(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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第78話

ツキミ博士という男がたまたま月にあった都市と同じ名前を持つという理由だけで、ビルカ文明との様々な共通項に興味をもち、研究をしたいとウェザリアを通じて空島ビルカを訪ねたのがすべての始まりだ。ツキミ博士は青海で知られた科学者であり、研究家だった。

 

しかし、ツキミ博士曰く、すべては月の文明ビルカの模倣にすぎないと語った。空島ビルカの民は誰も信じなかった。

 

空島ビルカの民にとっては、守ることに固執するあまり伝承が失われて久しく、貧しい空島に降ってわいた儲け話だった。ツキミ博士はビルカの民が月から資源不足が原因でこの青い星に来たことを突き止めた。宇宙船に乗り、風船で空島バロンターミナルに降り、気に入った空島にビルカと名をつけ、定住したのがはじまりだとわかった。かつて神と呼ばれた時代もあったという。

 

ビルカは月を永遠の土地と呼んで信仰していたが、かつてあった技術は失われ、文明が廃れ、なにもかもが形骸化した信仰だけがのこり、誇りもなにもかもが滅びゆく運命だったビルカを残酷なほどに視覚化させた。客観視させた。青海人がもたらす儲け話に夢中で自らの歴史と文化に無頓着な土壌は次第にツキミ博士を遠ざけた。

 

だんごに喉を詰まらせた生みの親の仇討ちという理由で、宇宙船を作りたがったツキミ博士が産んだ最高傑作の人工知能のロボットがいた。ビルカ文明を支えたロボットをモデルに作られたロボットだ。電気で動く人工知能の電気切れを心配した青海人が衛生兵を開発、宇宙船は完成した。男はホーミングといった。

 

ホーミングは空島ビルカの秘宝ゴロゴロの実を欲しがっていた。その理由を理解できるビルカの民はもはや少年だけだった。

 

ロボットを乗せた宇宙船は月に目掛けて飛び立った。ホーミングの息子ドフラミンゴが満月と宇宙船を見上げていたころ、空島ビルカですべてを目撃した少年がいた。彼は生まれたときから、特に見聞色が優れていた。

 

その日、少年は神を見た。

 

「父上、なんだあれ。なんだあれ。からくり島が消し飛んだじゃねえか......」

 

「これで拠点を失うのは2度目か。やはり世界政府の目の届く場所で拠点は作るべきじゃなかったな」

 

「父上、放浪しなきゃならない理由ってのはまさか」

 

「その通りだ。世界政府が世界政府たる理由のひとつだよ、ドフィ。それしか私にすらわからない。あの光がなんなのかすらわからない。ただわかるのは世界政府のなんらかの逆鱗に触れたんだろうね、私達は......。いや、それにしては発動が遅かったからスペーシー中尉の宇宙船の方だろうか?」

 

「ビルカの文明関係ってことは、ビルカもいつか吹っ飛ばされるのか?あそこは人が住んでるじゃねえか」

 

「そんなこと、地図から見てる人間にわかりはしないさ」

 

空島ビルカ文明が危険視されていることを伝えること自体が抹殺対象になると考えたのか、こちらには見聞色で神を見たとドフラミンゴはいった。ウラヌスという神から取られた兵器の名は、少年にはどう映ったか。

 

ホーミングは宇宙船動力確保のため、あるいは戦力強化として、空島特産のダイヤル養殖を考えはじめ、廃墟バロンターミナルを拠点としてビジネスを始めた。空島ビルカに移住計画がたちあがったのはこのころだ。様々な密約が結ばれているが、ビルカの民のほとんどは貧しい空島ビルカを嫌がり移住した。少年は残った。

 

「本当にできるんだよな、ウェザリアは」

 

「門外不出の大発明を行使しなきゃいけないほど追い詰められているの間違いですよ」

 

実際はウェザリアを隠れ蓑にした宇宙船の試運転だった。宇宙船は改良した大量のダイヤルでエネルギーを増幅させ、擬似的な天候改変を起こせるようになっていた。あるいは動力たる電気を使って様々なビルカ文明の技術を再現するまでに至っていた。

 

熾烈を極める激戦が繰り広げられている海上に、人工的な台風が訪れる。そして、サンダーダイヤル砲が的確に水平方向に広がり、長さ数百キロに到達する雷は、大戦艦隊を直撃した。

 

すべて空島ビルカ文明を研究した青海人ホーミングがさらに手を加えて完成したものだった。

 

それにひきかえ。

 

少年は生まれ育った空島ビルカをみた。

 

先人の足跡を全く尊ばない者ばかりが空島ビルカの神官をしていた。守ることだけに固執して、伝承を放棄した愚か者そのものだった。

 

空島において本来神官は今はなき文明を今に伝える遺跡を守るために存在すべき地位だ。ここで神官を自称する者達は敬意というやつを欠いている。少年の両親すらそうだった。周りの青年たちも、未来の神官長と慕う少年たちもそうだった。

 

空島ビルカの遺跡は、無価の大宝だ。歴史は繰り返すが、人は過去には戻れない。だからこそ尊いのに今の空島ビルカには理解できる人間が少年しかいない。誰もわからない。青海人の方が空島ビルカ文明について完全に理解し、再興し、運用できている。この絶望的な状況が、少年をふかくふかく考えさせた。

 

見聞色によりもたらされた、ほぼ確定といっていい世界政府という青海の存在により、抹殺される空島ビルカの運命と共にするのか。さきに滅ぼすのか。動かなければ殺される未来しかない時点で、空島ビルカの運命はどのみち決まっていたのかもしれない。

 

かつて神と呼ばれた空島ビルカの民として。かつて歴史の本文の遺跡を守護する神官だった空島ビルカの誇るべき民として。青海人にすべて先を越されてしまった現実は、強烈に少年の心に月への信仰に対する固執をうみ、空島の民としての自尊心に傷をつけた。古代兵器を扱う世界政府への警戒心をうえつけた。

 

そして、思うのだ。

 

なぜ月の民だったはずの空島の民が、神とよばれていたはずの空島の民が、文明をもたらしてやったはずの青海から流れ着くあらゆるものを大地として信仰するのかと。それは月への信仰から始まった、月の大地への望郷からくる信仰がはじまりだったはずなのに。

 

そもそも空島ビルカが青海にある世界政府に狙われるのは、歴史の本文に理由があり、そのすべてが空島ビルカ文明と深く結びついているはずなのに、関連する遺跡を多数かかえているはずの空島スカイピアすら誰も気づいていなかった。

 

今だに終わりを見せない神の島アッパーヤードがその最たる証だった。歴史の本文について、かつて同じ伝承を守る神官だったはずの先代の馬鹿どもは気づきもしていなかった。守護する先住民は奪還に固執して伝承を忘れていた。もとをたどれば同じ民だったくせに、見当違いの信仰から意味もなく争っているのだ。歴史の本文が発覚すれば、空島スカイピアも空島ビルカと同じ運命をたどるのは目に見えているというのに。

 

ならば、神の島アッパーヤードごと堕ちればいいのだ。空島は月の民の島だ。青海にあるものがあるのがおかしい。なにもわかっていない愚か者は、青海人に堕とされる前に空島ビルカの民である自分が代わりに堕とせばいい。

 

すべての間違いの始まりだった島の音色である黄金の鐘ごと消し去ってやる。それがせめてもの慈悲だった。

 

「黄金郷はあったじゃねえか!うそなんかついてなかった!ひしがたのおっさんの先祖はうそなんかついてなかった!だから下にいるおっさん達に教えてやるんだ!黄金郷は空にあったって!エネルなんかにとられてたまるか!でっけえ鐘の音はどこまでも聞こえるから!だからおれは!黄金の鐘を鳴らすんだ!!」

 

よりによって青海人の象徴ともいうべき、ゴムという能力をもつ麦わら帽子が叫ぶのだ。神となった男は嗤うのだ。

 

「この空に不相応な《人の国》を消し去り、全てをあるべき場所に返すのだ!それが神である私のつとめだ!!!」


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