(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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第9話

魚人冒険家といわれるのは同年代にして先人に偉大なる冒険家のフィッシャータイガーがいるから、無性に気恥ずかしいとイールはその肩書きを口にするのを照れていいたがらない。あいつがやるならおれにもできるはずだとタイガーに憧れて海に繰り出した魚人たちは、みな一様に同じような反応を示す。

 

イールはそのうちの1人であり、特に燈台がある岬の崖下に広がる暗い海面から水平線を見るのが好きだった。朝陽が水平線から光の矢を放つ光景が子供の頃から好きだった。

 

それを眺めると人攫い屋によく見つかったが、幸いイールはデンキウナギの魚人だった。襲われても船を転覆させて帯電した海水で感電、失神させて溺死させることで逃げることができた。

 

そのうちさらなる未知の海を求めて航海術を学び、当時船に乗せてくれた冒険家仲間の先代船長が縄張りに侵入されたからと難癖つけてきた海賊とのいざこざで勇敢に戦ったが戦死。人間に触られたくないという遺言通り遺体は海に投げ入れて周りからの強い推薦で臨時で船長となり、その海賊を全滅させるまで戦い抜いた。

 

しかし、その因縁は数年に渡って冒険家達を苦しめた。その海賊と兄弟盃を交わしていた別の海賊から仇討ちを理由に執拗に追い回される羽目になったのだ。魚に負けたのがよほど悔しかったらしい。あらゆる卑劣な罠に嵌められ、最終的には金に目が眩んだ顔馴染みの酒場の店主の通報でイールらはとうとう捕まった。すさまじい報復と拷問を受け、生き残れた仲間たちと共に瀕死の状態で劣悪な船内に放り込まれて1人残らず人攫い屋に売られた。

 

死ぬより惨めで屈辱的な目に遭わせてやると特に扱いが悪い人間屋に売られた。

 

人間屋で売り買いされているのは世界政府非加盟国の住人及び犯罪者とされており、主に海賊や、シャボンディ諸島に無数に存在する賭場での破産者などが贈られることが多い。

 

しかし、それはあくまで名目であり、人魚・魚人族は170年前に政府が撤廃したはずの魚類という認識でまかり通っており、シャボンディ諸島の古い気風故に商品扱いするにもかかわらず気味悪がられることもあり、それどころか命持つ動物とすら扱わない輩も少なくない。

 

内部では競売が行われており、観客の間で競り落とされた者に奴隷の保有権が渡される。 競売送りが決定次第、奴隷には外すと爆発する首輪が付けられるため、脱走は死もしくは重体を意味する。

 

競売前の奴隷を奪還することは、他人の財物を強奪することと同一という扱いになっており、止めようとしても秩序を維持する側の世界政府から逮捕される。

 

なんとも理不尽な世界がイールを待ち受けているはずだった。

 

運命の日が訪れた。オークション会場の一角がやけに真っ黒だったことをイールは昨日のことのように思い出せる。やけに身なりのいい男たちだった。碇マークの刺青をいれている男たちだった。ひとりサングラスをかけた子供もいたが、真正面に座る赤シャツにに黒スーツの男と同じだったため、同じ所属の人間達なのだろうと想像がついた。

 

それは異様な光景だった。

 

その日は人魚の奴隷はいなかった。ただ、老若男女問わず魚人の奴隷と見るや金に糸目もつけず全て落札していくのだ。たまに横槍をいれる連中もいたが金にものを言わせて競り落としていく。天竜人がたまたま来ていないだけマシだったが、何が目的で魚人ばかり買うのか目的がまるで見えなかった。

 

イールもまた当然のように買われた。不安を隠せないまま碇マークの旗を掲げた船に乗せられ、最初に聞かれたのは血液型だった。医務室に連れて行かれ、同じ血液型の魚人に輸血を頼むスーツ達。治療と衣食住が完備の船で訳のわからないまま奴隷とは思えない待遇を受ける。目的がなにもわからなくて無性に不安にかられたイールは、魚人達を代表してたまたま通りかかったこの船唯一の子供に声をかけた。

 

サングラスをかけた子供だった。

 

「なあ、この船はどこに向かってんだ?」

 

「どこって何言ってんだ。父上からなんも聞いてないのか?魚人島に決まってんだろ。あ、まさか別の村があるとか言わねえよな?それなら早いとこ言わねえと」

 

ハッキリ言って、頭が理解するのを拒否した。父上とやらを呼びに行こうとする子供の手を掴んでいた。

 

「まってくれ、待ってくれ、今なんて言った!?おれ達は魚人島に帰れるのか!?どうして、なんでだ、なんで人間がそこまでしてくれる?アンタ達は一体何者なんだ!!」

 

気づいたら叫んでいた。それをみた子供はようやく合点がいったのかニヤリと笑っていったのだ。

 

「ドンキホーテ・ホーミング。おれの父上の名前だ、聞いたことくらいあんだろ。アンタらんとこの人魚姫様の手紙にいたく感動して、人間堕ちしたホーミングだよ。天竜人として魚人島を地上に上げるべきっていう署名をしたのに、人間になったせいで法的根拠がなくなっちまったあのホーミングだ」

 

ホーミング。それだけでイール達は全てを悟った。この船が安全だと理解するのだ。なにせその名はよく知られていたからだ。リュウグウ王国のオトヒメの署名活動に理解を示し、署名してくれたのだが、感銘を受けたからと人間になる決断までしてくれた天竜人の変わり者。報復とばかりに非加盟国におろされ、迫害をうけ、報復をしているうちに国を滅ぼしてしまった男。世界的に有名なウミット海運に拾われて、今は用心棒をしている男。

 

天竜人と全く雰囲気が違うのは修羅場を潜り抜けてきたからか。なら人間堕ちのホーミングを父上と呼ぶこの子供はまさか。

 

「迫害に巻き込まれたのか、親子で?それはなんという......世界政府はなんてことを......」

 

「巻き込まれたのはおれだけだ。下に弟がひとりいたが、母上と一緒に逃した」

 

「きみは逃げなかったのか」

 

「考えもしなかったな」

 

「ということは、」

 

「カタギじゃねえよ、たくさん殺したからな。賞金首じゃないのが奇跡だ」

 

イール達はもうなにも言えなかった。ありがとうしか言えなかった。

 

「実はウミットが販路拡大すんのに魚人か人魚の力が借りたいって話を持ってくとこだったんだ。奴隷なんてもったいないことするくらいなら、ウミットで働いて欲しいんだってよ。無理強いはしたくねえんだってさ。詳しい話はあっちについたら父上に聞いてくれ」

 

子供は去っていった。イール達はこの日からようやくぐっすり眠れるようになった。

 

これが長きに渡って続いていくウミット海運とリュウグウ王国の関係の始まりとなる。

 

ウミット海運は、この日から定期的に魚人や人魚の奴隷を買い受けては魚人島に届けることになる。基本的に奴隷は解放され、リュウグウ王国がその金を支払うか、希望者は働いて返すために適正を見た上で向いている部署に配属されていった。ホーミングの船は人気が高いがなかなか採用されず、イール以外の船員はなかなか増えなかった。採用理由はわからないがイールは構わなかった。ウミット海運で働いている限り合法的に海を見て回れるからだ。

 

「縛るものが鎖から契約書に変わっただけなのになんで気づかねえんだ、お前ら。奴隷より安く買い叩かれてるじゃねえか」

 

ドフラミンゴと後で知ることになる子供はよくそんな皮肉をいうが、決まってイールは笑うのだ。奴隷にそこまでの自由をあたえる者は滅多にいないし、金を払う者がどこにいるのだと。ここにいるじゃねえかとミンク族のたぬきと会話している父親をさしていうのだ。笑わずにはいられなかったのである。


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