(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング)   作:アズマケイ

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92話 ルフィ視点追加

海賊王ゴール・D・ロジャーとポートガス・D・ルージュの間に生まれたのが、エースである。生まれは南の海バテリラ。2年間の潜伏生活の世話からはじまり、そこでエースを出産と同時にルージュが亡くなり、ガープとともに赤子のエースをフーシャ村まで届ける。そこまでロジャーに頼まれたわけではなく、ガープに頼まれたからやってくれた男がいる。

 

当時13歳にして魚人・人魚の差別や人権問題に目覚め、署名活動を始めた才女リュウグウ王国のオトヒメに、妻が共感したのが始まりだった。

天竜人だった男は、妻のお願いを聞き入れ、どれだけ危険なのかわかっていたのに、人間になる決断をした。家族は見せしめに北の海の非加盟国に降ろされた。

 

新聞王モルガンズを通じてガープに妻子の保護を依頼し、自分は非加盟国に報復すると残った。1年で非加盟国は地図から消えた。マフィアが運営するウミット海運に用心棒として雇われてから、破竹の勢いでウミット海運社長を運輸王にまでのし上げた。

 

すべては自分が元天竜人だという事実をねじ伏せられるだけの地位と実力を手にしてから、自分を人間にしてくれたリュウグウ王国オトヒメのために後ろ盾になるためである。

 

エースが新聞を開くたびに、かならず名前を見つけることができた。男の名は人堕ちホーミング。元天竜人にして、世界一有名なマフィアが運営するウミット海運副社長。ガープによれば、七武海天夜叉ドフラミンゴと海軍本部中佐ロシナンテの父親にして、モルガンズに妻を匿ってもらっている男。今なお二度と会えない家族のために、世界政府からの暗殺者を殺し続けている男。

 

エースの考えうるかぎり、家族のためにここまで堕ちることができる男は、いやしないんじゃないかと思うくらいには尊敬できる経歴だった。

 

そして、エースはその男の名声に生まれたときからふりまわされていると実感しながら育った。

 

たとえばロジャーのことを村できいたとき、たいてい大海賊時代の被害者たる一般市民から罵詈雑言をうけた。精神的に強いショックをうけるが、次の瞬間にはかならず言われるのだ。

 

「なんでそんなこと聞くんだよ、お前ドジっ子海兵ロシーの弟なんだろ?あいつの弟なのに、すげーしっかりしてるなってじいちゃんいってたぞ。お前の母ちゃんのおかげだな、よかったな」

 

そう、エースがうまれる17年も前にホーミングの次男ロシナンテがガープを通じて盗賊ダダンに預けられた前例がすでに存在していたのだ。

 

生まれたときから、天性のドジっ子として生まれてきたロシナンテは、15で海軍に入るまでダダンのところにいたのだが色々すさまじい伝説を残していた。そのため、その時の印象が強すぎる近隣の村の人々は、ガープがロシーの時みたいにウミット海運でホーミングとフーシャ村に寄港した時点ですべてを察していた。噂は大陸全土にまで及んでいた。

 

なにせホーミングの家族に手を出したら、関わった国ごと地図から物理的に消されるのだ。人堕ちホーミングの経歴は、エースという名前がわかった瞬間に全てを察する(なにひとつ察してない)人が現れるくらいには絶大だった。

 

エースがなにをするにしても、ロシーと比べてなんてまともなんだとか、なんてかしこいんだとか、無駄に褒められる始末だった。

 

さすがにロジャーの息子だと主張したこともあるのだが。

 

「いくら自分の父親の名前が重すぎるからってもっとまともな嘘つけよ。海賊王が死んだ時から考えたら、お前絶対生まれてないじゃん。2年も違うじゃん。なんだよお前種族人間じゃないのか?」

 

ルージュの母親としての愛がなしえた2年という偉業がそれを阻んだ。さすがにちょっと不安になってきて、ガープに万が一ってないのかと聞いたこともあるが、ガープに自分を見失うなと諭された。

 

さすがに天竜人の血が入った実の異母弟だったら、ガープだってちゃんと話す。海賊王の息子と同じくらい、待ち受ける世間は過酷だからだ。いや、今この状況がだいぶ意味がわからないくらいある意味過酷なんだけど、これ以上のものがあるのか。エースの混乱した頭はそんなことを考えたこともある。

 

「ルージュが愛したのはロジャーだけじゃ、安心せい。わしが保証する。ホーミングにトーンダイヤルで海賊王の死に様を記録してくれとお願いするくらいにはな、ルージュはロジャーを愛していた」

 

トーンダイヤルを渡された。大嫌いな父親の声と処刑する音、大歓声に包まれる異様な音が記録されていた。ダダンに言われた、お前の父親は死を持って世界を変えたという意味が嫌というほど理解できた。

 

そのトーンダイヤルは改良品のようで、ルージュがエースに語りかける声も入っていた。エースという名前の由来、どれだけロジャーを愛しているか、エースが生まれるのを楽しみにしているか。ガープやホーミング、親戚に対する感謝の気持ち。エースの自己肯定感が地に落ちるたびに励みになったのは間違いない。

 

生まれてきた意味がわからなくなったとき真っ先にルージュの声が聞きたいのに、トーンダイヤルの特性上、どうしても大海賊時代の始まりから聞かなければならない。エースはしぶしぶ聞いていた。うっかり冒頭を聞き流したら初めからだからだ。

 

「なーなー、エース!おまえ、海賊王の息子なんだろ!?すげーなー、どんなやつか知ってるのか?おれ、海賊王になりたいんだ!!」

 

ようやくエースがホーミングの息子じゃなくて、海賊王の息子だとわかってくれるやつが現れたとき、エースがどれだけうれしかったか。いうまでもなかったりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

「みなまで言わなくてもいいぜ、ルフィ。不思議なんだろう?おれがなんで今だにこの名を名乗ってるか。なんで受け入れてるのか。色々あったんだが......色々ありまくったんだが、いやほんと......。と、とにかく......偉大なる航路で名をあげるってのは楽じゃない。噂を跳ね除けるだけの実力つけてから出直してこいって、天夜叉に門前払いされたんだ。だから、おれはこのままでいい。だから、心配すんな。これはおれの問題だからな」

 

アラバスタにて。3年ぶりに会えたエースに満面の笑みでいわれたルフィは、色々と湧いていた疑問を全てなかったことにした。あれだけ母親の姓で名をあげてやるんだと息巻いていたエースが、こんなふうに笑いながら噂を受け入れてしまうなにかがあるのだ。偉大なる航路は。

 

エースが心配するなって笑いながらいえるくらいの色々があったのだ。これはおれの問題とまでいわれたらもういいんだなと思った。

 

むしろワクワクした。エースがこんだけ楽しそうに笑える場所なのだ、偉大なる航路後半の海、海賊の高みというやつは。

 

「なあ、ルフィ。おれが名をあげなきゃならない高み。いずれお前にもきて欲しい海があるんだ」

 

「!」

 

「赤い土の大陸の向こう側に広がるその最後の海を......人はこう呼ぶ。その海の名は偉大なる航路後半、新世界。ここいらが楽園と呼ばれるくらい、別次元の高みが広がってるんだ」

 

「!!」

 

「おまえは海賊王になりたいんだろう?新世界は新時代を切り開く者達がすでに君臨する大海賊の四皇、政府側に立つ七武海に挑む場所だ。その海を制した奴こそが海賊王だ、ルフィ」

 

「......新世界か......エースはもうそこにいるんだよな?すげーな!」

 

「......おれなんかまだまださ。......そう思い知らせてくれる海でもある。だからこそ......思うんだよ......おれは白ひげを海賊王にしてやりてえとな。......あの海で、あの男ほど自由にやれるやつがどれだけいるか。いいか、ルフィ。新世界でも自由にやれるやつが一番海賊王だ」

 

「なら!おれがエースにも、そいつにも勝てばいいんだ!そしたらおれが海賊王だからな!!」

 

エースは相変わらずだなあと笑っていた。

 

「かならずこいよ、ルフィ。───────もうすぐ新世界にも楽園にも途方もない嵐がくるからな」

 

「?」

 

「その中心にいさせてくれるこの名には感謝してんだ、おれは。いずれ返す気ではあるけど、その時じゃない。だから、ルフィ。絶対死ぬなよ。その程度じゃ海賊王なんて絶対に届かないんだからな」

 

エースがそこまでいいきる名前だったのだ、とようやくルフィは理解するのだ。偉大なる航路において、人堕ちホーミングの息子であるということそれ自体がどういう意味を持つのか。その一端にルフィは初めて触れることができた。

 

だから。

 

「息子からは兄弟盃を交わした男だとよく聞いているのでね。一度会ってみたいと思っていたんだが......フランキーのいうとおり、相当お疲れのようですね。寝ているようだ。ほんとうにエースによく似ている」

 

ルフィは一瞬で目が覚めたし、眠気なんて吹き飛んだ。男の顔を見ようと目を開くのだ。あ、起きた、とナミの声がした。

 

「アンタがエースの父ちゃんか!?おれ、ルフィ!!よろしくな」

 

思ったよりじいさんだったので。むしろガープと同じくらいにみえたので。

 

「じーさん!!」

 

「初対面でいきなり失礼なことをいうのは、親子揃ってどうやら同じようだな麦わらのルフィ。お前達はほんとうに変なところでよく似てやがる」

 

マジギレした時のガープと同じ空気を感じたルフィはさとるのだ。ごめん、エース。おれ、死んだかもしれない。

 


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