(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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第82話

今から32年も前の話になる。

 

7歳の頃からスパンダムは人堕ちホーミングと知り合いたくないのに知り合ってしまった。初めはいずれサイファーポールの長官に世襲制で成り上がるだろうから現場になれておけという話だったのだが、次第にそれが苦痛になってきた。

 

スパンダインに連れて行かれるのは、いつもウミット海運の碇マークがかかげられた港の倉庫街の一角。人堕ちホーミングの暗殺を命じられた工作員が拘束されていた。スパンダインは淡々と任務内容を読み上げるホーミングに正しいか聞かれ、頷いたり、首を横に振ったりする仕事をした。いつも工作員はヘッドショットで殺害された。

 

生まれて初めて人がゴミみたいに射殺されるところをみて放心していたスパンダム。スパンダインは人堕ちホーミングが工作員を殺害するのは非加盟国に降ろされた次の日からだとこぼした。こうして落とし前の慣例行事をするのはウミット海運に入ってからだと。

 

人堕ちホーミングの儲け話を邪魔すると誰であろうと地獄の果てまで追いかけて処刑するという事実が広まったのはウミット海運に入ってからだ。それがウミット海運の血の掟に繋がり、血判などの規律につながっていく。

 

それが意味するところを、世界政府の機関に世襲で入ることになる前から、スパンダムは嫌というほど思い知る羽目になった。人堕ちホーミングは、いずれ何度も会うことになるんだから連れてこいといったのだ。

 

断ったらどうなるか。おそるおそる聞いたところ、ノイローゼ気味のスパンダインは教えてくれた。工作員が潜入しているあらゆる場所を皆殺しにし、繋がりある場所を見つけ次第皆殺しにし、仕事どころではないとこちらが根を上げるまで延々殺し続けたという。

 

それなら、高官自ら息子を連れて出向いて仕事をする方が結果的に被害が少なくて済むという。

 

サイファーポールが人堕ちホーミングの暗殺から手を引けないのは、彼が元天竜人という事実からだ。世界政府から指令を下されたら、絶対的な上司からの命令だ。いくら貴重な人材が消費されるとわかっていても暗殺任務を命じなければならず、工作員は殺害される。

 

サイファーポールはこうして常時人材不足に悩まされるようになり、将来有望な人材が消費されないよう、あえて別の部署に配属するささやかな抵抗をするようになっている。

 

こうして、7歳の頃から嫌でもサイファーポールの実態に深く関わるはめになったスパンダムに、あるときスパンダインがいったのだ。スパンダインが人堕ちホーミングや世界政府に唯々諾々と従っているのは、世界政府所属の高官にすぎないからだ。

 

公務員としては非常に優秀だが戦闘能力がまるでなく、交渉しか手札がないからだ。もし、人堕ちホーミングが天竜人の頃から途方もない巨悪に育つことがわかっていたら、スパンダインだって若ければ抵抗する手段のひとつやふたつは考えたはずなのにと。

 

大海賊時代、どうしてもマンパワーの強さが基準になる側面は否めない。世界政府でも、海軍でも、海賊でもそれは同じだ。ロックスの時代からロジャー、そして大海賊時代に至るまで悔しいが不文律である。

 

スパンダインは、いずれ自分と同じ立場になる息子にいったのだ。選択肢を増やしてみた方がいいかもしれない。もし、お前が嫌じゃなければ、サイファーポールの養成機関に入ってみないかと。人堕ちホーミングからの呼び出しには逆らえないが、少しは状況を打開できるかもしれない。

 

7歳の息子が落とし前の慣例行事に慣れすぎて将来の部下達を消費のコマとしか見れなくなることをスパンダインは非常に心配していたのだ。コマはコマだが、戦闘力を持たないスパンダインは、同時にそのコマに守ってもらわなくてはならない現実を知っている。

 

だが、スパンダムは、まだ子供だ。学校に行く前だ。その分別がつく前に工作員はこういうものだと落とし前の慣例行事で学んでしまう可能性が非常に高かった。それが人堕ちホーミングの狙いなのは分かり切っていた。せめてもの抵抗だった。

 

だから、スパンダインは、息子を政府高官の息子であるにもかかわらず、サイファーポールの養成所も兼ねていた世界政府管轄下の修練場に入れたのである。

 

今から31年前、スパンダム8歳の時だった。政府高官になるための学校にも行くわけだから、事実上のダブルスクール状態だったが、スパンダムは落とし前の慣例行事が忘れられるからどっちもすきだった。

 

政府高官の息子が世界中の孤児から優秀な人間だけ選ばれてはいる孤児院も兼ねた場所に通うのはあまりに異例で異質だった。

 

ただ、8歳の子どもが人堕ちホーミングの落とし前の慣例行事に連れて行かれる日は来れないとわかると、孤児達はだんだんスパンダムの置かれた状況を理解していった。サイファーポールの高官になる人間が通うのは、それはそれとして良かったのかもしれない。

 

20年前のオハラの事件にかかわったサイファーポールが他と比べてあまり優秀ではない人材だったのはスパンダム達しかしらない。所属する人間には当然ながら知らされていなかった。

 

環境が一転したのは16年前、聖地マリージョアがフィッシャー・タイガーによって襲撃された日からだ。なぜか人堕ちホーミングの暗殺任務が永久的に凍結された。

 

ただし、人堕ちホーミングに意味深な特権が付与されたのだ。サイファーポール9と0のメンバーのリストの開示と更新するたびにウミット海運に送ること。天竜人のようにサイファーポール0と何故か9を使うことを許可すること。そして、人堕ちホーミングとサイファーポール9と0の間に何があっても世界政府は不問とすること。

 

明らかに聖地マリージョア襲撃事件に人堕ちホーミングが関わっているのは火を見るより明らかだった。しかし、興味本位でも深入りしようとした人間がどんな地位にいても消されたため、誰も疑問を口にしなくなった。どうやら人堕ちホーミングは、世界政府のかなり上についてなにか知ったか、なにかして世界政府と取引したんだろうという話になった。

 

人堕ちホーミングと関わらなくてよくなったスパンダインが本気で喜んでいたのをスパンダムはよく覚えている。

 

この瞬間に、ようやくロブ・ルッチが12歳にして、相応しい部署に入れられた。

 

15年前にはとある王国の兵士500人が海賊の人質に取られた事件の解決を依頼された時には、「国民を守るべき兵士が国を危機に陥れるということ自体が悪」として戦うことを放棄し己の命惜しさに海賊に屈して人質になった兵士を皆殺しにし、砲撃で背中に5つの傷を負いながら海賊の首領の首を取って事件を収めた。

 

すでにスパンダムは25歳になっていて、サイファーポール5の高官になっていた。

 

ホーミングみたいなやつだな、とスパンダムは内心思った。あちらは意外と仲間意識が高いのか、それなりの関係はできていたが、怖いものは怖かった。

 

人堕ちホーミングのその不気味な前触れとしかいいようがない特権が行使されたのは10年前のことだ。

 

サイファーポール内ではES事件と呼ばれている。リュウグウ王国の秘宝ESの強奪に失敗した工作員が、こともあろうにCP9とCP0だったのだ。嫌な予感がしていたのだろう、スパンダインはロブ・ルッチを始めとした優秀な若い人材を作戦決行前に別の部署に移動させていた。そして、身代わりに配属された優秀ではない工作員達の落とし前の慣例行事にスパンダインとスパンダムは行く羽目になった。

 

そのあとだ。古代兵器プルトンは我々政府が持つべきだと五老星に説得し、その設計図があるウォーターセブンに自らも乗り込んだのは。

 

カティ・フラムが今まで造ってきたバトルフランキー号の数々を使った司法船の襲撃の裏工作によって船大工を死刑に追いやった。現在の顔の歪みはこのときトムとフランキーによるものだが、いつもなら食らわないはずだった。幼少期から呪いのように行われてきた落とし前の慣例行事は、スパンダムのトラウマと化している。

 

そして、二度と世界政府は人堕ちホーミングの儲け話に手を出さなくなった。遅すぎるだろうと親子で愚痴ったのは覚えている。

 

この件でスパンダインは別の部署へ左遷された。繰り上がりでスパンダムが高官になった。

 

メンバーリストが一新され、ようやくふさわしい優秀な人材が配属できるようになった。気づけば知った顔ばかりだった。一堂に会した全員が高官も含めて新顔という異常事態だったため、スパンダムの最初の仕事は、ES事件と落とし前の恒例行事の説明だった。

 

5年前、アイスバーグが持つ古代兵器プルトンの設計図入手のため、ルッチ、カク、カリファ、ブルーノが諜報活動を開始する。ガレーラカンパニー創立パーティでさっそく人堕ちホーミングの右腕からガン見されたと報告書に上がってきた。同情を禁じ得なかった。

 

そして、今、スパンダムは頭をかかえていた。

 

「......これ、どっちだよ......」

 

人堕ちホーミングの息子と兄弟盃を交わしている麦わら一味の船にロビンが乗っている。報告書の一文にスパンダムは頭をかかえていた。

 

「ジャブラと飲む約束してんのに、なんつータイミングであげてくんだよ、報告うッ!!久しぶりに美味い酒飲めると思ったのに!!!」


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