(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング) 作:アズマケイ
騙し討ちのクリーク率いる50隻の艦隊が49隻沈められ、5000人の部下のうち4900人が犠牲になり、嵐に乗じて本船だけは東の海に逃げ帰ってきた。それもたったひとりの男に沈められたから。
100人分の食料を背負い、腹ごしらえがすんだらバラティエを襲撃してゼフの航海日誌を奪うと宣言して、クリークは一旦帰っていった。
クリークの右腕ギンが悪夢と今だに形容し、現実と受け止められないような出来事を口走ったとき、バラティエ内は騒然となった。
「......そりゃあ、鷹の目の男に違いねェな。運がねえ海賊だ。七武海の情報が掴めねェこともそうだが、よりによって最初に遭遇した海賊がそいつとは」
バラティエの支配人にして、偉大なる航路を1年航海して無傷で帰還したと判明した赫足のゼフはそういって怯えながら頭をかかえるギンをみた。
「しでかすことそのものが奴である充分な証拠だな」
船内がざわついている。
「七武海......?」
ギンの問いに答える形でゼフは話し始めた。
正式名称は王下七武海。世界政府によって公認された7人の海賊たち。収穫の何割かを政府に納めることが義務づけられる代わりに、海賊および未開の地に対する海賊行為が特別に許されている。
海軍本部、四皇と並び称される偉大なる航路三大勢力の一角。
他の海賊への抑止力となりうる「強さ」と「知名度」が重要視され、その顔ぶれには世界レベルの大海賊が名を連ね、一般の海賊からは恐れられている。七武海に加盟した海賊は、政府からの指名手配を取り下げられ、配下の海賊にも恩赦が与えられる。
一方、海賊でありながら政府に与する立場であるため、「政府の狗」と揶揄されることもある。名目上は政府と協力関係にあるものの、実際には各メンバーは政府の監視の外で思うままに活動していることが多い。
海軍からの召集があっても全員が揃うことは滅多になく、たとえ揃った所で力を合わせることはまず考えられない。これは政府・海軍側でも周知事項のようで、互いに信頼関係はなく、藤虎やスモーカーの様に制度そのものを危険視している者も政府内に少なからず存在する。
ただし、緊急事態においても政府に非協力的な態度をとり続ける場合、政府側は協定決裂を理由に七武海の称号剥奪を行うことができる。
つまり、クリーク達は偉大なる航路突入7日目にして、3大勢力のひとつに名を連ねる最強格の男に運悪く遭遇してしまったというわけだ。
「サンジ、今すぐ赤ワインに合う海鮮料理をいくつか作ってこい。赤ワインもすぐに出せるようにしておけ。いいな」
「えっ!?今、この状況でかクソジジイ。食い終わったらクリーク達が襲撃に来るってのに」
「腹すかした奴が来たら、誰であれ腹一杯食わせてやるのがウチのやり方だろう。さっさといけ。あん時担当したのはたしかお前だったはずだ」
世間話をするようにゼフがいうものだから、よくわからないままサンジはゼフに言われたとおり厨房に入っていく。しばらくして、厨房の方も客席の方もその発言の意味を理解して大騒ぎになった。
ギンは1隻逃したためにわざわざ追いかけてきて皆殺しにするつもりだと怯え始め。クリーク率いる艦隊を壊滅寸前に追い込んだ鷹の目の男が、今からここにくる事実にコック達が動揺し。この世界における鷹の目がどういう意味を持つのが理解できない客は疑問符を浮かべ。理解できる客は半信半疑だった舎弟の情報が、まさかの本当だったことに動揺しながらも笑っていた。千載一遇のチャンスがわざわざこちらに来てくれるというのだから、笑いもするだろう。
「あの男はウチに食いにくるついでに、そういうことをする男だし、偉大なる航路ってのは、そういうところだ。何が起きても不思議じゃない」
「......サンジさんの飯うまかったもんな......七武海がわざわざ食いにくるくらい当然か......」
半泣きになっているギンにゼフは無言のままニヤリと笑った。
「支配人、もしかして、鷹の目の男ウチに何回か来てるんすか......?」
「誰も気づいてなかったから言わなかっただけだ。襲撃に来たわけじゃねえなら、ただの客だからな。たぶん噂くらいたってんだろう。たまに剣の腕に覚えがある奴がウチを襲撃にくるのはそういうことだ」
ゼフの視線はゾロに向かう。ゾロは武者震いしながらも平静さを保つべくゼフに笑い返した。鷹の目の男がどうやらゾロとなにか関係ありそうだとようやく気づいたルフィとウソップはゾロを見る。2人の視線に気づいたゾロは、深く語りはしなかったが、世界一の大剣豪になる夢を叶える上で乗り越えるのが必須な男であること。偉大なる航路に鷹の目の男がいるなら、自分のこれからの航路として目標が定まったと告げた。
「ウチを知るのは天夜叉だけのはずだが......紹介でもしてもらったのか、あの男」
鷹の目の男の次は天夜叉。七武海という組織に属する者達の二つ名がどんどん出てくる異常事態である。自分達が知らないうちにバラティエに偉大なる航路からわざわざお忍びで誰か来ていた。その事実だけがバラティエのコック達やウソップ、ルフィが理解できる情報としての限界だった。
しばらくして、静まり返った船内に近づいてくる足音が響く。呼び鈴がなり、扉が開く。
「......邪魔するぞ、赫足のゼフ。どうやら今回は逃した獲物のせいで先に知られてしまったようだな」
周りが自分を凝視しているのに笑うだけ。緊迫感に包まれている異様な状況下でも大して気にする様子もなく、鷹の目の男はバラティエに入ってきた。
色白肌に黒髪、くの字を描くように整えられた口ひげとモミアゲ、そして鷹の目という異名の由来となった金色の瞳と鋭い目つきが特徴の男だった。
羽飾りのついた大きな帽子に、裏地や袖にペイズリー風の模様のあしらわれた赤、黒地のロングコート、白いタイトパンツにロングブーツという、上流階級のような出で立ちをしている。
そして背中には自身が扱う最上大業物の黒刀「夜」を差しており、バラティエに停泊している棺桶船もあり、まるで巨大な十字架を背負ったようなシルエットで不気味な威圧感を放っている。
「よく来たな、鷹の目。好きなとこ座れ、おかげで最高の状態で出せるからな。少し待ってろ」
「ふむ、そうか。なら次からはそうするか」
「ウチの店に少しでも傷つけたら出禁にするぞ、鷹の目」
「それは困る。わざわざ東の海に来た意味が半減する」
適当な椅子をひき、腰を下ろした鷹の目に誰もが息をのんでいた。平然と会話できるゼフが赫足のゼフであるからこそなのだろう。
「誰から聞いた?接待できてた天夜叉か?」
「そうだ。会議前の雑談で聞いたのを思い出したから来た」
「そうか。バラティエの名が聖地マリージョアでかわされたのか」
ゼフは嬉しそうだ。
しばらくして、女客と男客で態度が違うサンジもさすがに緊張した面持ちで料理をだした。鷹の目は平然と完食し、ワインもきっちり飲んで金を払った。
半減という言葉を聞いてからずっと怯えているギンの隣を通り過ぎ、クリークが半壊させたバラティエの扉の前に出る。鷹の目は背中の大剣を抜いた。剣先から全てが真っ黒に染まっている異様な大剣だった。
腹ごなしの運動という軽い動作で、クリークの本船は真っ二つにたたき折られる。一瞬にして周りは大破したガレオン船の墓場と化す。いよいよバラティエを襲撃すると息巻いていたクリークは、鷹の目がいることにようやく気づいて舌打ちしたのだった。