(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング) 作:アズマケイ
「逃げたい者は今すぐ逃げ出せ。ここは一切の弱みを許さぬ平和の砦。民衆がか弱いことは罪ではない。正義はここにある。強靭な悪が海にあるならば、我々海軍がそれを全力で駆逐せねばならんのだ。絶対的正義の名の下に」
目下に広がる真っ白な正義を掲げる男あるいは女達の隊列。一糸乱れぬ動き。そして敬礼。同時に響き渡る号令に答える海兵達。ここは海軍本部の演習場だ。主に新しく配属されてきた新人達を含めた少将以下の肩書きをもつ者達が訓示を受けて士気をあげる場所だ。
演説をしているのはジョン・ジャイアント中将。世界の均衡を司るという三大勢力の一つ、海軍本部に所属している。巨人族の男で、大航海時代の海軍提督を彷彿とさせるような装飾が施された服装をしている。
今は亡きマザー・カルメルの仲介によって、政府側と巨人族に交流が生まれたことで誕生した海軍初のエルバフ出身の巨人海兵である。
誰もがお手本とすべき軍人であり、今日も大声を張って檄を飛ばし、実直に職務をこなしているのがよく見える。
「いいなあ......。おれもあそこで並びたいなあ......。ジョン・ジャイアント中将、いつにも増して気合い入ってるなあ......かっこいいなあ......。ヴェルゴ......おれ達なんでここにいるんだろうなあ......?肩書き的にいないとおかしくねーか......?」
「現実逃避しても無駄だ。万が一忘れているなら報告せねばならんのは手間だから教えてやる。お前がここにいるのは、何もない所で転んで練習中にドミノ倒しが起きる大惨事になりかけたからだ。そして、おれがここにいるのは、お前がなにもしないよう見張るためだ。本来ならおれは東一番の悪を決める会議に出席するはずだったのに、邪魔をしたのは貴様だ、ロシナンテ大佐。そして、いつものことだが......ヴェルゴ中将だ......あるいはヴェルゴさんだ......」
「痛い痛い痛いって武装色で殴らないでくれよ、縮むッ!」
「貴様は大佐で、おれは中将だ。いくら同期とはいえ立場を弁えろ。ガープ中将がセンゴク元帥を呼び捨てにできるのは、海軍の英雄だからだ。特例中の特例であることを忘れて、恩師の真似をするんじゃない。そもそも何故父親の身長を無視した体格に恵まれているのだ、ロシナンテ大佐。おれを見下ろすな、腹が立つ」
「そんなこと言われてもしらねーよッ!!おれもあに......いや、なんでもないッ!とにかくおれじゃどうしようもないことで怒らないでくれよッ!完全に理不尽じゃないかッ!お巡りさん助けて暴漢に襲われるっ!」
「おれ達が海兵だが」
「そうだったー!!って痛い痛い痛いやめて、本気でやめてくれ、アンタの武装色はほんとに鉄みたいで痛いんだよ!!」
「ガープ中将の教え子のくせに昇進降格の乱高下の果てに、結局同じところに戻ってくるのはもはや呪いのいきだな。お前のそれは」
「生まれたときからこうなんだよ......」
がっくり項垂れているロシナンテ大佐の横でヴェルゴはなにも言わなかった。同期が慰めてすらくれないとうるさいロシナンテ大佐を無視しながら、ヴェルゴは別室で行われているはずの会議室を見上げた。
「また出席をサボってローグタウンにご熱心なスモーカー君とどちらがマシなんだ、貴様は」
「よりによってスモーカーと比べないでくれよ、ヴェルゴ......」
「......」
「中将ッ!」
「貴様はその天災的なドジっ子気質でおれ達にどれだけ損害を与えてきたのか、考えたことがあるのか。それなら初めから来ないスモーカー君の方がいくらかマシだと自覚しろ」
「えええー」
何度目かわからない制裁にロシナンテ大佐は沈んだ。
「では少なくとも支部ではもう手に負えない海賊ということか」
会食の最中、誰かが海軍本部少佐ブランニューに声をかけている。賞金額が300万ベリーを超えるだけで手に負えなくなる東の海支部ではたしかに限界だろう。
「そういうことです。道化のバギー1500万ベリー、海賊艦隊提督ドン・クリーク1700万ベリー、ノコギリのアーロン2000万ベリー。賞金アベレージ300万ベリーの東の海でいずれも1000万ベリーを超える大物ですが、全て粉砕されています」
おそらく背後に張り出されている手配書を順番に叩いてまわっているのだろう。雑音に紛れてバギーとドン・クリークは捕縛されたわけではなく行方不明。未確認だがキャプテン・クロ率いる黒猫海賊団が活動を再開したという誰かの報告も上がっている。
「初頭の手配書から3000万は世界的に見ても異例の破格ですが、決して高くはないと判断しています。こういう悪の芽は早めに摘んで、ゆくゆくの拡大を防がねば」
本日の議題を終えた会議の議事録を兼ねたトーンダイヤルを受け取ったヴェルゴは、渡された資料を見ながら聞き比べていた。部下が用意してくれた議事録に取捨選択をしたり、文言を変えたりして、世界政府に提出するための体裁をととのえるよう指示を出した。
だいたいの内容が頭に入ったら、このトーンダイヤルは卸している業者を通じて破損して回収対象である物品の中に不慮の事故で紛れんでしまうことになっている。ドフラミンゴ直々の指示でファミリーから海軍に潜入してはや20年以上が経過している。ドフラミンゴに会う日は七武海の会議の警護に呼ばれた時など指折り数えるしかない。だがヴェルゴの忠誠心は微塵も揺るがないでいた。
しばらくするとロシナンテ大佐がドジで破壊した消火栓をなんとかしてくれと部下に泣きつかれた。ヴェルゴは素知らぬ顔でそちらに向かった。時々ヴェルゴは同期のドジが天性的なものなのか、意図的なものなのか、わからないことがある。それは自分がドフラミンゴファミリーなのか海軍本部中将なのかわからなくなる時とよく似ていた。
数日後、モーガンの身柄引き渡しに向かったはずのガープ中将が何故か二人の若者を連れて帰ってくるという騒動にまた巻き込まれることになる。緊張した面持ちで自己紹介するコビーとヘルメッポと名乗った2人に愛想よく笑うロシナンテ大佐の横でヴェルゴは差し当たりのない普通の会話をした。ガープ中将の周りを特に情報提供するよう言われてから20年以上。監視対象がまた増えた現実をみるに、敬愛するドフラミンゴと父親のホーミング、どちらの提案だったのか、今だにヴェルゴは知らない。
とりあえず、海賊王処刑の日の挨拶のとき、ドフラミンゴのらしくない自爆で関係が発覚したのは、今となっては余計なノイズが入らなくてすむからよかったのはたしかだろう。ドフラミンゴファミリーの初代コラソンの後釜は未だ埋まらず永久欠番なのは知っている。いつかそこに誰か座るのか知らないが、その程度で揺らぐほどドフラミンゴとヴェルゴの繋がりが揺らぐことはないのだ。