(更新停止)ロストマンのセイリング・デイ(王直→ホーミング) 作:アズマケイ
結論からいうと、ホーミングは一度も銃を抜かなかった。覇気すらなかった。打撃は効かないし、武装色の練度がだいぶ高くなってきたはずのルフィの一撃は、一度もあたらなかった。代わりに殴られるたびに、ルフィはなにかを思い出すのか、にぎゃーっとなって心が折れそうになっていた。そのうち躍起になるあまり、麦わら帽子がういた。
「大事なものなんだろ、落とすんじゃねえよ」
それが落ちる前に受け止めてくれたホーミングが、テーブルにおいてくれた時に、一回だけ頬を掠めた。傷すらつかない、引っ掻き傷にすらないそれだったが、それで満足したのか、ようやくホーミングは喧嘩をやめてくれた。
「おれはロジャーの始めた大海賊時代が心底嫌いなんだ、なんでかわかるか?麦わらのルフィ」
「しらねえ」
「人間は生まれながらに二種類ある。強い者と弱い者と。聖者と平凡な人間と。英雄とそれに畏怖する者と。そして強者はいつの時代も理解できねえ有象無象からの迫害の時代に信念のために炎に焼かれ、海に沈められることに耐える。それを理解してからだ、おれの運命に腹括ったのは。絶え間ない儲け話。そして作戦を腐敗させることへの憎悪。それでもおれは、腐敗を伴った平和とこの運命を取替えるためにこれからも生き続ける」
「わかんねえ、どーいうことだよ」
「生半可な覚悟で海に出る奴が増えすぎたから、足切りしてやってるってことだ」
「..................なんかむかつくな、ホーミングの、お......、ホーミング」
「やっと覚えたか、クソガキ。おれは礼節のなってねえガキが、この世で一番嫌いなんだ。そういうやつは基本、人の名前を覚える気がないから、印象だけで何となく勝手にあだ名をつけやがる。仲間になるとさすがに名前を覚える。名前を知ってるから名前で呼ぶ。なら、覚えるまでぶん殴れば覚える。実に単純だが、こんなに失礼でタチが悪いやつはそうそういねえ」
「......ホーミング、じいちゃんみてーで嫌いだ」
「おれはいいが間違っても本人に言ってやるな。孫に愛されたいのになんつーこといいやがるって殴られるぞ」
「......知ってるぅ......。......思い出しちまったじゃねーか......。なんでそんなことされなきゃなんねーんだ、むかつくな」
「そういう奴らに限っておれの儲け話を邪魔しやがるからだ。おれは、ウミット海運て仕事をしてる。ヒト、モノ、情報、とにかくなんでも運ぶ仕事をしてるんだ。その邪魔をしやがる」
「そーなのか、じゃあいいやつだな、ホーミング」
「お前の評価なんぞしったこっちゃねえがな。おれは、人に堕ちて知ったんだ。人間のなしとげたもののなかで、権力ほど不安定なものはない。信念と権力とはたがいに相容れないもんだ。最初は理にかなった信念にもとづいて打ち立てられたとしても、権力にゴマをすったり、権力と結びついたりすると、腐敗し、結局は権力をも失うことになる」
ルフィに疑問符が乱舞しても、ホーミングは素知らぬ顔で話し続ける。
「実際に大切なのは、現在について奥の奥まで見通せるような認識を持つことだ。これによって初めて、権力側の弱点と強みは何なのか、組織という点を鑑みて権力が何に結びついているのか、どこに定着しているのかの検討がつく。
もし仁義のねえ奴が無闇に個性を発展させようとすると、他を妨害する。権力を用いようとすると、濫用に流れる。金力を使おうとすれば、世界の腐敗をもたらす。おれがちょっと手を貸しただけで、随分危険な現象を呈するに至ってる」
なにも伝わっていないのはわかっているはずなのに、ホーミングは終始ご機嫌だった。
「コミュニティと家族は安定のためにある。安定を求め、変化を阻止し、あるいは変化を減速しようとする。おれは人の手によるあらゆるものが歳をとり、硬直化し、陳腐化し、苦しみに変わることを知っている。情緒の中心の調和が損なわれると人の心は腐敗する。社会も文化もあっという間にとめどもなく悪くなっていく。
水の流れも澱めば腐る。日に日に新しい流れがなくちゃならない。そうでないと、衰え、止まっちまうからだ」
「なにがいいてーんだよ、話なげーよホーミング」
「つまり、人生にはふたつの形態しかない。腐っているか、燃えているか。信念は魂の防腐剤だ。麦わらのルフィ、てめーの核はなんだ」
「海賊王になることだ」
「上等だ、それが聞きたかったんだよ。おれに数多の儲け話を運んできやがるてめーが、陳腐だとつまんねえからな。そういう偉大な精神は、常に凡庸な人々からの反発にあってきた。陳腐な先入観に盲目的に従うことを拒絶し、勇気を持って正直に自分の意見を表明する人のことを、凡人は、理解できない。だから強者は最も素晴らしく孤独だ。麦わら、お前は孤独は好きか?」
「嫌いだ、寂しいのはやだ」
「そりゃなおのこといい。孤独でいるのはよくない。孤独はだらしなくしてしまう。孤独は人間を腐らせてだめにしてしまう。人間は孤立感から逃れるために、興奮、集団等への同調、創造的な活動といった方法をとるが、完全な答えは人間どうしの一体化、他者との融合、すなわち「愛」にある。自分以外の人間と融合したいというこの欲望は、人間の最も強い欲望だ。欲望だけは、誰にも支配できねーからな」
「だーかーらー、なにがいいてーんだよ、ホーミング!」
「仲間を大事にするのはいいことだって話だ、クソガキ」
「なにあたりまえのこと言ってんだよ」
「おれの場合は、それを他ならぬ息子達に教えられた。痛恨の極みだがな。それがおれをおれたらしめているのは事実だ。それを生まれながらもってるおまえは、このまま突き進んでいけってことだ。それは新世界の壁にぶち当たるまではお前を助けるだろうよ、クソガキ。その先からは、テメェの弱さがいのちとりになる。仲間も舟も夢もなにもかも、うしなうことになる。海賊王になりてえんだろう、麦わらのルフィ。クロコダイルやゲッコーモリアみてーになりたくなきゃ、強くなれ。新世界からはおのれの弱さがなによりの大罪だからな」
「......!!」
「こいつをてめーに返そう、麦わらのルフィ。新世界にいくには、魚人島はさけて通れねえが、うちの社員の血判がねーやつは入れねえことになってんだ。これが入港許可証になる。無くすなよ、無くしたらドルトンとこに戻る羽目になるからな」
それは、かつてルフィ達が旧ドラム王国で作った血判だ。ペドロの血判が新規で追加されていた。ホーミングは笑っていた。微塵も思っていないことでも30年の月日は、それなりに勝手に昇華されていくものだと己の拳を見つめながら。