にすんな。アンタの目的とは絶対違うことだけは確かだ、一緒にすんな」
「失礼な話だ、世界を壊したいのは同じだろうに」
一瞬、ドフィは言葉に詰まったのか私を驚いた顔をしながら見上げてきた。そして、バツが悪くなったのかそっぽむいていうのだ。
「アンタは物理的すぎるんだよ」