私の使い魔は最後の人類   作:[ysk]a

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お久しゅうございます、皆様。
諸事情あり、筆を折っておりましたが、この度奮起しまして、せめてこの物語だけでも、自分の納得行く形で終わりを迎えさせたいと、こうして恥を顧みず戻ってまいりました。

長く何も書いていなかったので、リハビリも兼ねた投稿となります。
そのため、乱文となり大変お見苦しく感じられるかもしれません。
自分が設定していたこと、原作の設定など確認しながらの投稿となりますため、あいも変わらず不定期とはなりますが、少しでもお楽しみいただければ幸甚です。



七節

 美しい歌声だった。

 崩れ去った廃墟のような世界の中心で、その白は、まるでこの世は我が物とばかりに歌っている。

 

 白く、無垢で、純粋の象徴のような少女だ。

 

 腰まで伸びる、雪のように真っ白なツインテールの髪。

 スラリと伸びた四肢は、雪の結晶に化粧を施したかのように好き通るほど白い中、薄っすらと血の色を通わせて仄かに桃色に染まっている。

 貫頭衣のような見すぼらしい服すらも、そういうドレス(・・・・・・)なのではと思えるほどに、見目麗しく、無邪気さと妖艶さを振りまく、恐ろしい少女だった。 

 

 ゆらりゆらりと体を揺らし、そのたびに雪のような髪が踊る。

 喉から紡がれる調べは滔々と空へと溶ける祝詞として溢れ、周りのすべてがその歌声に聴き入っていた。

 

 そう、すべてが。

 世界が。

 生きとし生けるもの、死して尚たゆたう狭間の者共すらも、何もかも一切がその歌声に魅了された。

 

 それは、こうして夢であると認識しながらも傍観する他無い自分もまた同じで。

 同時に、気持ちが悪いほどの既視感を覚えた。

 自分の経験ではない。

 誰の経験でもない。

 でも知っているのだ。この光景を、姿を、歌声を。

 では、自分は誰だろう。

 今、こうして、彼女の直ぐ側で、世界の全てを愛していると高らかに歌い上げる彼女を見やる、この自分は。

 

 歌が響く。

 結末へと階段を登る。

 恋を歌い、愛を歌い、たどり着いた先に、どんな感情が待つのか期待する。

 

 その閉じられたまぶたの奥に、どのような瞳があるのだろう。

 開けばきっと、宝石すら霞む美しさに違いない。いや、その表現すらも陳腐であるに違いない。

 期待する。

 同時に切ないほどの息苦しさが襲う

 いまかいまかと、その目が開かれることに焦がれ。

 まだ、まだもう少しと、この恍惚とするような一瞬が続くことを祈る。

 

 あぁ、だめだ。

 もう終わる。

 もうすぐ見れる。

 

 世界の何もかもを魅了し、この心を掴んで離さない天上の調べが終わりを告げる。

 世界を静かに揺るがし、波紋を広げ、しかし徐々にその波が収束へと向かいながら。

 

 少女が、こちらを見て。

 

 見て。

 

 目を――――――――――――

 

 

 

 ▼朝の一幕

 

 

 

 はっ、と。

 ルイズは得も言われぬ感覚に襲われて目を覚ました。

 息が荒い。

 知らずと、自分ですら自覚していなかったようだが、まるで全力疾走をしたあとのような鼓動を心臓は叩き続け、額に滲んだ汗こそ僅少なものの、その質は十滴を一滴に圧縮したかのように重い。

 首を傾け隣を見れば、最近はもうお決まりとなりつつある、ルイズのベッドへと潜り込んできた、勝手気ままな黒猫(ステラ)が丸まって深い眠りに落ちているように見える。こいつ今日は朝の仕事サボったわね、と思いながら、頭をガシガシと、淑女らしからぬ所作で掻きながら思う。

 

 夢、だったのかしら。

 

 口の中から発することはなく、しかししっかりと転がした上で、呆然とした思考を無理やり動かし、いま寸前まで見ていたあの幻想()に思いを馳せる。

 

 ステラだと思った。

 でも違う。彼女は、無垢という言葉をそのまま体現したかのような白だった。

 

 同じようで、違う。

 

 ルイズはそう直感した。

 同じではない。アレは、あの少女(ホワイト)は、自分たちとも、自身の知るナニカとも、ましてやステラとも異なる、相容れてはならないナニカだ。

 聡明さと、その類まれな感性が導き出す答えに、答えるものはいない。

 だが、ルイズは答えを必要としなかった。なぜなら、自分がそう感じた(・・・・・・・・)のだから。

 

 『わけのわからないことや、自分にとって想像の余地も及ばないことがあったとき、そんなときは、自分の直感を信じなさい』

 

 それを教えてくれたのは誰だっただろうか。

 いつか、どこかで、誰かがそんなことを教えてくれた気がする。そして、ルイズは今、その言葉に感謝の念を覚えていた。

 

 ゆるりと上半身を起こして、そっと窓の方を見やる。

 今日は珍しく暖かかった。

 それは、まだ月が明るく空に佇む夜半の中であっても変わらず、カーテンをしていなくとも肌寒さを感じることはない。

 だが、ルイズは念のために(ゆっくりと、丸まった黒猫を起こさないようにして)ベッドから降りてカーディガンを羽織ると、ぺたりぺたりと足音を鳴らしながら窓辺へと近づいた。

 月が明るい。

 双子月が煌々と輝き、点を彩る数々の星が幻想的な美しさを拓げている。

 それなのに、今はその輝きが無性に怪しく感じられ、我知らずと体の芯から震えが発しているのがわかった。

 

 脳裏に、焼け付く、あの白。

 

 歌が響き、心が震え、そして恐怖した―――今、理解した―――あの瞬間。

 

 すべてが純白に染まる中で垣間見た、唯一の例外(赤い瞳)

 

 なんだかよくわからなけれど、でも決して忘れてはならないように感じられてならない、筆舌に尽くしがたい奇妙な夢だった。

 窓から踵を返し、ルイズはいそいそとベッドの上に登る。

 そして、ごそごそと毛布をひっぱり、丸まったステラの腰に抱きつくようにすると、二人が包まるように毛布をひっかぶった。

 

 

 

「ぅう……? ルイズ……?」

 

 

 

 寝ぼけたような、わかっているようでわかっていない、夢見心地といったような様子で、ステラが呻く。

 ルイズはそれに返事することなく、その細い両手を、華奢極まりない少女の腰へと回して密着した。

 背中に耳を当て、命の鼓動に耳を澄ませる。

 温かい音がする。

 あの心を震わせて、心胆寒からしめる壮絶な空間とは真逆の、にぶく、ゆるく、それでいて力強い鼓動の音が、ルイズの震えをゆっくりと解きほぐしてくれる。

 しばしそうしていると、ぐるりと少女の体が回った。

 同時にルイズは頭を抱きかかえられ、決して豊かとは言えない少女の胸にその顔を埋める。

 そしてそれは、なおのこと少女の心の臓が奏でる拍動を、耳に力強く届けてくれた。

 

 やけに冴え渡っていた頭は次第にまどろみを覚え、早鐘を打っていた心臓は、少女の鼓動に引っ張られるように落ち着きを取り戻していく。

 もう一度、ぎゅっとルイズはその細い腰を抱きしめた。

 離したくない、離してなるものかと言わんばかりに、力強く。

 

 そして、しばらくして、ルイズの意識はゆっくりと拍動の中に溶けていこうとする。

 

 でも、その時確かに聞こえた。

 焚火のような暖かさで。

 慈愛に色が灯ったような緩やかさで。

 途切れ途切れに、でも不愉快ではない、まるで縮れた心を解きほぐすような歌声が。

 

 あの(恐怖)と全く同じ、歌が。

 

 だが、もう震えはない。

 恐れもなく、得体のしれぬ感情に心が揺るがされることもない。

 

 ルイズは、まるでこの寸刻の出来事こそが夢であったと思いながら、その優しい子守唄の波に身を委ね、再び眠りに至るのであった。

 

 

 

 ▼夜が明けて、日々が過ぎ

 

 

 

 品評会用のお披露目内容が決まってから、あっという間に時間がたった。

 一曲歌を披露するということではあるが、特段練習の必要はないんじゃないかな、と思うくらいには、ルイズとしてはステラの実力に疑いはない。

 もともと、盗み聞きというと言葉は悪いが、時折耳が拾うその歌声には素直に称賛を送っていたし(心の中で、だが)、一度、何かのきっかけがあったら、その歌をじっくりと聞いてみたいと思ってもいた。

 インパクトはそれほど高くはないが、周囲が名だたるメンツ(風竜だのサラマンダーだの)であることを鑑みれば、なんとも芸のない催し物ではあるが、悪くはないだろう。

 加えて、自分の使い魔の特異さと、普通に公開したらヤバそうなあれこれをカモフラージュできるし、と「今回の私ナイスファインプレー!」なんてガッツポーズを取るくらいには、ステラの発案とそれを認めた自分の判断を称賛している。

 

 ともあれ、品評会が翌日まで差し迫った夜のこと。

 すでに、昼の段階で姫殿下は学院に到着しており、盛大な歓待式を以て学園中が前夜祭騒ぎに陥ったものだった。

 今でこそ夜も更けたことで落ち着きはしたが、しかし、どことなく学院全体が、明日の品評会に向けて落ち着かないような、微妙な緊張感に覆われているのを感じている。

 ランプでぼんやりと灯された室内の中、鏡台に映るルイズの顔は、どことなく疲労が色濃く現れているように見えた。

 少なくとも、化粧を施していない今は、目の下の隈がくっきりと見えているので、寝不足、あるいは疲労困憊なのは疑いようがなかった。

 もちろん、この日に至るまで、ルイズは平穏とは言い切れない日々を過ごしている。

 ステラとのあれやこれやの騒動はもちろんのこと、相変わらずな実技の授業の補習や、その過程で生じた爆発被害の後始末、深夜の特訓、さらに2日ほどばかし(主にステラの暴走のせいで)どこぞの貴族と独りの平民メイドの奪い合いをしたり*1と、正直この学院に入校して以来の目が回るような忙しい日々であった。

 特に、毎日深夜まで(正確には、魔力切れで気絶する寸前まで)庭の隅っこで意図的に失敗魔法を繰り返し、少しでも失敗による爆発の規模を制御しようとしていたのが、一番の疲労の原因なのかもしれない。

 

 ステラの騒ぎに振り回されることもしんどいといえばしんどいが、恐ろしいことにもはや慣れてしまったのだ。少なくとも、日常の一部として流せるくらいには。

 

 だが、魔法の特訓だけは、慣れない。

 以前ステラと話したこともあったが、"違和感"を拭えない作業を、なんのゴールも見えないまま、成果もほとんど感じられず、闇雲に繰り返すという苦行は、かなり精神的に負担がかかる。端的に言って、軽い絶望との戦いだ。

 日々の授業を経るごとに、周りのみんなはどんどん魔法の腕前を上げていく。

 そのなかで足踏みをすること、いや、それどころかみんなと同じスタートラインにすら立てていないことは、いくら座学主席という肩書を持っていようと、帳消しにしてさらにはマイナスのプレッシャーを抱え込むくらいには、深刻な問題である。

 そのため、毎日毎日、根を詰めて気絶寸前まで失敗魔法を繰り返し、決して晴れやかにはならない精神状態のまま、半ば気絶するように眠るのだ。

 その時、包み込むように抱きとめてくれるステラには、ほんのちょっぴりだけ、救われる気持ちになる。

 当然、そんな質の悪い睡眠のとり方では、体に疲労が積もり積もる悪循環を招いていた。

 よって、さすがに、明日の品評会の最中に無様を晒すわけにも行かないので、今日ばかりは深夜の特訓はなしにして早めに床に就こうとしたのである。

 

 なお、振り返ると、すでに寝る準備万端となったステラ(下着の上に持参していた黒いパーカーを羽織っただけ)が、ベッドに待機しながらシーツをこっち、はよこいとばかりにバンバン叩いている。鬱陶しいことこの上ない。

 普段の無表情が、少しだけドヤってるのがなんだか腹立たしい―――いや、寝不足とかその他諸々による八つ当たりかこれ。うん、そうに違いない。

 主の気苦労など塵芥ほども気にしてなさそうな自分の使い魔の様子に呆れ果てながらも、ルイズはランプを消してベッドへと登った。

 窓から差し込む月光は、双月の異なる明かりが混ざって、いつものことながら幻想的だ。

 それ故に、時折思い出す。

 あの、何日か前の夜、不気味で恐ろしい、それでいてひどく幻想的な夢を見た日のこと。

 その時に耳にした、二人の同じ歌。

 明日、ステラが歌を披露するからだろうか。

 未だに、「なんだか、恥ずかしいからやだ」という理由でどんな歌なのか教えてもらえていないステラだが、あの日のことを思えば、きっとそれはみんなの予想を裏切る結果をもたらすに違いない。

 それはともかくとして、相変わらず、ルイズはそのことで悩んでもいた。

 あの夢は、きっと、いや間違いなくステラに縁のあるモノだ。

 しかし、ルイズにはそれについて尋ねる勇気が、どうしても持てなかった。

 普段なら考えられない遠慮の仕方だが、しかし、ルイズは躊躇う。そこに、踏み込んで良い(・・・・・・・)のか。

 

 

「ルイズ、どうしたの?」

 

 

 ハッとすると同時に顔を上げる。

 知らず知らず手を重ねて握りしめていて、じっとりと汗が滲んでいるのがわかって気持ち悪い。

 「なんでもないわよ、バカ!」などと誤魔化しついでに怒って見せて、いそいそとベッドに寝転がる。

 ステラもそれに倣って、ルイズの横に寝転んだ。

 じーっと、なぜかルイズの瞳を覗き込むようにして凝視してくるが、ルイズはそれから逃れるように、きつく目をつぶって寝るふりをした。

 ルイズは、決して鈍いわけでも、察しが悪いわけでも、ましてや他人の感情を読むのが苦手なわけでもない。

 むしろ、それらはこの学院の中でも、一般的な貴族という範疇の中ではかなり洗練された感性を持っている。

 当然だろう。

 公爵家の三女でありながら落ちこぼれと揶揄され、それは学園に入学してから更に激しくなる。

 己がバカにされるばかりか、終いには実家の名をも汚す事になっている現状において、それらの機微へ鈍感に見えるようにしているのは、言うまでもなくルイズの無意識からくる演技だった。

 高慢で、高飛車で、高圧的で、いつもピリピリとしているくせに自身の身の程をわきまえない落ちこぼれ。

 だが、その一方で、ルイズはいつだって周りの評価を気にしては、しかし気にしないように自身に言い聞かせ、そんなことでうじうじするくらいなら一秒でも多く努力するべきだ、と奮起してきたのだ。

 故に、少女はあのささやかな幻から、これまで蓄えた様々な知識を下地に、最悪の場合を一瞬で想定する。

 

 『使い魔とその主人は、魔法的縁で繋がり(パス)が作られ、時折夢のようにして、互いの経験を垣間見る』

 

 確か、ルイズが読み漁った使い魔関係の文献に、そのような記述があった。

 幻獣であれば、人類とは明らかに異なる生態を垣間見て、同時にその生涯を共有することで、絆を更に深める。

 学術的にも、メイジとしても、それは喜ばしいこととして受け入れられる。

 だが、それはあくまで使い魔が幻獣であった場合だ。

 言葉は悪いが、メイジの常識の中で、使い魔に対して人と同等の権利を保証する、などといったことは存在しない。

 言い換えれば、その使い魔にとって知られたくないことや、秘密にしたいことなどは「存在しない」ものであり、仮にあったとしても、主である自身にそれを秘密にすることは、逆に使い魔との関係に悪影響があるとされている。互いの損得や、利害関係に基づいた行動が発生してしまうからだ。

 故に、真に素晴らしきメイジとは、身も心も、すべてひっくるめて使い魔と一つになること。人魔一体であるべし、というのが理想とされている。

 使い魔のものはメイジのものであり、また、メイジのものもまた、使い魔のもの。

 メイジは、己の使い魔のすべてを知る必要があり、使い魔もまた、主のすべてを知る必要がある。

 そうして、互いが真の意味で一体となっていることこそが、使い魔を従えるメイジである、という理想論(・・・)がある。

 言うまでもなく、そんなものを体現できているメイジなど、一握りしかいないのが実情だ。

 しかし、ルイズは真面目だ。頑固すぎるほどに真面目だ。

 

 それ故に、迷う。

 

 心の中では、もちろんこの気まぐれ極まりない、御するのに果てしない労力を必要とする(現に御しきれていない)使い魔の事を余すことなく知りたい(言うことを聞かせるための弱みを握りたい)と思っている。

 だが、幸か不幸か、ルイズの使い魔は人間だった。

 それも、ルイズの常識では測れない、未知の世界からやってきたという、前代未聞のイレギュラーである。

 過去の歴史を紐解いてみても、使い魔に人間を従えていた、などというのは始祖ブリミルくらいしかいない。

 そんなデリケート極まりない存在に対して、通常の使い魔=幻獣に対するように、無遠慮に踏み込んで良いものなのか、ルイズは踏ん切りがつかないのだ。

 

 同時に、ルイズは気づかないが、そこには恐怖心がある。

 

 どれだけ罵倒しようが、叩き倒そうが、ステラはルイズにとって、おそらく最初で最後の、世界で初めての理解者(使い魔)だ。

 本人に指摘すれば決して認めないだろうが、ステラによるルイズへの肯定は、同時にルイズにとって何よりも失いたくない宝物となっている。

 当然だろう。

 この歳まで、ただ一人以外、ルイズのことを認め、直視し、受け入れてくれた存在がいなかった。

 その一人とて、もう長い間言葉どころか顔すら合わせたことがない。

 だが、これまで頑張ってこれたのはその一人のおかげでもあるし、だからこそ、そこに加わってくれたもう一人であるステラの信頼関係を、ルイズは壊したくないのだ。

 繰り返すが、ルイズはあまりそうは見えないが、聡明な少女である。

 当然貴族的価値観により、一般市民とは異なった見方とはなるが、その身が修めた教養には、「自分がやられて嫌なことは、相手も嫌なこと(コミュニケーションのセオリー)」も含まれている。 

 仮に、ステラに無遠慮に心の内を探られたらどう思うだろう、と考えるのだ。

 もうほとんど知られているようなものだが、なぜ無能なのか、なぜ失敗するのか、それによって周囲からどう見られてきたか、どんな努力をしてきたか、それでも周りに認められず、実家の名を汚し、父母姉妹にどれだけの迷惑をかけてきたのか。

 前半はもう既に知られているから良いものの、後半に関しては、ルイズのプライドも相まって、決して、例え使い魔であろうと婚約者であろうと、軽々しく踏み込んでほしくない領域だった。

 そして、ルイズはステラに対して問いかけたいことは、それに等しいのではないか、と不安が鎌首をもたげる。

 あの夢は、それだけの意味(・・)があるものだと、ルイズは直感的に悟っている。

 

 白い廃墟の世界に、幻想的なまでに真っ白な少女。

 それでいて、ステラとはまるで真反対のような、表情豊か(・・・・)な少女の微笑み。

 

 故に、ルイズは口を噤んだ。

 何をどう伝えればよいのか、ルイズはその言葉を持たない。

 ただただ唇をぎゅっと噛み締めて、ステラのことを知りたいのに拒絶されるのが怖くて、でもなぜだか無性に、その夢のことは知らなければならないという強迫観念に襲われて、ぶるぶると手が震える。 

 

 さすがに、そんなルイズの様子をおかしく思ったのだろう。

 ステラが身を乗り出し、ルイズの額に手を当てる。

 

 

「風邪じゃないみたい……明日は大事な日なのに、そんなに苦しそうにしてて、大丈夫?」

 

 

 純粋な思いやりなのがよく分かる、実にステラらしい直接的な言葉だった。

 いくらお気楽で何も考えてなさそうと言われるステラでも、明日の品評会がルイズにとって大事な行事だということくらいは、理解していた。

 だから、こっそり深夜に起きては、学院の校舎の屋根の上で歌う予定の曲を練習したりもしたのだ。決して、ルイズに恥をかかせたくないがために。

 だが、目の前のルイズは顔を真っ赤にして、ブルブルと手を震わせている。

 それだけなら、何か怒らせたのかとも思うが、表情は思いつめたもので、同時に一瞬だけ見えたその瞳の奥には恐怖心が見え隠れしていた。

 ステラは、対人関係が乏しい。

 しかし、その生まれ故に、機微に関しては異常なまでに鋭いのだ。

 その結果、ステラは「ルイズが何かを我慢しているけれど、怖がっている」くらいにしか判断ができない。

 原因がさっぱりわからず、ましてやそれが自分のことだなんて思いも寄らないため、ステラは一体どうしたら良いのか、全くわからなかった。

 

 そうやって、二人が互いに互いを思いやり、それが故にそれ以上の一歩を踏み出すことができないまま、しばらくの時間が過ぎた頃。

 

 

「!」

 

 

 ステラが、飛び跳ねるようにして、音もなくベッドを走り下り、扉へと身を寄せる。

 一瞬の出来事に虚を突かれたルイズは、その行動を目の当たりにしながらも、頭が真っ白になる。

 ついで、一拍遅れてからの、独特なリズムでのノック。

 こんな夜更けに、一体誰が。

 漂白された思考に、もはや反射条件のようにして浮かび上がる疑問。

 同時に、この独特のリズムを、ルイズは知っていた。知っていて、それが何だったかを思い出す前に、時間切れが訪れる。

 

 それは、あの日のギーシュとの決闘の再現を思わせるほどに、あっという間の出来事だった。

 ステラが扉を静かに、かつ勢いよく開くと同時に、扉の向こうの闇へと手をのばす。

 次の瞬間、闇の中から一人の人物がルイズの部屋に引き入れられると同時に、その右腕をひねり上げて床に叩き伏せられた。

 もはや瞬きする暇もない。

 ステラは、その人物の首の頚椎に左膝を乗せ、左手でひねり上げた腕を固定し、その腕の脇へといつの間にか手にしていた右手の短剣をあてがっている。

 少しでも動けば右手のナイフが脇をえぐり、失血死を免れないだろう。

 しかし、動こうにも頚椎を抑えられ、かつ、絶妙にすべての動きを制限するように右腕を捻り上げられているため、叩き伏せられた人物はピクリとも動くことができない。

 

 

「い、イタイイタイ!!」

「あなた、誰? 目的は?」

 

 

 冷淡、とは少し違う。

 非常に甲高い、怪しいことをする人物とは思えないような悲鳴を上げる人物に対し、ステラは淡々と聞くべきことの最小限を尋ねる。

 当然、悲鳴はガン無視だ。追い打ちのように「これ以上騒ぐなら、脇の下を刺すよ?血がいっぱい出るからやめたほうがいいと思う」と脅しをかけるあたり、なぜだか非常に手慣れている。ルイズは、ますますこの使い魔が理解不能になっていた。

 とはいえ、さすがにルイズも慣れた(・・・)もの。

 ステラの突飛な行動に対して思考停止することは最悪手であり、事態改善のためには、必ず(・・)訳が分からなくとも自分が間に入らなければならないということを、この短い期間にようく心得ていた。

 

 

「はい、ストップ、待ちなさいバカ猫。抑えるのはいいけどナイフはどける!」

「……」

 

 

 無言で、しかし渋々とナイフをパーカーの下に潜り込ませてしまうステラ。そこに隠してたんかい。

 ため息を漏らし、ルイズは改めてその「侵入者」をみやった。

 体格は自分より上。しかし男性とは思えぬほどに華奢で、もはや「ひぐっ、えぐっ」と泣きが入っている。どう考えても少女だった。正直すまない気持ちでいっぱいになる。

 問題なのは、フード付きのローブで全身を隠し、顔も見えないことだろう。

 こんな夜更けに、一人で、しかも全身を隠すようにして訪れる。

 字面だけ見れば、暗殺にやってきた刺客のようにも思えるが、取り押さえられて泣き出すような間抜けはいないだろう。

 いや、そもそも、学院内ではいくら恨みや迷惑を買っては掛けているとはいえ、刺客を送り込まれるほどではない。と思いたい。

 しかし、では此奴は一体どこのどなたなのか……まさか実家からの連絡要員で、何か火急の用事が、とも思うが、それならそれで、顔を隠す必要がない。

 わけが分からず首をかしげるルイズだったが、ふと先程のノックのリズムが脳裏をよぎり、そして連鎖的に昼のどんちゃん騒ぎが駆け抜け、その中心で手を振って微笑んでいた人物を思い出す。

 

 

「あわ、あわわわ」

 

 

 ガクガクブルブル。

 そんな擬音がふさわしいほどの震えが、ルイズを襲った。

 

 

「ちょ、ちょっちょちょ、す、すすす、ステラ……!」

「まって、ルイズ。今尋問してる」

「バ、ばば、バカ猫……っ! バカねこぉっ!!」

 

 

 ステラは相変わらず、尋問するようにその人物をいじめている。

 えぐえぐ嗚咽をもらず「その御方(・・・・)」の腕をぐりぐりしながら、「ねぇ、いい加減名前教えて?」と、やべぇことをやべぇくらいに無表情にやらかしている。

 問いかけながら、左膝に力を入れたり、腕を捻ったり、何をどうしているかはわからないが、体のどこかしらを突いては、悲鳴が上がる。

 だめだ、これ以上はだめだ。

 ルイズは紫電のように閃き、結論に至ると同時に、この状況のヤバさに漏らしそうになりながらも、せめて、せめて少しでもこのやばい状況を終わらせなければと、もはや言葉を忘れて行動に移した。

 

 

「いいからやめなさいこのバカ猫ぉっ!!」

「おぐっ」

 

 

 ステラの脇腹に思いっきりドロップキックをお見舞いし、強制的に拘束状態を解除させる。

 同時に、甲斐甲斐しく倒れ伏していた人物を助け起こし、「姫様、大丈夫ですか、申し訳ございません、すみません、ほんとうにすみません」と、あーでもないこーでもないと容態の確認を行っている。

 当然、蹴り飛ばされたステラは意味がわからなかった。

 ふっとばされた先で難なく体勢を整え、いきなりドロップキックをお見舞いしてきた主の暴挙に異を唱えようとして、その光景の意味不明さに首を傾げる。

 

 

「ルイズ、知ってる人?」

「アンタも今朝お会いしている御方よ!!」

「??」

 

 

 何故か、泣きそうになっていた。

 ステラはさらに意味がわからず、もはや90度に近い角度で首を傾げる。腕を組むのも忘れない。

 

 

「い、いいのです、ルイズ。このような夜更けに、こんな格好で現れた私の不徳故」

「いいえ姫様、全ては主である私の不始末、誠に、誠に申し訳なく」

 

 

 いたわるようにその人物を助け起こすルイズ。

 その拍子に、フードが外れ、その隠れていた顔が顕になった。

 そこでようやく、ステラは自分が誰を取り押さえていたのかを理解する。

 

 

「姫様……いえ、アンリエッタ・ド・トリステイン殿下」

「お久しぶりね、ルイズ。壮健そうで、何よりですわ」

 

 

 現トリステイン王国第一王女、アンリエッタ・ド・トリステイン。

 ルイズは、思わぬ来客と嫌な予感に身を震わせながら、己の不運に対し、ひたすら内心で罵倒を並び立てるのであった。

 

  

*1
ジュール・ド・モット伯爵に、シエスタが買取されたため、ステラがそれを奪いに行った事件。交渉の末開放してもらったものの、ルイズは少なくない資産を失い、徹夜もするなど割と散々な目にあった




ルイズと姫様の会話って、本当ならもっと厳粛なはずなんですが、原作での会話を見ると相当フランクなんですよね……。
バランスを取るのが難しいですが、次話でようやく話がちゃんと動き出しそうです。

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