(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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第88話 その後追加

悪魔の実を2つ口にすると爆発四散する理由については、根強く信じられている噂がある。能力者の中には悪魔が住んでおり、悪魔の実に近づくと体の中から悪魔が飛び出してきて喧嘩をする。そのせいで爆発するというものだ。

 

真偽はどうであれ、科学的にはすでに偉大なる航路の科学者によって、能力の伝達条件は解明されている。偉大なる航路の天才科学者ベガパンクは、さらに人工的な悪魔の実を完成させるに至っており、さまざまな技術転用も始まっている。

 

おかかえの科学者がその完成品の成功率をあげることに躍起になっている間、大量に発生する失敗作を圧政する地域や傘下にばら撒くのがカイドウだとしたら。ホーミングは、体が爆発四散することに着目して、弾丸を生成するような男だ。

 

欲深いバカは身を滅ぼすというが、悪魔の実を2つ口にすると、どれほどの呪いが及ぶのか。多少の知識がある者達はある程度想定できる。だから、意図的にその欲深い馬鹿がつくれる弾丸は、闇のシンジケートの目玉商品になった。人堕ちホーミングほどの実力がなければ新世界でしのぎをけずる海賊達に意味はない。だがほかの海では誰にとっても対能力者対策としてこれほど有用なものはない。カイドウが独占販売権をもつ海楼石製の弾丸と並んで、金に余裕がある組織の標準装備になるくらいには。

 

その試作品を10年前、落とし前の定例行事で工作員に使用され、数日なにも食べられなくなり病院行きになったことがあるスパンダムだ。

 

悪魔の実を2つも準備できるコネなんて、ひとつしかないようなものだった。カリファとカクが人工悪魔の実の製造競争の余波で、年々分厚くなる一方の悪魔の実辞典である程度わかっている情報をもとに、引力を感じた方を食べるのを見ながら。この時点でルッチはかなり嫌な予感がしていた。

 

この悪魔の実を用意するのに、人落ちホーミングとなんの取引をしたんだ、スパンダムは?まさかとは思うが古代兵器プルトンの設計図を複製させる取引でもしたか?いや、あの設計図を世界政府が入手することは、スパンダムの悲願だ。それだけはないはずだ。それでも、人堕ちホーミングとスパンダムの関係を考えれば、双方に利益がでるような取引とは限らない。

 

さすがにスパンダム直々に麦わらのルフィと存分に殺し合ってこいと言外にいわれたルッチでも看破できないものだった。だからルッチは引き返したのだ。

 

「悪魔の土地、オハラの忌まわしき血族、20年経ってなぜ目覚めた今まで生きた亡霊だったくせに。色々いいたいことはあるが、お前だけは......お前だけは許さんニコ・ロビン。死なば諸共だ、貴様だけはつれていく」

 

「待てよ......テメェが恨んでるのはおれだろッ!その顔にしたおれだろ、スパンダムッ!?なんでトドメをささねえんだ!そいつよりおれを連れていきやがれ!!」

 

「知った口を何度も利くなと言ったはずだ、カティ・フラム。おれがこうなったのはノイローゼだっただけだ、じゃなきゃあんなバレバレの軌道どうやったら当たるんだ」

 

「いや、ノイローゼってなんだよ!?それであんだけガンガン当たるもんかァ!?」

 

「当たったんだからしかたねえだろ」

 

「くそ......こっちはてめーに一発ぶちかますためにここまで来たってのに、そこまで殴る価値もねえ男になってるとは思わなかったぜ」

 

「お前とおれは初めから見る世界がちがうんだよ、クソッタレ。弱者は弱者らしく転がってろ。あん時と同じようにな。実にお似合いだ、カティ・フラム」

 

「楽しそうね、あなた達」

 

「あ゛!?」

 

「..................」

 

「争いは同じレベルじゃないと成立しないわ」

 

「いうじゃねえか、ニコ・ロビン。巨大な力を前にしたとき、全ては無力なんだよ。それが誰であれな」

 

ルッチは部屋に入るのをやめた。問いただしたい案件よりもさらに看破できない案件がスパンダムの口から出てきてしまった。嫌な予感はあたってしまった。いつものスパンダムなら絶対にいわない言葉だ。いつもじゃない時に出る言葉ではある。10年前、見舞いにいったときに一回だけルッチは聞いたことがあった。相当精神的に参っていたスパンダムはそういって、笑っていたのを思い出す。

 

今のスパンダムはあの時と同じくらい、情緒がかなり不安定になっている。

 

ルッチは舌打ちをした。サイファーポール9が4人も長期任務で不在な中、人堕ちホーミングは落とし前の定例行事でなんて言葉をスパンダムに投げつけてきたんだろうか。スパンダムはその時のやりとりを絶対に口にはしないし、工作員がどんな末路をたどったのかいわない。

 

ルッチも弱者の末路など興味は微塵もないが、理不尽極まりない世界の縮図みたいな立場に幼少期からおかれ。それでもなお懸命に30年間奔走してきたような同郷が。一時的な狂気に陥ったせいで巻き起こしかねない事態を放置できるような男ではない。

 

おなじく修羅を潜り抜けてきた同郷が相手の場合、たとえ長年スパイが紛れ込んでいたとしても気付かないくらいには。情があつい男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......もういい。この艦隊と島を見ればもはや一目瞭然......麦わら一味に我々は完敗した。だが......ようやく人堕ちホーミングに一勝だ」

 

呆けていたスパンダムだったのだが、ここ数年慢性の吐き気と不眠症、胃潰瘍のあまり全然飲めていなかったコーヒーをようやく口にできるだけの余裕ができている。

 

「あっつッ!?」

 

アツアツコーヒーが好きなのに、不注意でよくこぼしてしまい、あたりは大惨事になる。いつもなら怒るところだが、5年ぶりにみると感慨深いものがあるし、ルッチにとってはこっちがいつものスパンダムだった。元部下にそんなことを思われているとはついぞ知らないスパンダムは、あわてて片付けている。ルッチはナースコールを呼んだ。コーヒーまみれではさすがに病院のベッドとはいえ寝られない。

 

「ほんとうに言ってやがったのか、あの青キジ大将が?」

 

「古代兵器プルトンの設計図を世界政府にもたらした貢献ははかりしれない。お前の精神的な問題がなければ、さらに昇進していたのは間違いない。自分の悲願が破綻するのがわかっていて、それがわからない取引に応じるような精神状態で、あそこまで完遂できたら上等だそうだ」

 

ルッチの手には、元上司の精神病院にぶち込まれて頭の上からつま先まで調べ尽くされ、カウンセラーや精神科医に徹底的に絞られた結果がまとめられていた。

 

部下2名の引力を感じる悪魔の実と引き換えに、ニコ・ロビンを殺害するなんて取引、いつものスパンダムなら絶対に応じないはずだった。世界政府の逆鱗に触れず、合法的に、なおかつサイファーポールが関与できる範囲内では、歴史の本文が読める者が存在しない。ニコ・ロビンと協定を結び、古代兵器プルトンの設計図の解読をしてもらうのが最善策だった。そのニコ・ロビンを殺害するなんて、そもそもの計画が破綻することが大前提の取引である。

 

「......落とし前は大丈夫なのか」

 

「バロンターミナルを海に落とされなくなかったら引けと五老星が庇ってくれたそうだ」

 

「......できるのか」

 

「我々の知る必要のないことだろう」

 

「......そうだな。これでおれもお前らと同じ殺される側になったわけか。それなりの取引があっただろうけど、もう関係ない。なにも考えなくていいのは楽でいいな!」

 

やっといつもの調子が戻ってきたのか、スパンダムは笑っている。

 

本日付でサイファーポール9長官のスパンダムは、サイファーポール0の工作員に降格となった。特に貢献度が高かったロブ・ルッチとカクは昇進という形ではあるが、また工作員をすることになった。恣意的なものが働いているのだろうが、ロブ・ルッチの下がスパンダムという力関係が働くような配置替えとなっている。

 

重傷を負ったロブ・ルッチが復帰するのは、まだまだ先の予定ではある。


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